俺様男子とお願い事

「そ、そんなあ。約束が違うよ。今日一日は、俺様なイジワルキャラで私を罵ってくれるって約束だったのに⁉」

「そのつもりだったけど、もう限界!」


 困惑した表情を見せる千冬を見ながら、僕はため息をつく。

 千冬は可愛いし、よく気が利くいい子で、僕には勿体無いくらいの素敵な彼女だ。だけどそんな千冬のタイプと言うのは、本当は僕みたいなナヨナヨしたやつじゃない。千冬のタイプ、それは傲慢でイジワルな俺様系な男子なのだ。


 昨今漫画や女の子向けの小説では、俺様系男子が人気がある。千冬はその俺様系男子がとにかく好きで、よく漫画を見ながら『私もこんな風に罵倒されてみたい』と口にしている。

 正直千冬のそう言う所だけはよく理解できなかった。漫画で俺様なキャラクターを見ても酷い奴だと思うし、女の子を罵るだなんて、僕からすれば何を考えているんだと困惑する。

 けど千冬がそれが好きだと言うのなら、僕がどうこう言うべきじゃない。そう思っていたのに。


「ああ、いったいどうしてこんな事になっちゃったかな?」


 事の発端は、昨日あった数学の小テスト。僕らは軽い気持ちで、どっちが良い点を取れるか勝負しようって話をしていた。それで、何もペナルティが無いとつまらないから、負けた方が勝った方のお願いを何でも聞くってルールを設けたんだ。


 それで僕が負けたのかって?ううん、勝ったよ。だけどその時、僕がしたお願いと言うのがいけなかった。いったいどんなやり取りがあったのかと言うと、以下の通りである。


『それじゃあ、千冬が僕にしようとしていたお願いを教えて。僕がそれを叶えるから』

『えっ、いいの?でも私負けちゃったんだから、優くんが私に何かお願いをするんだよね?』

『だから僕のお願いが、千冬のお願いを叶えさせてって事なんだよ。僕にできる事なら何でもするよ。だから、教えてくれないかな?』

『優くん……だったら……』


 あの時僕は、調子に乗って何てことを言ってしまったんだ。タイムマシーンでもあればあのときに戻って、過去の自分をぶん殴ってやりたい。今にして思えば、相当恥ずかしいやり取りだった。

 だけど本当に問題だったのは、千冬のお願いの方。何をお願いしてくるのだろうとわくわくしていた僕に、千冬は言ってきた。


『そ、それじゃあ明日一日、ドSで俺様なイジワルキャラを演じて。それで私の事を、冷たく扱って罵って!』


 最初それを聞いた時の衝撃ときたら。本当にそれでいいの?ノロマとかグズとか酷い事を言われても、千冬は平気なの?何度もそう確認したけど、千冬は満面の笑みで『うん。私一度、優くんに酷い事言われて見たかったの』と、少々理解不能な事を言うばかり。そういうのってお話の中の出来事だから楽しめるのであって、実際に罵られて嬉しいのだろうか?謎だ?


 ……うん、知ってたよ。千冬がそういうキャラを好きだって事。ツッコミどころ満載のお願いではあったけど、約束は約束。僕は今朝から、徹底して俺様キャラを演じたんだ。

 それに合ったシチュエーションを作るよう、朝いつもより早くに家を出て、遅れてきた千冬を罵倒した。正直凄く心が痛んだ。だけど千冬は一見悲しそうな顔をしつつも、心の中では満面の笑みを浮かべているのだ。

 酷い事を言われるたびに俯くのは、こみ上げてくる笑いを見られないようにするため。たまに浮かべていた涙だって、嬉し泣きによるものだ。

 本当に千冬は、変わった子である。


 くそー、本当は僕だって、可愛く笑った千冬の顔が見たいのに、俯いて笑ったんじゃ見る事も出来ないし。本当は言いたくもない悪口を言わなきゃいけないものだから、千冬が喜んでるって分かってはいるんだけど、やっぱり心が痛む。

 挙句せっかく作って来てもらったお弁当は食べる事も出来なくなるし、どんな拷問だよ。


「とにかく、俺様ごっこはもう終わり!キャラ作りをしようと一人称まで変えてたけど、もう無理!」


 そう言ってのけると千冬は、俺様キャラで冷たい態度で接していた時とは違い、今度は本当に悲しい顔になる。


「無理じゃないよ。優くんの俺様キャラ、意外と様になってたのに。もし私が傷ついてるんじゃないかって思ったなら、気にしなくて良いからね。優くんに罵られて、凄く嬉しいんだから」

「千冬は良くても、僕が無理なの」

「ああっ、一人称が僕に戻ってる」

「仕方ないでしょ。こっちが素の僕なんだから。そもそも千冬は何も悪くないのに、意地悪を言うだなんて心が痛むよ。本当はもっと……もっと優しくしたいのに」


 朝お待たせって言われた時、本当はちゃんと『おはよう』って返したかった。僕の為に弁当を作って来てくれたのなら『ありがとう』って言って食べてあげたかった。

 手をつなぎたい。頭を撫でたい。抱きしめたい。だけどそれをしてしまっては、俺様キャラが崩れてしまうから無理だった。漫画で出てくるような俺様キャラは、みんなこんな窮屈な思いをしているのだろうか?僕には到底、理解が出来なかった。


「それにね、周りの目もきついんだよ。冷たい態度ばかり取っている僕を見かねた佐藤さんが、『千冬に酷いことしないでくれる』って怒ってきたしさあ」


 佐藤さんは僕らのクラスメイトで、千冬とは仲のいい女の子だ。怒ると怖いから、顔面をグーで殴られるのではないかと本気で冷や冷やした。


「さ、佐藤さんには私から後で事情を説明しておくから。俺様キャラって設定で、わざと私にイジワルしてくれてたんだって」

「本当に頼むよ……って、やっぱり止めて。もしも僕らが、特殊なプレイをしているバカップルだって思われたらどうするのさ?」


 そうなったらそれこそ周りからどんな目で見られるか。考えただけでゾッとする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る