第109話 知らない時間

「敵襲! 敵襲!」


 叫ぶ兵の声は全体に伝わっていながら、誰も聞いてはいない。

 ディッツは先頭へと視線を向ける。

 なんだ? あれは。


「キアアアアアアアアアアッ!」


 爬虫類を思わせる鳴き声と共に、悲鳴が響いた。

 何が起こっている?

 ディッツの位置からでは良く見えない。

 戦っているらしきことはわかる。

 だが敵影がよく見えない。


「どうなってる!?」

「どうやら単騎で特攻してきた模様です!」

「単騎で?」


 そんなことをする奴は相当な馬鹿か、相当な自信家だけだ。

 だが、実際、まだ気勢は止まらない。

 ということは相手は生きているということだ。

 次の瞬間、ディッツは自分の目を疑う。

 一人の優男が、自軍の兵達を避け、ディッツの目の前に移動したのだ。


「んん? んー? おまえが、なんだっけ、この国の王とかいう奴、じゃねえか。

 王って感じじゃねえもんね。傭兵? 荒くれ者? なんか雑魚っぽいなあ。

 ってことは、んん? 誰だ? 誰が王だ?」


 血走った三白眼をギョロっと動かす。

 気味の悪い男だったが、ディッツは気にせず大斧を振り降ろした。


「ひょ!」


 呼気を吐き、ドヴァルは後方へと僅かに下がった。 

 それだけでディッツの攻撃を回避したのだ。


「んー? まあまあかー、大したことはねぇな。

 ま、どうでもいいか、とにかく、殺して殺して殺しまくらないとな!」


 ニィっと笑ったドヴァルを前に、ディッツは冷静に身構える。


「やれるもんならな」

「んん。悪くないねぇ、その気概。でもさあ、そういうのは強い奴がやること。

 ね? おまえは大して強くない。だからそういう態度とっちゃだめ、ね?

