第112話 それがロマンってやつさ

 無言の中、僕達は開発区画内の開発施設に到着した。

 カンカンという打音が響く中、施設内には屈強な男達が、何かを叩いている姿が見受けられた。


「おう! 来たね」


 金床の上に乗せていた金属を叩いていたフレイヤが、僕達に気づくと手を上げた。

 傍にいる男に何やら目配せをすると、男は奥の方へと走っていった。

 フレイヤは汗を拭いながら僕達のところまで移動してくる。


「お疲れ様。調子はどう?」

「ん、悪くないね。雷鉱石の加工もある程度は慣れてきたし、並行して運搬も進んでるから、結構な雷鉱石が倉庫に入ってるよ。

 ちょっとバチバチとうるさいけどね」


 最初に出会った時より、表情が明るい。

 女王との契約により、フレイヤ達にもやる気が出ているようだった。

 仕事に取り掛かる姿勢として、これ以上ないくらい気力が満ちている。

 彼女ならば今まで以上の成果を出せるだろう。


「そう、進捗は悪くないみたいだね。

 それで件のあれは、どうなってる?」

「うん。それに関してはちょっと待って。あ、来た来た」


 男達が武器を抱えてやってきた。

 テーブルに完成品を並べていく。

 青白い刀身は同じで、神聖な雰囲気さえ感じさせた。

 美しいシルエットは、見る者の視線を奪う。

 それぞれの武器を簡単に観察してみた。

 ……良くも悪くも予想通りの形だな。


「あんたの言う通り、鉄雷同士を反応させて、電気を発生するようにしたよ。

 剣が一番わかりやすいかな」


 フレイヤが手に取った剣は常に電気を発生していた。

 形は二つの直角三角形型の刀身になっており、垂直の辺を向かい合せてシンメトリーに配置している感じだ。

 互いの間には数センチの隙間があり、そこに電流が流れている。

 鍔(つば)は鉄雷ではなく恐らくは鋼鉄か何か。

 電流をとどめるためだろう、唾と柄には加工したマイカが巻きつけられている。

 そのおかげで手元に電気が流れることはなさそうだ。

 槍も同じような構造だった。

 ただし刀身はかなり薄い。


「電気は発生させられているけど、常に発生しているからうるさいし、扱いに困る。

 一応、ペラ鉱石……じゃなくてマイカで鞘も作ったんだ。

 鞘があれば電流を抑えることはできなくもない、かな」


 フレイヤから剣を受け取ると、眺めてみた。

 刀身は綺麗だ。武器としての強度はある程度、維持できているだろう。

 ただし刀身は二本伸びており、武器として扱った場合、片方の刀身にかかる衝撃が強い。

 それぞれの刀身は細く、4センチくらい。

 二本の刀身と隙間を合わせれば、一般的な長剣よりは厚みがあるということになる。

 当然ながら重量もあるし扱いづらい。

 武器としてはやや未完成な部分があることは否めない。

 それに常に放出する電流。

 これに触れると使用者も危険だ。

 武器としての体裁は保てているし、十分な出来だと思うけれど。

 ここら辺が妥協点なのかもしれない。

 けど。


「どうだい? 正直に言ってくれ」

「……そうだね。うーん、悪くはないと思う。けど実用性はちょっと低いかもしれない。

 かなり重いかな。これを振るのは結構大変なんじゃないかな」

「やっぱりそうかい。電流を発生させることと、十分な強度を考えるとどうしても刀身の厚みはこれくらい必要になってね。

 これでも大分削ったんだけどさ」

「そうだね。武器として考えるとこれが限界なのかな」


 理想を言えばきりがない。

