第122話 すべてはこの時のために

 僕は正面に座る女王に向かって口を開いた。


「三ヶ月の研修期間を終え、退学者以外はほぼ全員が怠惰病治療方法を習得できました。

 全員、本日本国へ帰還し、到着後すぐに治療に当たるとのことです」


 ここはサノストリア城、執務室。

 今日も真面目モードの女王を前に僕は報告をしていた。

 ちなみに僕は私服だ。

 毎回、形式的な服装を着る必要はないと女王に言われたからである。

 謁見の間を使う時だけは着るように言われた。


「ゴルトバ伯爵だけは治療までには至りませんでしたが、彼は魔力がないにも関わらず魔力に目覚めた特例ですので、三ヶ月という期間は短すぎたかと思います」

「理解しておる。問題ない」

「ありがとうございます。怠惰病治療研修会に関しては以上です。

 次に魔族に有効な武器開発に関して。

 フレイヤとその部下達の尽力により、変形型の鉄雷武器の開発ができました。

 まだ改良できる点はあるでしょうが、現時点では最良の武器かと思います。

 彼女は、武器生産と並行して、魔力発生効果のある防具の開発に取り掛かると言っておりましたので、任せて問題ないかと思います」

「うむ。よくぞ結果を出してくれた。妾も驚くほどの成果が出たと感じているぞ。

 実際に目の当たりにしたが、大したものだった。

 あの武器ならば、魔族に対抗できるじゃろう」


 僕は一度だけ頷いた。

 やはりそうか。

 女王は『物に宿る魔力が見えるようになっている』ようだ。

 予想はしていた。

 そうでなければ、安心できないだろうから。


「では僕に与えられた任務の二つは完遂できた、ということでよろしいですね?」

「そうだな。満足いく結果となった。

 そなたは妾の想定以上の働きをしてくれた。感謝している」

「ありがとうございます。そう言って頂けると尽力した甲斐がありました」

「うむ。しばしの休息を与える。後に、新たな任務を与えるゆえ、待機するがよい」


 女王は端的に返答する。

 彼女は常に手を動かし、書面に署名をしたり、確認したり、王印を押したりしていた。

 僕の方向を見ることはない。 

 王の忙しさが見て取れる情景だった。

 王ゆえに、そのぞんざいな態度が許される。

 それが当然であるからだ。

 そして彼女は、その当然を周りではなく、自分自身も鵜呑みにしてしまった。

 それは傲慢ではなく、彼女にとって常識だったのだろう。


 だからだ。


 だからこそ。


「申し訳ありませんがお断りします」


 僕が拒否を表した時、彼女はわかりやすいほどに驚きの表情を浮かべた。

 手を止め、顔を上げたその表情には、今までに見たことがないほどに驚愕を滲ませていた。

 しばらくの沈黙の後に、女王はゆっくりと口を開いた。


「今、何と申した?」

「お断りします、と申しました」


 静寂が訪れる。

 女王の表情は無に戻った。

 冷たささえ感じる彼女の顔を、僕はじっと見つめる。


「……理由を聞こう」

「僕の『最低限の任務』は達成できたからです」

「どういう意味じゃ?」

「僕は善人ではないということです」


 女王は意味がわからないとばかりに首を傾げた。

 それは単純な疑問だけでなく、不愉快さも表していた。


「ミルヒア女王、あなたはどうやら勘違いなさっているようですね。

 あなたはバルフ公爵からの報告と、実際に僕と会い、会話をして、その反応と返答を見て、僕を善人だと思ったのではないですか?

