第98話 勇敢な者達
虜囚用の部屋は自由に見えるが、そこには厳重な防護魔法が施されていた。
宮廷魔術師に代々引き継がれる由緒正しき封印魔法。それにマジータが改良を加え、あの部屋の防護魔法は歴史上でも五指に入る堅牢さを誇っていた。
しかし、何者かにいとも容易く突破されてしまったのだ。
アリアにそんな芸当ができるとは思えない。彼女は優秀な騎士であったが、魔法に精通しているわけではなかった。
そもそも、この国であんなことができるのはマジータ本人を除いて一人しか居ない。
ネクロマンサー、マジキリだ。
どうやら彼は自由を求めるガリアの偽物連中に手を貸しているらしい。しかし今のマジータにとって、そんな事はどうでもよかった。
それはまるで大樹のような威容だった。大地と調和したローズヴァイゼンは、無数に張り巡らされたその根で地脈を掴み、魔力の流れにアクセスする。
異変を察知したのか、サタンドールが一斉にローズヴァイゼンへと狙いを定めた。しかしマジータは一切余裕を崩さない。
「君達のことは知ってるんだよね」
ニイと陰気な笑みを浮かべ、コアを通じて地脈を読む。魔力を辿り、文様が浮かび上がる。見るものに怖気すら与えるそれは妖しく大地を這い回り、九機のサタンドールを確かに掴んだ。
コアと同調するマジータの魔力。それは無数の根を伝って地脈を抜け、九機のコアまで辿り着く。それは以前に解析済みだ。いとも容易く支配下に置き、一斉にその動きを止めた。
沈黙するサタンドール。しかしこちらも限界だ。徹夜でアレの仕上げをしていたことも響いている。額からどくどくと汗を流し、マジータは絞り出すように叫ぶ。
「こっちは私が引き受けてるから、後はよろしく頼んだよ……ガリアくん!」
ドラゴンクラスのコア九機を一度に制御しているのだ。魔力の流れを追いかけるだけでも神経を使うというのに、これは流石に骨が折れる。呻き声すら今は遠い。
脳への負荷が五感を遮っていく。徐々に薄れゆく感覚の中で、彼の声だけは聞こえた気がした。
※
「任せろ。すぐに片付ける」
カラクリはわからないが、マジータちゃんが厄介な連中を抑えてくれた。依然として数の利を取られているが、しかし気合でなら負けていないはずだ。縋るものはなにもない。それでも、負けられない戦いがあった。
「まとめて俺にかかってこい! 二人は援護を頼む!!」
三機はそれぞれ背を預ける。状況は絶望的。それでも取り囲む四機を見据え、それぞれがそれぞれに強気な笑みを浮かべるのた。
「随分と強気ですのね、背中は任せてくださいまし!」
「諦めてる暇はないか」
背後で拳が交差する。大盾が火花を散らす。ガリアはディプダーデンの猛攻を右腕で凌ぎ、飛び上がるドレッドノートに標的を定める。
「ショックウェイブ!!」
それはドラクリアンの新たな剣。
要は超音波レーダーの転用だ。クラッシャーに集中した魔力が、空気を超高速で振動させる。微細な波は広がりながらもドレッドノートを捉え、その位置ではなく固有周波数を読み取った。フィードバックされた情報を元に周波数を変更。ドレッドノートの構えた槍が弾け飛んだ。
「知らない武装!?」
「次はこいつだ!」
バレットスマッシャーナックル――後退したドレッドノートに追撃の拳を放つも、しかしドローウィンに撃ち落とされる。厄介な飛び道具の使い手だ。幾重にも放射状に放たれる光線を相手に、近づくことすらままならない。
しかしそれはドラクリアンであればの話だ。
「貴様の相手は俺だ!!」
巨大な盾を構えたジーグルーンが、光線の波を押し返して抑えた。ガリアはノータイムで振り返り、今度はディプダーデンの胴体に拳を向ける……と見せかけて!
