第58話 いいですわよ

 二週間が経過。

 魔物相手の魔力供給実験を終了した。

 魔力供給調整の感覚が理解できたからだ。

 魔物相手の実験は十分にできたといえる。

 伴ってブリジッドの仕事がなくなることになる。

 そこで彼女にはイストリア周辺だけでなく、サノストリアや他国の魔物の生態系変化を調べてもらうことにした。

 レイスのことだけでなく、近辺に強い魔物が増えたことが気になる。

 バルフ公爵は数ヶ月前から起きていたことだし、異常は特に見られないので問題ない、と判断しているようだが。

 どうも気になる。

 レイスの出現と何かしら関係がある可能性もあるからだ。

 一先ず、魔物討伐は完了したためラフィーナには騎士の仕事に戻っていいと言ったんだけど……。

 日中、ラフィーナは僕の護衛をするらしい。

 彼女曰く、


「怠惰病治療に関して、魔法を使える人間は不可欠!

 シオン以外は怠惰病を治せないのならば、シオンに何かあってからでは遅い!

 故に私はシオンを守るぞ! 怠惰病を治すまでな!」


 ということらしい。

 何とも騎士らしいというか、騎士そのものというか。

 ということで移動する場合は彼女が同行することになっている。

 さすがに室内では別行動だけど。

 次に魔物対策に関して。

 未だにレイスの出現は確認できていない。

 雷光灯撤去の声が上がり、徐々に減らされてしまったようだ。

 怠惰病患者達で回復した例は一度もなかった。

 軽度患者に対しての実験は家族への確認が必要だし、まだその段階ではない。

 あなたの家族で実験させてくださいとは言えなかった。

 しかしいつかはその必要が出るだろう。

 その前に必要なことを僕はしないといけない。


   ●○●○


「――いいですわよ」


 簡単に即答された。

 目の前でローズがきょとんとしている。

 僕もきょとんとしている。

 僕はローズに魔力による実験をさせて欲しいと話したところだった。

 勇気が必要だった。

 こんなことを頼めばいい気はしないだろうし、嫌われても当然だと思ったからだ。

 でも、ローズの反応は僕の予想とは違った。


「へ? い、いいの?」

「ええ。構いませんわ」

「い、いやでもわかってる? さっきも説明したけど、ローズで魔力反応を見るってことは、何が起こるかわからないってことで」

「命の危険があるかもしれないのですわよね?

 怪我を負うかもしれませんし、何が起こるかわからない。そうですわね?」


 淡々と答えられ、僕はおどおどとしてしまう。

 グラストさんの家の客室で、僕はローズと二人で話をしていた。

 他には誰もいないため静まり返っている。


「そう、だけど」

「でしたら、問題ありませんわ。もっと早く言ってくださればよかったのに」

「言えないよ。治療のために、危険な目に合ってくれなんて」

「何を言ってるんですの。

 危険ではありますが、すぐさま命を落とすわけじゃないでしょう?

 友人のため、村人のため、ひいては世界中の怠惰病患者のためなのでしょう?