 だからこそ図書室でお会いした時、あのような話をしたのでしょう?」


 あの時、話した内容。 

 それは現状を僕に話すことで僕を巻き込み、国と世界を救うための手助けをするように誘導したものだった。

 簡単に言えば、知らなければ見過ごせるけど、目の前で人が倒れているところを見た場合、見過ごせなくなる現象と同じだ。

 もちろん、残念ながら見過ごす人間は少なくない。

 他人だからだ。

 でもやはり罪悪感なり何かしらの心情を抱く人も少なくない。

 その心理を利用して、女王は僕に実情を話した。

 僕が助力しなければリスティア国も世界そのものも危機に晒されるだろうと。

 実際、僕が何もしなければそうなる可能性は高いと僕も思う。

 しかしその事実を突きつけた場合、断る可能性もあるのだ。

 だが、彼女はそうならないと踏んだ。

 なぜならば僕のことを『善人だと思っていた』からだ。

 彼女の言動からその心証は窺い知れたし、バルフ公爵が僕を褒めていたこともくみ取れた。

 結果、女王は内情の多くを話し、僕と協力関係を築けた。

 誠意を見せることが、僕を籠絡する効果的な手段だと思っていたからだ。

 しかしそれは一部間違っている。

 半分正解で、半分不正解だ。


「僕は善人ではありませんよ、女王。僕はどちらかと言えば自分のことしか考えてませんから」

「……何を言う。そんな人間がどうして、自分の身を削って患者を治した?」

「理由は幾つかありますが、根底にあるのは善意でも僕の信条でもないです。

 これは僕の姉が『魔法で誰かを助けるのもいいんじゃないか』と話したからです」

「なんじゃと? そなたの姉の言葉があったから助けた、と?」


 僕は緩慢に頷いた。

 女王は目に見えてではないが明らかに驚いていた。

 この人はどうやら根は素直な性格らしい。

 彼女は心の底から僕がただの善意で彼女の命令を遂行し、患者達を治療したと思っている。


「もちろん僕にも心があります。善意も。誰かを助けたいという思いもありますよ。

 でもね、自分の身を削ってまで助けるつもりはないんです。

 だって自分が一番大切ですからね」


 僕は一度死んでいる。

 だからある意味では死に慣れているし、死の恐ろしさを誰よりも知っている。

 一度目の人生では人や社会、環境に振り回されることが多かった。 

 だから余計に思う。

 二度目の人生は自分の好きなように生きようと。

 けれど赤の他人なんてどうでもいいと思っているわけじゃない。

 ただ自分の身を挺して守るものでもないとは思っているだけだ。


 実際、魔法の研究自体は僕のためにしたもので、この力が役立ち、誰かが興味を持ってくれることは嬉しいけど、それは副次的な要素だ。

 あくまで僕の目的は魔法の研究、開発であることを忘れてはならない。

 それ以外にも目的はあるけど、あくまで第二候補的なものだ。

 はっきり言うが、王都に来てからの僕の行動は『最終的には僕の目的を達成する』という考えがあってのものだ。

 当然、すべてに興味がないわけでも、どうでもいいわけでもない。

 しかし根底にあった僕の感情は、純粋な善意ではない。


「ではそなたは姉の言葉に従い、人々を助けた、と?」

「それが一つ目の理由。僕は姉さんのことが大事です。

 だから姉さんの望むことをしてあげたいと思った。だから人助けをしたということです。

 そしてもう一つの理由は、単純に時間を短縮したかったから。

 僕はできるだけ任務を早く終えたかった。そのためにできるだけ時間を使って治療した。

 何度も言いますが、善意もありますよ。人並みには」


 考えてみて欲しい。

 自分が誰かを救う力があったとして、自分の色々なものを犠牲にして救おうとする人間がいるだろうか?

 いない。いたとしてもその人はやがて心か身体を壊す。

 大半は別の何か動機があるものだ。

 医者が患者を治す理由は患者のためだけではなく、金や地位のためでもある。

 純粋に患者のために働いている人もいるが、それは善意というよりは使命感だろう。

 それと同じで、僕が彼等を治療したのはある目的のために、できるだけ時間を短縮したかったからだ。

 もしも後回しにすれば、後々に時間を取られる。

 もちろん患者達を待たすことになるという理由もある。

 僕の目的と患者達の利害は一致していたというわけだ。


「武器開発に関しても同じ理由です。時間を有効に使いたかった。

 いえ、正確には『三ヶ月という怠惰病治療研修期間内に開発を済ませたかった』というのが正しいでしょうね。

 あなたが魔族に対抗する術の開発を僕に依頼することは予想できましたから」

「……すべては時間短縮のため、か」

「そういうことです。

 怠惰病治療の研修期間を短縮することはまず無理だと見込んでいました。

 ですのでその三ヶ月は目一杯使うことにしました。

 予定通り、大半の生徒は治療技術を習得することができた」


 ゴルトバ伯爵に関しては想定外だったけど、彼の存在はある意味では幸運だった。

 『いずれ魔力のない人間が魔力を生み出すことができるのか試すつもりだった』からだ。

 研究には犠牲がつきものだし、僕としてはできればそんなものは出したくない。 

 だから正直に言うと、彼のような存在はとてもありがたかった。

 自分からその実験をしようと立候補したのだから。

 人でなしと思うだろうか。

 僕は何もしてないし、むしろ彼の身体に問題が出ないように慎重にしていた。

 僕なりに気も使ったつもりだ。

 それでも問題があるのなら彼自身の責任だろう。


「僕はあなたの無茶とも言える要求をこなした。十分な成果を上げて。

 これは僕にしかできないことですし、何より僕が結果を出さなければこの国は窮地に追いやられていたのでしょう?」

「あの話が事実であればそうであろうな」


 女王はしたり顔でそう言い放った。

 彼女は冷めた視線を僕に向ける。

 謁見の間で見た、あの時の目をしていた。


「事実でしょう。全部ではないですが」

「ほう? 根拠があるのか?」

「情勢を見ても、リスティア国が四国に攻め入られる可能性は高い。

 そしてアドン帝国がリスティアの領地の一部を支配したことも間違いない。

 これは僕なりに調べた結果です。そもそも、隠す必要がないくらいに常識でしたけどね」

「それで? アドンがリスティアを攻め入るという理由は?

