ラッキー☆セブン(Ⅶ)
第42話 大海原の男
炎のようなざんばら髪を潮風に揺らし、青年は剣を構える。
世界の海は俺の海。七つの海を股にかけ、星は続くよどこまでも。海原に船を漕ぎだして、進み行く先は世の果までも。不滅の力はダイカイザーク。俺とお前の力があれば、向かう所に敵はない。
今日も今日とて海賊日和。男は殺し女は犯す。宝をたんまりいただいて、軍が来る前にトンズラさ。
グレートビッグベアーは大海賊。
世界の海は、俺の海。
※
ガリアは今、海の上に居た。
事の発端は三日前。久しぶりにヴァンパレスとドラクリアンの関係を調査していた時だ。王国海軍で、ヴァンパレスの顧客情報を掴んだ――そんな話が、メライアの元へと舞い込む。
ドラクリアンに関する資料は何者か――恐らく生前のアリアだろう――の手によってほとんどが抹消されていた。少しばかり手詰まりを感じていた。メライア達は、少しでも情報を得るべく海軍の話に飛びついたのだ。
というわけで、ガリア、メライア、キルビスの三人は海軍の船に乗っていた。
「げえ、またニンニク臭い……」
ガーリックペーストのたっぷり使われたムニエルを前にして、ガリアは苦い顔をする。船に乗ってからというもの、ガリアはニンニクが苦手になっていた。
船の上では魚料理が主食になるのだが、手に入る魚が
いや、問題だらけなのだが。
ガリアが苦い顔をしていると、キルビスが顔を寄せてくる。
「好き嫌いしてると大きくなれないよー」
子供をあやすように言う彼女に、ガリアは横目で言い返す。
「俺はもう十分デカいから」
特段背が高いわけではないが、平均より少し高いぐらいはある。戸籍によると齢も十八らしいし、もう背がどうこう言うような歳ではないだろう。
それは承知の上なのだろう。左隣のメライアは、違う観点でガリアを窘める。
「船の上は戦場だ。食べられる時に食べておけ」
確かに船上での生活は過酷だ。こまめに掃除をしないとすぐ潮風にやられてしまうし、食い扶持を得るにも釣りなり網引きなりで体力を使う。部外者なので少しは加減してくれているらしいが、それでも毎日働き詰めだ。
昨日も一日走り回って、空腹が限界を迎えている。しかしそれにしても、このニンニクの量は看過できない。食べただけで、身体が内側から灼けていくような痛みがあるのだ。いろいろ本を読んで調べた結果、一種のアレルギーなのではないかと疑っている。
渋っていると、船長のグルーノがやってきた。ささくれた手でガリアの頭をガシガシと撫でる。
「ガリア~、相変わらずニンニクは駄目か。女だとたまに居るんだが、男だと珍しいなあ」
女性にそんなことを言われると面目が立たないのだが、こればかりは仕方がない。死活問題だとばかりにガリアは訴える。
「駄目なものは駄目だ。シソなら食えるからそっちにしてくれ」
しかしグルーノは腕を組む。大きな乳房が腕に乗って激しく自己主張しているが、それ以上に筋肉が目立ってエロさがなかった。
「ただの好き嫌いじゃなさそうだし、なんとかしてやりたいが……大鍋で一気に作ってるから、お前の分だけ特別扱いっていうのは難しいんだ。とりあえず昼飯と晩飯はシソで作ってやる。お前も対策を考えろ」
なんとか昼と夜の安寧は保証され、ガリアは一息つく。その後に深く息を吸い、漂うニンニクの臭いに咳き込んだ。
「そこまでか……」
メライアはそう言うと、ふと何かに気づいたように口元を押さえる。キルビスも続いた。ガリアが疑問符を浮かべると、メライアは恥ずかしそうに視線をそらす。
「いや……私達も、臭いかなって……」
ニンニクの臭いは残りやすい。口臭は特にそれが顕著で、特に仕事の前は絶対に避けろというのがセオリーだ。船の上ではオーラルケアもままならないので、積荷も含めて常にニンニクの臭いが漂っている。とはいえ、うっすら漂っているぐらいなら我慢できた。
「誰の臭いかなんてわからねえよ」
ガリアが答えると、二人は不満そうに眉をひそめる。メライアは軽く咳払いし、口元を押さえたまま言った。
「ニンニク抜きの件……私も考えるから君もちゃんと考えるんだぞ」
そう言って立ち去る背中は、やはりどこか不機嫌に見える。後姿を目で追いかけていると、キルビスは窘めるように言う。
「ガリアには私が居るけど、ちゃんと乙女心も勉強しないと駄目だよ? お世話になってるんだろうし……それに、お姉ちゃんだって、一応女の子なんだし?」
なんか悪い事しちゃったみたいで申し訳ないですねえ!!
