第三章 プロジェクト・事前説明

第24話 先生の譲渡承認と俺の狂った頭

「へぇ。ミカンの秘密を暴かれたか」

 バルコニーに続くサッシの前に置かれたベッドの上に腰かけて、先生―神崎かんざき芳明よしあきはトラ猫を撫でている。

「ツッコんでましたよ。藪柑子やぶこうじはミカンじゃないって」

「ぐう」

 ぐうのを出しながら、先生はミカンの耳の後ろを掻いてやりながら嬉しそうに微笑む。

 ミカンが目を細めてぐるぐるうなる。

「どんな人?その”係長”」

「・・・」

 八木の何から説明すれば良いのか。少し寝たとはいえまだ時差ボケしたような狂った頭が、歓迎会の夜、俺の肩に頭をもたせた八木を再生する。今一番思い出してはいけない八木だっ!

 俺は急いで回れ右してキッチンに向かう。

「女の人?」

「そうです」

「美人?」

「まぁ・・・そうです」

 はー、と先生がため息をつく。

「前の係長の時も望月くん、そう言ってなかった?

 日出書房では謎の望月接待が行われてるね。僕の原稿、取りに来る子も可愛い女の子にしてくれたら良いのに。そしたらもっと売れ筋の本、書くのになぁ」

 戯言ざれごとだが、まるっきり口から出まかせでもなさそうなところに凄味すごみを感じる。


 先生の書くものは最初に書いた児童文学1作を除き、いわゆる純文学で、基本的に売れ筋ではない。が、俺が担当した時に日出の文芸誌に連載した先生の小説は珍しく売れて、映画化された。日出に就職したいと話した俺のためにせつを折って世間に従い、売れ筋の話にのではないかと俺は勘ぐっている。その証拠に、先生は俺のいないところで、担当に俺のことを”望月くんと話すとアイデアが湧く”と褒めちぎってくれていた。俺と先生は作品のことなんて何も話していないにも関わらず。

 俺は、”先生は売れ筋を書こうと思えば書ける”という推測を誰にも話していない。子どもの頃から先生のファンでもある俺は、先生の本当に書きたい物を書いてほしいと思っている。


「先生」

「ん?」

「いただいた早川式操出鉛筆、人に譲っても良いですか?」

「その係長に?」

 あてずっぽうに決まってる。決まってるが、あてずっぽうをど真ん中に的中されて、俺は一瞬返答に窮する。先生は笑う。

「いや、ごめん。話の流れからして。

 もちろん、好きにしたら良いよ。もう望月くんの物なんだから」

「・・・係長、日出書房の人間じゃないんです。出向で来てるだけで」

「そんなの、いい、いい。どーぞどーぞ」

 先生が俺に譲ってくれた早川式操出鉛筆は、元々日出の社員だった先生が日出の元社員からもらった物だと言っていた。俺が日出に入社することが決まった時に就職祝いと言って譲ってくれたのだが、俺は早川式操出鉛筆に憧れていた八木を思い出し、何となく使うに使えず自宅の引き出しにしまい込んでいた。

「喜んでもらえると良いね」

 決して俺のプライベートを問い質したりしないが、色々見通してそうな先生の膝の上でミカンが緑色の目を光らせてミャーと鳴いた。


*  *  *  *  * *  *  *  *  * *  *  *  *  * 


「なんデスか、それぇ。フツーに店の前で会って、フツーに送っておやすみーって。なんか、もっとこう、柚月サンをめぐる決闘!とか、送る道々で”ずっと君のことが!”とか無かったんデスかぁ?」

