第75話 スカ

 調査二日目。この日もガリアとキルビスはカモフラージュの査察に出る予定だったのだが、急遽事情が変わった。

 メライアが初日にしてアラキテクト貴族と渡りをつけてしまったからだ。

 アラキテクト貴族の現当主エリスは、双子の妹であるマリーがヴァンパレスに技術と資金の供与を行っていると覚知。関連施設の近くを通ったメライアと秘密裏に接触し、協力体制を築いたらしい。

「つまり私はただ歩いていただけだ」

 とのことだが、ここは上官を立てて人徳故の功績ということにしておこう。

「日頃の行いだろ」

 ガリアが言うと、彼女は得意気に胸を張った。

「まあ、それもあるな」

 すぐに気を良くしてくれるので都合がいい。

 エリスと今後の展望について話し合うべく、三人は邸宅へと向かう。客間ではなく私室へと通され、あくまでエリスのという体でお邪魔した。

 用心深く戸を閉めたエリスは、小さな魔法陣を起動する。次の瞬間には外部の音が完全に遮断されており、これが情報を外部に漏らさないための処置であることをありありと示した。

 食えない相手だ。周囲を見渡したガリアは、そう判断した。ガリアと同年代か、あるいは少し若いぐらい。弱冠の身でありながらアラキテクトの領主という大役を果たす少女の風貌は、しかし厳かな着衣に威厳が追いついていないようにも感じられる。中身は伴っているようなので、外見にもそのうち染み出してくるとは思うのだが。

 私室とされたその部屋は、しかし机の大きさからして明らかに客人を招くことを想定している。備え付けのティーセットで注がれた紅茶は香り高く、とても個人で嗜むためのものとは――茶葉の収集が趣味である線も捨てきれないが――思えなかった。どうやら、私室を用いての会談というのは彼女にとっての常套手段らしい。

「それでは本題に移りましょう――」

 アラキテクト領は、温泉とその周辺施設を中心とした観光業で回っている。バンパニアではほとんど湧かない温泉と、山中にありながら賑わった土地柄。この相乗効果に多くの国民が惹かれ、今なお国内屈指の人気を誇る観光地として君臨しているのだ。

 しかし、その行先には暗雲が立ち込めているらしい。

「数年前より、東部に位置する大きな湯元が一つ、枯渇のために封鎖されました」

 エリスの言に、キルビスがなにかを察したように口を開く。

「東部……闘技場の建設予定地だね」

 するとエリスは、苦虫を噛み潰したような表情を見せながらも軽く頷いた。

「ご名答……そもそも、あの闘技場は私がここに誘致したものなのです」

 なにやら抜き差しならない事情があるらしい。ガリアは再び彼女の言葉に耳を傾ける。

 最初は湯元の一角に留まっていた温泉の枯渇だが、その規模は恐るべき早さでアラキテクト領を蝕んでいった。まったく原因がわからないままあっという間に東部一帯を飲み込んでしまい、今は外部の人間を招いて講じた強力な結界で辛うじてその侵食を封じているのだという。

「マジータ殿には今でも頭が上がりません。彼女が居なければ、今頃ここ一帯は不毛の地となっていたでしょう」

 どうやら救世主様というのはマジータちゃんらしかった。なかなかに騎士らしいことをしている。

 しかし進行を封じたところで、依然として状況は良くならない。東部の資源がもとに戻ったわけではなく、また枯渇の調査も一向に進まなかった。つまびらかな事情については戒厳令を敷いたが、このままではいずれ観光業が破滅してしまう。早くに手を打たなければアラキテクトに未来はない。

