第34話 魔物討伐2

 コボルトの生息場所は森の中が多いようだ。

 開けた場所に、小規模の集落を築き、そこで数十体単位で住んでいるとか。

 僕達はイストリアから西にある森に向かった。

 イストリア周辺は平原が広がっているけど、少し離れるといくつも森が茂っている。

 魔物の多くは平原よりも、森や洞窟、山岳地帯など、人が寄り付きにくい場所に住んでいる。

 人間と魔物は水と油、必然的にそういうことになったのだろうか。

 森へ向かう道すがら、父さんから注意事項やコボルトに関しての話を聞くことになった。

 ちなみに徒歩だ。

 馬で行くと、魔物に襲われてしまい、食われたりするので、近い場合は徒歩が基本らしい。


「まずはコボルトについてだ。

 おまえ達はゴブリンのことを覚えているな?」


 父さんの言葉に、僕とマリーは同時に頷いた。

 マリーの表情は途端に硬くなる。


「知っているかもしれないが、ゴブリンに比べ、コボルトの方が個体の力は低い。

 だがその分、コボルトの方が頭が回るし、集団行動をする習性があるため、厄介でもある。

 それでもゴブリンに比べれば楽だし、対処のしようがある。

 それに冒険者や剣士、傭兵にとっては、一番最初に戦う魔物でもある。

 だから、今回コボルトを選んだ、ということだな?」


 最後の言葉は、グラストさんに向けて言ったようだ。

 グラストさんは返答をせず、肩を竦めるだけだった。


「魔物の中ではかなり弱い部類に入る。だが油断は禁物だ。

 それなりに手練れの冒険者でも、コボルトに殺された、なんて話はざらだ。

 気を抜けばやられる。相手が何であれ、常に注意を払い、警戒を怠らない。

 これが魔物討伐における絶対条件だ」


 正直に言えば、僕はあまり危機感を抱いていなかった。

 一度、ゴブリンを倒した経験があるからだろうか。

 どうにかなるだろうという思いがあったのかもしれない。

 けれど、父さんやグラストさんの反応を見ていると、徐々に緊張感が増してきた。

 しかし逃げるつもりはない。

 僕達が成長するまで、魔物が襲ってこないとも限らないからだ。

 だから、恐らく有効であると思われる魔法を習得した現時点で、魔物に効果があるのかどうかを試す必要がある。

 ぶっつけ本番で、有効ではないとわかっては意味がない。

 これは実験であり、実戦だ。


「コボルトは人間の子供くらいの体格で腕力は大人並だ。

 こん棒や斧のような武器を扱い、俊敏性もそれなりに高い。

 その上、連携をしてくる。複数いる場合は要注意だ。

 だが、一体相手ならば、マリーでも勝てる。冷静に戦えば問題ないはずだ」


 マリーはこくりと頷いたが、顔は強張ったままだ。


「なあに、私もグラストもいる。大丈夫。二人に怪我をさせたりはしない」


 父さんが自信満々に笑顔を浮かべると、姉さんの肩の力が少し抜けた気がした。


「隊列は、私、マリー、シオン、グラストの順だ。

 私が指示を飛ばす。グラストが周囲の状況を把握し、情報を伝えるから、聞き逃さないように。

 敵と遭遇したら、私が先陣を切る。相手から襲ってきたら、個々に対処するように。

 マリーとシオンは私かグラストの傍にいるように。いいな?」

「「は、はい」」


 父さんとグラストさんはリラックスした様子で、かなり頼もしい。

 この二人がいれば大丈夫だと思わせてくれた。

 マリーも同じらしく、最初よりは緊張がほぐれているようだった。

 しばらく話しながら歩いていると、森が見えた。

 自宅近くの森に似ている。

 規模は同じくらいだろうか。

 それに、なんだろう。

 何か胸がざわめくというか。

 この感覚の正体はなんなんだ?