「悪かったな。そんなテンション高い人間じゃなくて」

「めちゃくちゃ期待外れデス~」

 都丸はバッタリと机に倒れ伏す。

「ほら、ポン太郎もがっかりしてるぞ、”こ、このままじゃ儂、一生”実戦”を経験することなく枯れてゆくことに・・・ゴホゴホ”」

 先輩が変にかすれた声を出して”まゆまろ”を咳き込ませる。”まゆまろ”は八木不在時の先輩人形劇専用人形として都丸の机の上に置かれることになったらしい。


 俺と八木は、俺がフランス料理屋で八木と隆司に合流してから起こったことは先輩と都丸には黙っていようと決めた。鳴瀬と隆司の暗躍について話すわけにはいかないし、中途半端に話すとほころびを生じかねない。

 先輩と都丸には”フランス料理屋の前で八木と隆司に合流出来た俺は、普通に八木を家まで送って別れた”ということにした。まぁ、夜と朝の違いはあれ、残念ながら事実にあまり差は無い。


「それより、八木が用意して欲しいって朝ミーティングで話してた”試作ページ”ですけど・・・」

「ネックは写真家とイラストレーター、デスよね」

 俺たちは初期の思いつき谷崎潤一郎の“卍”の百合系ビジュアル化フォトブックと宮沢賢治の“銀河鉄道の夜”のBL系挿絵入り新装改訂版絵本を発展させていっている。

 製本コストがかかり、価格に反映せざるを得ない画像についてはネットを通じてスマホに提供する。メインは電子書籍での売上。文庫としての実体とのセット売りもするがこちらは高額商品だ。本屋よりも各地の文学記念館的なところでの販売を狙う。

 現段階でのイメージを伝えるための試作ページだから、画像はとりあえず何でも良いと八木は言ったが、最終商品と同じとは言わないまでも、近い方が良いに決まってる。

 朝ミーティングの後、八木がいなくなってから、俺たち班員は相談して、この1週間、”あがいてみる”ことに決めた。


「俺、カメラマンに知り合いいて、安く仕事頼めると思いますし、現段階で使えるネガ、持ってるかもしれません」

「お。良い情報。つまりエロ系写真家なんだな?」

 俺は頷く。そう紹介して差し支えないはずだ。あいつは。

「よし。ありもんの写真に合わせて良いシーン選んでページの構成する。

 ポン太が”カメラマンの知り合い”んとこ行くとき、俺も行く。」

「イラストレーターに心当たりはございまセンか・・・」

 都丸が憐れみを誘う細い声を出す。

「無い。すまん、都丸。」

「頑張れ、都丸」


 都丸は切り替えて、拳を握る。

「よし!当たって砕けろ!好きな絵師サンに当たってみマス!」

「予算的に大丈夫なのか?」

「大丈夫!画像投稿サイトで目を付けてる素人さんデス。

 筆おろしの格安値段で交渉してみマス!」

「”俺の前で微妙な言葉、使わないでくれ!”」

 先輩がポン太郎を机に伏せ、わなわなと震わせる。こいつらまた面白がりやがって・・・。俺が”現状”を脱するまでこの童貞いじりは続くんだろうが、もし現状を脱したら脱したでそのコトもまたひたすらいじられそうだ・・・。待てよ。”そのコト”って何だ・・・?

 ふいに頭に浮かんでしまった不埒ふらちな想像を頭から追い払うために、ガンっと俺は額を机に打ち付ける。

「ポンさん?!いきなり自傷行為?!」

「うるさい・・・」

「どうしたポン太!こんな人生何の意味もねーってことにとうとう気付いちゃったか?!」

「うるさい!!」

 俺が先輩に大声出した時、ちょうど部屋に戻って来た八木が驚いた顔で俺を見る。

「ポン太くん?どうしたの?」

「お前はこのタイミングで帰ってくんな!」

 俺はポン太郎を先輩から奪い取り、ちょうど事務室に戻って来た八木に放り投げる。ちょうど八木の胸元に当たって跳ねたポン太郎を八木が胸と両手で包み込んだ。

 再び俺は机に額を打ち付ける。・・・もうダメだ。俺の頭、こないだ時差ボケしてから狂ったままだ!

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