第23話 実践、反撃の狼煙
一人の兵士に連れられ、俺は待合室に移動させられていた。
ここのコロセウムは俺が知っている形式に似ていた。
対戦舞台から見て、左右に門があり、対戦する選手の控え席がある。
建築して間もないらしく摩耗していない。
逃げられないように各扉には鍵がかけられている上に、近場に衛兵が立っている。
本来は、共同の控室に通された後、出番になった時に呼ばれるらしい。
待合室には武器防具が並んでいる。
「好きなものを選べ。装備の仕方がわからないなら聞け」
屈強そうな兵士が言った。
武器防具は箱の中、壁に立てかけられていたりと様々だった。
鎧は軽めの奴がいいかもしれない。
肩から吊り下げるタイプ、胸当てを選んだ。
移動の邪魔になるので、足や腕部分の防具はつけない。
盾もやめておいた。視界を塞ぐだけのような気がしたからだ。
悩んだが、武器はショートソードを選んだ。
最も癖がないからだ。
槍みたいな長物は当然無理だし、鈍器タイプも取り扱いが難しい。
むしろ邪魔になりかねないので、無難なものを選んだ。
剣は映像や画像で何度も見たことがあるが、実際に見たのは初めてだ。
持ってみると、違和感が凄まじい。
これで、相手を殺す、のか。
殺されるのは慣れている。
しかし殺すのは……。
人間を殺す。
そう考えるだけで忌避感がこみ上げる。
だが、感傷的になっている時間はない。
やらねばやられる。
俺達が生き残るには相手を殺すしかない。
殺さねば生きられない。
悩むな。
振り返るな。
甘い考えは捨てるんだ。
何度も殺された。
それは裏を返せば、ここは簡単に死ぬ機会がある世界だということ。
散々、思い知らされたのだ。
俺は兵士に、防具の装着を手伝ってもらった。
剣を右手に持つと、重みが伝わった。
「準備は良いか? 皇帝様をこれ以上、お待たせするわけにはいかん」
「……ああ、大丈夫」
低めの声音が兜の中から聞こえた。
全身鎧のせいで顔が見えない。
俺は闘技場へ続く、通路を進む。
幾つもの頑強な大門を通り、やがて前門へとたどり着く。
網目の門を介し、隙間から闘技場に姿が見えた。
反対側の後門。あそこに対戦相手がいる。
心臓が高鳴る。
俺にあるのは不透明で不条理な未来へ憤り。
そして僅かな高揚だった。
グッと剣の柄を握る。
鎖の擦過音が周囲に響く。同時に前門が持ち上がる。
そのまま、天井に消えると、俺は足を踏み出した。
砂と土の場。
ここが死闘を行う場所なのだ。
前方には男が立っていた。
典型的な剣士のようだ。
ロングソードにラウンドシールド。
俺よりは鎧の装着部位が多いが、軽装と言えるだろう。
兜の半分から顔が覗いている。
重厚さはないが、練達な剣士の空気を醸し出している。
男が闘技場の真ん中付近まで歩いて来た。
俺も同様に、数メートルの距離を開けて止まる。
俺は咄嗟にアナライズする。
・名前:エイリア・カリンツ
・LV:966
・HP:45,872/45,872
・MP:0/0
・ST:63,021/63,021
・STR:2,221
・VIT:2,978
・DEX:1,998
・AGI:2,221
・MND:2,001
・INT:989
・LUC:2,312
●特性
攻守ともに優れており、隙がない。
特徴はないが、欠点もない。
一目で思った。
ステータスがどうとかじゃない。
圧倒的な技量と経験の差がある。
例えば、俺の身体は転移前と変わらない。
鍛えていないのだから当然だ。
だが、目の前の戦士は鍛え上げられた体躯をしている。
それでもステータスやレベルは俺が上だ。
それはいい。
数値が絶対なのであれは、俺に勝機があるかもしれない。
だが、対峙してわかる。
俺と男では、戦力差がある。
ステータスには『剣術の腕前』や『過去に乗り越えた試練』までは反映されない。
俺が乗り越えた修羅場は受動的なもの。
だが男は間違いなく能動的に、戦いを乗り越えて来たのだと、俺に思わせた。
眼光は獰猛な獣を思わせる。
俺の中に恐怖はなかった。
スキルと数ヶ月の出来事のおかげだろう。
だが焦りは強くなるばかりだった。
本当に勝てるのか?
そんな思いだけで脳内が占められていく。
しかし時は待ってはくれない。
「では、互いに死力を尽くせ! 始めぇい!」
皇帝の一喝と共にエイリアが動いた。
気を抜いていたつもりはなかった。
ただ覚悟が出来ていなかった。
俺が身構えた時には、エイリアはすでに腕を突き出す動作に入っていた。
踏み出しと共に、凶刃が真っ直ぐ俺に向かう。
刺突だ。
俺は反射的に後ろに飛んだ。
直面するとわかった。
突きを武器で払うのは簡単ではない。
相当な速度で襲ってくる剣戟を防ぐのは困難だ。
俺が着地した瞬間、次の白刃が迫る。
なぎ払いだ。
俺は咄嗟に両手で柄を握り、刀身を突き出す。
交差する剣。
衝撃に備え、俺は力を込めた。
だが、弾かれたのはエイリアの方だった。
「なに!?」
驚愕の表情と共に、エイリアは体勢を整える。
そうか!
