第130話 首都アジョラム

 首都アジョラムは木々と建造物が融合した形をしている。

 樹木はそのまま活かし、枝木や根本付近に木造建築物が並んでいる。

 床は石畳の部分もあるが、基本的には自然物を加工せずに道や壁にしている。

 自然の中に住むというコンセプトで作られているのか、家々の立地はかなりまばらで、高低差も当然ながらある。

 その景観がリスティアとは違った味となり、僕の少年心をくすぐった。


「なかなか面白い都市ね。リスティアとはまったく違うわ」


 姉さんは目を輝かせながら街並みを眺めている。


「メディフは自然保護を謳っているからね。

 そこら辺にある木々を勝手に伐採するだけでも刑罰に処されることもあるとか。

 まあ、許可をとれば可能ではあるみたい。制限はされているけどね」


 人間が生きるには植物を燃やしたり、加工したりする必要がある。

 メディフは自然保護を重要視しているが、かといってまったく自然に手を入れないというわけではない。

 木々が茂りすぎると土の栄養が枯渇したり、自然界全体でみると危険な場合もある。

 ゆえに国法に則って一定の自然の保持を目的とし、特定の業者や許可を得た人間には植物を採取、あるいは伐採することが認められている。


「ちょっと行き過ぎてる感じはあるわね。気を付けないと」

「そうだね。国にはそれぞれ違った価値観や思想があるから、僕たちの常識だけで考えない方がいい」


 馬車はアジョラムの大通りを進み続ける。

 ドミニクたちに先導してもらいながら、ウィノナは慎重に馬を歩かせていた。

 街中の運転は神経を使うものだ。

 操作を誤れば馬が暴走したり、あるいは人を轢いたりすることもあるからだ。

 彼女は貴族としても、侍女としても色々な教育を受けているため、当然ながら馬車の扱いには長けている。

 ウィノナに任せれば安心だけど、旅では料理や馬車の運転などかなり頼ってしまった。

 夜の番は僕がしていたけど。

 魔法が使えないと特殊な魔物に対抗できないし、魔物相手なら僕がもっとも適任だからだ。

 ちなみに馬車の運転は僕や姉さんも交代していたりもする。

 完全にウィノナに任せっきりではない。

 ウィノナは恐縮していたけれど。

 街中は人で埋まっている。

 馬車が通るのも一苦労で、移動速度はかなり遅かった。


「妖精祭ってどんな祭なのかしら、聞いたことがないけど」

「僕も初耳だよ。正直興味なかったから調べたことないんだよね」

「シオンは魔法のことばかりだものね。魔法に必要ないことは興味ないでしょ?」

「ぼ、僕も興味を持つこともあるよ?

 例えば生物とか魔物とか妖精の生態とかさ!」

「……魔力を出してたからでしょ、それ」


 図星を突かれて、僕は何も言えなくなってしまう。


「別にいいじゃない。自分が興味あることを調べるなんて当たり前でしょ?

 シオンはちょっと行き過ぎてる部分もあるけれど」

「姉さんも同じようなものだもんね? 剣術とかばっかりだし」

「これでもいろいろと勉強はしてるのよ?

