第149話 魔力感知

「――いーち、にーい、さーん」


 僕は木に寄りかかり、腕で目を隠しながら数字を数えていた。


「……じゅーう。さて、と」


 もういいかい、とは言わずに振り返ると視界一杯に森が広がる。

 鳥の囀りと風の音。

 魔力のふわふわと浮かび上がる中、僕は辺りを見回した。

 視界には誰もいない。

 見える範囲内にはいないようだ。

 あくまで今は、だけど。

 僕は意識を集中すると目を閉じた。

 魔力の存在を探る感覚を思い出す、温かくも不思議な感触。

 暗闇の中で僅かに感じる違和を見つけると、意識を伸ばす。

 目を開けると、ゆっくりと茂みを進み目的の木の傍に来ると、足を止めた。


「伯爵、そこにいますね?」


 僕が言うと、茂みががさがさと動き、中から伯爵が出てきた。


「むむ! お尻が出ていたりしましたかな?」

「いえ、完璧に隠れてましたよ。魔力は感じましたけどね。ちなみに姉さんは……そこだね」


 僕が指をさした先には大樹が聳え立っている。

 遥か上を伯爵と一緒に見上げると、人影が勢いよく降りてきた。


「簡単に見つけられちゃったわね……お父様でも、あたしを見つけるの難しいって言ってたのに」


 姉さんは、ぽんぽんと土を払うと悔しそうにしていた。


「魔力感知がなかったら全くわからなかったけどね。二人の魔力の感覚は覚えたからすぐわかったよ」

「見えずとも感じるとは、かなり便利ですな。この感知能力を使えば、魔物の場所もわかるでしょうし、魔力を持つ人間の居場所もわかる、と」

「今のところそんなに遠くまではわかりませんけどね。鍛錬で少しずつ範囲も広がっているので、かなり遠くまで感知できるかもしれません」


 最初は数センチ程度が限界だったけど、今は十メートル程度まで感知が可能だ。しかも『魔力がある』というレベルの感度から『それぞれの魔力の感覚』を感じ取ることができるようになっている。

 具体的には魔力量、魔力種の二種類。

 魔力種は魔力の質と言い換えてもいい。例えば姉さんは眩さと強さを感じ、伯爵からは繊細さと揺らめきを感じる。当然、魔力の量によって、感覚の強弱も変化するため、魔力量が多い方がより感知しやすい。

 ただ魔力の放出――この場合は常に魔力を帯びている状態であり、帯魔状態とは異なる――は鍛錬すれば抑えられるため、必ずしも魔力量が多ければ見つけやすいというわけではない。


 それと魔力種は、魔力色とは違い色の変化はない。

 口から出す魔力、【口腔魔力】は魔力色があり、違いが明確だが、人間の魔力の色は変化がないようだった。

 ただ、感知すればその違いは明白で、誰の魔力なのかは判別しやすい。もちろん大勢になれば判別するのは難しいけれど。

 口腔魔力と放出魔力は恐らくは別の特性がある。出所は同じだが、種類は似て非なるもの、と見ていいだろう。

 口腔魔力は体内魔力、放出魔力は体外魔力、という感じだろうか。

 まあ、どう違うのかはまだほとんどわかっていない。ただ色や感覚が違うだけかもしれないので、何とも言えないが……。

 それにしても口から魔力を出すって、ちょっと面白い手法だよね。


「ん?」

「何? どうかしたの?」

「い、いやなんでも」


 姉さんが怪訝そうに僕の顔を覗き込む。

 今、なんか閃きそうだったんだけど。

 ダメだ。わからない。ただの勘違いだったのかも。


「とにもかくにも、これで『妖精語』の最後のピースは整った、ということですな」

「ええ。そうですね、この魔力感知があれば恐らくは……」

「視覚以外の情報源を得たということですな! つまり、視覚と魔力感知の二つで言語を解読するということ! わくわくですな!」


 伯爵は嬉しそうに髭をもしゃもしゃしている。

 上機嫌なのが丸わかりで、僕も思わず相好を崩した。

 というか僕もうきうきなんだけどね!


