第12話 剣士の才能

 僕は辟易としていた。

 いつもの中庭、でもそこにはいつもとは違う光景が広がっている。

 僕とマリー……それとマロンとレッド、ローズの五人が横に整列している。

 僕達の前には父さんが仁王立ちしていた。

 ああ、やだやだ。


「「「「「今日はよろしくお願いしますっ!」」」」」


 僕達は同時にお辞儀をした。

 他の四人は多分やる気満々だけど、僕は違う。

 この場から逃げ出したいという思いで一杯だった。

 むしろ集魔の練習をしたい。

 まだ身体中の魔力の移動は円滑ではないし、十分に集めることもできない。

 それが何になるのか、という疑問はあるけれど、魔力の操作ができる方が、何かできる気がする。

 分散している魔力よりも、集約している魔力の方が魔法を顕現させることが可能なイメージが強いし。

 とりあえずは、トラウトのように光の玉を出したい。

 まあ、ほぼ間違いなく、あれは魔力の玉だと思うけど。

 それはそれとして。

 僕達の手には木剣に握られている。

 五人全員だ。

 これが何を意味するのか、言わずともわかるだろう。


「よし。では今日から、五人での剣術鍛錬を始める。ふざけたり、気を抜いたりしないように。

 木剣でも人は死ぬからな。わかったか?」

「「「「「はいっ!」」」」」


 わかってる。わかってるから、僕は端っこで見学したいな。

 と思っていると、隣からジト目を向けられてしまった。

 マリーである。

 そもそもが、彼女の発言が発端でこんなことになってしまったのだ。

 僕は剣術は苦手だ。あんまりやってないけど、苦手だということはわかる。

 というか精神的に苦手。やりたくない。

 その考えから、普段、マリーが父さんに剣術の手ほどきを受けている時、見学か魔力の鍛錬をしていた。

 しかし、その状況をマリーはあまりよく思っていなかったようで。

 父さんに、僕にも剣術を教えるように進言してしまったのだ。

 不幸にも父さんも同じように思っていたらしく、領主の息子たる者、いざという時のことを考え、剣術くらいは学んでおけ、と言われてしまった。

 そして強制的に参加させられた。それが今日。初日である。

 他の三人は、自分達から剣術を教えて欲しいと父さんに頼んだらしい。

 何とも向上心のある子供たちだ。

 なんで剣なんて学びたいのかわからないが、僕だけは除外して欲しい。

 この身体も、前の身体も運動神経はあまりよくなかったのだ。

 ドッジボールで最後まで残るタイプではあった。

 ただし、球を投げても当たらない。

 投げてもものすごく遅い。

 避けるのだけは上手い、というよくわからないけど、なぜかクラスに一人はいそうなタイプだったのだ。

 道具を使う系のスポーツは特に苦手だ。

 身体だけを動かすスポーツならば少しはマシなんだけど。

 剣術は当然ながら剣を使う。

 だから、あまりしたくないのだ。

 もう逃げられないので、やるしかないけど。


「では、一人ずつ、能力を測るとしよう。一人ずつ私と戦うように。

 もちろん、手加減はするから、遠慮なく打ってきなさい。では、レッド」

「はいっ! おねがいしゃっすっ!」


 熱い少年レッド君の登場である。

 父さんと対峙して剣を構える。

 見た感じ、かなり運動神経がよさそうだ。

 一人一人の稽古を見ると長いので結果だけ言おう。

 レッドはかなり筋がよかったようだ。

 父さんから一本を取ることはできないけれど、光る部分はあった。

 太刀筋は雑だけど、練習していけば、かなりの剣士になるだろう、と父さんが言っていた。


 次にマロン。

 彼女はかなり俊敏で、動きで翻弄するタイプのようだ。

 ただ子供なので、瞬発力はあるが、筋力はない。

 一振りを防御されるだけで、かなり弾かれていた。

 それに握力もないようで、何度も木剣を落としていたのが印象的だった。

 筋力鍛錬が必要そうだ。


 そしてローズ。

 彼女は平均的な剣術の腕前のようだ。

 当然、全員が剣を習ったことなんてないので、あくまで素人という前提での話。

 運動神経も悪くなく、目立った欠点はない。

 ただその分長所もあまりなさそうだった。

 オールラウンダー型の剣士になりそうだ。

 最後に僕だけど。

 すでに結果は出ている。

 僕は地に伏して、息を整えることに必死だ。

 木剣は彼方に放られている。

 身体中傷だらけ。

 これは父さんの攻撃でできたものじゃない。

 父さんは顔を手で覆いながら嘆息した。


「まさかこれほどまでに剣術の素質がないとは……」

「……ぼ、僕も、ここまでとは、お、思わなかったよ……」


 姉さんに付き合って、走っているし、村の手伝いで運動もする。

 だから体力は結構ある方だ。

 でもそれだけだ。

 がむしゃらに剣を振り続ければ体力はすぐになくなる。

 大ぶりのパンチを続けるのと、腰の入ったジャブを続けるの、どちらが体力を消費するのか、答えは簡単だろう。

 そして僕は疲労のあまり、盛大に転倒し、木剣を放って、ゴロゴロと地面を転がった。

 その際に、ついた傷が身体中に残っている。

 時々、父さんが攻撃をする時は、比較的俊敏に回避できたと思う。

 でも、我ながら剣による攻撃はお粗末だった。

 へなへなだ。へなちょこだ。


「目は悪くない。避けるのはそれなりにできているようだ。

 ただ剣がどうという問題ではない。シオンは身体の動かし方が下手すぎる。

 木剣に振り回されていたし、強引に動かして、動きがバラバラになっている。

 なんというか……壊滅的に運動神経がない……」

「じ、自覚はあったよ。やっぱり、そうなんだね……」


 僕は乾いた笑いを浮かべると立ち上がった。


「回避はできているから……反射神経は悪くないようだが……。

 確か、走るのはそれほど遅くはないんだったな?」


 父さんはマリーに尋ねる。

 するとマリーは二度うなずいた。


「体力はついてるし、走るのも遅くないと思うんだけど……」

「ふむ、完全に運動神経が悪いわけではないみたいだ。

 たまに道具を使う運動が苦手な人間がいるから、それかもしれない」


 それです。すみません。

 僕は内心で謝ると、身体についた土を払う。


「どうするか。人よりもかなり努力すれば、人並みにはなるかもしれないが」


 ここだ!

