真2章「親愛による悪意」

 -元の月第5日-


 (あれから二人の様子がおかしい。 何か気づいた様だ……。)

 あまり観察するのもかえって此方が怪しまれると考える。


 大丈夫だ、そう言い聞かせながらも不安は残る。


 (兎に角準備を始めよう、昨日のノースク兵からの依頼なんてどうでもいいが、準備しないのも怪しまれる。今はまだ耐えるんだ、まだその時じゃない。)


 内に秘めた思いを出す事なく手を進める。


---


「少しいいか?」


 ゼノから声を掛けられる。

 もちろん、そう答えるとゼノから意外な言葉が出てくる。


「その、あいつが怒るのもわかるんだが、俺としては仕方ないとも思うんだ」


(仕方ない、か……)


(あいつというのはイデアルの事だろう。ノースク王国からの仕打ちは酷いなんてものでは無い、それを仕方ないですませるのか……)


 過去に起きた自分の事とイデアルの事が被っていたのもあり、仕方ないで済ますゼノに怒りを覚え、ついカッとなり声を荒げる。


「す、すまん・・・」


 苦虫を噛み潰したような顔であやまるゼノの後ろ姿は何処か悲しげだった。


「はあっ」


 ため息を吐く。


(自分らしくない無い、落ち着け、冷静に一つ一つこなしていけばいい。)


「おい!皆来てくれ!」


 誰かの声がする。


(今日は騒がしいな、とりあえず見に行こう)


 立ち上がり声の方に向かう。


---


 声の主はベルだった、そしてその横にはノースクの王女が……。


(何故こんな所にいる!? ばかな、ありえない! このタイミングでノースクの王女が現れる理由が無い。奴の仕業か! いきなりシステム内容を変えたというのか、此方に何の断りもなく!)


 突然のイレギュラーに怒りお覚えながらも、表面上はあくまで冷静に対応する。


「どうも、ガーネア姫でしたね?昨日ノースクの兵士様方からお話は聞いております。

して、今日はどのようなご用事で?護衛は明後日と聞いておりますが」


 一国の姫様相手に失礼が無いように振舞う。


(我ながら気持ち悪い。)


「あの、明後日護衛して頂くと聞いて事前にご挨拶をと・・・」


 ガーネア姫が言う。


(ふざけるな、何の意味があるというんだ!)


 心の中で悪態を付く。

 気づけばアジトの案内まで任されてしまった。


(これではベル達の動向が掴めないっ!)


 そんな怒りを顔に出す訳にもいかず、そのまま王女の案内をする事になる。


(といっても案内する場所なんて無いが)


「ここが皆様が暮らしている空間なんですね!」


(流石は姫様だ、仕草が如何にもって感じだな。)


 笑顔を崩さずに対応する。

 心の中では早く終わってくれと思っていても決して表情には出さない。

 すると、ガーネア姫がそれまでのハキハキとした表情から一遍、恋する乙女の様な顔をする。


「それで、その、イデアル様のお部屋は・・・」


(成程それが目的か、案外大胆な姫様だ)


 仕草や口ぶりはお姫様でも中身は年相応の子供なのだろう。


「俺の部屋に何か用か?」


 「こちらです」と案内しようとした矢先イデアルが戻って来た。


(帰って来ていたのか)


「勝手に俺の部屋を案内しようとするなよ、プライベートの侵害だぞ!」


 そう言うとイデアルはガーネア姫を連れ自分の部屋へと戻っていく。


「青春だな」

「ふふっ」


 いつの間に横で見ていたのか、リリーが笑う。


「いたのなら声をかけてくれてもよかったじゃないか」

「いえ、お姫様相手にも問題なく対応できていたわよ?」

「勘弁してくれよ」


 リリーにからかわれながらも。


(しかし流石王女様だ、立ち振る舞いもそうだが、身だしなみもしっかりしている)


 と考える。


(特に首に掛けていたペンダントは高価そうだった。真っ赤で曇り一つも無い宝石が埋め込まれていたな……ん? 真っ赤な宝石? まさかあれはベルナンドか!?)