 一応、領主の娘として最低限の法律とか、村人の状態とか収入と課税とか。

 正直、他国に関しての勉強は疎かだったけれどね」


 姉さんはしたり顔だった。

 ぐぬぬ、完全に上から目線だ。

 実際、姉さんはかなり勉強家ではある。ただあまり勉強ができる方ではないけれど。

 頭が悪いわけじゃない。多分、コツが掴めるかどうかの問題だろう。

 僕は悔しげに姉さんを睨むと嘆息し、肩を竦めた。


「わかった。僕の負けだよ。

 今言った部分に関しては姉さんの方が勉強してる」

「あら、別に勝負をしていたわけじゃないけれど。

 でも、そうね。負けを認めるというのなら、あたしも受け入れるわ」


 ふふんと鼻を鳴らし、姉さんは満足そうに笑う。

 いつもの姉さんよりはちょっと大人びていて、それでいて姉さんらしい反応だった。

 僕たちが談笑している中、馬車は街中を進み続ける。

 しばらくすると人垣がなくなり、進行速度は通常通りに戻っていく。

 家屋は明らかに豪奢になっていき、貴族たちが住まう区画であることは間違いなかった。

 高級住宅街から更に進むと森が見える。

 都市内でありながら茂った森があるのだ。

 しかし自然の森とは違い、かなり整備されている様子だった。

 森を通り、数分後、巨大な屋敷が視界に入る。

 部屋数は二十はありそうな屋敷でありながらも庭は自然物に埋められており、まるで放棄されているように見えた。

 しかしよくよく見ると木々は整えられている様子だった。

 ウィノナが庭に馬車を停めるとほぼ同時に、屋敷の扉が勢いよく開く。


「シオン先生ーーーーーーっっ!!」


 ゴルトバ伯爵が僕に向かってぶんぶんと手を振っていた。

 満面の笑顔の伯爵は、うきうきな気分を隠そうともせずに、走り寄ってきた。

 老人の速度ではない。全速力だ。


「お待ちしておりましたぞ!

 いやはや年甲斐もなく、待ちきれずそわそわとしてしまいましたぞ!

 道中、問題はございませんでしたかな!?」

「ええ、何も問題はありませんでしたよ。

 伯爵こそ、お元気でしたか?」

「ええ、ええ! そりゃもう毎日ハツラツとしておりまして、妖精の研究に勤しんでおります!

 しかし、疑問点はほぼ解消できずにおりまして。

 シオン先生のお力を貸していただきたい、と今日を今か今かと待っておりました!」


 この反応。

 これ、もしかして伯爵が待ちきれずに、ドミニクを使いに出したんじゃ。

 そもそも僕たちが今日、アジョラムに到着することは誰にも伝えていない。

 というかわからない。この世界では天候やら災害やら、様々な原因によって移動時間は変わってしまう。

 僕たちもご多分に漏れず、到着が数日前後することだってあるのだ。

 それなのに、僕たちが到着してすぐにドミニクたちが現れた。

 事前に把握していた?

 多分、違う。

 僕はちらっとドミニクの表情を窺う。

 彼は僕と目が合うと、苦笑を浮かべた。

 あ、これ、間違いないな。

 伯爵、僕が来るまで何度もドミニクに確かめに行かせていたんじゃないか。

 目の前できらきらとした瞳を向けてくるご老人に、僕は呆れ顔を向けた。

 気持ちはわかるけどね、僕も同じ立場なら落ち着いていられないし。

 それに元気といっても伯爵は年配だ。

 毎日人ごみを抜け、それなりの距離を移動して、人だらけの場所で僕たちを見つけるというのは大変だろう。

 最初はそうしていたのかもしれないけど、ドミニクが代理を買って出たのかもしれない。

 伯爵は誰かに命令したりするのはあんまり好きじゃなさそうだし。


「そちらの美しいお嬢様が、シオン先生の姉君様ですかな?」

「ええ、そうです」


 姉さんは流麗に頭を垂れると、


「お初にお目にかかります。シオンの姉の、マリアンヌ・オーンスタインです。

 これからお世話になります」

「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます。

 ウィノナ殿もお久しぶりですな!」

「お、お久しぶりです」


 伯爵は位を気にしない。ゆえに侍女であるウィノナにも敬意を払う。

 そういえばドミニクも侍女のウィノナに丁寧な対応をしていた。

 伯爵と似ているのかな。

 案外、伯爵の息子だったり……いや、名字が違うか。


「ささっ、長旅でお疲れでしょう。中へどうぞ!」


 伯爵は喜色を顔に滲ませながら、僕たちを屋敷に案内してくれた。

 二十日以上の旅はさすが堪えた。

 今日は早めに寝て、明日から妖精の調査を始めよう。

 そう考えると、疲れが少しだけ吹き飛んでいくのを感じた。

 けどしんどいので今日はやっぱり休もう。

 そう思いつつ、重い足を引きずり、伯爵の後を追った。

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