雄弁に語るもの

 ぐうう……。


「ってなわけよ。わかった?」


 漸くアイシャが話を終える頃には、キルケーは座り込んでいた。

 疲れた面持ちでキルケーは額を抑え、一つ深く息を吐いてから、こう言った。


「要するに、人の消えたこの街の状況を調査しに来た、と。そう認識して良いと?」

「そうそう」


 軽い調子で頷いたアイシャに、キルケーはまた額を抑えた。


「ただそれだけで済む話を何故こうも長々と……」

「でさ~」

「まだ話したりないと?」


 流石にこりごりとキルケーが睨んだので、アイシャは仕方なくと言った様子で尋ねた。


「え?あ~、じゃあ、そっちの話聞こうかな。この街の人はどこに居るの?あっちの神殿に兵隊がいたけど?」


 ぐうう…。


「神殿……。スキュラの元に出向いたと?」


 アイシャの言葉に、キルケーは眉根を寄せた。

 だが、訝しんだのはアイシャの方も同じである。


「スキュラ?ローレライとかじゃなくて?」

「…魅了の呪歌を持つ、スキュラです。元がローレライだったのかもしれませんが、どうあれ怪物に違いはありません」

「ふ~ん。で、魅了って事は、洗脳されてるって事?」

「男手は皆、連れ去られました」


 ぐうう……。


「それ以外の人はどこにいるの?」

「ナーガが這いずるようになったので、私が保護しました」

「街の住人まるまる?すっご~い」


 軽い調子でそう称賛したアイシャだったが、キルケーにしてみればその言葉はどこか馬鹿にしているように聞こえた。


「ふざけた人ですね。……無駄に敵を作る、と人に言われませんか?」

「あ~、それ言われた。ギルマスの禿じじいに。同じ事言ってる~。老婆心って奴?」


 ぐううううう…。


「…貴方、友達がいないのでは?」

「え~、いきなり何言ってんの?……ていうか、人の事言えるの?魔女(・・)のキルケーさん?」

「…です」


 ぐううううううううう……。


「そんな睨まなくって良いじゃん。なんでそんなに怒ってんの?」

「私は、私を魔女と呼ぶ人が嫌いです。無駄に話が長い人も、嫌いです」

「ふ~ん。私はね、魔女も魔術師も嫌いなんだ。ていうか、今嫌いになった。だって、無駄に偉そうだしさ~」


 ぐううううううううううううう……。


「……気が合いますね」

「ほんと、気が合うね…」


 二人共に表情だけはにこやかに、ただ目はまったく笑っていない。

 ぐうううううううううううううううううううううう……。


「「うるさい!」」


 アイシャとキルケーは同時に宵虎を睨みつけた。

 宵虎の腹の虫がうるさすぎたからだ。だが、当の宵虎にその文句は通じない。


「なんだ?……なぜ、俺は睨まれている?」

「あ~、だんにゃが悪いって言うか……どっちかって言うと虫の居所が悪いって感じにゃ」

「虫?……腹の?」

「あ~、なんか、もう良いにゃ…。ていうか、マスター!いい加減下ろして欲しいにゃ!」


 そう言ったネロの言葉に、アイシャは便乗した。


「そうそう、下ろしてあげてよ。上のナーガさ、倒したのそのお兄さんなんだよね~。悩みの種を一つ解決してくれた人に、その扱いはどうかと思うけど?」


 アイシャの言葉に、キルケーは確認するようにネロに視線を向ける。


「マスター?確かにナーガの死体はあったにゃ」

「……そうですか」


 そう呟きながら、キルケーは宵虎に視線を向ける。

 宵虎は、仏教面でキルケーを見ていた。


「おなかがすいた。この際、下ろさなくても良い。食い物をくれ」


 そして、宵虎の腹が鳴る。ぐうう、と。


 キルケーには、宵虎が何を言っているのか理解する事は出来なかったが、しかしその腹の虫より雄弁に語る物がない事も一つ。しばしの思案の末、キルケーは言った。


「……わかりました。一応、敵ではないようですし……」


 直後、宵虎とネロを縛る光の縄が消え去り、


「ふにゃ!?……がにゃ!?」


 落下の衝撃と上から宵虎が落ちてきた衝撃に、ネロは二度、悲鳴を上げるのだった。

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