 慌てて王女様を追いかけようとして止まる。


(待て、理由なく引き留める訳にもいかない、ここは堪えよう

5日目に王女を送り、ベルナンドまで持たせる意味を考えろ……奴の目的はイデアルを留めておく事だった筈だ、ベルナンドの特性上記憶の改竄が出来なくなる、寧ろ奴にとっては邪魔な筈だ。それをわざわざ持たせる理由は……)


 安易な行動は起こせないと踏みとどまる。


(まさか持たせても問題ない状況になったのか? いや、俺に持たせる為?)


 何故?ベルナンドならすでに持っている。

 常に肌身離さず持ち歩いているといつもベルナンドを入れている袋を取り出そうとする。


(……無い)


 何故無い?

 部屋か?

 急いで自分の部屋に向かう、部屋中を探すが見つからない。


(何時からだ!? いや、何回目からだ!?)


 自分が何回目のループから記憶が無いのかわからない。ベルナンドが奪われていたのだから当然だった。


「どうしたの?」


 慌てて自分の部屋へと向かったのを不審に思ったのか、リリーが声をかけてくる。


「いや、なんでもない少し探し物をしていてな」

「そう?どんなもの?」


 よければ手伝うわというリリーの申し出を断りながら探し続ける。


(まさかベルナンドの事を言う訳にはいかない)


 手を止める事無く探し続ける姿に、


「本当に大丈夫?」


 再びリリーが声をかける。


「本当に大丈夫だから、心配をかけてすまない」


 これ以上探しても無駄かと探す手を止める。


(だとしたら王女様が身につけていたベルナンドが自分のものなのか? いや違う、自分が持っていたのはもっと小さな物だった筈だ、では何故ベルナンドを持たせた?)


 ベルナンドを奪われていると気づかせる為?

 イデアルがベルナンドを持っていると知らせる為?


(いや違う・・・)


 自分でもわかるぐらい今の自分の顔が狂気に満ちている。


(あの王女様からベルナンドを奪う為だ!!)


 その人物は間違いなく狂っている。

 その人物が持つ狂気の矛先はまだベル達には向いていない、しかしいづれベル達に向く事は確かだった。


(私達は永遠に皆とオメガとして暮らすんだ……皆で仲良く暮らすんだ、此処が家だ、私達の家だ。その暮らしの為なら、私は悪にもなろう……)


 ベルがこの世界に立ち向かおうとしている直ぐそばで、悪も着々とその手を進めていた。


---


 夜になった。

 各々自分の部屋で眠りについたころ、音を立てないように静かに起き上がる。


 ガーネア姫はアジトの客室で眠りについている筈。

 客室に行くまでにはリリーとイデアルの部屋の前を通る事になる。

 昼間の事から少し怪しまれていたリリーの部屋の前を通る時は特に注意して通る事になる。


(全く、一国の姫様を何の護衛も無く異端者と呼ばれる集団の中に放り込むなど随分とイデアルの事を信頼しているのだな)


 思わず笑みがこぼれる。

 昼間では多少パニックにはなったものの、元々自分が持っていたベルナンドは小さく、いずれ使い物にならなくなるのは知っていた。


(今更あれを奪われた所で大差ないだろう)


 そうは考えながらもベルナンドを持っていない不安は足を速める。

 アジトも老朽化が進んできていた。

 慎重に音をたてないように進んでも、

 どうしてもギシ、ギシッと音が鳴ってしまう。

 その音に反応したのかナーファが目の前に現れる。


「誰……?」


 寝ぼけているのだろうか、明らかに眠そうに言う彼女に優しい声で答える。


「ナーファ、俺だよ」

「ベル?」

「ああ」


 声色を変えて答えていた、ここでこの時間に自分と会っていたと発言されれば自分に容疑が向いてしまう。

 それだけは裂けたかった。


「んー?でも貴方ベルじゃない……」


 しまった!