そもそもキルビスもメライアも女の子という歳では……いややめよう。女性は何歳になっても女の子だし、男はいくつになっても少年の心を持っているのだ。お互い様だろう。
少し成長したガリアは、しかし目の前のニンニクペーストだけは見過ごすことができなかった。だが空腹も限界だ。これだけはなんとしてでも食べておきたい。
ガリアがうんうん唸っていると、キルビスがなにかを思いついたらしくポンと手を叩く。
「そうだ。お姉ちゃんが作ってあげるよ」
意外な提案だった。
「え、できるのか?」
「余り物料理で良ければね」
因みにガリアのおのこし(手付かず)は海の男達が美味しく平らげました。
※
厨房に向かったキルビスは、廃棄手前の残り物を使ってあれよあれよと一品作り上げてしまった。野菜と魚のポトフだ。
一口食べる。シソの味は強いが、臭みが気になることもないし、野菜もちゃんと柔らかくなっている。ガリアが貧乏舌であることも手伝って、美味しく食べることができた。可食部はほとんど食べてしまうこの船内で、残り物から一品作るのは難易度が高いと思うのだが。
「美味い……残り物だけでよく作れるなこんなの」
ガリアが言うと、キルビスは得意気に胸を張る。
「魚はいくらでも捕れるから使い方が杜撰だし、野菜の芯も限界まで煮込めばなんとか食べられるようになるしね。多少の雑味はシソでかき消せるし、塩はいくらでもあるし」
スラムでの暮らしが長かったので、ガリアも余り物で飢えを凌ぐのは得意だった。しかしちゃんと調理して口にすることは稀だ。ほとんどが生のまま、あるいは適当に火を通すか、水でふやかすかして食べていた記憶がある。
「そのままでも食えるのにな。ほんとすげえよ」
ガリアが珍しく素直に褒めると、しかしキルビスは笑顔に陰りを見せた。
「そのままでも食える、か」
キルビスはそう呟くと、懐から財布を取り出す。
「私は先立つものがあったから、余り物をそのまま食べないといけないようなこと、なかったんだ」
どこか遠くを見るように中空を眺め、過去の記憶に思いを馳せる。
「ガリアは、捨てられてからの十数年……ずっとひとりぼっちで生きてきたんだよね。私がのうのうと生きてる間も、お金も持たずに、ずっとひとりで……」
自分の境遇が不幸だと思ったことはない。むしろここまで生き残れたのは幸運だったとすら思っている。
「気にすんなよ。気楽なもんだったぜ」
そう言ったガリアを、彼女は優しく抱きしめた。
「無理してる人は、自分が無理してることに気づかないんだよ。これからは、我慢しなくていいからね」
温かい。このぬくもりを、やはりガリアは知っていた。忘却の彼方にある、今は遠い過去の話。
記憶の深く、奥底にあった記憶が、わずかに蘇る。
こうしてもらうのが、大好きだった。
ずっと不思議だったのだ。彼女に抱きしめられると、なぜこんなにも心が安らぐのか。
やっとわかった。だいそれたことではない。彼女が、ガリアのただ一人の姉だからだ。
「……姉ちゃん」
気恥ずかしくて、昔のようには呼べないけれど。
「ガリア……もう、離さないから」
どれだけそうしていただろうか。
そのまま掃除当番に遅れたガリアは、グルーノにこの場面を目撃され滅茶苦茶怒られた上に数日間シスコンだとネタにされ続けた。
その間、メライアはなぜか機嫌が悪かった。
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