第17話 行くべきか、行かざるべきかポン太郎

 俺はキーボードを打つ手を止めて八木不在の八木デスクを眺める。ちょうどこの火曜の午後は八木が元々親会社に呼び出しを受けてて不在の予定を入れていた。

 八木の机には何も置かれていない。早川式操出鉛筆に代表される妙な物欲はあるようだが、八木は余計な物を持とうとしない。筆記具は高校の3年間通じて粗品だったし、どこかで借りた本以外を持っていることは稀だった。

 “当然行きますよね”?

 ノートパソコンの液晶画面に目を戻して俺は都丸に応える。

「・・・行くわけないだろ。八木がいらないって言ってんだから」

 八木は遠慮なんてする奴じゃない。ある意味冷徹な合理主義者だ。俺はよく知ってる。

「またまたそんな事言っちゃって。

 あの男前と柚月ちゃん、気になるんだろ?」

 先輩まで隣から声をかけてくる。正直、ウザい。俺はノートパソコンに文字を打ち込みながら答える。

「俺が気になるとか関係無いですよ。八木と隆司の問題ですから」

「それは、あのヤリちんド助平野郎に柚月ちゃんを持ってかれても良いって判断だな?…お前、マジでそう思ってんのか?」

「ヤリちんド助平野郎って・・・」

 隆司はモテ過ぎるが故に女の入れ替わりは激しいが、そーゆー奴じゃない。そーゆー奴なら、俺だってこんなに隆司のことで悩まない。いくら先輩でも、ムカつく。

 俺が先輩の方を睨むと先輩もキーボードを打つ手を止め、俺の方を向いた。俺は先輩の顔を見て驚く。なぜか先輩は怒っているらしく、元々若干垂れた三白眼の目じりがめちゃめちゃ吊り上がってた。

「あーゆーツラしたやつがヤリちんじゃねーわけねーんだ!」

 言ってるうちに興奮してきたのか先輩の声のボリュームがどんどん上がる。

 ダンっ

 言い終わると同時に先輩は拳を振り上げて左手で机の天板を叩いた。事務室にいる皆様の息を呑む音が聴こえる。

 俺も先輩の剣幕に先程までの苛立ちが吹っ飛び、唖然とする。何怒ってんだ?隆司に対する、ってゆうか男前全般に対する偏見じゃねーか・・・ってか周囲の皆様の「何事か」的な視線が痛い!


 再びキーボードを殴るようにバチバチと叩き始める先輩の隣で、書類棚ごしにこちらに視線を送る皆様に向かってなぜか俺がすみませんと頭を下げる。同じ課の隣の係・・・商品企画課商品担当・通称上原班が会議中でいなくて良かった・・・。

「…あーゆー面した奴は物心ついた時から両手に花の選びたい放題ヤリたい放題生きてきたに決まってんだ…」

 先輩がなんか静かに語りだした。俺は”さすがに物心ついた時からじゃないだろ”、というツッコミを静かに胸の奥にしまう。変なボタン押して面倒なことになると困る。

「そーゆー奴に限って、”俺はまだ本当の恋を知らない”とかふざけた事いいやがって、そんでまた女を落としまくってるんだ。ちゃんと目の前の女に本気で向き合ってないだけだろって話なんだよ」

「それ絶対隆司の話じゃないでしょ・・・」

 つい俺がポロっとツッコんでしまったのが悪かった。

「そうだ。違う!でも絶対そうだ!

 俺は、男前だけは断じて許さん!」

 やべ。なんか変なスイッチ押しちまった!

