第64話 再会、母と娘

 ガリアとガリアワンの戦いが始まってから、すぐに状況が動いた。

 巨大な浮遊物体から、次々と放たれる人型の影。肩には小さく『SATAN DOLL』とペイントされている。自己主張の強いペイントは、ヴァンパレスが自己開発したVMの特徴のひとつだ。

 激化する戦局。ガリアが一人でデヴォルメンを食い止めているため、他の部隊はサタンドールの撃退に専念することでできていた。

 ギガトンクラスの編隊に、小隊長として配置されたドラゴンクラス。数でもこちらが勝っている。正面からやりあって負ける理由がない。

 しかし、王国軍は圧されていた。

 おかしいのだ。量産機であるサタンドールは、恐らくギガトンクラス。ギガトンクラス同士ならばともかく、ドラゴンクラスを交えた部隊が負けるはずがない。両者のクラス差は、それほどまでに開いている。

 しかし現実はどうだ。サタンドールは王国軍の主力ギガトンクラスである『アインベリアル』を容易く蹴散らし、騎士の操るドラゴンクラスと互角に立ち回っているではないか。

 実際に刃を交えたキルビスも、確信していた。

 サタンドールは量産されたドラゴンクラスだ。

 通常、ドラゴンクラスの量産はできない。竜は人間と同じで同種であっても個体差が激しいため、同じ性能を再現することができないからだ。現状で、個体差の少ない竜種は確認されていない。

 では、ヴァンパレスはどうやってドラゴンクラスを量産したのか。

 キルビスには、ひとつだけ心当たりがあった。

「……ギルエラ、こっちお願い」

「おっ、おい!?」

 サタンドールを突き飛ばし、ギルエラに持ち場を放り投げる。了承の返答すら待たずに、ブラック・ガヴァーナは漆黒の翼を広げた。不可視の魔法円を展開し、遥か遠い上空へと飛び立つ。

 狙いはあのデカブツだ。あの中に、件の元凶が居る。

 雲を切り裂き、前へ、前へ。それは因縁の相手とも言えるだろう。産まれてから今日現在まで、片時も途切れたことのない、ある種世界で最も強いであろう因縁だ。

 予想通り、下側のハッチが開いている。偵察に出たときから、あのハッチは使えると思っていたのだ。降下中のサタンドールを切り裂いて、ブラック・ガヴァーナは浮遊物体に侵入した。

 VMを異次元に格納し、単身で潜入を試みる。思ったとおり、人員の配置は最低限。空中に存在することで、攻め込まれる可能性を減らしたからだろう。だからこうやって裏をかかれる。キルビスがここに居ることなんて、きっと想像もしていないはずだ。

 彼らの考えることは、なんとなくわかる。このような巨大な構造物をこしらえたとして、その心臓部をどこに配置するか。設計には思想と癖が出る。迷うようなこともなく、キルビスは巨大な扉の前に立った。

 今更になって、息が上がる。早まる鼓動を深呼吸で抑えこみ、キルビスは巨大な戸を開く。

 成金趣味の下品な内装。キルビスが知っているそのままの景色がそこにはあった。

「……来たか、キルビス」

 どうやら見通していたのは相手も同じだったらしい。長身の女性は、をかきあげて言う。

「私達の下に戻ってくる気になった……わけではないようだな」

 見知ったその姿は、今も昔も変わらない。いいや、小じわが少し増えたかもしれない。なにしろ十年以上も昔のことだ。鮮明に思い出せるわけでもない。

 それでもキルビスは、それを一度も忘れたことはない。

……やっぱり、まだこんなこと続けてたんだね」

 眼の前の女性は、キルビスとガリアの母親。夫と共にドラクリアンを開発し、かつクーデターの実行犯でもある悪魔の女――フェンキスだ。

 彼女はまるで興味のなさそうな瞳で娘を見やると、十数年越しの再会であるにも関わらず淡白な声で言う。

「私の計画に変わりはない。あなたも考えは変わっていないだろう」

 一切の感慨を抱いていないような表情は、なにを言ってもまるで動かない。その鉄仮面じみた面持ちが昔からどうにも苦手で、キルビスは口の中が乾いていくのを感じた。開発狂いの父ですら、もう少し人間らしく生きている。

