第48話 始まりから不穏

 翌朝。

 すでに変装を含めた準備をすべて終えた俺達は宿前で集まっていた。

 鞄には七日分の食料や着替えなど、遠征に必要なものを入れてある。

 お金は少しだけ所持して、後は朱夏に渡してある。


「それじゃ、行ってくる」

「にゃ、気を付けるのにゃ。無理は禁物にゃ。

 最悪、まずい状況になったら逃げ帰るのにゃ、いいかにゃ?」

「ああ、わかってるよ」

「大丈夫ですよ。虎次さんも結城さんもいますから」

「大分強くなったし、いけるよ、きっと!」


 気迫は十分だった。

 他の面子もこれくらいの意気込みでいて欲しいものだが……。

 集合場所に行ってみないとわからないな。


「気を付けてね、皆」

「はい、行ってきます!」

「頑張って来るよー!」

「あ、ああ、行ってくるよ」


 朱夏を前に、俺は狼狽えてしまう。

 昨日の光景が脳裏をよぎり、まともに顔が見れない。

 あの後、結局ほとんど寝れなかったし……。

 そんな俺達の様子を見て、莉依ちゃんが眉根を寄せた。

 しかし何を言うでもなく、ただ訝しんでいるだけだった。


「さ、さてそれじゃ二人とも行こうか」

「は、はい……」

「うん! ちゃっちゃと倒して帰ろう!」


 まだ莉依ちゃんは何かを気にしている様子だった。

 とにかく、商人ギルド前に行かなくては。

 通りには、いつも以上に人垣が多い。

 見るに、大荷物であったり、馬車に乗っている人達が目を引いた。

 ドラゴンの噂を聞いた人達が、居住を移動させようとしているのか。


「物々しいな」

「噂が広まっているみたいですね……早々と見切りをつけたんでしょう」

「要はそれくらい、ドラゴンはヤバいってことだよね」

「そうなるな。俺達が討伐できなかったら他の人達も街を去ることになるかもしれない」


 正直に言えば、実感があまりない。

 ドラゴンと言われて見目は想像できても、目の当たりにしなければどれほどの脅威なのかは理解できない。

 恐らくは二人も同じ心境なのではないだろうか。

 しかし決意したのだ。

 戦うと決めたのだ。

 ならば逃げる選択肢はない。

 いざとなったら俺が二人を守る。

 捨てられる命ならば何度でも捨てよう。

 新たに覚悟を決めながら、商人ギルドへと向かった。


   ●□●□


 集合場所、商人ギルド前。

 到着すると、すでに数十人の人間が集まっていた。

 メンバーの中にはロルフと団員らしき男が数人。

 それにハゲのディッツとツンツンとモヒカンもいる。

 俺達は参加受付をしている傭兵団バルバトスの団員に話しかけ参加を表明する。

 手続きを終え、離れた時、目敏く俺の顔を見つけたハゲが、不愉快な感情を隠しもせず近づいてきた。


「てめぇら、参加するつもりか?」

「そのつもりだ」

「……ちっ! 役立たずが参加しても邪魔でしかねぇんだよ。

 女子供は男の仕事場に入ってくんじゃねぇよ」

「ディッツの言う通りだ。遊びじゃねぇ、死と隣り合わせなんだ。

 甘い考えで入り込んでくりゃ、他の連中に迷惑がかかるんだよ」

「今なら間に合うぜ。さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな」


 ぎゃはは、と笑う三人組を前に、俺は表情を崩さない。

 それよりも気になるのは人数だ。

 まだ集合時間まで時間はあるだろうが、集まりが悪くないか?


「おい、聞いてんのか!? あぁ!?」

「ん? ああ、悪い、聞いてなかった」

「んだとコラァ!」


 怒声が響くと、莉依ちゃんと結城さんが俺にしがみつく。

 どうもこういう手合いには慣れないらしい。

 君たち高レベルのゴーレムとか倒すくらい強いんだよ……?


「やれやれ、やめたらどうだい?」


 俺が抱いた既視感は勘違いではないだろう。

 三人組を諌めるべく声をかけてきたのは、またしても傭兵団バルバトスの副団長ロルフだった。

 相変わらず、雰囲気イケメンそのままの風貌だ。

 本人はすごい格好いいとか思ってそうだけど。


「あ、あんた……またかよ……ちっ、行くぞ!」


 ハゲ達は何か言われる前に退散した。

 その背中は、小物っぷりが全開だった。

 乾いた笑みを浮かべるしかない。


「大丈夫だったかい? 男は助けたくないんだけど、女性は見過ごせないんだ。

 お怪我はないですかレディ? ……おや、見たことがある可憐なお顔だ」


 爽やかな笑顔を莉依ちゃん達に向けるロルフだったが、二人は三人組以上に警戒している。

 可哀想に……。

 しかしそんな様子に気づかないロルフは、流れるように佇まいを直す。


「やれやれ、結局来てしまったのかい?

 危険だというのに。さすがに戦場では君たちを助ける気はない。

 ドラゴンを前にしては誰も守ってはくれないよ?」

「わかってる。足を引っ張る気はないさ」

「……ほう。そこまで覚悟しているならば僕は何も言わない。

 何度も言うけど、足だけは引っ張らないでくれたまえ?」

「善処するよ」


 ロルフは満足そうに頷くと立ち去って行った。

 悪い奴じゃないんだけどな。

 面倒くさいんだよな……。

 しばらくすると、少しずつ人が集まって来た。

 思ったより多い、のか?