やはりステータスの差は影響を及ぼしているのだ。
俺の腕力や耐久力は優にエイリアを超えている。
ならば、力任せに攻撃をすれば、勝てる、か?
「ああああっ!」
俺は雄たけびと共に、剣を振り下す。
エイリアは頭上から迫る剣閃を受け止め――なかった。
奴は剣を突き出しながら、横に回避した。
俺は、無駄に膂力を込めて剣を振り下したため、バランスを崩してしまう。
ゾクッと鳥肌が立った。
俺は剣を捨てて、その場で座り込み、エイリアとは反対方向に転がった。
同時に腹部に激痛が走る。
起き上がると同時に、身体を見下ろす。
脇腹付近に傷があった。
内臓までは達していないが、浅い傷でもない。
出血し、下半身に血液が滴っている。
「お主、完全な素人だな」
エイリアは片膝を地面につき、剣を突き出している姿勢のままだった。
俺の攻撃を横に避けた後、間髪入れずに刺突を繰り出したらしい。
回避できたのは奇跡だ。
一歩間違えば終わっていた。
嘆息しつつ、エイリアは立ち上がった。
「型も身のこなしも、剣術を習った子供の方がよい動きをする。
異世界人と聞いてはいたが、まさかここまで脆弱であるとは。
腕力はあるようだ。だが、力だけで勝てるとは思うまい?
気迫は悪くない。勇猛でもある。しかし心だけでは勝利は得られんぞ」
流れるようにエイリアが構えた。
隙というものがあるかどうかの判断は俺にはできない。
だが、確実にわかることがある。
剣を用いた戦いでは決して勝てない。
どうする。
戦いが長引けば傷が開いてしまうかもしれない。
痛みはどうでもいいが、出血多量で死ぬわけにはいかない。
それに出血が多ければ、身体の反応が鈍くなる。
できるだけ決着を早めるしかない。
だが、勝機が見えない。
どうすればいいんだ。
俺が死んでしまえば、莉依ちゃんと結城さんが殺されてしまう!
俺は混乱した頭で必死に対抗策を考えていた。
「シィッ!」
エイリアの一閃。
早いなんてものじゃない。
刀身の残像さえ、俺には見えない。
後方に飛び退こうとしたが、寸前で止め、横っ飛びした。
エイリアが更に大きく踏み出した。
左手が浅く切り刻まれる。
「ちっ!」
舌打ちと共に、俺はエイリアから距離を取る。
危なかった。
動きを読まれ始めている。
そのまま後ろに飛んでいたら死んでいた。
だが、それはただの悪あがきだ。
「ふんっ、これが戦いか。勝利を渇望する者同士の戦だと?
つまらぬ! さっさと終わらせぃ! 期待外れだ!」
「は、はっ!」
皇帝の怒声と共に、エイリアが恐縮しつつ返答した。
縦横無尽に剣閃が迫る。
その場で避けたり、躱しながら踏み込む、という高等技術はない。
そのタイミングを見切る経験や技術が俺にはない。
距離を取りながら回避するしかないのだ。
闘技場が円形なのが助かった。
おかげで、左右に避けながら、後方に移動し続けることができる。
「くっ、ふっ、はっ」
「ちょこまかと!」
避けてはいる。
だが、完全に、とはいかない。
恐怖心が薄いおかげで、動きは滑らかだった。
それだけでは経験と鍛練の差は埋まらない。
やはり、ステータスはその存在の数値だけを表示している。
つまり武器防具のような道具、剣技のような能力までは考慮しない。
純粋な殴り合いだったとしても、経験の差はある。当然だ。
例えば、同じステータスの完全なド素人と、ボクサーが戦えば後者が勝つということ。
なんせ、レベルは単純な戦闘能力だけで上がるものではないからだ。
それは俺が幾度も死んで実証している。
だが、ステータスが上回っているというのは大きな利点でもある。
諦めるな。
まだ諦める場面じゃない。
俺の身体には多数の切り傷が生まれている。
完璧な回避は難しい。
それだけエイリアは鍛練を積んできたのだろう。
避けられているのは、ひとえにステータスのおかげだ。
だが、いつまでも避け続けられるわけもない。
スタミナはまだある。
だが、それだけだ。
レベルが上がれば体力が回復するが、回避だけでは経験値は大して貰えない。
最も経験値が多いのは殺されることだが、それはルール上できない。
倒すしかない。
「がっ!」
長剣の切っ先が太腿に深く突き刺さった。
体重を持ち上げられず、転倒してしまう。
痛みを無視して、起き上がろうともがいたが。
無駄だった。
眼前には、鋭利な刃物があった。
「終わりだ」
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