「とりあえず魔力感知の鍛錬はこれくらいにしましょう。二人ともありがとう。助かったよ」

「いつものことだから、気にしなくていいわよ」

「ふふふ、このゴルトバ、シオン先生の頼みとあればなんでもしますぞ!」


 姉さんと伯爵は満面の笑みで頷いてくれた。

 二人の協力に感謝しないといけないな。

 魔力感知ができれば遠くの魔力持ちの存在を把握できる。

 それには魔物も人間も妖精も、そして魔族も含まれるわけだ。

 例えば死角が多い場所での戦闘でもこの能力は有用だし、他にも役に立ちそうな気がする。

 妖精語では魔力の感知をし、魔力色と魔力種を把握し、その『言葉』を判断することができる、というわけだ。

 …………多分だけね。


 まだ本格的に妖精言語の分析に、魔力感知を活用してないので確実ではない。

 ただそれぞれが持つ魔力や魔力色は異なる魔力種であるということは判明している。

 今までの情報を統合し、分析すればきっと言語は判読できるはずだ。

 しかし、すべての組み合わせを分析するとするならば、かなりの情報量になる。

 かなり大変な作業になることは間違いない。

 まあ、進捗があったのは嬉しいことだ。後のことは気にしないようにしよう。


「じゃあ、戻ろうか。姉さんにしごかれたドミニクも目を覚ましてるだろうしさ」


 キャンプ地に戻るために、僕たちは歩を進めた。


「人聞きが悪いわね。しごいてないわよ。手加減してるもの」


 呆れたとばかりに嘆息する我が姉に、僕はジト目を向けた。

 手加減しても、しごいていることには変わりがないと思うけど。


「な、何よ、その目! べ、別にいじめてるわけじゃないわよ!? ちゃんと鍛えるために必要なことをしてるだけ。最近はあいつも少しは上達してるしね」

「へぇ、才能ないって言ってたのに」

「才能はないわね。でも愚直というか純粋というか、思ったよりも素直だし、吸収力はあるのよね。だから、しばらく頑張れば結構強くなれるかもね」


 少し驚いた。姉さんが褒めるなんて。

 普段、僕に甘々な姉さんも、剣術に関してはかなり厳しい。

 当然、他人にはそれ以上に評価基準が高くなる。

 その姉さんが褒めるということは、やっぱり才能があるんじゃないだろうか。

 まあ、姉さんに聞いても、才能なんてない、って言われそうなので言わないけど。


「それになんかあいつちょっと似てるのよね……」

「ん? 似てる?」

「……何でもないわ。さってと、あたしはやることがあるから、ここでお別れね。お昼には戻るから」

「え、あ、うん。またあとで」

「後ほど会いましょうぞ」


 僕と伯爵は姉さんに手を振ると、キャンプ地へと向かった。

 ドミニクが誰かに似てる?

 一体、誰に似ているんだろうか。

 姉さんは頻繁に一人でどこかへ行っているけど、僕は深く聞かなかった。

 姉さんには姉さんの事情がある。

 姉さんが言わないのなら聞く必要はないと思う。

 思いつめたりしているなら別だけど、そんな雰囲気はないし。

 大丈夫、だよね。


「ではシオン先生! 参りましょうぞ!」


 思考に耽りそうになっていると伯爵が嬉々とした表情で、僕の肩をぽんっと叩いた。

 伯爵の無邪気な笑みを見て、僕もつられて笑う。


「そうですね! 妖精語の解析に戻りましょう!」


 これ以上ないほどの笑顔で伯爵は大げさに二度頷く。

 ちょっとスキップなんかしちゃったりなんかして。

 研究馬鹿の二人は、野営地へと戻るのであった。

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