弓兵と怪物2

「あああああ、もう!めんどくさい!」


 蛇を射ぬき、シーピショップを射ぬき、間合いを保ちながら戦い続けたアイシャは、やがて苛立たし気にそう叫んだ。


 戦況は圧倒している。アイシャは一撃も食らっていないし、シーピショップの方はもう元の形が良くわからないくらいに全身から蛇を生やしている。


 元々人だから―という躊躇は、戦っている内にどこかへ飛んだ。


 そもそももう、人には見えない―62回矢で風穴を開け、それでもまだ立つ―どころか、だんだん膨れ上がっていく相手などアイシャの常識では人間として数えられなかった。


 目の前のこれは怪物。そう納得して、もう倒してしまおう……。


「はあ、もういいや。邪魔しないから見逃がしてくれない?」


 一応、最後にそう尋ねてみたアイシャに、しかしシーピショップはにべも無く答えた。


「断る」


 そして、同時に腕を振り下ろす。何本もの蛇が絡み合った大木の様な腕。

 それが、猛烈な勢いで振り下ろされる―。


「だよね…。ラピッド・フロウレイン」


 回避と同時に放たれた矢は、上空高く、彼方へと飛び去って行く。


 もう、遊びは止めだ。次で決めよう。駄目だったら、逃げる。

 完全に方針を決めたアイシャは、そこで初めて己から、シーピショップへと駆け出した。


 倒れこんだ巨腕が解け、蛇となってアイシャの身を絡め取ろうとする。

 だが、そのうちの一匹すらも、交わすアイシャの身を掠めることを許さない。


「集え……抗わず我が元に」


 詠唱は駆けながら。

 突き進むアイシャの身を追い掛けるように、吸い込まれる大気が悲鳴を奏でる。


「黙し嘆け。従い怨め。その矛先を我が意に委ねよ……」


 詠唱の終了はアイシャが目的地に辿り着くのと同時だ。

 ただの一撃も食らわず、身を屈めるアイシャ―そこはシーピショップの懐の内だ。


「吹っ飛べ。ラメント・ヘビィレイン……」


 その呟きと共に、アイシャはシーピショップの顔面へと向けて、矢を放った。


 轟音と共に暴風が荒れ狂う―放たれた矢は、まさに嵐だった。

 圧倒的な破壊と威力を無理矢理矢の形に収めた一撃。


 と、シーピショップへと命中する直前、その矢はひとりでに散った。

 多くの蛇を同時にねらった時と同じように、何本にも枝分かれしていく矢―。


 しかし、それは蛇を狙った時とは桁違いの威力を秘め、何より、放たれたのは至近距離。


 風穴では済まない。その身体をまるまるえぐり取って行く―。


 月が見えた。つい先ほどまでシーピショップの身体に隠れていた月が。

 立ち上がり、見下ろすアイシャ―その先には、シーピショップの両足がある。


 胴も身体も何もかも、跡形も残さずえぐり取られ、吹き飛んだのだ。


「はあ……めんどくさッ!?」


 溜息をついたアイシャは、しかしそこで素っ頓狂な声を上げる。


 不意に、持ち上げられたからだ。足を蛇に絡まれ、宙吊りに。


 いや、捕らえられたのは足だけではない。両腕も胴も首も、黒い蛇に締め上げられ―そして、それをやっている相手は一人。


「うわ~……。死んでないし……」


 うんざりと言った声を上げるアイシャの前で、シーピショップの足から頭が生えてくる。

 それは、控えめに言って気持ちの悪い光景だった。

 顔をしかめたアイシャの身体を蛇は這いずり、強く強く締め上げてくる。

 完全に動きを封じられた―だが、アイシャは余裕を失わない。


「ていうかさ、もしかしてシーピショップさん、そう言う趣味?」

「フ……」

「うわ~笑ってるよ。私、痛いのとか嫌だからさ……触らないでくれる?」


 そうアイシャが言った直後―空から矢が降り注いだ。

 ラピッド・フロウレイン。滞空と停滞を絡めた曲射散弾。突っ込む直前に上空へと放たれたその矢が、時間を置いて着弾したのだ。


 矢は打ちぬいて行く。アイシャの身体を捕らえる蛇を。あるいは、生えかけのシーピショップの頭を。


 粉砕されたシーピショップの頭は、また間を置かずに再生する。


 だが、その時にはもう、捕らえていたはずのアイシャの姿が無かった。先程決めた通りに、アイシャは逃げ出したのだ。


 シーピショップの傷口がブクブクと膨らむ。蛇が生え、どぐろを巻き、ほつれ、やがて人の形へとなっていく。

 全身に鱗の生えた男―シーピショップは、ただ呟いた。


「……これでも、死なないのか……」


 握り締める手にも鱗―シャリとなるそれを眺める目は悲しげだった。


「怪物だな……」


 やがて、シーピショップは町へと視線を下ろす。

 その一角、空き地にしか見えない―――結界に覆い隠された場所へと。

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