「顔が良いってだけでモテやがって・・・地球上にいる男前は全員性病にかかって死んだら良いんだ!死ね!死ね!死んでしまえ!」

 言葉を切る度に先輩はバチっバチっバチっと親の仇のようにキーボードを叩く。

「それでやっと人生の運不運の釣り合いが取れるってもんだ!!」

 バチぃっ

 先輩は荒く息をしながら画面を睨みつけたままフリーズする。事務室が静まり返る。

 今まで知らなかったが、先輩はすげー闇と偏見を抱えて生きてるようだ。前々から少しおかしいと思っていたが、変な店からもらった梅毒が脳に回ってるのかもしれない。


 これ以上話をややこしくしない為に俺は先輩の地雷を避けて話を戻す。

「持ってかれるも持ってかれないも、八木が自分で決めることですから。俺がどうこう口出しできる事じゃありません」

「…分かった。ポン太郎にお別れを言え」

 先輩はデスクの引き出しを開け、がさがさと何かを探す。

「ポン太郎?」

「お前は俺と同レベルのパッとしねー外見ナリしてるから仲間だと思ってたが」

 悪かったな!

「柚月ちゃんみたいな可愛らしく理解のある心優しい天使と」

 そうか。先輩にはそう見えてるんだな・・・変態に理解を示してるんじゃなくて本人変態なんだが。

「高校の3年間を同じクラス同じ委員を務めるという好機を与えられたあげく8年越しの再会まで果たすというとんでもない僥倖に恵まれておきながらなんの努力もしようとせんとは・・・」

 あ、あった、と呟き、先輩はカッターを取り出す。

「!」

 まさかポン太郎って。

「俺は向上心の無い馬鹿も許さん・・・ポン太郎もちゃんと働かせてくれねー主人はいらねーよ。」

 先輩はチチチチ・・・とカッターの刃を出し、俺の股間に鋭い視線を向ける。まさかポン太郎って”阿部定”的な”さよならきりたんぽ”的なそーいう展開か?!


「ポン太郎をお前から切り離して都丸に付ける!」

 今まで妙なスイッチが入った先輩の目につかないようデスクで空気になってた都丸が「え”」と声を漏らす。

「都丸を通じて柚月ちゃんに可愛がってもらう」

 何言ってんだこの人!

百合プレイそれ単なる先輩の願望じゃないっすか」

「無論、そうだ。だったらどうした!!」

 ガン!カッターの柄で机を叩いて先輩が立ち上がる。

 まさか本気とは思えないが、真似だけでも困る!ってか真似ってどこまでやる気だ?!俺も慌てて立ち上がり廊下に出る扉方向、都丸の席の背後に向かうと、都丸が立ち上がり、俺をかばうようにバッと腕を広げた。

「ストップです!山下サン!」

「なんだ、都丸。邪魔するな。男になれ!」

「嫌です!私、純粋に彼岸のものとしてBLを楽しみたいので実物は要らないデス!!」

 都丸の断固とした主張に先輩の動きが停止する。

「そうか・・・?」

「そうデス!」

「そうか・・・」

 電源を落とされたロボットのように体の力を抜き、先輩はガタンと椅子に座った。

 先輩の動きが停止したので、また俺はこちらを見ている事務室の皆様にすみませんと頭を下げてから席に戻る。


 またしばし俺たち3人は何事も無かったかのようにそれぞれパソコン画面に向かってカタカタと文字を打ち込む。

 おもむろに先輩が俺に声をかけた。

「すまんなポン太。取り乱しちまって・・・ちょっと個人的に色々あって、な・・・」

「・・・」

 そりゃ個人的な事情だろうよ。俺や隆司が先輩の闇に何らか関与している訳が無い。

「マジメな話、お前、柚月ちゃんのこと、心配なんだろ?後悔の無いよう、行動しろよ」

「・・・」

 行くべきか、行かざるべきか・・・。

 俺が行って八木が喜ぶなんてことは、これっぽっちも期待してない。

 今回は隆司に何かしら予告されてるわけでもない。

 結局は八木と隆司がどうなろうと、八木の判断に任せるしかない。

 でも多分、行かなかったとしても金曜の夜、俺はまた”いつも通り”じゃいられないだろう。どんだけ子供ガキなんだ俺・・・。

 高3の終業式の俺の荒ぶる魂の鎮魂のために、あの日とは違う行動をしてみる。そういう動機で動いてみても良いかもしれない。


「行きマスよね?ポンさん」

 都丸が再び俺に訊ねる。振り出しに戻った。

 俺は、頷く。

「行く」

 決めると、本気で邪魔してやるという気になってきた。八木が望まないなら邪魔して良いはずだ。なんで俺より先に八木のこと知ってたからって、俺が隆司に遠慮しないといけないんだ!あいつは自分の部下5人・・・i-techプリキュアの誰かとよろしくやってりゃいいんだ!若干先輩に毒されて俺は攻撃的な気分になる。

