第48話混戦の中の狙い

「では、そろそろ聞かせてもらおうか。姫が快く私の元へ来てくれるための言葉を――」


 悪魔が上機嫌に笑いながらセレネーへ尋ねてくる。その油断し切った姿を見た瞬間、セレネーは腰に挿していた魔法の杖を手にし、引き抜いた。


「そこにいるのは誰?!」


 光の粒を草むらへと飛ばし、警戒しているように見せる。悪魔はセレネーにつられて草むらへ顔を向け、訝しげに顔をしかめる。


「何かいたのか? 人どころか、小動物の気配すらしなかったが……」


「ごめんなさい、気のせいだったみたいね。実はアタシ、勇者に狙われているのよ……どこにいても探し出して現れて……すっっっごく迷惑しているのよ」


「……今のは耳を澄まさずとも、本音で言っているのが伝わってきたな。しつこい男は嫌がられるというのは、昔から決まっているものなのだがな」


 うわあ、悪魔の話にめちゃくちゃ共感しちゃうわー。ってかこの悪魔、よく分かってる。


 不覚にも親しみと分かってくれた嬉しみをセレネーが感じてしまっていると、


「悪の魔女セレネーめ! 覚悟!」


 突然セレネーと悪魔の頭上に現れたイクスが、落下しながらセレネーに剣を下ろしてくる。

 慌ててセレネーは跳び退き、悪魔もひと羽ばたきしてイクスから距離を取る。その二人を交互に見ながら、イクスは歯ぎしりして見せた。


「悪魔と密会か……お前ならいつかやるとは思っていたが、本当にやっていたとはな! 悪魔ともども俺が退治してくれる!」


 剣を持ち直し、イクスは迷うことなくセレネーを狙う。迫る脅威を悪魔のほうへ少しでも近づくように、セレネーは全力で走って逃げながらも杖の切っ先をイクスへ向ける。


「いい加減にしなさいよ! 何度挑んだってアタシに敵わないクセに……ほら、ふっ飛びなさいな!」


 光の粒をイクスへぶつけ、魔法を発動させる――が、イクスはわずかに浮きかけたものの、ズゥゥゥンッと地響きさせながら着地し、いつもの華麗なブッ飛ばしは見られなかった。


「はぁ?! なんで飛ばないのよ!」


「先日の冒険で大地のブーツを手に入れたんだ。これで二度とふっ飛ばされて、あちこちの民家やら店やらに飛び込んで、屋根やら壁やらを修理せずに済む!」


 ……あ、ごめん。そんなことになってたんだ。

 内心、迷惑かけてごめんなさい、被害にあった皆さん……と謝りつつ、セレネーは追い詰められたフリをして何度も魔法を繰り出す。しかし伝説の武具を身に着けた――セレネーが見立てた装備の数々――のせいで、イクスに魔法はほぼ通じなかった。


「コラ、余を巻き込むな……! クッ、魔法無力化の胸当てだと?! どこでそんな物を……!」


 セレネーが近づいたせいで、イクスと悪魔と。混戦で辺りが騒然となる。


 これがセレネーの狙いだった。

 一旦協力者のフリをして悪魔に近づき、乱入したイクスが場を混乱させ、そのバタバタした状態の中で悪魔を弱らせる聖水を塗った銀の針を刺し、力が抜けたところを封印するというのが作戦だった。


「ああっ、もうっ、あっち行きなさいよ! しっ、しっ!」


 セレネーは左手を上下に振って煩わしそうにしながら、密かに右手へ魔女のローブに仕込んであった銀の針を掴む。


「俺を犬扱いするな! もう諦めろ! そこの悪魔と一緒に斬られろっ!」


 大きく剣を振り上げ、勢いよく下ろそうとした瞬間、


「いい加減にしろ」


 冷ややかな声がした刹那、悪魔の翼の先が鋭くなってイクスの剣を迎え打つ。キィンッと弾いた音がしたと思いきや、イクスを一気に修道院の壁まで飛ばし、背中を強打させていた。


「た、助かったわ……ありがと――」


 セレネーは喜んでいるように見せて、悪魔に体を寄せようとする。だが、


「フン、余がお前たちの姦計に気づかぬと思っていたか?」


 悪魔はグッとセレネーの右手首を掴み、捻り上げる。

 ぽろり、と情けなく銀色の針が地面に落ちた。


「う……な、んでバレたの……?」


「あまりにお前たちがじゃれ合った攻撃ばかりしていたからな。本気で倒す気のない攻撃ばかり……ずっとそれを繰り返すほどの仲と分かれば、狙いは余だとすぐに気づいて当然だろうが」


 ……どうしよう。この悪魔、どこまでも察しがいいヤツね。

 わずかに目を逸らしながら、セレネーは苦悶の表情を作って見せる。


「じゃれ合いだなんて……かなり本気でやってたのに……」


「嘘つきめが。さっきの姫への本音までは余も信じていたがなあ……残念だったな。余を騙そうとしたのだ、覚悟はできているだろうな?」


 ククク、と悪魔の喉から笑い声が聞こえてくる。勝利を確信し、油断し切った笑み。


 悪魔を見上げたセレネーの顔は――青ざめながらも、口端に不敵な笑みが浮かんでいた。


『王子、今よ』


 セレネーが唇だけ動かしてカエルに促す。


 樹の上に潜んでいたカエルは、銀の針の先端を真っすぐに向けながら、悪魔のうなじへと落ちた。


 悪魔の体が一瞬にして強張った。


「な、なんだと……?」


 震える手で悪魔は首の後ろをさする。今度は悪魔の顔が青ざめた。


「銀の針……! どうやって私に打ち込んだ?!」


 セレネーは何も答えず、悪魔の手を振りほどいて後ずさる。

 ピョンッ。肩にカエルが飛び乗る感触があった。


「これで良かったですか、セレネーさん?」


 横目でカエル見ると、セレネーは「上出来よ、王子」と囁いた。


 混乱に乗じて銀の針を打ち込み、無力化させて封印を施すことが目的だった――しかし悪魔を罠に嵌めようとするなら、何重にも手を打つ必要がある。

 できればイクスと自分だけでどうにかしたかったが、カエルという通常はあり得ない存在は悪魔でも把握することは難しい。一瞬の隙をつけるよう樹の上に待機させ、銀の針を打ち込ませるという狙いが当たって良かったと、セレネーは胸を撫で下ろす。


 それからにっこりと笑い、懐から聖獣の皮で作った巻物を取り出し、魔法の杖を悪魔へと向けた。


「ごめんなさいね、悪魔さん。姫を貴方に奪われるワケにはいかないのよ……悪いけど百年ほど封印させてもらうわね」


「ちょ、ちょっと待て、お前は姫に取られたくない相手が――」


「はいはい、封印」


 余計なことを言われる前に、セレネーはさっさと封印の魔法を施し、大きな光で悪魔を包み込むと、巻物へ叩きつける。


 じゅうぅぅぅぅ……と白い煙が立ち上り、すぐに消える。

 これで終わりだと思うと、やけに疲れが肩へのしかかり、セレネーの口から大きなため息を吐き出させた。

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