 そして素人である僕の意見は、現実味がないものもあるだろう。

 やはりこれくらいの武器が妥当なのだろうか。

 もちろん完成ではないけど、これをベースに改善していくべきかもしれない。

 そう思っていたら、フレイヤが頭を振った。


「いや、他にも試作品はあるよ」


 彼女が言うと、奥の部屋から戻ってきた男達が新たに別の武器を持ってきた。

 並んだ武器を見て、僕は少し驚きを覚えた。

 それぞれの武器の刀身、中央付近を切り抜いたような形をしていた武器達が横たわっている。

 なるほど、それぞれと完全に別物とするのではなく、刀身の中央に空間を作ることで電気反応を促したということらしい。

 鉄雷武器達は常に電気を流しているので、うるさいったらない。


「これが次に考えたやつね。さっきのは強度と重量に問題があったから、刀身の幅をやや薄くして、中央部分に穴を空けてみた。

 重量の問題は解決したと思うよ」


 確かにこれならばさっきの鉄雷武器試作品一号よりは問題点を解決できている。

 重さもかなり違うし、強度は同じくらいだろう。

 魔力も見える。魔族に有効な魔力量は蓄積しているんじゃないだろうか。


「で、次ね」

「え? ま、まだあるの?」

「そりゃあるさ。開発して三週間もあれば色々と試せるんだしさ」


 それはそうかもしれないが、こう、ぽんぽん出てくるものなのだろうか。

 次に出てきた武器は試作品二号をベースにして、隙間に幾つかの補強が入っている。

 穴は三つにわかれて、途中でやや厚みのある繋ぎが走っている。


「強度をより高めるために縦の空間を作るんじゃなく、三つの空間を作ることにした。

 これでも一応、電流は出てるけど、どうだい?」


 強度は高まっている。

 重量は長剣としても適度なレベルだ。

 電流も走っている。

 しかし、少しばかり魔力量が少なくなっているかもしれない。

 電気反応が起きる部分が限定的になっているため、発生する魔力が減少している。

 しかしこれはこれで効果はあるだろう。

 二号か三号か迷いどころだ。


「悪くないと思う。ただ三つ目の方が少し魔力が少ないかな」

「敵に有効じゃないってことか。やっぱりね」

「うん。うん? やっぱり?」

「ああ、以前、魔力が何とかって言ってただろ?

 電気が多い方がその魔力って奴が多くなるんだよね?」

「そうだね。そうだけど、もしかしてまさかまだ試作品があるの?」

「あるよ。ほら、これ」

「あるんだ……えーと」


 新たに並べられた武器を見て、僕は思わず目を見張る。

 それは先ほどの三つとは違って、見た目は普通の剣に近かった。

 ただし刀身の真ん中に一本の線が走っている。

 それが何を意味するのか、明確にはわからなかったけど、もしかしたらという思いが浮かぶ。


「手元に引き金があるだろ? それを引いてみて」


 言われるままに、剣を握り、柄に備え付けられている引き金を引いた。

 すると金属音と共に刀身が『真っ二つに割れた』。

 形としては一号に近い。

 変形すると同時に電流音が響き渡る。

 巨大な扉が開くように刀身中央が左右対称に離れていき、中央に空間ができたのだ。


「おおおおおおおーーーーっ!」


 僕は思わず声を上げた。

 それも仕方ないこと。 

 こんなギミックを見たら男の子は嬉しくなってしまうものなのだ。

 ……僕は男の子って年齢じゃないけどさ。


「これはまだ試作品の試作品だけどね」

「それはどういう意味?」

「ほら、あんたが電気を発生させたら魔力が生まれるって言ってただろ?

