キルビス・アタック

第32話 ガリアとメライア

 捕虜の待遇が良いのは、意外なことにも先王の時代から続く習慣であった。

 捕虜は貴重な情報源であり、同時に人質でもある。その上、捕虜の扱いというのは打ち負かした後の敵軍の扱いを映し出す。捕虜の待遇を良くすることで、最悪の場合は負けてもいい――支配下に置かれても、悪いことにはならない――無意識にそう思わせる効果があるのだ。

 だからバンパニアは、それが所属不明の捕虜であっても悪いようには扱わない。

「いい加減、自分が何者なのか話したらどうだ」

 昼食のプレートをキルバスに差し出しながら、メライアは言う。いい意味で健康的で、無難な食事だ。とりたてて豪華なわけでもないが、一日三食このレベルの食事をとるには、それなりに高い生活水準が必要になる。部屋には窓もあり、上階であることもあって城下町を一望することができた。

 しかしキルバスは出された食事に手を付けることはなく、主張も一点張りだ。

「……ガリアに会わせて」

 大破したブラック・ガヴァーナから彼女を引きずり出して捕虜にしてから、丸一日が経った。

 ガリアと同じ色の赤毛は少しばかり荒れていて、同じ長髪を持つメライアの目には哀れに映る。マジータの秘密道具で騎士達の髪事情は劇的に改善したが、それを持たない彼女はそれなりに苦労して手を入れていたのだろう。見せたい相手でも居るのか、それなりに整えられていた形跡があった。

「どうしてガリアに会いたい? 君はガリアのなんなんだ?」

 メライアの問いに、彼女は言葉少なに答えるばかりだ。

「私はガリアのお姉ちゃんだから……」

 実のところ、ガリアに姉が存在するかどうかはわからなかった。なぜなら、ガリアには戸籍がないからだ。スラムで育った彼には家族の情報もないし、どこで生まれたのかすらもわからない。

 外見からして、キルバスはメライアと同年代だろう。外見も、正直に言うとガリアに似ている。彼の姉だという主張は、信憑性のあるものだった。

 しかし、謎が一点ある。

 似た名前、そして似た容姿の人間が、行方不明者として登録されているのだ。

 ドラグリアン――もとい、ドラクリアンの開発者にしてクーデターを企てた国家反逆者、ゴルドーラ、フェンキス夫妻。その実の娘キルビスに、彼女は瓜二つだった。

 十三年前、当時十二歳のキルビスは、若くして両親の助手として王国の吸血甲冑開発部門に出入りしていたらしい。当時の記録があるし、戸籍もバッチリ残っている。

 それが、ある日両親と共に姿を消したのだ。

 そして彼女には、当時四歳だった弟がいる。名前はゲラルド。顔写真も残ってはいるが、四歳児の顔なんて他人からすれば大体同じなのでガリアとの関連性はわからなかった。

 ブラック・ガヴァーナは未知の吸血甲冑だ。しかし弱冠十二歳という若さで父の助手を務めていた天才少女キルビスであれば、独学で整備・運用することも可能だろう。

 しかし、キルバス=キルビス説では説明できない部分があった。

 なぜ彼女は両親と行動を共にしていなかったのか。

 メライアの仮設では、ゴルドーラ・フェンキス夫妻はヴァンパレスの設立に関わっている。ヴァンパレスは巨大な組織だ。国家組織以外で吸血甲冑を運用するなら最も優れた環境だろう。

