第44話 魔法の理
中庭で、僕は魔法の研究を兼ねた鍛錬をしていた。
姉さんは、走り込みのため近くの森へ行っている。
成長するにつれ、中庭で鍛錬をするのは難しくなったからだ。
ということで僕は今、一人で魔法の訓練をしているというわけだ。
数年前までは姉さんや誰かが近くにいない場合は、魔法の訓練をしてはいけなかった。
十歳になった今では一人で、研究をしてもいいことになっている。
日々、続けている鍛錬だが、最近ではやや頓挫気味だ。
まずは僕が使える魔法について。
単一魔法は『フレア』『ボルト』『アクア』『ブロウ』の四つ。
特殊魔法は『ジャンプ』『フォール』の二つ。
単一魔法は属性魔法とも言い、基本となる魔法だ。
特殊魔法は単一魔法の派生魔法。
ジャンプは近距離の移動しかできず、方向も自由にとはいかない。
将来的には空を飛びたいけど、難しいかもしれない。
フォールは地面に空気を流して、対象の足元に落とし穴を作る魔法だ。
現時点では数十センチの穴というかへこみ程度しか作れない。
次は合成魔法だ。
現時点で使える合成魔法は以下の通り。
新たに覚えた、実験した魔法に関しては★印をつけている。
・魔力+魔力=相乗魔力
…【魔力量と魔力濃度の向上】即時発動
・(魔力+魔力)×フレア=ツインフレア
…【相乗魔力を費やしたフレア。フレアの上位版】即時発動
・フレア×放出魔力=ボムフレア
…【フレアに魔力を接触させたフレア威力は高いが、瞬間的】数秒後発動
・(魔力+魔力)×フレア×再度の放出魔力=ダブルボムフレア
…【再度の放出魔力によってフレアを爆発させる。威力は高い】六秒後発動
・(魔力+魔力)×ボルト=ラインボルト
…【相乗魔力を費やしたボルト。ボルトの上位版】即時発動
・ボルト×放出魔力=威力減少
…【空気抵抗により、電流の威力が減少。実用性はない】即時発動
・フレア×ボルト=個別現象
…【互いに干渉せずに発動した】即時発動
★アクア×フレア=消火現象
…【水と火だから普通に消えた】即時発動
★ブロウ×フレア=フレアブロウ
…【炎風が生まれる。ただし小規模で、威力は低い上、有効距離は中距離】即時発動
★ボルト×アクア=アクアボルト
…【電流が走る水球が生まれる。ただし持続時間は短い】即時発動
★ボルト×ブロウ=個別現象
…【互いに干渉せずに発動した】即時発動
★アクア×ブロウ=個別現象
…【互いに干渉せずに発動した】即時発動
★(魔力+魔力+魔力+魔力)×ブロウ=ハイブロウ
…【魔力内で風力を増した魔法。有効範囲は広い】十一秒後発動
★(魔力+魔力+魔力+魔力)×ブロウ×フレア=フレアストーム
…【風に炎を纏わせた攻撃。広範囲高威力だが扱いが難しい】十一秒後発動
今のところはこれくらい。
他にも大気魔法を活用して、幾つかの実験をした。
霧の発生と気圧変化、それと大気成分の変化だ。
結論から言うと、霧は作れなかった。
大気中の水分を凝固できるのならば、水蒸気化させて部分的に凝固させて発生させることができるかもと思ったんだけど。
霧は温度変化があるから生まれるわけで、大気成分に手を加えても発生させられなかった。
僕がやっているのは単純な分離と大気そのものの質量変化と圧力調整だけだからだろう。
気圧変化は先の通り、可能だった。
質量変化、つまり魔力に触れさせた空気に質量の増減の命令を与えることができるため、それが圧力の変化になったと推測される。
しかし単純な大気圧の変化とは違うと思う。
魔力に触れた現象は魔法になるためだ。
魔法は僕の知っている物理法則から逸脱し、そしてこの世界の法則も僕の知識と合致しない部分もあるからだ。
思い込みは禁物、ということ。
次に大気成分の変化。
これも無理だった。
魔力の性質を考えると当たり前だけど。
魔力は触れた限定的な物質と現象をそのまま維持して、魔法に変えるものだ。
火を起こすことはできても、火自体の性質を変えることは不可能。
現在の僕が執心している魔法は『ジャンプ』だ。
この魔法は他の魔法と違い、攻撃よりも回避に重きを置いているためだ。
攻撃手段が多いに越したことはないが、僕にとって重要なのはいかに相手の攻撃を回避するか。
機動力があれば魔法も効果的に使えるし、相手が複数でも強敵でも戦いようがある。
ジャンプの原理は簡単だ。
足元に魔力を集中させ、風を纏わせる。
魔力内に高低気圧を作り、魔力の膜の中である程度循環させ、風力を増幅させ、任意のタイミングで解き放つだけ。
ハイブロウやフレアストームのように長い時間は必要ないが、それでもある程度の時間は必要だ。
つまり即時発動はできない、ということだ。
この状況を数秒維持しておき、自由なタイミングで発動する。
足元で風が一気に舞うため、非常に扱いが難しく、思った方向へ風が向かわない。
五回に二回は失敗してしまうほどだ。
しかも、棒立ち状態ではちょっと身体が浮く程度。
ジャンプを使う寸前で跳躍するなり、移動するなりしないと意味がないわけだ。
これだけ聞くと使えないように聞こえるけど、効果的に使うと回避にはもってこいの魔法だ。
通常の跳躍が三メートルだとしたなら、上手く使えば更に三メートルほど距離を伸ばせる。
横に飛ぶと一メートル程度しか飛べなくとも、ジャンプを使えば二、三メートルは飛べる。
