第12話 黒い羽の悪魔



 ピンクを基調とした部屋に俺は立っていた。

 ピンクの壁紙にカーペット、カーテン。すべてが俺に不釣り合いな可愛らしい部屋。そして、この部屋で最もカワイイモノが俺の前にあり、それは豪華な椅子に腰かけていた。

 彼女のイメージカラーは赤だった。いつも赤い帽子をかぶり、セーラー服のような短めのマントにも見える襟のある服を着て、赤い短パンをはいていた。短パンといってもシルエットが丸く、女の子らしいデザインだ。

 俺は、自分の両手を見た。彼女のイメージカラーの赤がある。これは、そう。血だ。

 顔を上げれば、少女の顔が見えた。見慣れた少女の顔は、青ざめていて、血が通っているように見えなかった。視線を下げれば、赤い襟が見えて、襟以外は白い布が見えるはずだった。でも、白い布までもが赤く染まっている。血に染まっている。

 死んでいる。これは事実だ。彼女は死んだ。


ガキンッ

鉄同士がぶつかり合う音が響き渡り、俺は目を覚ました。

 ここは、地獄の牢獄。住み慣れた牢屋に訪れるものは今までいなかった。

「起きたか、男。」

「・・・」

 顔を上げれば鉄格子の向こうに、フードを目深にかぶり黒い翼をはやした背の高い男が立っていた。翼はこうもりの翼などではなく、カラスのような翼だ。なんとなく悪魔という言葉が浮かぶ。

「閻魔様がお呼びだ、来い。」

 悪魔はそう言うと、何十年も開かれなかった鉄格子の扉をあっさり開いた。俺は無言で立ち上がり鉄格子の外に出る。

「行くぞ。」

 悪魔は歩き出した。俺は無言のままそれに続いた。


 牢屋と牢屋の間にあった階段を上りきると、下水道のような場所に出た。辺りはドブ臭く空気が悪い。

 石造りの道は苔むしていて、すぐそばにある汚い水の中に足を滑らせて落ちてしまいそうだなと思った。

 そんなことを考えていると唐突に目の前にいた悪魔が消えた・・・と思ったら滑って転んだようだ。

「いててっ・・・」

 俺は黙って手を差し出した。

 その手を見て、悪魔は礼を言って俺の手を掴んだ。それを確認して手を引き、起き上がらせる。

 真正面に立った悪魔は、俺より少し背が高い。フードの下は鼻から上に骸骨を模した仮面をかぶっていたので顔はよくわからなかったが、整っていそうな印象だった。

「君は、声が出せないのか?」

「・・・」

 長い間人と話をしていなかったせいなのか、声の出し方を忘れてしまったようだ。どうやって声を出していたのだろうか。

「そうか。君は自分の姿を思い出せるか?」

「・・・」

 自分の姿。

 俺は汚い水に自分の姿を映してみた。黒い影が映り、シルエットはまるでテルテル坊主のようだった。首をかしげる。

「覚えていないようだな。ということは、記憶もないのか。」

「・・・」

 俺の記憶・・・それは赤い少女の死体と赤く染まった自分の手のこと。あとは俺が死んだということしか覚えていない。

「おい、行くぞ。」

 ため息とともに聞こえた声に顔を上げれば、悪魔はもう歩き始めていた。


 下水道のところにも階段があり、それを上ると薄汚れたカーペットが敷き詰められた部屋に出た。辺りは生臭く口を覆いたくなる匂いだ。

 悪魔は部屋の奥にある扉の前に立っていた。

「おい、この扉に見覚えはあるか?」

「・・・」

 首を横に振るうとため息をついて扉を眺める。

「中に入れ。」

「・・・」

 俺は言われたとおりに中に入った。


 そこは、俺の記憶にある可愛らしい部屋。俺の足が止まり、カタカタと震えだした。

「どうし――」

 後から入ってきた悪魔も固まった。

 真正面にある豪華な椅子に、あの赤い少女が座っていた。

「なぜここに・・・」

「・・・」

 俺は悪魔の言葉に反応できずに、ただ少女を見つめて固まっていた。そんな俺の背中を悪魔は押した。

「行け。」

「・・・」

 いわれるがままに俺は少女の下へ向かった。

「・・・」

 そのまま少女に手を伸ばす。

『キャー――――』

「うっ・・・」

 少女が悲鳴を上げた。胸が苦しくなる。俺はこの声を聞いたことがある。

 目をつぶりうずくまった。ずっと見ていたのに。見ていたかったのに。ちょっと目を離したすきに、少女は奪われた。だから、だから・・・

「おい。」

 肩をゆすられ顔を上げる。目の前にいた少女は死んでいた。そう、彼女は死んだのだ。

「あぁ・・・」

 かすれた声が出た。

「俺・・・は・・・」

 少女の顔を見て、少女に手を伸ばしたが、手が触れる前に少女は光の粒子となって消えてしまった。

「あぁ・・・」

「なるほど、幻か。」

 悪魔の声に納得の色が浮かんだかと思うと、悪魔は俺を無理やり立たせた。

「お前の罪は重いな。それで、声は出せるようになったようだが、話せるか?」

「あ・・・あぁ。思い出した。こうやって声を出すんだったな。」

 俺の声は低く、だみ声と言えばいいのか・・・いい声とは言えない声だった。

「で、お前はどこまでのことを覚えている?」

「あまり・・・あの少女の死と自分の死だけだ・・・」

「そうか。ならここにいても仕方がないな。」

 悪魔はそう言って入ってきた扉から外に出た。俺もそのあとに続いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る