「よし、行ってこい!ポン太郎!」

 なんでポン太郎に言うんだ!

「俺と都丸はいないものと思ってくれ!」

 …つまり、一緒に行くんだな。


 *  *  *  *  * *  *  *  *  * *  *  *  *  * 


「i-technologyとの会食に同行したい?」

 八木班班員三名は営業部長室で早川営業部長と向き合っている。

「理由は?」

 トントンと書類を揃えながら早川部長は俺たちに訊ねる。

「i-technologyの社長はとんでもない女ったらしで八木係長は高校の頃ストーカー被害にあったこともあるそうです。部下として心配です」

 先輩がしゃあしゃあと、とんでもない嘘八百を並べる。俺は背中に冷や汗をかく。何てこと言うんだ!あらぬストーカー疑いをかけて隆司の仕事の邪魔をしたら大変だ。先輩に男前隆司は鬼門。よく頭に入れておかないといけない。

「え!本当なの?」

 早川部長が俺に訊ねる。八木と俺が高校の同級生というのは小さな社内で知れ渡っているらしい。

「いえ!…そういう噂がある、というのを高校の頃に小耳に挟んだことがあるだけです」

 隆司の名誉のために先輩の発言を否定しなければならない。”ならない”が、全否定すると”一体どっちが本当なんだ”と、早川部長が混乱しそうなので、とりあえず俺は先輩の発言内容を時間的にも確度的にも遥か遠くへ移動させる。

「そう…高校の頃の同級生、と聞いて良かれと思って私から提案したんだけれど…なんだか心配かけて、悪いことしちゃったみたいね…」

 そう言って、ふふ、と早川部長は笑う。

「でも、高校生の頃にそんな噂が立つなんて・・・八木さんも高坂さんも、隅におけないわね・・・軽く考えちゃいけないのかもしれないけれど」

 早川部長が先輩の言葉を軽く捉えてくれて、ほっとした。

 早川部長が二拍ほど考えてから口を開いた。

「・・・八木さんと高坂社長。あなたたちの心配するような関係では無いと、私はお二人それぞれとお話をして、そう思います。

 それに、業界シェアNo.1のネット小説アプリの管理も受注していて技術力があるi-technologyとは、今後とも良い関係で連携していきたいと考えているの。

 申し訳ないけど八木さんには出席していただくし、高坂社長が心証を害するかもしれないあなたたちの同席は認められません」

「はい・・・」

 そりゃそうだよな・・・。久しぶりにちゃんとした人のちゃんとした言葉を聞いた気がする…。

「でも、あなたたちの気持ちを汲んで、会食後、あなた方に連絡をさせて頂くわ」

「どいうこうとデスか?」

「私は八木さんと高坂さんを残して先にお暇させて頂いて、近くにいるあなた方に会食終了の連絡をさせて頂きます。その後、ばったりお店の前で会うと良いわ。お店の前で延々出待ちをするより余程効率が良いでしょう?」

 あくまでも会食は変更・滞り無く終わらせる大人の判断だ。さすがに部長になる人間なだけあって、”人が好い”だけじゃない。目的達成を邪魔させない。それでも、俺たちのー俺の意を汲んでくれて手を動かす約束をしてくれた。

「ありがとうございます。」

 俺は頭を下げる。目を細めて俺を見、早川部長はさらさらとメモをして俺に渡した。

「お店の時間と場所よ。しっかり係長を守ってあげてね、班員さん」


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