単純な距離だけでなく、初速が違うため、回避にも活用できるというわけだ。
ただし癖が強く、跳躍のタイミングも難しいし、着地にも気を遣う。
可能性は感じるんだけど。
日々、僕はジャンプを自由に使うために時間を費やしている。
中庭に立てた木の棒を縫うように進むという単純なルールだ。
それを、ジャンプを使って行う。
時に明後日の方向へ飛んだり、転んだりもする。
最初に比べるとマシにはなっているけど、まだ実用段階ではない。
父さんとの戦いでは一か八かで使ったけど、よほどのことがない限り使うべきではないだろう。
「はぁはぁ……魔法を使いながら身体を動かすと、疲労感がすごいな……」
魔力が失われることで、肉体的な疲労はない。
魔法を使い続ければ枯渇して、身体が重くなり、精神的にも自堕落になる。
よほど消費しなければ、疲労感を抱いたりはしない。
ただ、動き続けて魔法を使用し続けると話は別だ。
やはり肉体的、精神的疲労感が強くなるため、段々身体が重くなっていく。
魔力や体力が残っていても、普段とは違う曖昧な疲れがあるわけだ。
しかしこれは必要なこと。
魔法使いには体力と身体能力が必要だ。
そうでなければ単独で戦えはしない。
ゲームとか漫画だと魔法使いって、体力がなかったり、身体能力低かったりするけど。
あれって自殺行為だよなぁ。
単独行動だったり、相手が複数だったり、機動力が高い場合、勝てないし。
まあ、気持ちはわかるけど。
汗だくになりながら訓練を続けていると、正門から姉さんが入ってきた。
どうやら走り込みが終わったようだ。
姉さんも僕同様に汗だくで、息を荒げている。
僕の姿を見つけると手を振ってきたので、僕も手を振り返す。
「お帰り、姉さん」
「ただいま。ふぅ、疲れた」
疲れたと言いながらも笑顔のままだ。
ほんの少しだけ、ドキッとしてしまう。
ここ最近の姉さんは女性らしさが増している。
少女と女性の間。
成長期が早い姉さんは、見た目は高校生に見えなくもない。
僕も成長はしたけど、まだまだ小さい。
まあ、年齢で見るとまだ小学生高学年だし、しょうがない。
「身体の調子はどう? 違和感はない?」
「またそれ? 大丈夫よ。何も問題なし! むしろ絶好調って感じよ」
姉さんは薄い胸を張って、したり顔をする。
確かにここ数年の姉さんは特に成長が著しい。
剣士としてもそうだし、肉体的にも。
ただやはり気にはなる。
どうしても普通の人間の成長とは違う部分が目についたからだ。
父さんや母さんも心配しているし、僕も気にしている。
でも姉さんには特に問題はないように思える。
本人の言っている通り、健康そのものだ。
この世界には魔法も妖精も魔物も存在している。
僕の常識に当てはまることばかりではない。
だから姉さんの成長や、現在の身体能力があり得ないとは言い切れない。
しかし父さんは姉さんのような例は知らないらしいし、やはり気にはなる。
まあ、現代日本とは違って、一個人が得られる情報は相当に少ないから、一概には言えないが。
魔法が関係しているのではと思ってもいるけど、その考えはただの直感だ。
別の理由があるかもしれないし、単純に才能があるのか、遺伝的な理由かもしれない。
検査をしようにもこの世界には医療機器はない。
この世界の医者は問題が起こらない限り、大抵は動かないし、症状がわからない。
今は健康そのものだから、僕達にできるのは姉さんの動向を注視するということだけ。
魔力や魔法が関係するなら、僕にも影響があるはず。
でも僕は普通だ。超人じみた身体能力もないし、特別、身体は好調ではない。
「シオンが考えてることは何となくわかるけれど、あたしに問題ないんだもの。
何かあるわけじゃないと思うわよ。それに身体能力が高いに越したことはないじゃない?
いざとなれば戦えるし、以前のゴブリンみたいなことにはならないんだから」
姉さんは表情を引き締める。
今も、彼女の中には過去の記憶が刻まれているようだ。
確かに因縁は振り切った。
しかしそれは記憶をなくしたわけでも、受け入れたわけでもない。
それは僕も同じだ。
魔物は恐ろしい。
人間の敵なのだから。
「……何かあったら言ってね。ちょっとしたことでもだよ?」
「はいはい、わかってるって。もうみんな心配性なんだから」
呆れたように嘆息する我が姉の心情は理解できた。
でも心配してしまうのだ。
たった一人の姉のことだ。
気にして当然だと思う。
あまりうるさくは言いたくはないけど。
単純に、数万、数十万人に一人の天才なのかもしれないし。
……それはないように思えるけど。
しかし姉さんの身体から発せられている魔力の光は、いつもと変わりがない。
身体中から溢れているオーラのようなものはずっと見てきたもの。
魔力に異常があるのならば、何か視覚的な変化があるかもしれないとも思ったけど。
今のところは何も変化はない。
僕は一抹の不安を覚えつつも、何もできないことに焦燥感を抱いた。
今が大丈夫ならば、永遠に大丈夫なんてことはないのだ。
でもできることはない。
だって姉さんは健康そのものなんだから。
考えすぎなのだろうか。
僕は無理やりに自分を納得させ、現状を受け入れることしかできない。
僕を宥めるマリーを見て、苦笑するしかなかった。
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