「どうかしたの、シオン」

「ううん、何でもないよ」


 気のせいだろう。

 魔物討伐という初めての経験に、心が上手く適応していないだけだと思う。

 他に冒険者の姿はないようだった。


「今日は同業者はいないようだ。競争相手がいないのはある意味ではやりやすい。

 では、先ほど言った隊列を組もう。道中は会話をできるだけしないように。

 必要な場合は小声で、だ」


 全員が了承の意を返す。

 隊列を組み、森の中へ足を踏み入れた。

 植物独特の青臭い香りが漂う。

 森林浴をする暇もなく、僕達は草木を分けながら進んだ。

 足音、木々の擦過音。

 普段は清涼ささえ感じるはずの環境音は、なぜか不気味に思えた。

 しばらく進む。

 父さんが右手を上げると、僕達は立ち止まった。

 屈んで、何かを見ているようだ。

 呼ばれたので、近づいてみると、そこには足跡があった。

 子供くらいの大きさだけど、指は三本しかない。

 これがコボルトの足跡なのだろうか。

 父さんは足跡を追う。

 それから数十分歩くと、視界が広がり始める。

 同時に、地底から聞こえるような、重低音の声音が聞こえる。

 これは会話をしているんだろうか。

 犬の呻き声に似た声。

 それがそこかしこで生まれていた。

 父さんがゆっくりと進み、そっと足を止める。

 僕達も止まり、父さんの横まで移動すると、茂みの中から顔を出した。


 いた。

 コボルトだ。

 数十体。

 数が多い。

 父さんの言った通りの姿をしており、顔は犬のようだった。

 毛むくじゃらで、伸ばしっぱなしになっている。

 そこはかとなく獣臭くなってきた。

 目を凝らすと、魔物の身体はおぼろげに光っている。

 ゴブリンと同様に魔力を備えているらしい。

 しかし相手の数が多すぎる。

 さすがにこれだけの魔物を相手にするのは骨が折れそうだ。

 父さんは僕達に向かい、この場で待つように合図をすると、剣を抜いて、集落の中へ入っていた。

 無造作に、何のためらいもなく、一人でコボルトの集団に向かっていったのだ。

 僕とマリーは驚きのあまり、小さく声を漏らしてしまう。

 思わずグラストさんに振り返ったけど、グラストさんは大丈夫だと笑うだけだ。

 僕達は父さんの動向を見守ることしかできない。

 父さんの姿に気づいたコボルト達が、突如として粗末な天幕に入ったり、近くに置いてあった武器を手にし始めた。

 天幕から出てきたコボルト達の手には、同様に武器が握られている。


「ガガゥガッガッ!」


 猛犬のような鳴き声と共に歯を剥き、コボルト達は父さんを取り囲んだ。

 完全に逃げ場がなくなったというのに、父さんの表情に微塵も焦りはない。

 硬直状態は長くは続かなかった。

 すぐにコボルトの一体が、父さんへ襲い掛かる。

 それを皮切りに他のコボルト達も地を蹴った。

 四方八方からの攻撃。

 避けることも、対応することも不可能。

 普通ならば。

 父さんはその場で姿勢を低くし、コボルト達の間を縫って、簡単にすり抜ける。

 コボルトの包囲網を抜けると同時に、剣を振る。

 その一撃で、数体のコボルトは絶叫と共に、地面に伏した。

 コボルト達も僕達も何が起こったのか理解ができない。

 しかし時間は停止しない。

 父さんが動く度に、コボルト達は絶命する。

 数十体いたはずのコボルト達は一分程度で殲滅されてしまった。

 あっという間の出来事だった。

 圧倒的な力量差だった。

 僕達は知らなかった。

 父さんが、これほどに強いということを。

 魔物の気配は、ここにはもう残っていない。

 全滅したのだ。

 僕とマリーは呆気にとられて、あんぐりと口を開けたままだった。


「まったく、相変わらず化け物みたいに強ぇな」


 グラストさんが呆れたように後頭部を掻き、茂みから抜け出た。

 僕達も同じように、身を晒し、集落の中へ入る。

 すべてのコボルトが一撃で屠られている。

 素人の僕でもわかる。

 並の腕ではないということを。

 父さんは刀身の血を拭うと、鞘に剣を納める。


「これで安全だ」


 安全ではある。

 でも僕達の出番がまったくなかったのはどうなのだろうか。

 目的が達成できないということに、僕は困惑した。

 父さんは、苦笑を浮かべて口を開く。


「安心しなさい。きちんとおまえ達も戦わせるつもりだ。

 ただあまりに数が多かったからな。減らす必要があった。

 この時間、コボルトの一部は狩りに出ているだろうから、その内、戻ってくる。

 そいつらと戦いなさい。数もそう多くはないだろうからな」


 よかった。

 父さんは色々と考えてくれていたみたいだ。

 まあ、さすがに何も考えず、コボルトを討伐するようなことはないと思っていたけど。

 ……本当だよ?