 あ、あああ! あっちの方、いい感じに強そうな奴がいるっぽい!」


 ドヴァルはディッツに興味を失くしたのか、瞬時にその場から立ち去った。

 四方を兵に囲まれ、攻撃を受けていたというのにそのすべてを回避していた。

 あいつは敵将だと、ディッツは確信していた。

 だが奴を討つのは簡単じゃない。

 あの男は、どうやらカンツ達、ライコ族の方向へ行ったらしい。

 スフィアが光る。

 指示が来ていたが、見る余裕がなかった。

 落ち着け、ここからだ。


「全員、持ち場を離れるな!」


 恐らく、カンツ達にも指示はいっているはずだ。

 ならば今は王の命令に従おう。


   ●□●□


 数分が経過した。

 戦況は最悪だった。

 山賊の頭領らしき男が単独で特攻して来たことで、動揺した先頭の兵達が逃げてしまったのだ。

 たった一人。

 なのになぜ、と思ったが、今ならわかる。

 あの男は常軌を逸している。

 複数人が気圧されるほどに狂気を伴っているのだ。

 残った前方兵達もなぎ倒されてしまった。

 死人は幸いにも出ていないようだった。

 だが、怪我人はすでに二十を超している。

 死者が出ていないのは奇跡的だった。

 これほどの戦闘で自軍だけ死人がいない。

 ……これは運が良いと断じていいものか。

 だが、クサカベが何かしたという報告は受けていない。

 となればやはり偶然なのだろう。

 とにかく初手は失敗。

 その後、動揺した兵達を落ち着かせながら、クサカベの指示通り第一隊はその場で待機しつつ迎撃。

 第二第三もひとまずは待機。

 山賊達、本隊の到着と同時に挟撃を始めた。

 山賊の作戦は一切ないようだ。

 個々に戦い、個々に移動している。

 だからこそ予測ができない。

 しかし連携がとれてもいないということ。

 一長一短ではある。

 とにかく、現状を何とか維持している。

 防壁と正門を背に、防衛ができているのはクサカベの指示のおかげだった。

 もし混乱したまま、兵達が勝手に逃げ回っていたらどうなっていたか。


「オラアアッ!」


 ディッツは大斧を振るい、山賊を二人同時に屠った。

 よし、問題ない。

 山賊は大して強くはないようだ。

 だが、それはディッツだからだ。

 彼は傭兵の経験があり、鍛練もかなり積んでいる。

 クサカベ達、異世界人と比べると霞んでしまうが、現地人の中ではそれなりの強さがある。

 数では最初から負けている。

 その上、士気は低下し、怪我人の増加。

 確実に、劣勢に追い込まれていた。

 恐らく、自軍の数は60程度に落ち込み、敵軍は150程度。

 死人はいないので減った人数は怪我人と逃亡者だ。

 減少数は相手の方が多いが、元の数が違う。

 これでは負けは必至だ。


「諦めるな! 数人で行動しろ! 多対一なら勝てる! 弱気になるな!」


 兵達を励ますが、疲労の色が濃い。

 やはり初戦、慣れない戦いに疲労しているらしい。

 ケイン達、第二小隊の様子はどうだ。

 ここからではよく見えないが、まだ戦場にいるようだ。

 カンツ達はどうだ。

 ……中々に苦戦している、ようだ。

 あの山賊の頭領と戦っているのだろうか。

 このままでいいのか。

 ジリ貧であるのは間違いない。

 何か手を打たなければ、負けてしまう。

 しかしどうすればいいのか、その指針がない。

 やはり自分には指揮官は向いていないようだ。

 クサカベが指示をしてくれて助かった。

 彼は、戦場を見守っているのだろう。

 それだけで心強くはあった。


「ディッツさん!」


 ケインだった。

 至る所に傷を負っているが、致命傷はないらしい。

 出血が気になるが、本人は気にしている様子はなかった。


「結構、殺しましたけど、まだ、全然、残ってます」


 息切れしている様子だったが、気力は残っているようだ。

 敵兵と切り結びつつ、倒した時、ディッツに振り返った。


「そ、それと、ロッドを見ませんでしたか!?」

「いや、見てないな、シィッ!」


 一人を屠りつつ会話を続ける。

 血飛沫が雨で流される。


「そう、ですか。

 戦闘途中で見失って。くっ!」