 状況を見れば、確かに我が国は劣勢じゃ。

 だからといって、侵略するかどうかは他国の考えに左右される。

 目の前に餌をぶら下げていても、噛む歯がなければ食せず、食欲がなければ見向きもせん。

 世間知らずのそなたにアドンの事情がわかるとでも?」

「いえ、わかりません。ですがメディフに関してはわかります」

「……どういうことじゃ」

「メディフでは『僕が怠惰病患者の治療をした際に魔力の光を発した』という噂が流れていたらしいです。

 この情報を知っていたのはゴルトバ伯爵です。

 つまり彼が知った情報は『僕がイストリアにいた時の情報』です。

 僕がイストリアの人達を治療したのは、王都に来る約一ヶ月前。

 その間にイストリアで僕の治療状況を見た、あるいは知った人がメディフに戻って噂を広めたということになります。

 噂が広まるには時間がかかる。

 怠惰病に関する情報だから一気に広まった可能性はありますが、数日では難しいでしょう。

 イストリアからメディフまで馬車であれば二十日くらいはかかるでしょう。

 治療初日の状況を見てからメディフに帰ったと考えても、残りは十日。

 その間に噂が流れるものでしょうか? あまりに都合がいいでしょう?」

「何が言いたい?」

「あなたが意図的に噂を流したんじゃないですか?」


 女王の表情に変化はない。

 この程度では彼女の牙城は崩せないようだ。


「なぜそんなことを妾がするのじゃ? 噂を流布する理由がない。

 以前も申したが、そなたのことは曖昧な噂の状態で留める必要がある。

 妾が噂を流すように指示すれば、余計にそなたの存在が明るみに出てしまい、噂の信憑性が増す。

 さすれば魔法の力に気づかれるやもしれん。

 そうなれば我が国の価値がむしろ上がり、侵略する理由が増えるだけじゃ。

 技術提供という体はなくなり、そなたがそのすべての力を握っておるということが露呈するのじゃからな。

 あくまで、以前妾が話した内容が正しいとするならば、の話じゃが」

「いいえ。逆ですよ。以前あなたが話した内容は『嘘』が交えてある。

 あなたは噂を流し、それが事実であると早い段階で他国へ知らせる必要があった。

 そうすれば僕の価値がわかる。しかしそれが真実であるかどうかわからない。

 真実を知るために侵略なり、一方的な交渉なりを先延ばしにするし、調査のために時間を稼げるということになる。

 僕が噂通りの存在であれば侵略すればいいかもしれない。

 しかしそれが間違いで怠惰病治療だけは事実であり、技術提供をして貰えず、強引に侵略に踏み切った場合、怠惰病治療ができなくなる可能性もなくはない。

 まずはその治療方法を明確に、あるいは『治療は事実で、その方法は不明瞭な状態』にする必要があった。

 それは僕の存在が他国へと明確に伝わり、僕以外には治療できないということが流布される可能性もある。

 だから噂の信憑性を一定レベルで留める必要があった。

 しかしそれはそれなりに信憑性が高い状態でという前提が必要です。

 かなり危険な賭けだ。だけどその手段をとるほどに切迫していた」

「……その根拠は?」

「僕は疑問に思っていたんです。なぜ他国に僕を派遣しないのかと」

「それは以前、話した通り、各国の優先順位を決めることで問題が」

「そこまでのものでしょうか? 確かにできるだけ早く治療を望むでしょうし、後回しにされればないがしろにされたと憤慨するかもしれない。

 しかし交渉条件として提示し、互いに譲歩すれば解決できなくもない問題でしょう。

 残念ながら僕は貴族の価値観を知っています。

 彼等は平民を下に見ている。国王も同じでしょう。

 労働力として見てはいるでしょうが、優先順位は高くはない。

 条件として、怠惰病に罹った人達が生み出すはずだったものの損失を補てんすれば、恐らくは交渉は成功するでしょう。

 ではなぜ他国が同時にリスティアに自国で選抜した人間を送ったのか。

 他国との交流というメリットは貴族達個々人の利益でしかない。

 ならば国のメリット。いいえ、デメリットは何かとあなたは考えた。

 そして、あなたは噂を流し、その信憑性が僅かに出た状態で各国に使いを送った。

 『自国で怠惰病治療の研修会を行う。そのために各国から指定の人数を送るように』と。

 噂レベルが、この言葉で真実に変わった。

 もしもあなたの言葉が虚言であれば国そのものの信頼が失われる。

 だから他国の王達は思った。やはりあの噂は真実なのか確かなければならない。

 あるいはすでに調査をして、状況を把握していたかもしれない。

 そして事実、その目撃者は多数存在した。

 『あなたの指示で』他国に目撃者を潜り込ませたからです。

 ここまでした理由は何か。

 なぜ噂を流し、下手をすれば僕を奪われるかもしれないという危険を冒したのか。

 なぜ一方的に使いを送り『リスティア国には価値がある』という態度をとったのか。

 それは以前、あなたが話した通り『リスティアが他国に侵攻されかねない状況だった』からです。

 賭けに出なければすぐにでも侵略されかねない、そういう状態だったからです。

 そして僕を奪われれば同じ結果になる。

 だからあなたは、まず怠惰病治療に関しての噂をそれなりに信憑性の高いレベルに引き上げるように画策し、僕という存在を各国が認識した上で、僕の重要性を明確に認識する前に、各国に使いを送った。

