第132話 魔力と妖精の関係性

 僕たちはアルスフィアに足を踏み入れた。

 伯爵を先頭に、僕と姉さんウィノナ、その後ろからドミニクたちがついてきている。

 アルスフィア内はそこかしこに魔力の光であふれていた。

 淡い光のは木々どころか地面や動物からも発せられている。

 不思議な光景だった。

 家の近くの湖で起きている現象と同じだ。

 それが森全体で起きているのだ。


「すごいわね。こんなに魔力の光が出ているなんて」

「そうでしょう! 儂もリスティアから帰ってから見たときには驚きましたぞ!

 これほど魔力が溢れているとは長年気づきませんでしたからな!」


 ゴルトバ伯爵は興奮しながら鼻息を鳴らした。

 姉さんは苦笑を浮かべる。

 すると伯爵は、我に返りこほんと咳をする。


「これは失礼しました。いやはや年甲斐もなく興奮してしまいましたな!」

「ふふふ。いえ、慣れているので気にしないでください」


 大人な対応を見せる姉に、伯爵は恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。

 しかしこの現象は、一体。

 ここにはエッテントラウトは存在しない。

 僕にとっては家近くに生息するトラウトは魔力を生み出す生物である、という印象が強い。

 しかしほかの湖に住むトラウトには魔力がなかった。

 つまりすべてのトラウトが魔力を発するわけではないと、僕は知っている。

 何かしらの原因があり、魔力を帯びていると考えていたのだ。

 そしてその原因はいまだにわかっていなかったし、ほかの場所で魔力を持つ生物は、魔物と妖精以外にはいなかった。

 だけどこの情景。

 単純な連想だけど、もしかすると……魔力を生み出す元はもしかしたら妖精なのか?

 いや断定するのは早計だ。

 しかし疑念は浮かぶ。

 思考を巡らせていると、ふと視線を感じて顔を上げる。

 伯爵が何かを期待しながら僕を見ていた。


「どう思われますか、シオン先生」

「……もしかしたら妖精が魔力の発生に深く関係しているのかもしれないですね」


 伯爵はさらに目を輝かせて、うんうんと頷いた。


「やはり! シオン先生もそう思われますか!?」

「ええ。魔力が自然物から発せられることは稀です。

 しかもこれほどの多量な魔力となれば、やはり特別な理由があるはず。

 妖精の森と呼ばれているほどですし、妖精は多く住んでいるでしょうし、関連性がないとは言えないでしょうね」

「まさにまさに! 儂もその通りかと思いますぞ!

 もしも妖精が魔力を生み出す存在であれば、魔力に関してもより研究が進むかと!」

「それに妖精の生態に関してもより深く知ることができますね」


 僕と伯爵は見つめあい、そしてどちらともなく手を差し出すと、同時にガシッと握手した。

 はたから見ると意味がわからないだろうが、少なくとも僕と伯爵は意気投合しているし、意思の疎通もできている。

 これが、同志ってやつかな、ふふ。

 手を離すと、僕はふと疑問を抱いた。


「そういえば、森の魔力に気づいているのは伯爵だけですか?」

「一応はラルフ……国王に報告はしておりますが、知っているのは一部の人間だけですな!

 この一帯は厳重な警備態勢が敷かれておりますゆえ、ほとんどの人間は入れませんからな!

 そも、魔力が見える者もほとんどおりません。

 メディフの怠惰病治療研修会に参加した者達くらいでしょうな。

 ちなみに同行しているドミニクたちも見えておりませんぞ!」


 なるほど。道理でドミニクたちの視線が正面にしか向いていないと思った。

 慣れている光景だとしても、光が浮かべば自然に視線が向くものだ。

 それなのに視線がほとんど揺るがないというのは違和感があった。


「では参りましょう!

 妖精の住処はいくつかありますが、一番大きな集落がこちらにありますので!

 ご案内しますぞ!」


 伯爵が大股で闊歩する。

 その後ろを僕たちは追った。

 隣で少しだけ呆れたような顔をしている姉を見ないようにする。

 正直、僕も伯爵と同じ心境だ。

 高揚が抑えきれない。

 これは本当にすごいぞ。

 僕が思っていた以上に魔法の改良に役立つかもしれない。

 妖精自体にも元々興味があったし。

 久しぶりに研究もできるし、魔力や魔法に対する造詣も深められる可能性があるし。

 待ちに待ったゲームを買う直前とか、旅行の前日とかと同じ心境というか。

 期待が抑えきれずに小躍りしたくなる。

 ああ、ダメだ。顔が緩む。

 楽しみすぎて、鳥肌が立ってくるくらいだ。

 ずっと我慢してたから余計に歯止めが利きにくい。


「うへ……うへへっ、うへへへっ!」

「シ、シオン様!? だ、大丈夫ですか!?」


 僕がだらしなく笑うと、ウィノナがおろおろとし始めた。

 そんな中、慣れた様子で姉さんは肩を竦める。


「ああ、大丈夫よ。いつものことだから。

 魔法に関わると、こうなるのよ。

 最近、魔法の研究もあまりできてなかったみたいだし、限界だったんだと思うわ」

「そ、そうなのですか……?」


 僕を一瞥するウィノナ。

 若干引いている様子だった。

 うん、普通はそうなるよね。

 わかってる。

 受け入れている家族がおかしいんだよね。

 ふう、落ち着こう。

 まだ何も始まってないのだ。

 これから、そうこれからなのだ。

 落ち着け。今からこれじゃ身体が持たないぞ。

 僕は何度も呼吸をして平静を取り戻した。


「大丈夫。ごめん、ちょっとテンション上がっちゃって」

「テンション……? そ、そうですか。

 周囲に魔力、が溢れているんですよね?」


 はっと気づく。そうだ。ウィノナはまだ魔力が見えない。

 サノストリアを出立してからずっと練習はしているんだけど、まだ魔力の放出や視認ができていないのだ。

 色々と試行錯誤はしているんだけど、どうにもウィノナには合わないようだ。

 ほかに何か方法がないかと探している最中で、ウィノナはかなりモチベーションが落ちている様子だ。

 何も変化がなければそうなって当然だ。

 それでも毎日練習しているのだから、偉いと思う。


「うん。森全体から魔力が溢れているね。多分、妖精が関わっていると思う」

「そうですか……わたしも見られればよかったのですが」


 心底残念そうに、ウィノナは自嘲気味に笑った。

 寂しそうな顔に、僕の胸はチクリと痛む。


「妖精を調べれば、もしかしたら魔力放出のきっかけになる何かがわかるかもしれないし、ウィノナの力になれるかもしれない。

 少なくとも魔力に深く関わっていることは間違いないからさ。

 だから……」

「シオン様……お気遣いありがとうございます。わたしは大丈夫です!

 すみません、愚痴を吐いてしまって」

「ううん。そう思って当然だから。むしろ愚痴を言ってくれた方が、僕は嬉しいかな」

「……ありがとう、ございます」


 ウィノナは少しだけ瞳を潤ませて、見つめてきた。

 熱のこもった視線を受けて、僕は落ち着かなくなってしまう。

 思わず視線を逸らすと、姉さんと目が合う。

 しかし姉さんは正面に向き直り、すたすたと先に行ってしまった。

 背中からは特に何の感情も感じ取れなかった。


「シオン様?」

「いや、なんでもないよ。行こうか」

「は、はい!」


 僕とウィノナは会話をしながら伯爵と姉さんの後を追った。

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