躍るディープ・ダーク・デンジャー

第71話 痴漢者ガリア、服を買う

 ロード・エルカーミラ事件以降、ヴァンパレスの襲撃は、城の周辺から各地の関連施設へと広がりを見せていた。

 役所や一部の商業施設。あるいは位置の公開されている研究所など。女王陛下やその護衛に関わる施設が主に狙われている。

 メライアは、この変化をだろうと踏んでいた。ロード・エルカーミラを引き連れての戦いの結果が関わったものではなく、そもそもこうなる予定であったのだろうとのことだ。

 ヴァンパレス――もとい、その首魁であるところの二人をよく知るキルビスもそう言っていた。この二人の推測であれば概ね間違いはないだろう。

 そして、王国軍もただ黙ってやられているわけではない。

 サタンドールの装者を買収して拠点の一部を聞き出した。口の軽い雑兵が多くて助かる。

 そんなわけで、メライア達三人は小さな拠点――VMの研究所を一つ潰すよう命じられた。

 人数を最低限に絞っているのは、地方との衝突を避けるためである。あろうことか、くだんの研究所にはアラキテクトなる興行系の地方貴族が一枚噛んでいるという噂があるのだ。スマートに関与の証拠を掴み、拠点を潰しつつ貴族連中とのが今回の目的。因みに関与の噂がデマだった場合は結果オーライである。

「建前があるのはよくわかったが、面倒なものは面倒だな」

 定期便のトロッコに揺られながら、ガリアは愚痴をこぼす。

 無用なトラブルを避けるため、今回の任務は建築現場のお忍び査察という体で行われている。現在、国が依頼してアラキテクト領に闘技場を建ててもらっているのだが、彼らには三代前に予算の一部をちょろまかした前科があるのだ。そのため定期的に私服の騎士を査察に入れているのだが、今回はそれに便乗する形となった。

 建前があるので、予算もその建前に応じた額しか降りない。したがって、移動は公共交通機関で行われるし、地域密着事業のため宿泊先は民営の宿屋となる。なんでも、現地の事業に金を落とすことで連帯感をウンヌンカンヌン。大人の事情というやつだ。とはいえこの宿泊先については、後述の理由から福利厚生の一環とも言われている。

「このトロッコなる乗り物はケツが痛くなってたまらんな」

 カラクリ仕掛けで多くの人間を運ぶために開発された大型トロッコは、速さから来る回転率と収容人数の多さから貴族用の馬車などに比べて非常に安価だ。代わりに、内装に大きな難点がいくつもある。

 とにかく座り心地が悪いのだ。馬車のように少人数が高い金を払って乗るようなものではないため、極限までコストが抑えられているらしい。ここはボックス席なので他より多少はマシならしいが、それでも痛いものは痛かった。

 尻をさすりながらげんなりしているガリアを見て、向かいの席に腰掛けたキルビスが太腿をポンポンと叩く。

「それなら姉ちゃんの膝に乗る? 柔らかさには自信があるんだけど」

 背に腹は代えられない。照れくさくはあるが、幸い目撃者は斜向かいに座るメライアのみだ。

「それじゃあお言葉に甘えて……」

 しかし、唯一の目撃者であるところのメライアがそれを許さなかった。

「待て。こんなところで、そういう事をするのはやめろ」

 部下の粗相を注意するというよりは、どこか拗ねたような言い方だ。ガリアはムキになって言い返す。

「んだよいいじゃねえか姉弟なんだし」

 キルビスもそれに便乗する。

「そうそう。ガリアは私の弟なんだし……」

 が、そこまで言って急に視線を宙に彷徨わせた。

「……やっぱり、今のナシで」

「えー」

 どういった心境の変化だろうか。エルカーミラ事件から、彼女は時折よそよそしい態度をとるようになった。まあいい。ガリアは渋々浮かしていた腰を落とす。木製の座席にずっと腰掛けていたせいで、足がしびれてきた。不服を隠さないガリアに向けて、メライアは諭すように言う。

「もうすぐ着くんだ。それまで我慢していろ」

「へいへい」

 ガリアは生返事を返す。気分転換に外の景色を眺めるフリをしながら、チラチラと覗くメライアのスカートの中に視線を向けた。珍しく短めなスカートの中身は、しかし影になっていてよく見えない。と、視線に気づいたメライアが、慣れない仕草でスカートを押さえる。