 僕を各国に派遣しなかった理由も同じでしょう。

 そしてあなたの計画は上手くいった。

 その証拠に『研修会では貴族達は僕自身に治療する能力があるとは知らなかった』のです。

 僕が治療をしていた、光を発していたという噂は知っていたようですが、それが真実だとは思っていなかったということです」


 女王はじっと僕を見つめる。

 目には何の感情も見えない。

 だがその反応は逆に何かあるということでもあった。

 彼女は何も反応しない。

 だからこそ、彼女の中には何かしらの葛藤がある。

 僕はそう見当をつけた。


「驚きの推理だ。じゃが根拠が薄い。妄言と言ってもいいな。

 何より、その噂とやらがある時期を境に増えたという根拠はなんじゃ?

 一部の人間の言葉を信じればどのような答えも正解になる」


 そう言われると思った。

 僕は懐から手紙を取り出した。


「それはなんじゃ?」

「あなたもご存じの『アドン出身』の父、ガウェインの手紙ですよ」


 この中には愛のある言葉がぎっしりと詰まっている。

 当然、母さんと姉さんの言葉も。

 しかしその中には僕が頼んでいた内容も入っている。

 その中身は『アドンで僕に関する、魔力に関する、怠惰病治療に関する噂が流れているか、流れているとすればその時期と内容を調べて欲しい』というものだった。

 出身地ならば、父さんの伝手なりがあると思ったからだ。

 結構ギリギリだったんだけどね。

 伯爵から話を聞いて、結構なお金を払って早馬を走らせた。

 その甲斐もあって、何とか間に合ったというわけだ。

 ちなみに答えはゴルトバ伯爵が言っていた時期とほぼ同じ頃からアドンで噂が広まったということだった。

 女王も焦っていたのだろう。

 噂を流す時期をあまりずらせなかったようだ。

 まあ、時間がなかっただろうからね。

 恐らく他の国も調べれば同じような状況だろう。


「なるほど。くくっ、そうか。そなたは『最初から』妾を疑っていたのじゃな」

「ええ。最初にあなたと会う前、バルフ公爵からあなたの言葉を聞いた時から。

 確信を持つまで、時間がかかりましたが」


 さすがに図書室での出来事は想定していなかったけど。

 あれほどの対応をする女王がいるとは思わなかったのだ。

 僕には目的があり、そして彼女を疑っていたが、しかし彼女の行動は、僕に影響を与えたことも事実だ。 

 少しばかり情が移ってしまった、ということ。

 女王のために頑張ってもいいかと思ってしまったということだ。

 まあ、だからといって僕の目的を決して変えるつもりはないけれど。


「なぜじゃ? なぜその時点で」

「だって、手紙の内容、どう見てもおかしいでしょう。

 幾らなんでも事情を書き連ねすぎです。まるでどこかに嘘があると言いたげじゃないですか」

「バルフ公爵め。まさかそのまま伝えたのか」

「いいえ『僕は書状を見てはいません』。

 バルフ公爵の伝令から、噛み砕いて伝えられただけです。

 ですが、やはり違和感はありましたからね。

 事情を詳しく説明しすぎていましたから。

 サノストリア城へ招へいする、程度の内容であれば疑問はなかったでしょうが」

「…………考えを巡らせすぎたか。

 その時点で『誠意』を見せるという意識が働いてしまっていたやもしれん

 ふぅ…………わかった。お手上げじゃ。そなたの言うとおり、事実、この国は危険な状態じゃ。

 ゆえにそなたの力を欲した。そなたの推理もすべて正解じゃ。見事見事。

 まったく大したものじゃ。妾がはぐらかすことさえ、想定しておったのか」


 女王は認めた。

 しかしこの彼女の言質は、ただ単に以前、女王自身が話した内容が事実だったと認めただけだ。

 なぜそんなことをしたのか。

 それは彼女が僕という人間の評価を変えたからだ。

 善人ではないという評価に。

 女王は、ならばこのままだとまずいと考えたはず。

 これまでの僕の功績や態度を考えると、よほどのことを要求してくるかもしれない。

 あるいは他国へ情報を流すかもしれない。

 それならば最初から内情を話すべきではなかっただろうが、彼女は賭けに出たのだろう。

 国の内情を話して問題が起こるリスクよりも、僕の信頼を得ることを優先した。

 それほどまでに状況は切迫しており、そして僕の存在はリスティアにとって重要だということだ。


「だから言ったでしょう。僕は善人じゃないって。

 あなたも『最初はそう疑っていた』から、わざわざあんな真似をしたんでしょう?