 他のコボルト達が帰ってくる前に、討伐したコボルトの耳を削ぎ落として、皮袋に入れた。

 これも冒険者としては必要なことらしいが、あまり気分のいいものではない。

 そうしていると、父さんが森の方に視線を移す。


「帰ってきたようだ」


 僕達も視線を向けると、そこには六体のコボルトが立っていた。

 明らかに激昂しており、僕達を威嚇している。

 しかしいきなりは襲ってこない。

 姿勢を低くし、唸りながら、武器を構えている。


「狩りをするコボルトは、他のコボルトよりも戦闘能力が高く、警戒心が強い。

 私達が遠距離武器を持っていないから、距離を保っているようだ。

 マリーとシオン先頭へ。それとシオン……奴らは遠距離攻撃がないと踏んでいる。つまり」

「魔法が効くってことだね」


 僕は腰に携えていた雷火をはめて戦闘態勢になった。

 先頭に移動し、両手に魔力を編む。

 相手はあまり動かない。

 ならば、発動が遅い魔法から試すべきだろう。

 僕は右手の指を慣らし、魔力に火を着け、フレアを生み出す。

 突然、生まれた炎を見て、コボルト達の間に動揺が走る。

 しかし即座に放たれたフレアに反応できない。

 奴らの目前に到達したフレアに、左手に編んだ魔力を放出して当てる。

 青い炎は魔力を帯びた酸素に触れ、爆発した。

 轟音と共に、コボルト達の身体を吹き飛ばす。

 中央にいた、二体のコボルトの半身は吹き飛んで、血肉を木々に飛ばした。

 ボムフレアだ。

 この威力。

 予想以上だ。

 僕は高揚を胸に抱きながらも、次の段階へ思考を移す。

 魔力を再び放出するには三秒はかかる。

 奴らは爆発の余波を受けていた。

 二体は吹き飛ばされ、二体は慌ててその場から逃げはしたが、動揺しているのは間違いない。

 僕は即座に魔力を両手に集める。

 しかしコボルト二体は、僕に標的を定め、すぐに地を蹴った。

 経過時間、二秒。

 あと一秒足りない。

 連続使用ができないのが、魔法の最大の弱点であることは明白だった。

 コボルトの斧が僕に届く――前に、姉さんが僕の前に移動した。

 キンという鋭い金属音が聞こえると同時に、姉さんの身体が僅かにブレる。


「シオンには触れさせないんだから!」


 コボルト二体の攻撃をいなしていた。

 コボルトの膂力の方が上だ。

 それに加えて、相手は二体。

 それなのに、姉さんはコボルトの攻撃をほぼ同時に弾いたのだ。

 これは力ではない、技だ。

 あまりの早業、その剣技に僕は驚きを隠せない。

 しかしやるべきことは驚くことではない。

 両手に集めた魔力を合体させながら、僕は横に移動した。

 瞬間、手のひらには電流が走る。

 そして両手を押し出しながら魔力を放出させた。

 ラインボルト。

 相乗魔力により、威力が向上したボルト。

 高電圧がコボルト二体を襲う。

 赤い雷は真っ直ぐコボルトに向かう。

 接触するとまばゆく明滅し、跳ねるような鋭い音が響く。


「ガルゥゥアアァッ!」


 コボルト達が断末魔の叫びを放つ。

 しばらく痙攣していたが、焦げた臭気を昇らせながら、その場で倒れた。

 死んだ、のか。

 ボムフレアもラインボルトも、これほどとは。

 恐らく、ただのフレアやボルトでは、精々が火傷程度しか負わせられなかっただろう。

 魔力の合成によって、これほどの威力を叩きだしたのだ。

 仲間を四体も殺されたコボルトは、恐れおののいていた。

 しかし逃げる様子はなかった。

 奴らの視線は父さんやグラストさんに向けられていた。

 圧倒的な強者を前に、逃げることはできないと悟ったのだろうか。

 奴らは僕達に襲いかかってきた。

 恐らくは捨て身。

 だけど、僕にそれは有効だった。

 魔法使用後の硬直状態。

 そこに丁度、奴らの攻撃が重なったのだ。

 僕は即座に、背後に飛び退く。

 まるで攻守交代するかのような行動だったが、僕の退避と同時に姉さんが再び、僕を守るように前に出る。

 彼女の横顔は必死で、恐怖さえ見え隠れしている。

 しかし、それでも前に出て戦おうとしている。

 マリーに向かい、コボルト達が武器を払う。

 しかしマリーは、表情とは裏腹に冷静に対処する。

 姿勢を低くし、攻撃を掻い潜ると、コボルトの足を切り払う。

 姿勢の悪い状態の攻撃だ。

 相手に致命傷は与えられない。