 ある程度の人数を過ぎると、数えるのが難しくなる。

 今、どれぐらい集まっているのか。

 それから数分して、シュルテンの姿が見えた。


「時間だ……人数は、三百二人、だな」


 そう答えたシュルテンの言葉に、俺達は愕然とする。

 莉依ちゃんは不安そうに俺を見て、結城さんはきょろきょろと周囲を見渡す。

 俺達だけではない、他に集まった傭兵達、腕利き達も同じようにしている。

 当初の予定では五百は集まるはずだった。

 その五分の三に減っているということ。

 グリーンドラゴン討伐には千人は必要と言われている。

 その十分の三しか集まっていない。

 状況に不安を覚えないはずがない。

 ギルド前、俺達に向かって立っているシュルテンの表情も硬い。


「こ、これだけか!? こんな人数でグリーンドラゴンを討伐するのかよ!?」

「そうなるな」

「無茶だ! こ、こんなの無謀以外の何者でもねぇよ!」

「他に参加する奴はいないのか!?」

「傭兵団からは出せないのか?」

「ここにいるのはほとんどが傭兵団のメンバーだ……他の傭兵組はあんまり参加してねぇ」


 シュルテンと傭兵達の会話に、俺達は大きく落胆した。

 結局傭兵団バルバトスを除き、一部参加している連中以外は街を見捨てたのだ。

 その理由もわかるし、責めるつもりはない。

 問題は、この人数で戦わなければならないという状況だ。

 勝てる、のか?


「今から不参加にしても構わねぇ。参加したい奴だけついてきてくれ。

 不参加者に罰則を与えるつもりはねぇ。それじゃ行くぞ」


 先導するシュルテンの後ろをぞろぞろと傭兵達がついて行く。

 そのほとんどがバルバトスのメンバーらしい。

 それでも戸惑いの声はあがっていた。

 俺達も後に続いた。

 足を動かさない傭兵達もいた。

 そこで数十人が脱落した。

 残ったのは、二百五十人ほどだった。


   ●□●□


 ララノア山はリーンガムの南西にある。

 荒れ地が続き、山岳地帯には植物があまりない。

 それ故に、頂上までの道のりは明瞭。

 ただ、道中の傾斜は激しく、狭い。

 そのため馬車は使えない。

 全員が荷物を背負い、平原を進む。

 明らかに士気が低迷している。

 出発から波乱の様相を呈している。

 これは――途中で脱落する人間も出るかもしれない。

 ララノア山には魔物が多く生息しているらしい。

 ドラゴンに比べれば大したことはないが、それなりのレベルはあるだろう。

 砂塵が舞う中、俺は先頭のシュルテンを見た。

 彼には一人でも討伐に向かうほどの気迫がある。

 この街が好きだという風に言っていたが、何か特別な理由があるのかもしれない。

 俺も逃げるつもりはない。

 ただ、討伐できる可能性が低く、莉依ちゃん達に危険が及ぶのなら退却も考えなくてはならない。

 彼女達の命を懸けてまでこの街を救う義理はないからだ。

 平原を抜けると荒野が広がる。

 枯れ木が点在している中、俺達は歩みを止めない。


「何だか、空気が重いですね」

「だよね。会話がほとんどないし」


 莉依ちゃんと結城さんは不安そうにしていた。

 周囲の人間は険しい顔をしている。

 普段からこんな感じなんだろうか。

 確かに危険な任務だし、遠足気分ではいられないだろう。

 しかし、この雰囲気。

 どう見ても、良い意味合いでの緊張感を保っているとは言えない。

 単純に、後ろ向きな空気が漂っている。

 大丈夫か、こいつら。

 昼時になるまで、重苦しく閑寂な状況は続いた。


「休憩だ」


 シュルテンの声に、全員がその場に留まる。

 気温が多少高い。

 少し汗を掻いた。

 近場にある洞窟で日向を避け、俺達は固まって座る。

 ハゲ達が睨んできたが無視した。

 さすがに密集している状態で、喧嘩を売ってきたりはしないらしい。

 余計な体力を使いたくないので助かる。

 俺達は鞄から、干し肉と硬いパンと水を取り出し咀嚼した。

 この世界での携帯食料の基本は、燻製か単純な水分を飛ばした食品だ。

 味気ないが、生きるためには仕方がない。

 それに夜には、比較的新鮮な物を用意して調理する傾向がある。

 傭兵団にも調理担当の人間はいるはずだ。

 取り仕切りがシュルテンだから、どうなるかはわからないが。

 どちらにしても一週間分の食料はあるので俺達は問題ない。


 しばらく休むと、再び出発した。

 更に数時間経過して、ララノア山に到着する。

 舗装された道はないが、人が通れないこともなさそうだ。

 一応、ララノア山では鉱物の類が採取できるようで、一部では人の手が入っている。

 ただ、頂上へ向かう道は別ルートになるため、自然の道を進むしかない。


「ここからは魔物が出現する。全員、気を引き締めてくれ」


 シュルテンの表情を見れば、どれだけ危険なのかはわかる。

 俺と莉依ちゃんと結城さんは互いに頷きあった。

 山登りの開始だ。

 

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