 『僕が他国へ行けないようにするため』に。

 先回りして、すでに事が決定していれば断ることは難しい。

 一方的に押し付けられても、責任があると言われれば人は断れない。

 その手法を多用しすぎましたね。

 それと今日、あなたは『魔導具の有用性を語りました』。

 それはつまり魔力が見えているということ。

 あなた自身は今まで魔力は見えなかったはず。

 見えていれば事前に白髪の女の言葉は正しいと気づいていたでしょうからね。

 でも今は見えている。あなたは裏で魔力を増やす訓練をしていたんでしょう。

 僕の魔法書を元にね。そうしなければ自分の目で確認ができないですから。

 それはつまり根本的には僕を信用していないということでもあります。

 もしかしたら途中で少しは気づいていたんじゃないですか?

 僕は純粋な善意で指示に従っているわけじゃないということに」


 深いため息を漏らす女王。

 僕は彼女の様子をただただ見守った。


「わかった。もうよい。そなたの功績は間違いなく、そなたの考えもまた間違いない。

 何が望みじゃ? こんな回りくどい方法をとるくらいじゃ。

 今までと比ではないほどの望みなのじゃろう?」

「さすが、話が早いですね。ではまず、僕はメディフに行きます」

「なっ!? そ、そなた本気か!?」


 女王は椅子から勢いよく立ち上がった。

 それは当然の反応だろう。

 リスティアに置いて、僕の存在は大きすぎる。

 僕がメディフに国籍を移せば、この国は本当の意味で終わってしまうかもしれない。

 そう、女王は考えたのだろう。

 しかし僕はすぐに首を横に振った。


「ああ、違います。

 リスティアは僕の故郷ですから、国籍を変更するというわけじゃありません」


 僕の返答を受けて女王は心の底からほっとしたように、椅子にへたり込んだ。


「き、肝を冷やしたぞ。まったく」

「すみません、言葉が足りませんでした。

 メディフに行きたいのは妖精に興味がありまして、ゴルトバ伯爵と妖精の調査がしたいからです。

 その前に、ちょっと自宅に戻ると思いますけど」

「そなた、じゃから『ウィノナ以外の侍女を雇わなかった』のか」


 真実を言うと、僕は侍女を雇おうとしていなかった。

 王都に来てしばらくは雇おうかと思っていたんだけど、近い内に王都を出る予定だったため、雇用しなかったのだ。

 雇った人に悪いし。

 けれどウィノナにも悪いことをした。

 ただ、真実を告げると彼女が困ると思ったため、黙っていた。

 先に言えば、彼女は今のように成長しなかったと思う。

 どうせいなくなる相手、仕事に対して真剣になれるかどうかは難しい。

 少なくとも何も言わない状態の方がまず間違いなく質は上だろう。


「……どれくらいの期間じゃ?」

「大体、二年ですかね」

「二年!? な、長すぎる!」

「いいえ、丁度いいでしょう。その期間がベストで、その期間が限界のはずですよ」

「……そなた気づいておったのか」

「ええ。次の赫夜の時期、それをあなたは二年後だと言った。

 ですが、実はその根拠はない。そうですね?」


 女王は諦観の面持ちで頷いた。


「では、この数字はどこから来たのか。それは『五国間の同盟期間』じゃないですか?」

「……なぜそこまでわかる」

「第一に赫夜の明確な期間はわからないはず。それはバルフ公爵も言っていました。

 次の赫夜まですぐではないですが、その具体的な期間はわからないと。

 それなのにあなたは二年と決めた。どうしてその期間になったか。

 それは『同盟が切れるまでの時間だから』ではないですか?