 ってことはさ、もしかしたら発生した魔力ってのは、電気が発生している最中だけ魔力が生まれるんじゃなく、魔力そのものは鉄雷に溜まっていくんじゃないかって思ってさ。

 その試しに作ったんだ。もしもそれが正しいなら、魔力を貯めて、刀身を閉じて戦えるじゃない?」

「なるほど……うん? でもそれなら常に電気を発生させていても同じなんじゃ?」


 二号、三号は常に電気を発生させている。

 その状態の方が魔力は蓄積するだろうし、敢えて電気発生をとどめる必要はないだろう。

 問題点はうるさいことと、電気が危ないことくらいじゃないだろうか。


「まあ、あたしもそう思ったんだけどさ。

 そっちにある武器を見てよ」


 言われるままにフレイヤが指し示す方にあった武器を見た。

 それは試作品一号、二号、三号だった。

 しかし電流は発生していない。


「そっちのは最初の方で作った奴ね。さっき見せたのは最近作った奴」

「つまり、電気発生はずっと持続するわけじゃないってことか」


 雷鉱石もそうだけど、常に電気を発生しているわけじゃなく、断続的だ。

 それに自然的な鉱物であるからか、長い期間、電気を発生させる。

 具体的な期間はわからないが、数年以上はそのままだろう。

 しかし雷光灯や鉄雷武器は常に電流を発生させている。

 しかも加工した、いわば人工物。

 自然の状態よりも無理やりに性質を変換させているためか、雷鉱石の時よりも電力は低い。

 今までは知らなかったけど、鉄雷だと電気反応を続けさせた場合、長続きしないのだろうか。

 雷光灯の場合は夜の間だけだから、昼間に使うことはない。

 そのためか、今まで電気が発生しなくなったという話は聞かなかったのかもしれない。


「一週間くらい経過したらさ、電流が出なくなったんだ。

 ちなみにマイカで覆って、電気反応を止めて、しばらくしたらまた発生したよ」

「そうか。魔力と同じで、内包する魔力と電気を使い切ると発生しなくなって、休ませると自然に回復する、ってことか。

 考えてみれば、それも当然なんだけど」

「そうだね。ただ最初の試作品は重量と強度の問題がある。

 かといって、二つ目三つ目の絶縁体を作るのは難しい。

 っていうか手間がかかりすぎるし、面倒臭すぎる。大量生産は無理だね。

 ってことで、考えたのが四つ目の、変形型の奴ね。

 これ見た目は複雑そうに見えるだろうけど、それぞれ別に作れば、結構簡単に作れるんだよ」

「なるほど。すごいね、これはちょっと予想以上だった。

 いいね! これ、いいよ! すごく好きだな、僕は!」

「お、わかるかい? この良さが!」


 フレイヤが嬉しそうに言った。

 彼女もこの武器の良さがわかるようだ。


「うん。ロマンがあるね! 変形する時の音もいいし、このシルエットもいい!

 しかも簡単に変形できるのが素晴らしい。変形後、電気が発生するのも最高だ!」


 音を表現するならば、カチッガコンガキンキュウバチバチバチって感じだ。

 これに興奮するなというのが無理がある。


「ふふふ! そうそう、それがいいんだ。

 アタイもこだわってね。武器として強度、切れ味、重量も大事だけど、やっぱり見た目も重要だろ?

 ほら、この変形時のシルエット。最高じゃないか」

「うんうんうん、いいね! いいよ!」


 僕は変形の時の動きが気に入り、何度も変形させた。

 音がいい。見た目もいい。

 僕は魔法が好きだ。でも魔法だけが好きなわけじゃないし、別の物にもロマンを感じる。

 これは素晴らしいものだ!

 あ。忘れてた。魔力が蓄積するのか見てみないと。

 しばらく変形させた状態で電気を発生させ、その後に、第一形態に戻した。

 見た目は少し厚みのある長剣になった。

 魔力は――残っていた。

 しかも結構な長い時間。

 徐々に魔力は減少していったけど、刀身には確かに魔力が流れていた。

 魔力は電流に伴って発生するが、電流そのものが魔力だというわけではない。

 つまり電流がなくなっても、帯魔しているということだ。


「うん、魔力は残ってるね。時間と共に少しずつ減ってるけど」

「よし! 思った通りだね! これなら変形は有効かな。

 ただギミックを作ると、継ぎ目部分の強度が心配なんだよね。

 そこがこれから改善すべき点ってところかねぇ」

「難しそうだね。ただそこができればこのロマン武器は完成するわけだし。

 頑張って! フレイヤ! 僕にできることがあるのなら、なんでもするから」

「あはは、わかったよ。アタイも全力で頑張るからさ。

 そうそう、それと開発中に思ったんだけど、あんた専用の武器はいらないのかい?」

「僕はこれがあるから大丈夫。

 ロマン武器を扱えないのはちょっと残念だけど、武器の扱いは下手なんだ」


 僕は腰に携えていた雷火をフレイヤに見せた。


「ちょっといいかい?」

「うん? いいけど」


 フレイヤに雷火を渡す。

 すると彼女はマジマジと雷火を観察し始めた。


「なるほど鉄雷を手のひら部分に装着してるんだ。

 指先には火打石があるね。上手く取り付けてある。

 ってことは火花を発生させることと電気を発生させることを可能にしてあるんだね。

 関節部分も上手く継ぎ目を作っていて、違和感がないようにしてあるね。

 これは……大した出来だね。これを作った職人は相当な腕前だよ」

「そうなの? 知り合いの人に作ってもらったんだけど」

「へえ、こんな物が作れる職人ならいつか会ってみたいね。

 せっかくだしこいつを改良するかい? 時間はかかるけど、どうする?」

「ま、まま、まさか、へ、変形するのかな?」

「さあ、どうだろうね。今のところその案はないけど。

 改良はできるはずだよ」


 変形するのかと思ったけど、それはないのだろうか。

 まあ、今の形でも電気発生は好きなタイミングで起こせるわけだし、変形は必要ないか。

 残念だけど、改良できるのならばありがたい。


「それじゃお願いしようかな」

「あいよ。任されたよ。念のためにどういう用途なのか教えて。

 それを元に、改良するからさ」

「わかった。えとこの武器は――」


 僕とフレイヤは武器開発に関しての話し合いを始めた。

 他のみんなを放っておいて没頭していたため、気づけば数時間が経過していた。

 我ながらちょっとテンションが上がりすぎちゃったな。

 ただ楽しい時間が過ごせたことは間違いなかった。

 フレイヤもやる気を出したし、話している間、楽しそうにしていた。

 武器に、特にギミックがある物に対しての熱い思いを互いに語り、僕達は友情を育んだ。

 有意義な時間を過ごせた一日だった。

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