 相手はナーファだった。

 寝ぼけているから、夜で辺りが暗いから目が見えていないのではなく。

 彼女は元々目が言えない。


 ナーファに自分がベルだと答えた時、ナーファは能力で此方を確認したのだろう。

 そして俺がベルではないと気づいた。

 あわてて自分の本当の名を告げる。


「なんで嘘つくのーもうっ」

「すまんすまん、少し驚かそうとしてな」


 苦し紛れの言い訳ではあったがナーファも寝ぼけていたこともあり特に気にしていないようだった。


「それよりどうしたんだ?トイレにでも行くつもりだったか?」

「あーそうだった」


 ナーファはトイレへと向かっていく。

 ガーネア姫が寝ている客室とトイレは逆方向。

 これでナーファにばれる事もないだろう。


 再び客室へと進める。

 順調にイデアルの部屋の前を通過する。


(問題はここからだ)


 リリーの部屋の前に着く。

 より一層慎重に時間をかけて進む。

 音を立てないように、気付かれない様に。


 ――ギシッ。


 いくら慎重に歩いても老朽化した建物の床はどうしても小さな音が鳴る。

 小さな音といっても、夜何の音も無い場所では十分に響く大きさだった。


(気づかれたか!?)


 一瞬焦ったもののリリーの部屋から物音はしない。


(寝ているのか?)


 ホッと胸をなでおろす。


(もう少しだ)


 とうとう客室までたどり着く。

 ここまでくればリリーの部屋からも遠い、多少暴れても聞こえないだろう。

 それでもゆっくりと音を立てない様に客室の中に入る。


---


 ガーネア姫はすやすやと寝息を立てていて、侵入者に気づく様子は無い。

 寝顔にまで気品溢れる姿に姫と言う者の力を感じる。


(武力があるわけでは無いのにな)


 部屋の中を物色する。

 流石に寝るときにまで宝石を身に着けている事はないだろう。

 殺すつもりはない、ただベルナンドさえ奪えればそれでいい。


 特にばれる事も無くガーネア姫のペンダントからベルナンドを取り出す事に成功する。

 その後も帰り道で油断することなく静かに移動し自分の部屋へと戻る。


---


 -元の月第6日-


 ベルが部屋から出てくるとガーネア姫が何やら騒いでいた。


「無いんです!」

「どうしたんだ?」


 何かがないと騒いでいるガーネア姫を囲むように皆が集まっていた。


「おはようベル」


 ガンデスがベルに気づき駆け寄る。


「何があった?」

「ああ、それが朝起きた時にガーネア姫の宝石が抜き取られていたらしいんだ」

「宝石?」

「ガーネアが身に着けていたペンダントだよ」


 イデアルが会話に加わってくる。


「あれはあいつの大切な物なんだ、死んだ父親からの贈り物らしい」

「形見って奴か」


 ガーネア姫は必死に宝石が無いか探している様だったが、結局宝石が見つかる事は無かった。

 塞ぎこむガーネア姫にイデアルが駆け寄る。


(ガーネア姫の事はイデアルにまかせよう)


 疑いたくは無いが、宝石を奪える事が出来るのはオメガのメンバーの中にしかいない。

 ガーネア姫の自作自演とも思えない。


(しかし何の目的で)


 ペンダント……ペンダント……。

 少しだけ見たそれには赤い宝石が付いていた。


(赤い宝石?)


 もしやと思い自分が持っているベルナンドを確認する。


(同じだ……)