 しかし確実に傷を負わせたことで、コボルトの姿勢は僅かに崩れる。

 その隙を見逃さず、姉さんは攻撃を加えたコボルトの横に即座に移動。

 そうすることでもう一体のコボルトの攻撃可能範囲から逃れた。


「このぉっ!」


 回転しつつ、コボルトの首に一閃。

 見事な軌道を通り、コボルトの首は地面に落ちた。

 同時に血飛沫が舞い、視界が悪くなる。

 マリーは初めて魔物を殺したはずだった。

 しかし命を奪ったことへの葛藤や後悔は彼女にはなかった。

 その証拠に、動きを止めず、即座に残っていたコボルトへと向かったのだ。

 舞いのような剣技は、二体目のコボルトの心臓に届く。


「はあ、はあ、はあっ!」 


 荒い息を吐きつつ、姉さんはコボルトから剣を抜いた。

 姉さんは警戒を緩めない。

 父さんがコボルトの死を確認する。


「死んでいる。よくやったな、シオン、マリー」


 父さんの声に、ようやく姉さんは力を抜いた。

 僕もほっと胸を撫でおろす。

 終わった。

 僕達は何とかコボルトを倒せたようだった。

 しかし、この疲労感。

 たった数体と戦っただけで、ものすごい緊張感だった。

 それに、戦ってわかったことも多い。

 魔法は発動までの時間が長く、再発動までもまた長い。

 一撃の威力は高いが、相手が複数、または直撃せずに倒せなかった場合、僕は無防備になる。

 姉さんがいてくれて、その欠点は補えていたけれど、一人だったなら間違いなく死んでいた。

 僕はまだ興奮した様子の姉さんの肩を叩いた。


「ありがとう姉さん。助けてくれて」

「シオンを守るのは当たり前よ。それに……シオンがいてくれたから、戦えた。

 あたしもありがとね。少しだけ自信になったわ」

「すごかったよ。本当に」

「ああ、二人とも初戦にしてはよくやった。マリーは恐怖に立ち向かい、冷静に力を発揮した。

 シオンは魔法の効力を見せつけた。予想以上に、強力な武器になることがわかったな」

「しっかし、魔法ってのは本当にすげぇな……。俺も魔力の素養があったらなぁ」


 グラストさんは悔しげにつぶやいた。

 僕が見た感じでは、大人で魔力を持っている人はいなかった。

 多分、グラストさんも使えないだろう。

 というか今のところ、僕以外の人が魔法を使えるかどうかあまりわからないんだよね。

 姉さんも使えはするけど、フレアが限界で実用性はあまりない。

 他に使える人がいるのか、多いのか少ないのかは、今は判然としないわけだ。

 今のところはローズが魔力の素養がある、ってことはわかっている。

 ただ最近はあまり話せてない。

 ゴブリンの一件以来、微妙な距離感が出ているというか。

 それはマロンやレッドも一緒だ。

 父さんに口止めされているというのもあるだろうし、まあ、あんなことがあっては、どう接していいかわからないんだと思う。

 とにかく魔力の素養、魔法の汎用性については今のところは考えなくていいだろう。

 大事なのは、今だ。

 実戦でわかったことは多かった。

 たった一戦。

 それでも戦った経験があるとないとでは、まったく違う。

 この経験を元に、魔法の改良も必要だろう。

 さて、帰ったらそこら辺も考えないと。

 なんて考えていたら。


「では耳を集めた後、次の棲み処に向かうぞ」

「「え?」」


 僕と姉さんの考えは同じだっただろう。 

 一階戦ったし、初日だし、もう帰ると思ったのだ。

 でも父さんはまだやる気満々らしい。


「私もグラストも普段はあまり時間が取れず、こんな機会はあまりないからな。

 丁度いい。できるだけ実践を体験しておくべきだろう」


 それはそうかもしれないけど、初めての戦いで疲労が著しい。

 自分でも驚くくらいに、もう帰りたかった。

 しかし父さんの顔を見て、僕達は諦める。

 絶対に何を言っても、続けるつもりだ。


「さあ、行くぞ! さっき、他の足跡も見つけておいたからな!」

 父さんが意気揚々と先に進む中、僕とマリーの肩をグラストさんが叩く。

「諦めな。ああなったら、無駄だからな……」


 グラストさんは父さんの長年の友人だ。

 家族である僕達同様に父さんのことはよく知っている。

 過去に色々あったんだろうな。

 僕達は諦観のままに乾いた笑いを浮かべ、嘆息すると、父さんの後に続いた。

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