第39話 アクア2

 ――水魔法の検証に戻ることにしよう。

 さっきの反応、実用性はない。

 少量でも自由に水を動かせるのならばいいけど、少ししか浮かなかった。

 しかも僕の最大魔力放出量でその程度の反応しかなかったのだ。

 火や雷と違って、水は物質。

 重量があり、物質エネルギーは現象の前者よりも膨大だ。

 つまり動かすには相当の力が必要だし、変化させるのもまた難しい。

 さて、かといって僕の放出魔力量はさっきのが限界。

 今後、もっと魔力を放出できるかもしれないけど、今は無理だ。

 現段階では、水魔法は使えない?

 いやいやまだ考えるべき点はあるだろう。


 大気だ。

 大気魔力、この場合、空気のことだけど、空気の特性を増幅させている。

 大気中には水分が含まれ、そのことから水に触れても違和感なく透過するのではないかと仮定する。

 さて、僕がすべきことは何か。

 大気魔力への命令だ。

 魔力に現象を触れさせることで魔法は生まれていた。

 しかし水魔法は現象ではなく物質だ。

 これは長所短所があると思う。

 魔力はただそこにあるが、命令を与えることはできる。

 移動や質量の増減が主だ。

 しかしそれは基本的に減少に触れさせるという条件が必要だから、主要な命令になっているだけ。

 魔力に火を触れさせた状態で、魔力量を増やし、火力を上昇させたり、その逆も可能だ。

 しかし火は火そのもので、何者も溶かす温度にすることは不可能。

 魔力量が増えれば可能かもしれないが、それは現時点の魔力では限界がある。

 では物質ならばどうか。

 魔力に触れている空気自体に何かの命令はできるのか。

 移動や質量の増減は可能。

 それ以外にできること。

 例えば、魔力内の温度を低下させ、水分を凝固させることは可能か。

 否。それは不可能だ。

 魔力は万能ではなく、命令は魔力事態に与えられるもので、性質を変えるものではない。

 実際に温度を低くする状態ならばそれはできるが、魔力は環境変化を促せるようなものではない。

 魔力にできることは単純なものに限る。

 その上で、もしかしたら有効なのではないかと思える手段。

 つまり――魔力に干渉した物質の分離だ。

 魔力は質量を変化させることもできるし、自由に移動が可能だ。

 もちろん、身体から離れた時点で自律してしまうため、命令は与えられない。

 それは逆に考えれば、触れていれば命令を継続できるということ。

 そう。放出せずに、集魔状態で維持していればいいのだ。

 僕は右手をかざし、集魔する。

 放出せずに手のひらに集まった魔力に意識を集中。

 そのまま『大気中の水分を集める』という命令を与える。

 するとどうか。

 何も起きないではないか。

 いや、なんか手が濡れてる気がする。

 隣で姉さんが何も起きてないけど? みたいな顔をしている。

 顔が熱くなるので止めて欲しいが、それも仕方のないこと。

 考えてみれば当たり前だ。

 手のひらに集魔した状態の魔力の質量はせいぜいがバスケットボール程度。

 その範囲の空気内にある水分なんて微々たるものだ。

 確か1立方メートルに含まれる水分は17グラム程度だったっけか。

 でも湿度と温度によっても違うはず。


 え? マジで?

 1グラムは1ミリリットルだよね。

 えーと、単純計算で30立方メートルくらいで、ようやくペットボトル一本分?

 待て待て。

 魔力を薄く延ばして大気中の水分を集めても、これじゃ集めることなんて無理なんじゃ。

 でも、水中の水を集めるのも難しそうだし。

 そもそも大気中の水を集めて凝固させたとして、水中から水を持ち上げるのと違いがないのでは。

 いやそうとも限らない。

 水中の水を持ち上げるにはかなりのエネルギーが必要だろう。

 魔力が触れている水だけを持ち上げるなんて簡単なことじゃない。

 水圧もあるし、張力も、重力ある。

 そのすべてを引きはがし持ち上げることに比べれば、大気中の水分を集める方がエネルギーがいらないのでは。

 普通に考えれば水を持ち上げる方が簡単だ。

 でも魔力の性質を鑑みれば、大気中の水分を集める方が効率がいいように思える。

 物は試しだ。

 とりあえず、魔力を薄く延ばして30立方メートルほどにしてみる。

 当然、魔力は手のひらに触れたままだ。

 周辺に魔力を漂わせて、水分をかき集め、最終的に手元に魔力を収束させてみた。

 手元には……手のひら大の水が集まっていた。

 ふわふわと空中に浮いている。

 揺れる度にちゃぷちゃぷと水音を鳴らしていたが、すぐに地面に落ちていった


「す、すごい! え? どこから水が出てきたの!?