「……えっち」

 えっちで結構。

 いつもならここでキルビスが茶々を入れてきそうなところなのだが、彼女は窓の外に広がる岩だらけの山肌を眺めたままなにも言わない。どうやら景色を見ているのではなく考え事に勤しんでいるようで、その表情は険しかった。

 仕方がないので、メライアの衣服から浮き出たボディラインを凝視する。今度は少し見を捻り、左腕で身体を隠した。実に面白い。

「あ、あまりジロジロ見るな」

 落ち着かないのか浮足立ったメライアは、半眼でガリアを睨みつける。しかしガリアは動じない。

「メライアこそなんだ。仕事中のくせにそんなエロい服着てていいのかよ」

 膝丈より少し短いスカートに、体型の出やすい薄手のトップス。丈の長い上着を一枚羽織っていても、その主張の激しいボディラインを隠すことはできなかったようだ。

 ガリアが指摘すると、メライアはそっぽを向いてしまう。

「これは……バカ」

 急になじられてしまった。わからない。

「それより、もうすぐ着くぞ。そろそろ準備しろ」

 言われてガリアは外を見る。気づけば、一面に広がっていた岩肌は白一色に包まれていた。

 アラキテクト領は北西の山岳地帯に広がっている。標高が高く、国内では珍しく降雪のある地域だ。温泉街としての一面もあり、今回泊まる所も比較的安価ではあるが名の売れた宿だった。この任務が一部の騎士達から福利厚生と称されているのはそのためだ。

 雪化粧に包まれた山々を見ているとこちらまで寒くなるようだが、生憎そんな情緒豊かな現象は発生しない。車内の暖房には熱魔法の札が使われているのだが、どうやらこれが安物らしく適温などお構いなしに熱気を放ち続けている。車内はかえって暑いぐらいで、今から降りた時のことが心配だ。

 絶えず揺れ続けていた車内だが、ひときわ大きな揺れが来るとそれきり動かなくなる。どうやら到着したらしく、車内はにわかにざわついた。

「さあ出るぞ。荷物を忘れるなよ」

 これはいいとこ見せるチャンス!

 ガリアは素早く立ち上がると、網棚に載せられた荷物を機敏に下ろして両手に抱える。メライアとキルビスの荷物まで一息に抱えたガリアは、さっさとトロッコの扉を開けた。

 広がる先は極寒の大地。

「さっむ!!」

 普段着のガリアは震え上がり、荷物の重さでバランスを崩して千鳥足のまま転げ落ちた。ガリアと共に車内から漏れ出した空気は白く凍てつき、煙のように舞い散る。積もった雪に絡め取られて起き上がれなくなったガリアを眺め、メライアはため息をつく。

「無理してカッコつけるからだ。立てるか?」

 ガリアの腕に絡まった荷物を剥ぎ取り、手を差し出す。ずいぶんと情けない姿を晒してしまったガリアは、恥ずかしいので自力でなんとか立ち上がってまた転んだ。

「ああもう、ガリアったらおっちょこちょいなんだから」

 それを見て慌てて駆け出したキルビスは、踏み固められて凍結した雪に足を滑らせ尻餅をつく。雪に埋もれる二人を見て、メライアはケラケラと笑った。

「似たもの姉弟だな。ガリアも意地張ってないで起きろ」

 ガリアは渋々彼女の手を掴む。そこで、ふと思った。今ここで彼女を引き倒したらどうなるのだろうか。やってみよう。

「ふんっ」

「おっと」

 言うなりメライアはガリアの手を素早く振りほどく。悪巧みなどお見通しだとばかりに見下ろす彼女の視線をよそに、ガリアは三度雪の中へとダイブした。

「その手は食わんぞ」

 く、悔し~~~~~!

「もう、イタズラばっかりして」

 苦笑するキルビス。そのままガリアに手を差し伸べようとして――引っ込めた。警戒しているのだろうか。流石に飽きたので、ガリアは自力で立ち上がった。三回のダイブでコツを掴んでいるので同じ轍は踏まない。

 上着はすでにずぶ濡れだ。着ているとかえって寒いので脱いでしまおう。替えの服はあるのだが、普段着を重ね着したところでたかが知れている。

 バッグからコートを取り出し、メライアは言う。

「宿に着く前に上着を買っておこうか」

 そういうことになった。

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