六章:南の聖女は顔見知りの大本命

第44話ここでまさかの大本命?

      ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 東の国での解呪の乙女探しが行き詰まり、セレネーとカエルは南の国へと向かうことにした。

 南下するにつれて空気は湿り気を帯び、暖まった空気が漂い始める。じっとりとした暑さにセレネーは軽く汗ばみながら、ホウキを飛ばし続けていた。


「南の国は美人で気立ての良い人が多いって話をよく聞くわ。だから呪いを解いてくれる乙女も必ず見つかるわよ」


 場所を変えればあっさり目的が叶ってしまう、なんてことは珍しい話じゃない。そうなって欲しいという期待を込めつつセレネーがカエルに話しかけると、「ええ!」とやけに元気な声がフードの中から返ってきた。


「早く元の姿に戻って、国の皆に元気な姿を見せたいです! それから、この旅で色々見知ったことや経験したことを語って、セレネーさんの素晴らしさも国中に広めたいです」


「……やる気があるのはいいけど、アタシのことは広めなくていいから。森の奥で細々とやっていきたいから」


 異様に高揚しているカエルにセレネーは苦笑を浮かべ、ちょっと落ち着きなさいと伝える代わりに軽く手でフードをぽんぽんと叩く。すると、はぁぁぁ……と長細いため息が聞こえてきた。


「そうですか……では盛大にお礼の宴を開かせて下さい。カエルよりはお酒が飲めますから、あっさり酔い潰れてさっさと離脱なんてことにはなりませんから、ゆっくりとお相手をさせて欲しいです」


「まったく、気が早いわね。でも、ま、それなら喜んで。西の国の美味しいお酒を期待してるから」


「はい、楽しみにしていて下さい!」


 やけに元気を出しているカエルに違和感を覚えつつ、カラ元気でも沈んでいるよりは明らかにいいとセレネーが思っていると、


「本当は行く先々でお相手できるといいのですが……この体では数滴でダメですからね。元の体で旅ができたら、どれだけいいことか……」


 カエルのぼやきが聞こえてきて、セレネーは小さく吹き出した。


「人のままだったら、解呪の旅なんかしてないでしょ? カエルだからできてることなんだし……でも王子のままで旅なんかしてたら行く先々で注目されて、落ち着いてお酒なんか飲めなさそうね」


「そう、ですね。カエルだからできることなんですよね……元の姿では叶わないことなんですよね……」


 元気だった声が一転、妙にカエルの声が萎れていく。

 どうも様子がおかしい。セレネーが首を傾げていると、カエルはしばらく黙った後にポツリと呟いた。


「……カエルじゃなくなれば、セレネーさんとはお別れなんですよね。寂しいです」


 もしかして少しでも別れが寂しくならないようにって、妙に元気を出して話していたのかしら?


 湿っぽいよりは明るく笑って別れたい。カエルの望みに少しでも応えたくて、セレネーは努めて声を弾ませる。


「解呪できたら旅は終わっちゃうけど、アタシと永遠に会えなくなる訳じゃないんだから安心なさい。何かあればいつでも呼びつけてよ。城の高い所から大声で叫んだら、瞬間移動ですぐに現れて脅かしちゃうから」


「本当ですか?! ありがとうございます!」


「魔法があればどこに居ても関係ないから遠慮なく呼んでよ。招待してもらえるなら王子の結婚式とかにも顔出せると思うし、子どもができたら祝福の魔法をかけに行くつもりだから」


 解呪ができれば、それを叶えた乙女が王子の隣にいることになる。この王子ならずっと相手を思いやって幸せに過ごすことができるだろう――その未来を想像して、セレネーは口端をゆるく引き上げる。ちくり、と胸に小さな痛みは走ったが、気にしないようにした。


 カエルからの返事はなかった。

 聞こえなかったのだろうか? と首を傾げつつ、セレネーはホウキをさらに飛ばした。




 南の国に到着すると、セレネーは国で一番大きな街の上空で水晶球を取り出し、深く息を吸い込んで力を込めてから言葉をかけた。


「クリスタルよ、この国でカエルにキスしてくれそうな、自分の家族や自国の民よりも伴侶を選んでくれる、王子の真の姿と中身を心から愛してくれる、気立てのいい娘を教えておくれ」


 条件が増えるほどに水晶球の返答は遅くなる――が、まるで待っていましたと言わんばかりに突然金色の光を放ち、すぐに答えを映してくれた。


 それは街中に佇む修道院だった。

 規模は大きく、敷地内には何百人も入ることができる大聖堂があり、修道女たちが寝起きする修道院も三階建ての立派なものだった。


 その修道院内のどこかにある小さな部屋の祭壇で、静かに祈りを捧げる修道女の横顔が映る。

 滑らかな白い肌に、鼻筋の通った美しい輪郭。絹のごとき銀糸の長い髪は輝きを放ち、清楚さを漂わせながらも品のある華やかさを宿していた。


 ただの修道女とは違う、と一見しただけでセレネーは判断する。

 庶民的な気配がまるでない。どこかの姫君だと言われてもおかしくない人だと思っていると、


「あっ! まさかこの方は……」


 フードから抜け出て肩によじ登ってきたカエルが、水晶球を見てすぐに声を上げる。そして肩から落ちんばかりに体を前に突き出して顔を近づけようとするので、セレネーは水晶球をカエルに近づけさせる。


 ジッと凝視してからカエルは「やっぱり」と唸った。


「フレデリカ姫じゃないですか。なぜこのような所に……?」


「あら、王子の知り合い?」


「はい。カエルになる前、何度かお会いしたことがあります。それから、ぜひ私の妃にして欲しいと南の国から何度も手紙を送られて来ていたので、第一の妃候補として考えられていました」」


 つまり元々の大本命の姫……って、本当に? 他人の空似じゃなくて?

 これだけ解呪できる乙女を探してきて、まさかの大本命が解呪しちゃうなんて、話が出来過ぎのような気がしちゃうんだけど。


 半信半疑だったが、会えばはっきりしたことが分かるだろうと思い、セレネーは即座ににホウキを修道院へと向かわせた。



「はい。カエルになる前、ぜひ私の妃にして欲しいと南の国から姫の肖像画が贈られたのですが、その絵に瓜二つです」



 他人の空似じゃないかしら? でも、世の中にこんな絶世の美女が二人もいるとは思えないし――。



 半信半疑であったが、会って話をすれば分かる。セレネーはホウキを修道院へ向けた。


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