 でしたら迷う必要はありませんわ。私にできることならばやりましょう」


 真摯な視線。

 迷いなく恐怖もない。

 その毅然とした態度に僕の方が狼狽してしまう。

 なんて強く正しい人なのかと思わずにはいられなかった。


「ありがとう。ありがとうローズ」

「礼は治療方法が見つかった時にでもお願いしますわ。

 それでどうすればいいんですの? その魔力? とやらはあの光なんですわよね?」

「うん。まずは説明させて。魔力っていうのは魔法を使うために必要な力で――」


 僕は魔力に関しての説明。

 魔法の説明。

 怠惰病に関しても詳しく説明した。

 実際に魔法を見せた時、ローズは一際大きく驚いたが興味深そうに話を聞いてくれた。

 ローズに見せたことがあるのは魔力による浄化だけだったし。


「――なるほどわかりました。中々、不可思議な内容でしたが、理解はできました。

 完全に受け入れるのは少し時間がかかりそうですが……。

 とにかく怠惰病治療に関わるのは間違いないようですわね。

 では、その魔力を私に流し、反応を見るということですわね?」

「そうなるね。まず僕はローズに魔力を流す。

 ローズはただ自分の身に起きている状況をできるだけ早く、詳細に教えて欲しい。

 痛い、苦しい、違和感がある場合はすぐに教えて。

 我慢は絶対にしないで。大事なのは具体的に変化を知ることだから」

「わかりましたわ。それくらい簡単ですわね」


 得意気な顔をしているローズ。

 なんだかちょっとラフィーナと姿が被った。


「じゃあ手を出して」

「はい。どうぞ」


 ローズが手を差出し、僕は優しく触れた。


「ふふ、そういえば以前、私とシオンが手を繋いでいるとマリーが怒りましたわね」

「そんなこともあったね」

「またあんな風に話せればいいですわね」

「……そうだね。じゃあ、行くよ」

「いつでもいいですわ」


 僕は魔力を少しずつローズに流す。

 魔力量を10から徐々に増やしていく。

 熱を感じる。痛みはなく、柔らかい何かに触れているような錯覚がする。

 20。変化なし。

 30。


「ちょっと熱いかもしれないですわ。でもそれだけですわね」

「もうちょっと大丈夫?」

「もうちょっとどころか全然大丈夫ですわね」

「じゃあ続けるね」

「ええ、どうぞ」


 40。ローズは集中している様子だったけど、口は開かない。


 50。同じ状態。

 60。同じ。

 70。同じ。

 80。同じ。


 ……90。


「どう、かな?」

「腕は変わりませんが、身体がちょっとポカポカしてきましたわね」

「痛みは?」

「ないですわ。むしろ心地いいくらいですわね。続けてもよろしくてよ」


 僕はローズから手を離した。

 一度も魔力放出量はこれが限界だ。


「いや、これが最大量なんだ。ということは一時的に最大魔力量を供給しても、魔力持ちの人には問題ない、ということかも」

「一時ではなく継続しないとわからない、ということかもしれませんわね」

「そうだね。考えてみれば一瞬だけ魔力を与えても表面的な反応しかないよね。

 魔力が枯渇しているのなら、供給するための時間が必要。

 となるとしばらくは少量の魔力を供給する方式に変えた方がいいみたいだ。

 魔物と違って、人体は炭化するようなことはないとわかったし」


 合成魔力によって集魔状態を常時維持することはできている。

 それに十日前からなぜか連続して魔法を使えることも可能になっている。

 理由はわからないけど。

 とにかくほぼ一秒ごとに魔法を発動できるようになっているのだ。

 ただあまりに再発動までの時間が短くて、魔力を練ることが上手くできない。

 多分、慣れていないからだろう。

 もっと効率的に魔力を連続して練ることができれば連続魔法も威力を落とさず使えるだろう。

 要はタメだ。

 魔力放出量自体は変わっていないんだけど。


「じゃあ、最初は少量の魔力を供給し続けるやり方にするんですわね?」

「うん。一応、最初だし十分程度に抑えてやろうと思う。

 それで問題なさそうなら徐々に時間と量を増やしてみたいんだけどいいかな?」

「構いませんわ。ちなみに副作用というか、何か変化がある場合はどんな症状が?」

「身体の炭化と火傷かな。

 魔力が身体の活力のような役割も担っているとしたら、それ以外の副作用はあんまりないとは思うけど。

 もし異常があったらすぐ言ってね。ちょっとした変化でもいいから」

「心配しなくても、きちんと報告しますわよ」

「ありがと。それと今回は僕だけでやったけど、次からは医者のコールに付き添ってもらうよ。

 何かあったらすぐ処置できるし、専門家がいた方が気づくこともあるだろうから」

「ふふ、わかりましたわ。やはりシオンは頼りになりますわね」


 上品に笑うローズに僕は小さく笑い返す。

 本当にありがたい。

 彼女の存在は僕にとってとても重要で大切だった。

 それは友人としても協力者としても。

 利用しているんじゃないか、という考えも浮かぶ。

 綺麗事を言うつもりも、言い訳をするつもりもない。

 でも僕はなりふり構ってはいられない。

 姉さんを、怠惰病患者を救うために。

 あらゆる方法を模索する。

 それが最善の道なんだ。

 そう思っていた。


 ――更に二週間程が経過。

 大きな進捗もないままに、イストリア内に配置された兵へ配給された雷光灯は撤去されることになった。

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