第96話 恋と奇襲作戦
「なんかごめんね。相談に乗ってたはずなのに」
全部吐き出してスッキリしたのか、あっけらかんと彼女は言う。短時間で重いものを背負ってしまった。
「気にするなよ。いい経験ができた気がする」
いずれ美味しい思いもできそうだし。考えもまとまってきたし。
「メライアと話をしようと思うんだ。どこに居るか知らないか?」
※
「メライアちゃんなら君の偽物を尋問してるはずだよ」
「助かる!」
マジータが言うと、ガリアは一目散に駆け出していった。まさか本当に愚痴をこぼして終わりになるとは。年下の男の子にああも曝け出してしまうとは、なんとも情けない話である。
「ま、仕方ないか……好きになっちゃったんだし」
考えていても埒が明かない。気は乗らないが仕事に戻ろう。そう思ったところで、今度はよく知る友人の声が戸を叩いた。
「マジータ? ここに居るのか?」
「居るよー」
無遠慮に戸を開けたメライアは、苛立ちを隠すことなくマジータの隣に腰掛ける。理由はだいたいわかっていた。
「上手くいかなかったの?」
主語を欠いていても、伝わる相手には伝わるものだ。メライアは頭を抱えながら答える。
「ああ。アリアのやつ、どうでもいい話しかしないんだ。多分、ハメられたのを根に持っている」
かなり回りくどくハメられたうえに一度死んでいるのだ。恨み節の一つや二つはあるだろう。とはいえ最初に裏切ったのは彼女……彼? とにかく、アリアなのだが。
「なるほどね。で、愚痴りに来たのはそれだけ?」
苛立ちの種を一つ吐き出して落ち着いたメライアを、本題へと誘う。形式上訊ねてはいるが、ほとんど誘導に近い。
「ああ、いや……違うんだ。その……頼みがある」
思っていたのと少しばかり違うパターンだったが、まあいいだろう。マジータは相槌を打って続きを促す。
メライアは、逡巡しつつもこう言った。
「その……私の代わりに、ガリアと付き合ってくれないか?」
ああ、なるほど。まさかそう来るとは。
「メライアってほんと間が悪いよね」
小さく息を吐いて立ち上がったマジータは、顔を近づけて捲し立てるように言う。
「ガリアくんのこと考えて言ってるんだろうけど、私の気持ちも考えてる? いや、似たようなこと考えた手前あんまり責められないけどさ。でもそもそも私の代わりにってなに。まだ付き合ってもいないのに正妻面しちゃってさ。メライアってそういうとこあるよね」
一息に詰め寄られたメライアは、魚のようにぱくぱくと口を開いた。マジータにここまで言われるとは思っていなかったのだろう。確かにキャラではなかった。しかし、そんな意外そうな顔をされるのも心外だ。
「なに、私がメライアちゃんのお願いならなんでも聞いてくれると思ってたの?」
「い、いや、そうではないが……」
たじろぐ友人に、マジータはもう一度ぐいとにじり寄った。
「そりゃあメライアちゃんは大切な友達だし、お願い事もできる限り聞いてあげたいとは思うよ? それに……いや。でも、間が悪かったよね」
「それ私のせいか?」
彼女は苦笑する。
「違うと思う、ふふ……。さっき、ガリアくんと話したよ。ちょうどメライアちゃんを探しに出てった」
「入れ違いになってたのか。いや、私にとっては好都合だが……」
「余裕じゃん。さっき訊いちゃったんだよ、私と付き合わない? って。ガリアくん、まんざらでもなさそうだった」
メライアの笑顔にヒビが入った。内心に受けた衝撃を押し殺すように大げさに咳払いをした彼女は、しかし隠せていない動揺で唇を震わせる。
「そ、そうか。ま、まあ、あいつも男だからな。うん」
ここまで動揺されると別の疑念が湧き上がってくるものだ。
「え、まさかメライア、あんな提案してきたくせにちっとも想定してなかったの? 離れていても心はこっちを見ている的な?」
流石に舐められすぎである。
「これはちょっと看過できないかな」
「ああいや、そういうわけでは……その、実際に、やられてみると……思いの外、辛い」
後悔するぐらいならやろうとしなければいいのに――とまで言うのは酷だろう。代わりに、この言葉を贈る。
「……それなら、やるべきことは決まったよね」
彼女の隣に腰掛けて、背中を押すように手を伸ばす。
「ああ。悪かったよ」
「埋め合わせは後でしっかり貰うから。だから今は、行ってきなよ」
「ああ」
一緒に立ち上がり、彼女を見送る。いやあ、とてもいい友人をやってしまった。今夜は自分にご褒美でもあげよう。
そんな折だった。
激しい地鳴りが城全体を揺さぶったのは。
※
尋問部屋を見渡しても、そこにメライアの姿はなかった。仕方なしに、ソファでくつろぐアリアに問いかける。
「おいアリア。ここにメライアは来なかったか?」
アリアはもったいぶって茶をすすると、ちらりとガリアを一瞥した。
「メライア殿ならしばらく前に出ていきましたよ」
「なんだ入れ違いかよ……」
露骨に肩を落としたガリアに、アリアはニコニコと張り付いたような笑顔を向ける。長らく仮面で隠していたからだろうが、表情の作り方がヘタクソなのだ。
「ガリア、私が洞窟でディプダーデンを出さなかったのはなぜだと思いますか?」
クイズに付き合う暇はない。しかし嫌な予感がしたガリアは、渋々話に乗ってみた。
「あんなところでドラゴンクラス出しても天井に頭ぶつけて崩すだけだからだろ」
当たり前だが、ドラゴンクラスは狭いところでは扱いにくい。あれで戦うためには十分なスペースが必要なのだ。
アリアはにんまりとヘタクソな笑みを浮かべる。
「ご名答。では、ここで出さない理由は?」
まさか。
「正解は――ない。ここを戦場にしない理由は、私にはない!」
「まずい!」
ガリアは格納庫へと一目散に駆け出した。虚空より湧き出す無垢なる闇。背後で崩れ行く天井。鋼鉄の巨人が、壁を破壊し堂々と立ち上がる。
よくない。非常によくない。
非常事態を告げる鐘が鳴り響いた。ガリアは構わず格納庫へと向かう。とにかくあいつを止めなければならない。幸いにも、ドラクリアンは一番近くの格納庫で整備を受けていた。
「捕虜がVMで暴れ始めた! ドラクリアンを出すぞ!!」
アリアは城の構造を知っている。もはや損害を気にしていられる場合ではなかった。格納庫の壁を壊し、あたりの様子を窺い知る。
思ったとおり、アリアが玉座の間へと向かっていた。
陛下には常に屈強な護衛が居る。彼らは魔法知識にも精通していて、暗殺は不可能だ。外部からのVMを用いた襲撃も、騎士が迎え撃つため成功したことがない。
しかし内側から。この距離からの襲撃であればどうか。
懐でVMを呼び出すことができれば、いとも容易く陛下を殺害できるのではないか。アリアは最初からそのつもりだったのだ。
「ガリア! 状況は!?」
当番のマリエッタがスカルモールドを駆って現れる。流石の早さだ。
「あいつを止めろ!!」
ニ対一でなら――
しかし現実はそう甘くはない。
『正面にもう一機! マリエッタちゃんはそっちを!!』
突然の拡声魔法。マジータちゃんの声だ。背後を見やればもう一機のドラゴンクラスが!
「やられた、クソが!」
これで終わりなわけがない。戦端は、まだまだ開かれたばかりだった。
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