簡素な食卓

「あの……どうぞ」


 見知らぬ娘は、その言葉と共に、座り込む宵虎の前に干し肉とパンを置く。

 そして、置いたそばからどこか怯えるように足早に去って行った。


 娘が去って行った先には、大勢の女が居る。子供から老人まで……女であると言う一点を除けばまるで統一感のない集団であり、そして彼女達は遠巻きに、宵虎達を眺めている。と言うか、見ているのは宵虎だ。異国の人間が珍しいのだろう。


 ここは、先程の部屋の更に一つ奥の部屋。地下とは到底思えない程の大広間だ。

 奥の女達を見ながら、宵虎は首を傾げた。


「戦でもあったのか?……いや。あの小島に?」


 色々と考えてみようかとも思った宵虎だったが……しかし、そんな事よりお腹がすいていた宵虎の興味は、すぐさま目の前の食べ物に移る。

 肉と、パン。ただそれだけの簡単な食事なのだが……


「お肉はお肉として……」


 呟きながら、宵虎は物珍しそうにパンを持ち上げ、首を傾げた。


「なんだこれは?……喰えるのか?」


 そして、宵虎はくんくんと、パンの匂いを嗅いでいた。

 そんな宵虎を横目に、アイシャは呟く。


「しっかし広いね~、ここ。本当に地下?」


 その疑問に、少しだけ誇らしそうに答えるのはキルケーだ。


「少々無理をしましたが、しかし私の作った魔術です。穴を広げるのではなく、穴のあるその空間自体を拡張して……」

「ふ~ん。あ、お兄さんそれ食べモノだよ。食べていいの。ほら、美味しい。…ね?」


 アイシャはそんな風に、宵虎の手のパンをちぎって、宵虎の口に放り込む。

 それで漸く、食べ物だと納得した宵虎は、ためらう事なくパンにかぶりついた。


「…そちらは、長話を聞かせたというのに……」


 呆れて呟くキルケーの膝の上で、ネロは諦めた様に呟いた。


「マスター。諦めた方が良いにゃ。どこまでもマイペースな人達にゃ」


 と、そこで、思い出した様にアイシャは口を開いた。


「あ、そう言えばさ。魔女のキルケーさんも、やっぱりお兄さんの事知らない?」

「魔術師です。…その方は、貴方の連れでしょう?」

「それはそうなんだけどさ。いや~、私も会ったばっかりなんだよね。話聞こうにも言葉通じないし。なんとなく一緒に行動してたけど、何者なのかな~って。知ってる?」

「いいえ。直接、聞いてみれば良いでしょう。ネロ」

「はいにゃ」


 軽い調子で返事をしたネロは、キルケーの膝の上から下りると、パンに夢中な宵虎の前に座り込んで、尋ねた。


「だんにゃ。だんにゃは、なんでここに居るのかにゃ?」


 その問いに、宵虎は一瞬だけ食事の手を止めて、言った。


「……お前についてきたからだが?」

「いや、そうじゃなくてにゃ……だんにゃ、この辺の国の人じゃないと思うんだけどにゃ。一体、どこの出身かにゃ?」

「……倭の国だ」

「倭の国?ってどこだにゃ?」


 宵虎の答えに、ネロは首を傾げた。

 しかし、脇で聞いていたキルケーはその国を知っていたらしい。


「倭?……東の果ての島国では?」

「へ~。随分遠くだね。で?」


 そう促したアイシャの声を背に、ネロはまた問い掛ける。


「えっと~…一体、だんにゃはそこからどうやって来たのかにゃ?歩いてきたのかにゃ?」

「……舟で、流され、飲み込まれ、…イカのようなタコのような化生に遭い」

「イカ?タコ?」

「気付けば流れ着いていた」


 そこまで言って、宵虎はまた食事に夢中になる。


「なんて言ってたの?」


 興味深々と尋ねるアイシャに、ネロは首を傾げながら言った。


「あ~。なんか、色々あって流れ着いたらしいにゃ」

「流れ着く?って、倭の国ってかなり遠くじゃないの?どう頑張ると流れ着く訳?」

「……招かれたのかもしれませんね。確か、そう言った伝承があったはずです。この辺りの地霊は、才気ある者を拾って来るとか」

「ふ~ん」


 興味があるのかないのか、アイシャはそう呟いて、宵虎を眺める。


「招かれた、ね……」

「何か、思う所が?」

「別に。魔女には関係ないし」


 にべも無く言い捨てたアイシャ。そんなアイシャを睨みながら、キルケーは言う。


「…です」

「だから、一緒でしょ?どっちにしろ私は嫌い」

「……嫌いなら早く出て行けば良いのでは?この街の事情は話した通りです。早くギルドに帰り、応援なりなんなり呼んできてください」

「明日、行くよ。今日はもう疲れたし。歩くのもめんどくさいし……」


 そんな事を言って、あくびを一つアイシャはごろりと寝転がり、そんなアイシャをキルケーは黙って睨みつける。


 そんな極めて巻き込まれたくない空間を背中に、ネロは困っていた。


(にゃ~。なんで喧嘩するのかにゃ。関わりたくないにゃ~。ていうか、あたしはどうすれば良いのかにゃ?もっとだんにゃから話を聞くべきなのかにゃ?)


 と、そこでネロは、宵虎が自分の事をじ~っと見詰めている事に気付いた。


「何かにゃ、だんにゃ?」

「……おかわり」

「はあ。……貰ってきてあげるにゃ……」

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