 つまり自国の安全が確保できる時間ということです。

 それまでに赫夜が訪れなければ、僕を狙う他国の人間が現れる。

 そうなった場合、あなたは交渉に従うしかない。

 立場が弱いリスティアが頑なな姿勢を取り続けることは不可能だからです。

 だからあなたは二年と言った。

 つまり『僕にその期間まで対策を練るように暗に伝えた』というわけです」

「ああ、そうだ、その通り。

 『今回の研修会の交換条件として結んだ同盟期間が二年』じゃ。

 その期間が過ぎれば、そなたの有用性をすでに知っている他国が強引な手段に出ることは間違いない。

 同盟を結んでいる最中は少しずつ需要を与えることで躱すつもりじゃが、その内の一つ怠惰病治療という技術は渡した」

「つまり後は魔導具と魔法だけということになりますね」

「うむ。しかし魔導具は魔族が現れん限りは有用性が伝わりにくい。

 赫夜以前に魔法の力を見せつけた場合、同盟を破棄して強引にそなたを奪いに来る可能性がある。

 それほど重要な技術であることは明白じゃ。特にアドンは軍事利用をするじゃろう。

 じゃが魔族が現れた後であれば、すでに魔導具を用意していた妾達の立場は上。

 事前に他国へ輸出しておいた魔導具が役に立てば、それだけで交渉として有利になる」

「なるほど。領地を取り返すつもりですか」

「……そうじゃ。魔導具生産には魔法の力が必要じゃ。

 怠惰病治療ができる者達もさすがに魔法開発や魔導具生産までは行きつかんじゃろう。

 魔導具の重要性は赫夜を境に一気に伝わる。

 その時に恩を売ると同時に、魔導具の生産技術の譲渡と共に領地を返還させる。

 赫夜でそなたの存在が明るみに出ることは間違いないが、その時点では我が国の立場は一変しておるはずじゃ。

 ただ魔族の出現地点によっては効果は薄いやもしれんし、何より遠方やもしれん。

 『演出』を考える必要はあるが」


 女王の言葉通り、厄介なのは僕の滞在地から遠い場所に魔族が出現した場合だ。

 魔導具を輸出しても限りがあるし、やはり保管しておくのは都心になる。

 他国の場合、遠すぎるし、武器もない。

 まあ想定通りだ。


「それも考えてありますよ」

「なに……? それはどういう意味じゃ」

「僕は自分の好奇心だけで妖精の調査をするわけじゃないです。

 魔法の研究のため、より魔法を向上させるためです。

 現時点では難しいですが、二年の歳月を費やせば、魔法を強化できるはず。

 僕は『長距離の移動が可能な魔法を造り出す』ことが大きな目標の一つなんです」


 つまりあれだ。

 飛行魔法。

 それができるようになれば、もしかしたら他国へ魔族が現れてもどうにかなるかもしれない。

 妖精には飛行魔法開発のきっかけになる何かがある気がする。

 まあ、単純に魔法関連の情報が妖精以外にないからなんだけどさ。


「そんなことが可能なのか……?」

「どうでしょう。でも僕は不可能なことを可能にしてきた自負があるので。

 様々な魔法を生み出したのは僕ですよ?」


 女王は不意に笑う。 

 諦めのような呆れのような笑いだった。


「そうじゃったな。常人では考え付かない魔法を、実用段階まで開発したのはそなたじゃ。

 そなた以外にはできなかったじゃろう。

 魔法に関してだけでなく、頭の出来も大したものじゃ。

 ふっ、よかろう。そなたは十分に成果を出した。後は好きにせい。

 怠惰病治療と魔導具開発ができれば後は何とかできる。

 そなたに頼りきりの国政はここで終わりとしよう。

 すまなかった。そして感謝するぞ、シオン・オーンスタイン」

「いえいえ、そんな感謝なんていいですよ。報酬さえ頂けたら」


 ひくっと女王の頬が動いた。

 あ、この人、誤魔化すつもりだったな。


「あれだけの成果を出したのに、ただ自由にするだけで終わりなんてあるわけないですよね?」

「………………何が望みじゃ。

 言っておくが、女王と言えど、可能なことにも限界があるぞ」

「ええ。大丈夫ですよ。きっと。これは僕だけじゃなくあなたにも利益があることなので。

 えーっと、ああ、あった。これだ。どうぞ」


 僕は鞄から紙の束を取り出すと、女王に渡した。

 彼女は訝しながらも紙を受け取ると目を通した。

 僕はニコニコ顔で彼女の反応を待った。

 女王は肩をわなわなと震わせ、そして叫んだ。


「ま、ま、『魔法学園設立の草案』じゃとーーーっ!? そなた正気か!?

