第93話 一度でも我に頭を下げさせし虫ケラ

 鋭く尖った牙を持つ顔の作りは間違いなく竜種。しかしその胴体は鱗ではなく固い外骨格に覆われ、背中にあるのも翼ではなく薄羽。関節は細くくびれていて……よくわからない存在だった。

「おっと、どでかいゴキブリ」

「それは幼体です。確実に処理してください」

「へいへい」

 VMの足でプチっと踏み潰すと、足元に透明な液体が滲み出す。血液の色は含有される成分によって変化するらしい。となると、連中の体の作りは一般的な竜とは大きくかけ離れていることになる。本当に竜なのだろうか。

「こいつらほんとに竜なのか? デカくて顔が竜っぽいだけの虫なんじゃねえのか?」

 新人二人も同調するように頷いた。彼らにもこれが竜には見えないのだろう。しかしマリエッタは手振りで否定する。

「そもそも竜という存在は、肉体的な分類ではなくその魔力のあり方によって定義されています。わたくしも分析したことはありませんが……その点でいえば、彼らは間違いなく竜種であると言えるそうです」

 三割ぐらいわかった。

「なるほどな。じゃあこいつらでもドラゴンクラスは作れるのか?」

「ええ。実例もあります」

「そうか……」

 キルビスに頼まれていた竜の素材調達にちょうどいいかもしれない。そもそも竜と戦うことなんて滅多にないわけだし。

 とはいえ巣穴は無駄に広い。点在する蟲竜を各個撃破しつつ、奥へ奥へと進んでいくが、一向に女王の姿は出てこなかった。そもそもこんな迷路みたいな巣の中で親玉を探すのは至難の業。

 そこでガリアは一つ気がつく。

「なあマリエッタ。女王って自然発生するもんなのか?」

「ようやく気がついたようですわね」

 機体越しにも彼女のしたり顔が目に見える。どうやら彼女は意図的に情報を伏せていたようだ。

 幼体は小さい。これが夜の街に忍び込むことはそう難しくないだろう。しかし女王はこれほど大きな巣穴を必要とするような存在。幼体の成長後というわけでもなければ、こんな街中に入り込むのは難しいはずだ。

「ご明察の通り、女王は最初から女王として産まれます。そして最初は街から少し離れた土地に巣穴を作り、徐々に街の地下へと広げていくのです」

 ガリアが気づくのを待っていたのだろう。怒涛の勢いでネタバラシが始まった。

「最初の穴は十分に数を増やしてから外に出るための外部拠点に過ぎません。本命は、付近の寂れた土地にあります」

 人間の営みを地中から探り、できるだけ中心部に近い廃墟を "要塞" にするのだという。資源の採取は外部の侵入口から行ううえに、女王の居室へもそこから入ったほうが近いのだとか。

「装者としての実力は一流に踏み込んでも、指揮官としてはまだまだのようですね。こういった "違和感" にいち早く気づくのも指揮官の大切な役割です」

 一本取られた――とでも言うべきか。

「侵入口の目星は付けてあるのか?」

「無論。ギルドに捜索を頼んでありますもの」

 それならば話は早い。駆け足で巣穴を脱出して、気を取り直して進軍再開。

 ギルドの擁する優秀な冒険者たちはすでに巣穴を発見していた。構えていた剣士から業務を引き継ぎ、ぞろぞろ巣穴に潜り込む。

 ――その違和感を、今度ばかりは見逃さなかった。

「人間が入ってる。足跡があるな」

 今度はなにを隠している。振り返ってマリエッタに問うも、しかし彼女も同様に頭を悩ませていた。

「これは……わたくしにもわかりません。例がないものですから」

「じゃあ進んでみるしかないわけだな」

 その答えは、想像していたよりも早く出会うことになる。

 進んだ先。一際大きな部屋の中央に、これまた大きな個体が佇んでいた。黒光りする外骨格。長く伸びた触覚と角。六本生えた節のある足。

 そして――

「どういた三役。こんなところで、虫の女王様とデートでもしてるのか?」

「誰が三役だ」

 邪悪な降霊術により三つの魂を一つの肉体に宿した男達――ガリアⅢの姿がそこにはあったのだ。

「思ったよりも早く嗅ぎ付けられた。作戦は失敗みたいだ」

「聞き捨てならないな。なにを企んでたんだ」

 ガリアⅢは渋っていたようだが、そこでアリアの人格が表出する。彼女――いや、彼か? とにかくアリアはガリアをナイトロ越しに見据えてこう言った。

「私を倒すことができたら、教えてあげましょう。とはいえここでディプダーデンは使えません……。どうです? 生身で一対一の勝負というのは」

「騎士道だ……」

「裏切り者とはいえ、やはりその性質は王国騎士……」

 シデナもロビンも感心しているが、それは違う。

 アリアは一見すると正々堂々とした戦いを挑んできているように思えるが、そうではない。こいつはガリアをナイトロから引きずり出したいのだ。

「やーなこった」

 ガリアが無視して突き進むと、アリアは舌打ちした。

「やはりあなたは乗らないか! ならば!」

 女王蟲竜になにかを突き刺す。するとどうだ。女王の瞳が赤く光り、たちまち敵意を剥き出しにしたではないか。

「その歪んだ性根を叩き潰して差し上げましょう!」

 ムカつく。ガリアは煽った。

「偽物は虫頼みがお似合いだな!」

「なんですって!?」

 アリアはキレた。

「性根が腐っていようとも、あなたの実力は確かだった。だから私はこうして自分の敗北を認めていようと思ったのに……!」

 巣穴の奥から音が雪崩れ込む。

「なぜあなたのような半端者が、計画の礎に選ばれたんだ!」

「もう見捨てられたけどな!!」

「私を愚弄した罪、この場で償うといい!!」

 おびただしい数の蟲竜が部屋に飛び込んできた。四機はたちまち埋め尽くされてしまう。群れると強くなるというのは事実らしく、個体では貧弱だった筋力が、今やとても振りほどけないほどに強くなっていた。

 身動きが取れない中、アリアの声が聞こえる。

「謝りなさい! 謝りなさい! 覚悟を湛えた私は心が広いので、それで許して差し上げましょう!!」

「ガリア。ここは一度下手したてに出るのがいいと思うのですが」

 マリエッタが叫んだ。同様に身動きがとれないらしく、助け舟は期待できそうにない。

「僭越ながら、僕もそう思います……」

 シデナまでそう言うのだ。こうなったら多数決で決めよう。

「俺は嫌だ。ロビンはどう思う?」

「謝ったほうが良いんじゃないですか?」

「うるせ~!!」

 生意気な後輩達め!!


「わかったよ謝れば良いんだろ!? ごめんなさい! アリアさん! 俺が悪かったよ!!」


「そう。それで良いのですよ」

 蟲竜達が一斉に巣穴の奥へと戻っていく。ようやく身動きの取れるようになったガリアは、目にも留まらぬ早業でナイトロを駆った。

「馬鹿め! 素直か!!」

 蟲竜の帰っていった巣穴の奥に潜り込み、背後から奇襲していく。巨体でガシガシ踏み潰し、ちぎっては投げちぎっては投げ。騒ぎに気づいたらしく応援に先頭集団が戻ってきたが、もう遅い。死の饗宴だ。

「くたばれ虫ケラどもが! 俺に頭を下げさせやがって!! くだらない悪巧みごとまとめて葬ってやる!!」

 爆発したガリアのプライドは、いとも容易く蟲竜の群れを葬り去ったのであった。

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