「メテオフラッシュ!!」
胸の前で腕をクロスしていたディプダーデン。しかし光線はその足元を奇襲した。瞬時に足元を狙われバランスを崩した機体に、スカルモールドが文字通りの鉄拳を叩き込む。
「アッターック!!」
激突する二機。漁夫の利を狙うように両サイドから飛来するドレッドノートとドライストに、ガリアは拳を射出した。続いて飛び退いたスカルモールドと入れ替わり、腕の再構築を待たずにディプダーデンに突撃。
「思った以上に頑張るじゃないか! 楽しいなあガリアゼロ!!」
ガリアワンは心底楽しそうにそう言った。俺はちっとも楽しくない。現出した拳を憤怒と共に顔面へと叩き込み、回し蹴りのコンボを決める。振り向いたドラクリアンの前に、今度はドライストとドローウィンが立ち塞がった。
「俺達の本領発揮と行こうか」
「ああ、行くぞ
「ドアーズ・ロード!!」
光と闇を冠した二機が、空高くへと舞い上がる。眩い光と共に、それぞれが複数のパーツに分離――変形、合体!
「合体、キングドラウィーン!!」
全長およそ五割増。土塊を巻き上げて地に降り立ったその姿は、まるで星の守護者のよう。
「キングドラウィーンはコア四連結の実験機。その出力はドラクリアンにも匹敵する!」
二人の声とともに、巨体が地面を薙ぎ払った。吹き飛ぶスカルモールドとジーグルーン。受け身を取りながらマリエッタが叫ぶ。
「数は合いましたわ! そちらはあなたに任せます、大きい相手は得意でしょうッ!?」
言われてみれば確かにそうだ。俺はネマトーダともやりあった。ドラクリアンの出力を、ただひたすらに引き上げる。身の丈を遥かに超える鋼鉄の巨体が、甲高い音を立てながらぶつかりあった。
「行くぜデカブツ! 力比べと行こうじゃねえか!!」
※
怪我人の救助を終えたメライアは、とある可能性に賭けて第四格納庫に向かっていた。長い廊下を駆け抜けて、重い鉄扉をこじ開ける。
第四格納庫が再稼働していることをアリアは知らない。だからここだけ攻撃を免れたのだ。
「キルビス!」
彼女はその機体を前に、腕を組んで仁王立ちしていた。
「待ってたよメライア。ご期待通り、こっちはガチガチに仕上げてある」
背後に佇む一つの機影。まるで
「変質したサモアドラゴンのコアに、ガリアが持ってきてくれた女王蟲竜のコアを同調させた。それと、私からの餞別を少しばかり」
見慣れた白い姿は、しかし全体的にシルエットが変化していた。優雅に広がる肩口に、滑らかな流線型を描く脚部。前腕に彫り込まれたエングレービングには独自の法則性が盛り込まれ、これ自体が魔法陣として機能するよう設計されているようだ。
「法陣と伝送系の設計はマジータが、フレームの基礎設計は私が、それぞれ組み直してる。レスポンスも伝導効率も格段に上がったはずだよ」
そして――と、彼女は続ける。
「新たに付与された特性は、特定条件下での出力向上。心から信頼できる "誰か" と一緒に戦う時、この機体は無類の強さを発揮する」
誰に言われるまでもなく、メライアは彼の顔を思い浮かべていた。心から信頼できる、今この瞬間も戦い続ける彼の姿。
決して諦めることのない、世界にたった一人の彼の隣で肩を並べて歩きたい、と。
その想いに答えるかのように、長年連れ添った相棒は水晶の瞳を瞬かせる。姿形は変わっても、その在り様は決して変わらない。変わるものと不変のもの、変わる思いと変わらぬ想い。一見して相反するようなそれは、しかし確かに共にあるのだ。
「さあ、走れメライア。新たな剣、『レギオンブレイヴ』の雄姿と共に!」
目の下に大きなクマをつくったキルビスは、声の限りに叫びを上げる。メライアは愛機――レギオンブレイヴに向き直った。
「病み上がりのところ、すまないな。また私に力を貸してもらう」
明滅する水晶。それは確かに肯定の意思を示していた。
シリンダーから煙を吹き出し開放されたハッチへ飛び乗る。慣れ親しんだ機体の中で、ヴァンパイアトークンに腕を通す。血液から吸い上げられたメライアの意思が、
巨大な鉄扉が重々しくも左右に開く。視界に映る戦場。状況は目に見えて悪い。
「
差し込む陽の光を、白銀の機体が照り返した。
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