第9話 棚上げ

 これが上の狙いだったのかと、隠岐田は本能的に悟った。

 顔見知りの隠岐田なら警戒心は薄い。

 そうして主犯を誘きだして、始末する。

 こんな結末を、望んでいた訳じゃない。

 風で髪の毛があおられる。

 振り向くと目を細めながらも、逃げようとしない加東が見えた。

「ライカ!」

 隠岐田は床を蹴った。

「お前の主張はよく分かった!だから知恵を貸してほしい!」

 彼女はゆっくりと振り返る。

「排除したい訳じゃない、自分が間違ったとも思っていない、けれど、万人に、いや、大勢にとっては、正しくなかったのかもしれない。だからライカたちの願いを、実現可能にするために、聞かせてくれ!」

 銃から殺気の匂いが立ち込める。

 生き物でない視線が突き刺さる。

「俺は、全権交渉人、隠岐田逸花。この映像を見た視聴者全てを証人として、機構のリーダーの身の安全、及び構成員の命の保証、対話の場を設けることをここに誓う!」

 ライカの前に立ち、目をつぶる。

 いつまでたってもその瞬間は来なかった。

 薄目を開けると、ヘリでは別途通信を受けているようだ。

「キッカ……?」

 微かな呼び掛けに応えるように、隠岐田は微動だにしなかった。

 火器は使用されないまま、ヘリが引き上げていく。

「ご覧下さい。交渉人の隠岐田氏は、相手方の人命を守り、かつ対話のテーブルを用意すると述べました」

 ライカの見る方には、中継を行っている加東と、補助をしている焼野の姿がある。

「……一体」

「加東が最初から撮ってると思ってた。

 それが動画か、ネットにアップされてるかは賭けだったけど」

 隠岐田はへなへなと倒れこむ。

 ひとまずは、生きている。

「……助けてくれて、ありがとう。でもこれを借りにはしないよ」

「どういたしまして。俺もこれを貸しにはしない」

 隠岐田の携帯と、ライカの通信機器が同時に鳴った。

 隠岐田の着信は、お偉方から。

「はいはい、今でます」

 深呼吸して、隠岐田は通話ボタンを押した。

 先ほどできたことに比べたら、なんだってできると信じて。

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地方で存在証明を叫ぶ 香枝ゆき @yukan-yuki

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