 途中報告では死人はいないと聞いたが、もしかすると……。

 いや後ろ向きな考えは捨てよう。

 とにかく、戦いに集中しなくては。

 最早、小隊毎の行動はとれなくなっている。

 亜人達は逃亡してはいないが、人間はかなりの数が戦場を離脱している。

 そのため小隊の体裁を保ってはいなかった。

 ……それに指示らしい指示はそう下りてきていない。

 これはケインやカンツが従わない可能性を考慮してのことなのか。

 それでも何とか戦えているのは、つまりこれが最善の作戦なのか。


「ロッド!?」


 ケインが突然叫ぶ。

 視線の先に、ロッドが立っていた。


「た、隊長……!」


 ロッドは血だらけだった。

 出血の量から見て、明らかに致命傷を負っている。

 敵兵にやられたらしい。

 すぐに治療をしなければ危ない。

 ディッツが駆け寄る前に、ケインがロッドに向かい走った。

 友人の安否を心配するのは当然だ。

 ディッツは自分の出る幕ではないと、周辺を経過しつつ、敵兵と戦う。

 二人を守るように立ち回った。


「ロッド、大丈夫か!?」


 ケインはロッドを支えた。

 ロッドがケインに体重を預けたように見えた。

 次の瞬間。

 ケインの動きが止まった。


「くっ! おい、ケイン、ロッド!」


 鍔迫り合いをしていた兵を蹴り飛ばし、ディッツは二人に向き直った。

 まるで彼等の周辺だけ時が止まったように見えた。

 そして。

 ゆっくりとケインは膝を折り、地面に倒れた。

 バシャッと水音が響いた。

 ドクドクと腹部から血を流していた。

 雨に流されながらも次々と血が溢れ、血の池ができている。


「あ、ああ、ぐ、ど、どうし、て」


 ロッドは立ち尽くし、無機質な瞳をケインに向けていた。

 まるで別人だった。


「それはな、俺が山賊の仲間だからだよ」


 ロッドは赤々とした口腔を見せつけてきた。

 先ほどまでの理知的な印象は皆無で、誰かと印象が重なる。

 あの男、山賊の頭領と同じだ。

 ロッドは血だらけにも関わらず、苦しげには見えない。

 健康そのもの、いつも通りに動いていた。


「い、意味が、わ、わからねぇ、どうして……」

「馬鹿だな、馬鹿だなケインは。本当に馬鹿だ。

 俺は昔から、山賊の一員だったんだよ。それだけの話だ」

「う、そだろ……ど、して」


 どうして、どうしてと何度も呟き。

 そしてケインは動かなくなった。

 絶命した。

 死んだのだ。


「ロッド、貴様……裏切ったのか!」

「正確には裏切ってた、だけど。ま、どうでもいいよね。

 本当はあんたから殺そうと思ったけど、こいつが邪魔でさ……ま、さっさと死んでよ」


 剣を構えたロッドは、いつもと違う、熟練な傭兵の所作だった。

 騙されていた。

 ディッツが息をのみ構えた瞬間、背後から衝撃が走る。


「が……!?」


 息ができない。

 肺が機能していない。

 全身を針で突き刺されたような衝撃と、胸から広がる熱に、ディッツは呻く。

 喀血し、そのまま地面に倒れた。

 振り返るとそこには、山賊の頭領が立っていた。


「はーい、終わり」


 ニィッと笑った山賊は、愉しげにステップを踏んでいた。

 血だらけの姿のまま、コミカルな動きをする。

 その見目に怖気を抱いた。

 狂気そのもの、それがこの男なのだ。

 どろりと口内から濁った血液を吐き出した。


「こ、こまで、か……す、まな、い、り、あら……」


 最愛の妹の顔が浮かぶ。

 一人残してしまうことが心配でならなかった。

 そして同時にクサカベの顔が浮かんだ。

 これが、おまえの望んだ結末だったのか。

 複雑な心境だった。

 怒り、憎しみ、哀しみ。

 過去の出来事が走馬灯のように流れ。

 その思いのまま――ディッツは死んだ。


 と、


 雨が空中で止まる。

 雨粒が宙で浮いたまま、情景を透過していた。

 同時に、すべてが停止した――――――。


   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□


。――――――たし止停がてべす、に時同

。たいてし過透を景情、ままたい浮で宙が粒雨

。るま止で中空が雨

 