「で、なにをしに来た。まさかわざわざ宣戦布告に来たわけでもあるまい」

 まだるっこしいのは嫌いだとばかりに、フェンキスは言う。応じるように、キルビスは腰から短剣を引き抜いた。

「母さん……あんたを殺しに来た」

 母の表情筋はピクリとも動かない。抑揚のない声で、ただ自分の意志を告げる。

「そうか。なら、さっさと来い」

 本当に、腹が立つ。

「覚悟!」

 キルビスの突進を、フェンキスは白衣を翻して回避した。白布に視界を奪われたキルビスの腹部に、強い衝撃が走る。

 キルビスを襲った鉄球を壁の中に戻し、フェンキスは言った。

「この『ロード・エルカーミラ』は私の肉体も同然。腹の中にわざわざ飛び込むネズミはおるまいにな」

 この部屋は、フェンキスの意思で自由自在に動く。鉄の一片ですら制御された空間では、勝算など万に一つもない。しかし逃げるにしても隙が必要だ。なんとかして精神的に揺さぶりをかけたい。

 しかしその思惑はすぐに砕かれた。

「そもそも、あなたは私達のなにが気に入らなかったんだ」

 珍しく自分から口を開いたフェンキス。キルビスは揺さぶりのことなどすぐに忘れ、溜め込んでいた感情をひたすらに吐き出す。

「母さん達は、ガリアに "役" を押し付けてる。自分達の手駒としての役を、ね。それが……私は、気に入らない! ガリアはガリア。私の大切な弟だから」

 しかしフェンキスは動じない。再会してから……いや、それよりもずっと昔から一切変わっていない無表情のまま、口だけを動かす。

「子供は元々私の一部だった。手駒ではなく、最初から腕だ」

 知っている。母はそんな思想なのだ。腹を痛めて産んだ子供は、そもそも自分の肉体の一部。それが親愛の情ではなく、所有欲に向かっている。だから平気でガリアを野に放ったし、コピーを作って利用するのだ。

 しかし次の言葉は予想だにしていなかった。

「それに、役を押し付けているのはあなたの方だろう。ガリアにという役を押し付けている。そう振る舞うよう、無意識に強制していた。ずっと昔からな」

「私が?」

 ガリアに、弟の役を押し付けていた?

「そうだ。昔から言っていただろう。私の弟、私の弟、と」

「だって、ガリアは私の弟だから……」

 まるで誘導されているかのように、キルビスは言った。今まで何百回と繰り返してきたフレーズだ。しかしそれは、呪いである。

 キルビスとガリアの間に設けられた、変わらない関係性。キルビスが断固として守り続けてきた、彼を縛る言葉。

 それはただ一言で瓦解する。

「ガリアはガリアじゃなかったのか?」

 キルビスは絶句した。

 母の言葉に納得したわけではない。ただ、何一つとして言い返すことができなかった。反論を失ったキルビスから興味を失ったように、フェンキスは背を向ける。

「ふん……私もたまには親らしいことをやってみようか。殺しはしない。すぐに出ていけばな」

 完敗だった。

 こんなもの親の情ではない。きっと彼女は、ここでキルビスを殺したらカーペットが血で汚れるぐらいにしか思っていないのだ。他にスマートな殺し方があれば、キルビスに利用価値がなくなった時点で殺している。

 つまり今のキルビスは、カーペット以下の存在。床を汚してまで殺す必要のない、邪魔者にすらなれない存在なのだ。

 悔しいが、ここで死ぬ訳にはいかない。フェンキスはああ見えて短気だ。ここでキルビスが御託を並べていれば、本当に殺すだろう。

「……このっ、人でなし!!」

 キルビスは母に背を向けて駆け出す。

 今はただガリアに会いたい。

 なぜか、心からそう思った。

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