 湖の水じゃないわよね、今の!」


 姉さんは再び興奮した様子だった。


「うん。空気中の水分を集めてみた。こっちの方が魔力の消費量は少ないみたいだ。

 それに……水分を集めて、特に大きな変化はないみたいだね」


 大気中の水分がなくなると、何かしら目立った変化があるかなとは思ったんだけど。

 突然乾燥したって感じもない。

 湖の近くだからか、それとも一部の水分を奪っても大した変化は生まれないということなのか。

 これがもっと広範囲なら違ってきそうだけど。

 大気中の水分が一気になくなったら……大して何も起こらないか。

 大気中の水分なんて極少量だし、どこでも水気はあるわけだし。

 なんか乾燥したな程度に収まるかもしれない。

 僕が魔力で集めた水分量も思ったよりも少なかったし。 

 漂う水分をすべて集めているわけではなさそうだ。

 とにかく大気中の水を集めることはできたわけだ。

 それから集めた水で何ができるのか試した。

 まず水を飛ばすことはできた。

 触れた対象にはちょっとした衝撃を与えることもできた。

 ただ、威力はかなり低い。

 それにただ飛ばしたり、飛び散らしたりできる程度で、それ以上できることはなかった。

 水は水。

 水だけでできることなんて限られている。

 維持時間が数分とかなら、相手の顔に水を付着させて窒息させたりできるかもしれないけど。

 維持時間は三秒から四秒くらいだ。

 これでは大したことはできまい。

 合成魔法のフレアならば十秒は持つけど。

 まあでも、とりあえず水魔法らしきものはできたわけだし。

 今後、何か役に立つこともあるかもしれない。

 これはこれでいいだろう。


「あ、これ面白いわね。気に入ったわ」


 隣で姉さんが早速、水を集め始めた。

 コツを教えたらすぐ実践できたらしい。

 器用な人だ。

 彼女はあまり魔力量も放出量も多くないので、僕ほどの大きな水は扱えない。

 でもマリーは少量でも満足らしく、水を操り、自分の周りでくるくる回したりしている。

 本当に器用だ。僕にはできないな。


「じゃあ、ちょっと湖の周りを調べようか。魔法のことはもうある程度分かったし」

「うん、そうね。あら? あんまり嬉しそうじゃないわね。

 水魔法が使えたのに」

「……水魔法、えーと『アクア』って名前にしようと思うんだけど。

 そのアクアはまだ実用段階じゃないからね。喉の渇きを癒せるか、涼めるくらいかな」

「普段はあまり使えなさそうね。でももっと色々とわかれば使えるかも?」

「そうだね。まあその時が来たらって感じかな。今は保留」

「そう、残念。あたしはアクア好きだけど。

 それで、湖の周りを調べるのね? どうして?」

「エッテントラウトが魔力を持った理由がわかるかと思ってね。

 何かあるとは思えないけど、一応」

「そう。確かに気になるところね。わかったわ。行きましょう」


 姉さんと二人で湖に周りを歩いた。

 そう言えば、湖の周辺を探索するのは初めてだ。

 魔法の研究をするにあたり、調べていたのはトラウトだけだったし。

 ぐるっと回るとわかったのは、湖は幾つかの川が繋がっていたということ。

 近くに山があるからそこに上流が向かっているのだろう。

 となるとその山から何かが流れ込んでいるのだろうか。

 その日から、川に沿って移動し、調査を続けた。

 川の上流には滝があり、その上にあった湖にもエッテントラウトがいた。

 そこのトラウトには魔力がなかった。

 途中の川、湖にもトラウトはいたが、やはり魔力があるのは近くの湖だけ。

 これはどういうことか。

 疑問は尽きなかったが、原因は掴めなかった。

 しばらく調査したが、僕は原因究明を諦めることになる。

 それは調査をしてから二週間目のことだった。


   ●○●○


 風が頬を撫ぜる。

 心地よさは微塵もなく、通り過ぎたものには悍ましさしか感じさせない。