 少し見ただけでもはっきりと覚えていたそれは、独特の赤さをしていた。

 ただ赤いだけでなく、所々黒さを持っていてとても目につきやすい。

 そんなものを見間違うはずもない、自分が疑われるかもしれないと考えたベルは咄嗟に「あったぞ」と叫ぶ。

 幸いベルナンドは二つある、ペンダントに嵌りそうな小さい方をガーネア姫に渡す。


「ありがとうございます!いったい何処にあったんですか?」


 必死に探したんですよと言いながら問いかけてくる。


「えーと、そこの棚の下に入り込んでいたんだ」

「棚の下ですか?その場所も探したんですが、私が見たときはありませんでした」


 適当についた嘘は自分の首を絞めることになる。

 あたふたしていると何かを察したのかイデアルが寄ってくる。


「まあいいじゃないか見つかったことに変わりは無いんだから」


 余り腑に落ちないながらも再びお礼を言ってから立ち去るガーネア姫を見送ってから、イデアルがベルに言う。


「あの宝石ベルナンドだろ?」

「ばれてたか」

「当たり前だろ?あれを渡したのは俺だぜ?」


 笑いながら言うイデアルはそのまま話があると言ってベルをアジトの外へ誘導する。


「ベル、あれを渡したってことはお前も気づいているんだろ?」

「ああ、ガーネア姫のペンダントについていたもの、あれは間違いなくベルナンドだ」

「父親の形見だったものだ、昔から身に着けていたものだったんでな俺もよく知っていたしあれがベルナンドだとも知っていた」


 寧ろそのおかげでベルナンドと言う物を知ったというイデアル。


「しかし厄介なことになったぞ?

ベルナンドを奪ったという事はベルナンドの効果も知っているだろう。

少なくとも記憶がリセットされる事を知っている筈だ」


 じゃないとわざわざ奪う必要がないからなとため息交じりで言う。


「じゃあイデアルが言っていた敵って事になるのか?

オメガの中に敵がいるなんて思いたくないんだが」


 困り顔で言う。


「敵かどうかはわからない、

が、ベルナンドの効果を知っていてそれを奪ったのは事実だ。

そしてそいつはオメガの中にいる。

まさかガーネアの自作自演とは思わないだろう?」


 確かにと同意するもいまいち納得しきれない様子に業を煮やす。

 言い詰めようとするもやめる。


(仲間の事を疑いたくはないよなあ……)


『オメガの中に裏切り者がいる』


 その事実に危機感を感じながらもベルの気持ちも痛いほどわかるイデアルはとてもじゃないがベルを言い詰める気にはなれなかった。


(何も起きなければいいが・・・)


 きっとその願いはかなわないと分かりながらも願わずにはいられなかった。

 はあっとため息をつきながらもアジトへ戻る。


「ため息が多いな」


 ベルに指摘されるも、言い返す気にはならない。

 ――うるせえよ。

 その一言も出さず、足を進めていた。


---


(何故だ!?)


 焦りを隠しきれなかった。

 一瞬自分が盗んだベルナンドが再度盗まれたのかと思った。

 しかし、盗んだベルナンドはしっかり自分で持っていた。


 では何故ベルナンドがもう一つあるのか。

 そして気づいた。

 あれは元々自分が持っていたものだ。

 間違う訳は無かった、ガーネア姫に渡されたベルナンドにはよく見ると左側に小さな傷がついている。

 その傷が付いている部分だけ少しへこんでいるだ。

 元々ベルナンドをかなり大切扱っていたのにもかかわらず、自分の不注意で付けてしまった傷を間違うはずがない。


(あれは俺のものだ――)


 しかし何故ベルが持っているのだろうか。

 何時の間に盗まれたのだろうか。

 どれだけ心当たりを探しても思いつかない。


(まあいいか)


 ガーネア姫とベルのやり取りをじっと見過ぎたのだろうか、リリーがこちらを睨みつけるように見ていた。


「ど、どうした?俺の右腕に何かついてるか?」


 右腕をリリーに見せる。


「いえ、なんでもないわ」


 右腕を見せると満足したように部屋へと戻っていく。


(一体なんだったんだ……まさか右腕に俺が盗んだ証拠でもあるのか?)


 不安になり右腕を見るも特に変わった物が貼り付いている訳もなくいつも通りというのも変かもしれないが、傷も無く普通の右腕だった。


(怪しまれていたわけでは無さそうだ)


 少しホッとする。

 とにかくベルナンドは手に入った、これで今までと同じように自分達だけの暮らしができる。


 そう確信しながら自身も部屋へと帰っていく。

 明後日にノースク近くの村へと護衛任務が始まる。

 アーファルスの兵士達と戦う事になるのだ、準備は怠らない様にしないとな。


 最後の最後にニヤつきを隠せないまま部屋へと入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る