 僕は瞬時に父さんに向かって叫んだ。


「いえ! 父さん!

 僕には剣術の才能はないですし、他にやりたいことがあるので、やめておきます!」

「そ、そうか? しかし男子たるもの、多少は剣術を」

「父さん! 剣術だけがすべてではありません! 僕には僕のできることがあるはず!

 なんでも十把一絡げにしては、個性も才能も伸ばせません!

 僕は勉強とかは結構得意なので、そっちの方で頑張ろうと思います!」

「……一理あるな。

 勉強をさせるにしても、基礎教養以上はそれぞれの意思に任せるつもりでもあった。

 シオンは剣術をしなくてもいいだろう。ただし、肉体の鍛錬だけはしておきなさい。

 何かあった時、動けないよりは動けた方がいい。それに村の仕事の手伝いにも役立つからな」

「それは、もう! わかっております、お父様!」


 ビシッと敬礼する僕を見て、父さんは呆れたようにため息を漏らす。

 しかし、その後、仕方ない奴だなと苦笑した。

 隣でマリーが僕を見ている。

 呆れたように見ている。

 ああ、そんな顔をされたら、気まずいので止めて欲しい。

 でもしょうがないのだ。

 人には向き不向きというものがあるのでね!


「では最後にマリー。どれくらい成長したか、見てあげよう」

「お、お願いします!」


 マリーは父さんと対峙し、剣を構える。

 僕を含めた四人に比べると、やはり一日の長があるためか、堂に入っている。

 それだけではない。彼女は普段とは別人のように、凛としている。

 一言で表すなら格好良かった。

 その綺麗な横顔に、思わず見とれていた。

 瞬間、マリーが地を蹴る。

 早い。

 早さのあまり、僕は彼女の動きを一瞬だけ見失いそうになる。

 だが、すぐに追いつくと、すでに彼女は父さんの眼前に迫っていた。

 剣閃。

 斜めの軌道を通る一太刀は、父さんの肩に向かう。

 しかし先読みしていたのか、父さんは木剣を掲げる。

 触れる、と思った瞬間、マリーは剣を制止させる。

 フェイントだ。

 反対に回転すると、しゃがみながら、横なぎを放つ。

 足元への攻撃。かなり回避しにくいだろう。

 しかし、それを一歩さがるだけで父さんは躱してしまった。

 必然、マリーには大きな隙ができる。

 トンと、頭に木剣を当てられると、マリーは呆気にとられたように父さんを見上げる。


「私の勝ちだ」


 マリーの動きは大きい。

 対して父さんの動きは非常に小さかった。

 必要最低限の動きしかしてないように見えた。

 圧倒的な力量の差がそこにはあるようだった。

 マリーは悔しそうにしながらも立ち上がると、離れて一礼した。


「ありがとうございました……」

「うむ、悪くない。ただ動きが大きい。しかし、相手の虚を突こうとするところはよかったな。

 これからも精進しなさい。マリーなら数年でかなりの腕前になるだろう」

「うん、頑張る。もっと強くなれるように」


 マリーは悔しさを保ったまま、瞳に闘志を宿らせている。

 強くなる。その理由は、僕を守るため。

 それだけではないけれど、大きな理由だ。

 そう彼女が言っていた。

 その気持ちが嬉しいと共に、僕も自分にできることを探さないといけないという焦燥感を抱いてもいる。

 確実なのは剣術では何もできないだろうことくらいだけど。

 ということで、一通り稽古も終わったし、僕はこれくらいでお暇しようかな。

 多分、これから剣術の基礎の鍛錬とかだろうし。

 ほら、僕には関係ないからさ。

 そう思い、僕は中庭から逃げ出そうとした。


「では、次は……シオン? 何をしている?」


 こそこそと気配を消しながら家に入ろうとしたけど、父さんに呼び止められてしまった。


「い、いやぁ、僕にはもうやる必要はないかなぁ、と」

「何を言っている? まだ剣術の練習は始まったばかりだ。

 みんな木剣で素振りを始める。確かにシオンには剣術の練習は必要ないだろう。

 しかし先ほども言ったが肉体の鍛錬は必要。つまり、おまえは別練習だ」

「と、言いますと?」

「走りなさい」


 のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 もおおおおおおお、走ってばっかああああああ!

 何なの?

 この世界の人は、何かあったら走るのが基本なの?

 鍛えることは走ること、みたいな常識があるの?

 わかるよ。走ることは大事だってことは。

 でも他にあるじゃない、もっとあるでしょ。

 なんで走るの。なんで走らせるの。

 ああ、やだ。もうやだ。

 そうは思うけど、父さんの圧力は凄まじい。

 マリーの父親だけあって頑固だし、こうと決めたらもうダメだ。

 逆らうことは不可能。

 僕は目を泳がせながら、父さんに従うしかなかった。

 本当は魔力の鍛錬をしたかったけれど。

 しょうがない。

 これもいつか役に立つときがくるかもしれない。こないかもしれないけど。

 僕は父さんの言う通り走り始めた。

 それは、みんなの練習が終わるまで続いた。

 三時間でした。

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