 寸前で避けた木剣。

 僕は身体を強引に横に倒して、転がりながら体勢を整える。

 正面を見た瞬間、目の前には二撃目が訪れていた。

 ほんの一瞬で、剣を引き、もう一度、剣閃を繰り出していたのか。

 その早業に簡単を覚える前に、僕は必死で後方へ飛び退く。

 だがその対処は間違いだった。

 逃げ場のない空中。

 僕が着地する前に、剣風が僕の顔面に襲い掛かる。

 その時、初めて気づく。

 すでに僕の眼前には刀身がいたのだ。

 寸止めし、送れるように風が襲ってきた。

 つまり僕は殺されたということだ。

 僕はへなへなと力を抜き、地面にへたり込んだ。

 避けることさえできない。防御もできなかった。


「悪くはないが、場当たり的な回避では意味がない。

 二手、三手を考え、動かなければ、相手に読まれるぞ」


 父さんは僕を見下ろしながら、助言をしてくれた。

 今は手合わせをして貰っているところだ。

 といっても僕は剣を扱えない。

 だから回避と防御の訓練をしてる。

 魔法を扱うには、どうしても発動まで時間がかかるし、再発動までもまた時間がかかる。

 その間、敵は待ってくれない。

 一撃で倒せる数にも限りがあるため、相手の数が多い、また相手を仕留めきれない場合、僕は対処方法がない。

 姉さんが常にいてくれるわけでもなく、何か方法を考える必要があった。

 そこで僕は時間稼ぎ、つまり防御術を学ぶことにしたのだ。

 幸いにも、グラストさんが作ってくれた雷火は防御ができるように部分的に鋼が備え付けられている。

 そのことからも僕は魔法を使い、相手の攻撃を避けつつ魔力を練り、再び魔法を使う。

 それが理想の戦い方だと思ったわけだ。

 ただ実際にやると難しい。

 相手の攻撃を避けるだけというのは、相手に対してのけん制がないということだ。

 僕の魔法が連続して使えないと、初見ではわからないかもしれない。

 でもすぐに相手も気づくだろう。

 そうなったら魔法を使うまでの間に、僕を殺そうとしてくる。

 その猛攻を防ぐのは簡単ではない。


「いいか、シオン。剣なり槍なりを持つということはいつでも攻撃できるという抑止力にもなる。

 だがおまえはそれがない。魔法を使うまで時間がかかるとわかれば、隙を突かれるだろう。

 その間、避け続けることは簡単なことではない」

「うん……でも、他に考えも浮かばないし」

「ああ。おまえの言う通り、他に方法はないかもしれない。

 困難な道のりだ。だが極めれば、かなりの高みに上れるだろう。

 魔法を防ぐ手段はあまりないだろうし、よほどの相手でなければ一撃で倒れるだろうからな」


 父さんはそう言うけど、父さん相手に魔法を使っても、なぜか勝てないような気がする。

 父さんが強いというイメージが植え込まれているからだろうか。

 とにかく、僕にはこの方法しかない。

 雷火のおかげで、近距離魔法も使えるけど。

 武器は使えないため、けん制はできないし、魔法発動まで五秒近くかかるのが問題だ。

 魔力量を減らしても、連続して使えるまでの時間は変わらないわけで。

 どうにかできればいいんだけど、放出までの時間は同じだから、どうしようもない。

 何かあれば、なんて考えてもアイディアは浮かばない。

 とにかく、回避技術を習得することは必須だ。

 このままやるしかない。


「では、次はマリーだ。相手がシオンでも手加減するなよ」

「わ、わかってるわよ」


 姉さんが相手らしい。

 父さんよりはいいけど、僕にとっては二人ともかなりの格上だ。

 ああ、間違いなく痣だらけになるだろうな。

 憂鬱な気分になりながらも、僕は鍛錬を続けた。

 魔力の鍛錬、魔法の研究、自己鍛錬、魔力の調査、ギルドの依頼。

 僕は、その日々を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る