第8話歓迎は嬉しいけれど、泥パックは……
セレネーが思わず立ち去りたい衝動に駆られていると、フードに隠れていたカエルが肩に登ってくる気配を感じた。
(相手を近くで見たいのは分かるけど、まだ早いわ!)
ただのカエルを喜んで受け入れる人間なんて普通は考えられない。ジーナの時のように特典をつけなければ、嫌がられるのは目に見えている。
咄嗟にセレネーは肩のゴミを払うように見せかけ、カエルの頭を叩く。
するとカエルが体勢を崩してしまい、セレネーとキラの前にピョーンと飛び出してしまった。
(ヤバい、キラに逃げられちゃう)
どう誤魔化そうかとセレネーが考えていると、
「まあ、まあまあまあまあ!」
キラが瞳の輝きをさらに強め、自らカエルに近づき、地面へ伏せるような形で顔を近づけた。
「こんなきれいなカエル、初めて見ました。それに顔もどこか品があってカワイイ。この子、魔女様のペットですか? 羨ましいなあ」
……この娘、かなり変わってるわ。変わり者ぞろいの魔女界隈でも、こんなに心からカエルを賛辞する人なんていないわよ。自分が変わり者だって誇示したいからそんな言動を取りたがる輩はいるけど、ここまで一点の曇りのない目で心の底からそう思って口にするなんて――。
想像を上回る反応に戸惑いつつも、セレネーの心が明るくなる。
(妙な娘だけれど、王子の呪いを解くには好都合ね! しかも最初からカエルっていうだけで好感度が高いんだから、あっという間にキスしてくれそう。やっと王子が救われるわ……あの体を涙で濡らして深緑にしっぱなしの日々から抜け出せるのね)
元に戻った姿を想像して目の奥がツンとなりながら、セレネーは平静を装いつつ微笑んだ。
「キラ、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
「なんですか? 私にできることがあればなんでも言って下さい!」
「実はアタシちょっと急用があって、カエルを森へ置いていこうと思ってたところなのよ。でも、カラスやヘビに食べられないか心配で……よかったら、しばらくこの子を預かっていてくれるかしら?」
セレネーの提案にキラは躊躇どころか勢いよく頭を上げ、「ぜひやらせて下さい!」と頬を紅潮させながら快諾してくれた。
「カエルの扱いには慣れていますし、魔女様が戻られる頃にはもっと肌艶よくきれいなカエルさんになるようにしますから。この森にはカエルの肌に効きそうな薬草や土がいっぱいありますし……まずは特製泥パックでツルッツルのツヤッツヤにしますね。食事も気にいってくれそうなものがたくさんありますし――」
それはもう嬉々とした弾んだ声で、キラが興奮気味に話してくる。間違いなく大切にしてくれるだろうと思う反面、カエルに泥パックってやりすじゃあ……とセレネーは頬を引きつらせながら地面にいるカエルを見下ろす。
どうやらカエルも今まで会ったことのない人種に戸惑っているようで、オロオロしながらセレネーを見上げる。それからピョン、ピョン、とセレネーの体を足場にして何度か跳躍して肩まで登ってくると、耳元に小声で囁いた。
『あの……泥パックは遠慮してもらいたいのですが……乙女に全身を弄られるなんて……』
『……この手の娘に今言っても、二人きりになったら絶対やると思うから。自分でどうにか断ってね。色んな意味で健闘を祈っているわよ、王子』
いかにカエルを大切に使うかを夢中で語り続けるキラに圧倒されながら、セレネーは肩のカエルを見やる。
泥パックのことを想像しているらしく、カエルは頭を抱えながら恥ずかしそうに体をもじもじさせたり、悩まし気に小さく唸りながらうずくまったりしていた。
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