 だが、どうやらキルバスはヴァンパレスとの関わりを持っていないらしいのだ。

 それがわからない。

 彼女がキルビスであるのなら、両親と共にヴァンパレスとして活動した方が動きやすいのではないだろうか。

 他にも、あくまでガリアを付け狙うのが謎だ。仮にゲラルドとガリアが同一人物だったとして、そもそもガリア自身の出自に説明がつかなくなる。

 なにか、欠けているピースがあるのだ。

 しかしそれを握っているキルバスはなにも答えてくれない。いっそ本当にガリアと会わせたほうがスムーズに事が進むのではないだろうか。そんな意見すら出始めている。

 結局なにも話してくれなかったキルバスの部屋を去り、メライアは下番の処理をした。

 午後は半休。先日の作戦でガリアの機嫌を損ねてしまったため、デートをしなければならないのだ。

 彼がメライアに対してどのような感情を抱いているのか、はっきり言ってよくわからない。嫌われてはいないと思うのだが、異性として好かれているかと言われればまた違う気もする。タイプだと言われたことがあるし、こうしてデートに誘われているので、全くなにもないというわけではないだろうが……男女の色恋というものの経験がないメライアには、よくわからなかった。

 では逆に、メライアは彼のことをどう思っているのか?

 ……どうだろう。やはり弟というのが一番近い気もする。メライアは一人っ子なので実際のところはわからないのだが、多分そういうものだ。



 好みの女とデートができるということで、ガリアは朝から浮足立っていた。

 今更注釈を述べるようなことでもないが、ガリアに女性経験はない。それが突然にこのような状況に放り込まれてしまったので、内心ではそれなりに混乱していた。

 気が利いたデートコースを考える間もなく、勢いのままに決めてしまった日取り。待ち合わせ場所のカフェにはかなり早くから来てしまった。

「お待たせ。結構待ったかな?」

 待ち合わせの時間より少し早いが、メライアが現れる。仕事と同じ感覚なのだろう。

「い、いや、別に……」

 なんでもないようなやり取りにもかかわらずどもってしまった。それを見て、メライアは楽しそうに笑う。

「おや、緊張しているのかな?」

「してねえし……」

 強がりも見抜かれてしまったのだろう。余裕の表情のままどんどんと駒を進める。

「城下町なら私の方が詳しい。今日は任せてくれ」

 そんなわけで、彼女にエスコートされながらデートすることになってしまった。

「ここが城下町の中心部、時計塔公園。昼間は人が多いから少し窮屈だけど、夜中に来ると月明かりに照らされてとても綺麗なんだ」

 時期ごとに一芸仕込んである生け垣だとか、最近できた綺麗な噴水だとか、木に囲まれた静かな公園だとか。

「あれ、今日は休みだったか……いやね、ここのガーリックパンが本当に美味しくて。臭いが結構あるから、仕事の前は食べられないんだけど」

 とにかく彼女はこの街のことを知り尽くしていて、どんな些細なことでも、美しい場所、綺麗なもの、美味しいお菓子なんかを余すことなく紹介してくれた。

 本当にこの街が好きなのだろう。いきいきと街を案内してくれる彼女を見ていると、それだけでこちらも楽しくなってくる。

 だからなのか、今の彼女が、とても魅力的に、愛おしく思えた。

 やっぱり、彼女のことが好きなんだ。

 確信にも近い感情を、ガリアは抱いていた。

「ん? どうした? 少し疲れたかな?」

 不意に立ち止まったガリアへ振り返り、彼女は言う。噴水から漏れ出した水しぶきが、陽光に照らされて彼女の周囲をきらきらと彩る。

「綺麗だ……」

 思わず呟くガリアに、彼女は微笑む。

「この噴水も綺麗だよね。ずっと昔からあるんだけど、変わらない美しさがある」

 この街のことを楽しそうに語る彼女のことが、たまらなく好きだ。

「――ああ、そうだな」

 口をついて漏れ出そうになった言葉を押し留め、噴水への感想を述べる。彼女はガリアのことなんて弟ぐらいにしか思っていないようだし、今はまだ、いいだろう。それにまだこの距離感を楽しんでいたい。

「あ、そうだ。もうそろそろパレードが始まる。ちょっと急ぐけど良いよね」

 そう言うと、彼女はガリアの腕を掴んで駆け出した。不意に握られた感触にドキリとしたが、引っ張られる身体に気づいて慌てて駆け出す。

 デートはまだまだこれからだった。

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