 魔法を教え、広めるつもりなのか!?」

「ええ。あなたも国内で魔法を使える人間を育成しようとしていたんでしょう?」

「そ、それは、まあ、当然じゃ。そなたに任せようと思ったが、それは叶わんとわかった。

 ゆえに魔法書を元に教育をしようかと思っていたのじゃが……しかし、これは。

 魔法の存在を公表するということではないか?」

「ええそうですよ。魔法学園ですからね。魔法士の育成をするための施設です。

 国にとっても利点はありますよ。まず魔法の存在を周りに知らしめることができます。

 僕が一人一人に魔法を見せて、魔法はあるんですよというより、施設があれば人から寄ってきますからね。

 つまり魔法自体の価値と信憑性を一気に向上させ人材も確保できるということですね。

 それに魔法学園があれば当然ながら魔法を学ばせることできる。

 学業は優秀な人を作り、人は国を作りますから、国は栄えますよ。

 他国の人間に魔法の技術が渡るのが問題かもしれませんが、僕よりも強く詳しい魔法士はいないと思いますから、魔法という点に関しては追い抜かれることはないでしょう」


 現代の知識があってこそ魔法開発はうまくいく。

 それがなければ開発は遅々として進まないだろう。

 そもそも魔法なんて発想がこの世界にはなかったわけだし。


「し、しかし魔法自体は危険な存在じゃ。一般に広めるのは憚られる」

「そうですね。では、最初は魔法兵士育成の用途として使っていいんじゃないでしょうか。

 ただ一度技術を広めれば一部であったとしても少しずつ一般に広まります。

 そのデメリットはありますが、メリットも多いでしょう」


 まず自衛ができる。

 戦える人間が増えれば魔族に対抗できるようになる。

 今のように、いつ現れるのか、どこに現れるのか、現れた場所によっては何もできないという状況が改善する。

 第二に、魔法があれば国は豊かになる。

 魔法関連の製品開発や教育事業の発展。

 リスティアが魔法の有名な国となれば、それだけで需要が増えるし、経済効果も期待できる。

 旅行者も増えるだろうし、人が増えるだけで経済効果は生まれる。

 そして何より軍事力を強化できる。

 まずは国内の強化に勤しめば、それだけでリスティアの国力は増すし、多国へのけん制にもなる。

 魔族に対抗しうる手段を持っているのはリスティアだけとなれば他国との交渉は優位になる。


「それならばわざわざ学園という形を取らずとも」

「いえ明確に施設があることが重要です。権威を示すために建物を造ることもあるでしょう?

 形や見た目が重要なこともあることは女王もご存じのはず。

 それに大きな利点がある。

 ですから、その草案を作った。つまり『開発区画全域を魔法学園区画とする』わけです」

「……そうすれば学園開発が完了するまでの情報漏えいは最低限で済むということか。

 開発区画自体は隔離されており、現状は一部の守衛と哨戒兵、後は少数の事情を知る者達くらいしかおらん。

 その上、区画内で魔法関連の事業をすべてこなせるゆえ、魔法学園が設立されても情報が漏えいする機会が少ない、というわけか。

 もちろんそれは一時的なものじゃが、しばらくは制限ができる、か」

「ええ。現時点で開発区画は一般人の入場は禁止されていますから。

 なんなら、秘密裏に魔法学園を設立してもバレにくいかもしれませんね。

 あるいは、公に魔法学園設立を知らせた場合は、他国との交渉にも使えます。

 軍事教育機関としてでも公的魔法学園として運用してもメリットは大きいですね」

「……そなたもしや『魔法学園を設立するからこそ研修会に前向きだった』のか?」


 僕は笑顔だけを返した。

 当然、考えている。

 なぜなら五国の貴族相手に研修をし、明確な実績をあげれば、学園設立時に役立つからだ。

 僕自身の経験にもなるし、怠惰病治療という各国に大きな影響を与えた研修会を成功させたという実績も得られるからだ。

 完全な素人の提案で学園を設立するよりも圧倒的に説得力があるはずだ。

 それだけでなく『他国の有力な貴族の息子や娘との伝手もできた』のだ。

 彼らは自国へ帰ってから必ず僕のことを話すだろう。

 二年後、僕への信頼は自国以外でもそれなりに向上しているはず。

 それは魔法学園設立、運営の大きな手助けとなるだろう。

 まあ下心があって彼らを教育した面もあるということだ。

 もちろん教えることは楽しかったし、生徒たちのことは好きだけどね。


 女王は深いため息を漏らして、それ以上は言及しなかった。

 険しい顔つきのまま小さく唸っている。

 メリットがあるとはいっても一大事業になる提案だ。

 女王と言えど簡単に決められることではない。


「問題は費用……じゃな」

「それは僕の功績で補填してください。それが僕の願いです」

「無茶を言う。どれくらいの費用がかかるかわかっておるのか?」

「それくらいの価値はあったでしょう?」


 そのために『先に功績をあげてから交渉に踏み切った』のだから。

 しかも相手の立場や状況を考えて、メリットも提示したし、詳しい内容も考えてきた。

 これで無理なら、今後も交渉が上手くいくことはないだろう。

 手土産を持って行くか行かないかで相手の反応は大きく変わる。

 僕は女王の望みを叶えてから交渉に至った。

 相手に条件を呑ませるために。

  僕は失敗したくなかった。

 そしてこれ以外に魔法学園を設立する方法が浮かばなかった。

 だからこんな回りくどいことをしたのだ。

 普通に頼んでも女王が首を縦に振ることはなかっただろう。

 あまりに無茶な要望だからだ。

 女王は思案する。

 考え込み、三十秒。

 紙を机に置くと、鷹揚に頷いた。


「わかった。そなたの案を採用しよう。

 設立は二年後。それまでに赫夜がこなければ我が国はアドン帝国、あるいは他国に侵略されるじゃろう。

 しかし赫夜が訪れ、乗り越えた時、リスティアには光明が射す。

 その時を期待し、魔法学園を設立する。大臣にはまた愚痴を言われるじゃろうがな」


 女王は長いため息を漏らした。

 大変だな。王様になると色々と。

 僕のせいだけど。

 しかし案が通ってよかった。

 最悪、自分の屋敷か研修会で使っていた学校を改築する案を出すつもりだった。

 しかしその場合、大分規模が小さくなるし、デメリットが大きくなる。


「よし! よかった! いやあ、一つの夢が叶いますよ。あはは」


 僕は無邪気に笑った。

 魔法学園設立は夢の一つだった。

 魔法をみんなに教えて広めて、誰もが魔法を使える世界にしたい。

 そんな夢があったのだ。

 ああ、素晴らしきかな魔法世界。

 そんな世界を僕は待ち望んでいたのだ。

 世界中にいる、魔法に憧れる人達、待っていてね!