、と


。だん死はツッィデ――ままのい思のそ

。れ流にうよの灯馬走が事来出の去過

。みし哀、みし憎、り怒

。たっだ境心な雑複

。かのたっだ末結だん望のえまお、がれこ

。だんか浮が顔のベカサクに時同てしそ

。たっかならなで配心がとこうましてし残人一

。ぶか浮が顔の妹の愛最

「……らあ、り、い、なま、す……か、でまこ、こ」

。たし出き吐を液血たっ濁らか内口とりろど

。だのな男のこがれそ、のものそ気狂

。たい抱を気怖に目見のそ

。るすをき動なルカミコ、ままの姿のけらだ血

。たいでん踏をプッテスにげし愉、は賊山たっ笑ッィニ

「りわ終、いーは」

。たいてっ立が領頭の賊山、はにこそとる返り振

。たれ倒に面地ままのそ、し血喀

。く呻はツッィデ、に熱るが広らか胸、と撃衝なうよたれさ刺き突で針を身全

。いないてし能機が肺

。いなきでが息

「?!……が」

。る走が撃衝らか背後、間瞬たえ構みのを息がツッィデ

。たいてれさ騙

。たっだ作所の兵傭な練熟、う違ともつい、はドッロたえ構を剣

「よでん死とさっさ、ま……さで魔邪がついこ、どけたっ思とうそ殺らかたんあは当本

。ねよいいもでうど、ま。どけだ、たてっ切裏はに確正」

「!かのたっ切裏……様貴、ドッロ」

。だのだん死

。たし命絶

。たっなくなか動はンイケてしそ

。き呟も度何とてしうど、てしうど

「てし、ど……ろだそ、う」

「だ話のけだれそ。よだんたっだ一員の賊山、らか昔は俺

。だ鹿馬に当本。はンイケなだ鹿馬、なだ鹿馬」

「……てしうど、ぇねらかわ、わ、が味意、い」

。たいてい動にり通もつい、のものそ康健

。いなえ見はにげし苦、ずらわ関もにけらだ血はドッロ

。だじ同と領頭の賊山、男のあ

。るな重が象印とか誰、で無皆は象印な的知理のでまどほ先

。たきてけつせ見を腔口たしと々赤はドッロ

「よだらかだ間仲の賊山が俺、なはれそ」

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。るいてけ向にンイケを瞳な質機無、しく尽ち立はドッロ

「て、しうど、ど、ぐ、ああ、あ」

。るいてきでが池の血、れ溢が血と々次もらがなれさ流に雨

。たいてし流を血らか部腹とクドクド

。たい響が音水とッャシパ

。たれ倒に面地、り折を膝はンイケとりくっゆ

。てしそ

。たえ見にうよたっま止が時けだ辺周の等彼でるま

。たっ直き向に人二はツッィデ、しば飛り蹴を兵たいてしをい合り迫鍔

「!ドッロ、ンイケ、いお !っく」

。たっま止がき動のンイケ

。間瞬の次

。たえ見にうよたけ預を重体にンイケがドッロ

。たえ支をドッロはンイケ

「?!か夫丈大、ドッロ」


   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□

   ●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□●□


「ロッド、大丈夫か!?」


 ケインはロッドを支えた。

 ロッドがケインに体重を預けたように見えた。

 次の瞬間。

 『ロッドの足に衝撃が走った』


「がっ!」

「な!?」


 ロッドが姿勢を崩し、倒れると同時に、ケインも驚愕に顔を歪ませる。

 ケインの腹部に、ロッドの剣が突き刺さる寸前だったのだ。

 明らかな故意だった。

 ロッドは自分の意思でケインを殺そうとしたのだ。

 ロッドの足には穴がぽっかり空いており、そこから血が溢れだしている。

 流れ矢にでもあたったのかもしれないが、大雨のため、ディッツには矢の存在は確認できない。


「お、おまえ、ロッド、今、お、俺を殺そうと」

「くっ……ついてないな、こんな時に」


 ロッドはケインを殺そうとした瞬間、邪魔をされたことになる。

 状況がわからない。

 だがロッドは敵に回ったということだけは確かだった。


「ケイン、ロッドに気をつけろ!」


 今更ではあるが、ディッツはケインに声をかける。

 わかっているはずだ。

 だが、友人であるロッドが、自分を殺そうとするなんて、受け入れられるかどうか。

 ケインは動揺している。

 ディッツも同じだ。

 と、

 後方に殺気が膨れ上がった。

 ディッツは瞬間的に、その場から跳躍する。

 紙一重で、背中にほんの少しだけ衝撃が走った。

 金属音。

 間違いなく、誰かがディッツを攻撃していた。

 着地し振り返ると、そこには先ほどの山賊が立っていた。


「ちっ! すんげえ反応だな、おい。これは、思ったより強いのか、んん?

 あー、俺様、めちゃ強いけどよぉ、敵の力量ってのよくわからん。

 ま、いいか、俺よりは強くないわけだし、な?」

「……いいぜ、やってやるよ」


 ディッツは油断なく構える。

 周囲の兵達を気にしつつも、目の前の男を睨んだ。

 後方ではケインとロッドも対峙する。


「くそっ! ロッド、正気に戻れ!」

「俺は正気だよ、ずっと前から、今も」

「どうして、こんなことを!」

「簡単な話、金のため。生きるため、それだけさ。それ以上の理由はない」


 理解出来ないとばかりにケインはロッドを見つめる。

 彼にロッドを殺す覚悟はないだろう。

 ディッツは頭領を警戒しつつも、ケインを気にする。

 ……気が休まる時間がない。

 次から次に問題が発生する。

 胸中で、いい加減にしろと、悪態を吐く。

 だが……風向きは向いている気がした。

 運がいい。

 まさか、運命の女神様か何かが手助けしてくれているのだろうか。

 ……クサカベではない、はずだ。

 彼の姿は見えないし、この雨だ、あまり見えてもいないだろう。

 おぼろげに見えて、指示は出せても、あんな射撃は人間には不可能だ。

 それはクサカベであっても変わりはないだろう。

 とにかく勢いを味方につけ、戦おう。

 後ろ向きにならないことが肝要だ。

 ディッツは大斧の柄をグッと握った。

 不思議と力が湧いてきている気がした。

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