「両親がこの世を去ってから三年……ようやく持ち直したというのに、この有様。そこで私は、温泉に代わる行楽を模索していました」

「それが闘技場ってことか」

 ガリアの言葉にエリスは頷きつつ、再び苦い顔をする。

「しかしマリーはそれが気に入らなかったようで……私とは違う道を模索すると。それで……」

「ヴァンパレスに与した、ということか」

 メライアが言うと、エリスは俯いた。直前に見えたその表情は羞恥に塗れていて、身内の恥に対する歯がゆさを感じさせる。正直少しだけ興奮した。

 エリスが事情を語り終えたことで、室内に重苦しい空気が漂い始める。しかしそんな中でもキルビスは躊躇うことなく首を傾げるのだ。

「でもちょっとおかしくない? ヴァンパレスと手を組んでどうなるの? VMの見本市でもするつもり?」

 確かにここにあるのはヴァンパレスのVM研究施設。観光業とは程遠いチョイスだ。しかしエリスもそれは考えていたらしく、考察を口にする。

「恐らく、マリーはあまり先のことを考えていません。ただ国主導の闘技場計画を白紙に戻すべく、反政府勢力と組んでいるのではないでしょうか」

 建設現場を狙ったテロが増えています――と、エリスは付け足した。確かにガリア達も遭遇している。木っ端の活動家では到底入手できないあの機体は、どうやらヴァンパレスの息がかかっていたらしい。

「なるほどね……まあ、お姉さんが言うならそうなのかな」

 同じ姉として感じ入るものがあったのか、キルビスは素直に頷いた。エリスが話を続ける。

「すでに尻尾は掴んでいます。しかし、私の私兵だけでは心もとなく……騎士様方の力をお借りできればと思い、お声掛けさせていただきました」

 どうやら楽に仕事ができそうだった。

「承った。規模によってはそちらの兵を少しばかり拝借したいが……可能か?」

 メライアの問いに、エリスは苦笑しながら頷く。

「あまり強い兵達ではありませんが……お力になれるのであれば」

「決まりだな。わかる範囲でいいから敵拠点の規模を教えてくれ。それと私兵の質と数。足りない部分は全てこちらでなんとかしよう」

 そもそも味方が居ない前提で勧められた作戦行動だったので、この結果は上々以上だ。エリスは個人的に調査を進めていたらしく、思ったよりも多くの情報がもたらされた。

 隠れ蓑にされているのは、メインストリートから少し外れたところにある寂れた温泉旅館。おおよその規模は事前に渡されていた情報から推測されるものとほとんど変わらない。そのうえこちらには建築時の図面もある。どうやら宿屋の地下にある酒蔵を転用しているらしい。

 与えられた情報の質もあり、具体的な方策についてはその日の間にまとまりを見せていた。

 主な戦力はメライア、ガリア、キルビスの三人。そもそもが予測されていた規模に対してこの程度の戦力があれば十分だろうという判断での作戦なので、最初から問題などない。エリスの私兵は周辺の封鎖に使用する。

 決行は明朝。悟られる前に仕掛ける電撃作戦だ。陣形を頭に叩き込み、初動を何度も確認する。さっさと終わらせて後はバカンスだ。

 その日はすぐに寝て、作戦に備えた。



 あれこれ作戦を立てはしたが、その本質は正面突破である。地下空間への入り口が宿内の一箇所にしかないため、まず地上階の経営者を取り押さえ、一息に地階へ突入。

 木っ端の研究施設だったのだろう。兵員の配置はほとんどなく、研究員の数も少ない。どうやらサタンドールのバリエーション機を模索していたらしく、多くの試作兵装が並べられていた。それらも全て押収する。

 あらかた制圧し終えたところで、メライアが呟く。

「……逃げられたな」

 唯一の出入り口である宿の扉は塞いでいるし、他に脱出経路が無いことも確認済みだ。メライアの呟きにガリアは疑問符をぶつける。

「どこから?」

 メライアは棚の資料をどかしながら言った。

「多分、私達がここを嗅ぎつける前に、だ。棚の歪み方を見るに、いくつか資料を抜き取られている。埃や並びは整えられているようだが……」

 ヴァンパレスの研究員達による涙ぐましい偽装工作も、メライアには一切通用していない。きっと彼女の洞察力は野生動物を優に超えているだろう。ガリアは戦慄した。

 資料をズタ袋に放り込みながら、彼女は考察を続ける。

「日によっては想像以上に冷え込むこの街なら、かなりの厚着をしていても怪しまれることはない。書籍や資料のような物品を隠れて持ち出すには絶好の環境、というわけだ。考えたな」

 私には通用しないが――と言外に付け足し、メライアはズタ袋をガリアに放り投げた。慌てて受け止め中を覗く。取るに足らない報告書のバックナンバーだ。一応の精査を通した上で焼却処分されるような代物だろう。彼女の推測どおり、重要な書類は抜き取られているようだ。

「出直しだな。家主の処遇についてはエリスに任せるとしよう」

 こうして、実地調査は一度振り出しに戻るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る