 もう、一人で痛い呪文とか言わなくていいんだからね!


「そなた……どの顔が本質なのじゃ。時として大人、いや老獪ささえ窺える時がある。

 じゃが今は年相応の子供のようじゃ。そなたの真実の顔はどれなのじゃ」

「全部僕ですよ。どれも本当の僕です」


 子供の自分、大人の自分、日本での自分とこの世界での自分。

 それぞれが混在しているのが今の僕なのだから。

 年齢的には女王よりも上だし、それなりの修羅場もくぐってきた。

 立場は違うけど、僕にもそれなりに経験と知識と技術があるというだけだ。

 女王は嘆息し、そして降参とばかりに両手を上げた。

 それは数ヶ月に及ぶ、僕の計画が成功を収めたことを意味していた。


「最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

「なんじゃ、もう何でも聞け」

「どうやって研修生を選別したんです? その条件はなんだったんですか?」

「……現王族との近親者。二十親等程度のな」


 予想はしていた。

 今の女王を見ればおかしなことではない。

 彼女には魔力があるからだ。 

 王である彼女が、自分に魔力があるとわかれば、魔力のある人間はもしかして王族の近親者なのではないかと思うだろう。

 しかし僕は彼女に、彼女自身に魔力があることを伝えてはいなかったし、実際に会うまでは知らなかった。

 あの時、僕が彼女に魔力があると伝えてもすでに遅かったから、伝える必要性もなかった。

 だから彼女は僕が魔法を使えるようになり、イストリアで怠惰病患者を治療できた時、ようやく魔力と魔法の存在に気づいた。

 それは彼女自身に魔力があると気づいたということではないはずだ。

 今は魔法書を参考にした上での努力によって、魔力の光が見えるようになっているようだが。

 それは女王が選別条件を提示した後の話のはず。

 その人間、生物が持っている魔力を視認するには鍛錬が必要だ。

 これは以前も話したが、魔力を知り、学んだばかりの人間が見える魔力は『放出した魔力だけ』である。

 つまり帯魔状態以上の魔力放出状態に移行した場合だけ視認できるということだ。

 常に纏っている魔力の膜を見るにはそれなりの鍛錬が必要だし、生徒達はまだそれができない。

 僕は彼女に魔力があるとは伝えていない。

 しかし彼女は魔力があると気づいていた。

 だから自分で魔力の鍛錬をして、物や人に宿る魔力を視認できるようになっているのだろう。

 彼女は王族、つまり自分に魔力があるとはわかっていなかったはずだ。

 しかし何かしらの理由があって条件を思いついたはず。


「どうしてその条件で?」

「さてな。そなたほどの頭があればその内わかるであろう」


 僕は僅かに思案したが、思考を止めた。

 ここで考えてもわかりそうにない。

 しかし女王がその条件を提示した理由は確実にあるはずだ。

 とりあえず僕に関連する内容ではなさそうだし、気にしなくてもいいかもしれないな。

 頭の片隅に留めておこう。


「もうよいか? 長い時間を費やしたからな。話は終わりにしたいのじゃが」

「ええ。ありがとうございます。とても有益な時間でした」

「妾にとってもそうであったと思いたいところじゃ。

 ご苦労だった。そなたの働きは覚えておくが、対価はもうやらんぞ」

「ええ。もう望みはないので大丈夫です。それでは失礼します」


 僕は女王に背を向けて執務室を出た。

 僕の胸中には達成感で満たされていた。

 もうやるべきことはやった。 

 僕は鞄から家族からの手紙を取り出した。

 その中にはずらっと、僕への言葉が並んでいる。

 その中で大半を占めていたのは、姉さんの言葉。

 元気なのか、どんな生活を送っているのか、身体は壊してないか、人間関係は上手くいっているのか、食事はちゃんとしているか、そしていつ帰ってくるのか。

 王都に来て幾度も手紙を交わしたけど、いつも同じような内容だ。

 姉さんが僕に会いたがっていることはわかっているし、寂しいのもわかる。

 僕も同じ気持ちだからだ。

 それも、もう終わりだ。

 僕の目的も、僕がやるべきことも、すべて終えた。

 僕は人知れずで安堵のため息を漏らす。

 ああ、さすがに疲れた。

 さあ帰ろう。

 家族の、姉さんの下へ。

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