35話:永劫の花 前編
――この時間が永遠であればいいと思った。
それが叶わぬ願いだとわかっているのに、二人は互いの頭を重ね、角を擦り合わせ、体温を感じあっていた。
情報接合による同調を維持したまま、現実側の感覚器に意識を移す。
引き延ばされた体感時間――現実では二秒と経っていないであろうわずかな間に、
偶発的なエラーだった。
一度はひび割れ、崩れかけた塚原ヒフミの自我――それを再生させたのは、到底、起こりえない偶然の連鎖。
あらゆる情報が渦巻く〈全能体〉の索引から、正確に自分自身の記憶を引き出したことも、それを実行するきっかけがこの肉体に発生したことも、本来はあり得ないことだった。
天文学的確率の事象だ。
煌めくような生命の光が、そこにあると感じられた。
やわらかで、あたたかな由峻のすべてが愛おしかった。
雪のように白い肌も、艶やかな黒髪も、切れ長の両目も、すっと通った
その誇り高さに、ヒフミは救われていた。
――何一つ報われず、誰一人救えなかったとしても。
それでもいいと、今この刹那だけは思えた。この腕の中に、彼女の温もりが、息づかいが、魂の輝きがあるのなら。
琥珀色の
王冠のような角と自身の山羊角を絡めている由峻の顔は、〈光輝の王〉の側頭部に隣接しているが、視覚器官に頼らず外界を把握しているヒフミにはその表情が手に取るようにわかった。
その澄んだ眼差しは、あの日あのとき、少年の日に出会った姿と変わりなかった。
「塚原さん……最初に言っておきますが」
そう、何故か出会ったあのとき――年端も行かぬ少女の脚を見ていた彼への微妙な温度のように。
どうして、そんなにも悲しげに眼を伏せるのか、ヒフミにはわからない。
しかし嫌な予感だけはしていた。
「わたしは飛び級ですから、高校の制服は存在していません」
この状況でそんな解説をされても困る。
いや、というより、どうしてそんな話題に話が飛んだのかわからない。
少女の思惑が知りたければ、直接、その思考ログにアクセスすればいいだけなのだが――年頃の乙女の頭の中を覗くのは気が引けた。
奥ゆかしい男である。
そもそも情報接合という、賢角人にとって生涯の伴侶とするような行為をしている時点で手遅れなのだが、知識としての認識と、実感はいつだってズレるものである。
もちろん困惑するヒフミの思考は、当然、情報接合を通じて由峻にも伝わっている。
「……不可抗力ですが。あなたの破損した記憶を集めるとき、無意識の領域で見つけたのです」
心なしか眼を伏せて。
悲しげに、少女は呟いた。
「――塚原さんに制服デートの願望があることを」
気まずい沈黙が訪れた。
依然として外界では物質分解によって取り出されたエネルギーと、〈光輝の王〉の侵食光の衝突が起きている。
無音の地獄に囲まれながら、互いの頭を重ねる巨人と少女――恐ろしく
――知りたくなかった、そんな深層意識!
アクサナに知られたらと思うとぞっとする。たぶん半年ぐらい口を利いて貰えないし、微妙に軽蔑したような目線で見られるのは避けられまい。
残酷すぎる。
「おそらく多感な少年時代を、人連の訓練校で過ごした反動でしょう――ええ、制服デートしたいという願望そのものを、わたしは否定しません。たとえ、あなたが
何故か、執拗に追い打ちをかけられていた。
由峻は相変わらず眼を伏せているが、口元が弧を描いて歪んでいるのは隠せない。
もとい、たぶん隠す気がない。
〈光輝の王〉は声帯を持たないため、発音こそ出来なかったが、それでも伝えたいことはある。
――君、絶対楽しんで僕の頭の中を覗いてませんか!?
困惑と怒気と疑念を混ぜ込んだニュアンスの言語表現を、データとして送信することはできるのだ。
声音などと違って、添付された感情を見誤ることはない便利なコミュニケーションと言えよう。
しかし導由峻は利発で聡明で頭の回転が速い。つまりかわいい。切り返しもきっと素晴らしく上手いに違いない。
この手のヒフミの思考は由峻に筒抜けだった――無防備極まりない、開けっぴろげな少女への好意的評価の数々が、直接、閲覧されていた。
実のところ、下手に策を練るよりこれが効いている――心なしか頬を赤く染め、由峻が呟いた。
「実は……驚かないで欲しいのですが。私は年上の男性が慌てふためくのが好きなようです」
吃驚するほど意外性がない秘密だった。
その告白に意味はあるのか、と問いたくなる程度に。
この賢角人の少女は、いい性格をしている
――知ってる。
「えっ」
そんなはずありません、とでも言いたげな横顔だった。
この子は何を言っているんだろう、とヒフミは遠い目をしたくなった。残念ながらレベル3の肉体に目はないので、もう一度、繰り返すことにした。
――ずっとそうだろうと思ってた。
「…………え?」
◆
二人の他愛のないやりとりはそう長く続かなかった。
ヒフミも由峻も本質的に実務家であり、眼前の脅威を捨て置いたまま二人きりの世界で惚気られなかったのだ。当事者の名誉のためにも明言されねばならない事項――決して、自身の特殊性癖を見抜かれていたと知った少女がすねたからではない。
二人は今、情報接合によって形成された仮想世界に意識の主軸を移していた。現実の時間経過に対し、何万倍にも引き延ばされた主観時間を使えるこの空間は、非常に優れた性質を持っていたからだ。自我の維持のための思考透析を除き、ほとんどの情報を即座に共有できる。言語によるコミュニケーションでは、どうしても省略される膨大な情報量を、即座にやりとりして把握できる。
これがよかった。
〈全能体〉の降臨とそれによる超広域の人体汚染現象――未曾有の大災害を前にして、互いの持てるすべての知識と能力を動員し、対等に意見を交わし、思考を加速させていく。
その知的交流が、ヒフミと由峻にとっては何よりも楽しかった。
ひょっとしたら、二人で談笑したデートよりも楽しいかもしれないぐらいに――隠し事もなく、すべてをさらけだして協力し合う時間が尊く思える。
だが、打てる策など最初から限られてもいた。どれだけリスクの少ない方法を探しても、そんなものは都合よく転がってはいない。
ヒフミ――人間としての自己認識を核としたアバターの姿――は、一番確実なプランを提案した。
「君の停滞フィールドが、僕たちを守る盾です。矛は僕が務めればいい」
停滞フィールドの展開によって、外界を吹き荒れる物質分解の嵐は無力化される。その一瞬に、〈光輝の王〉の全能力を使って敵の制御中枢を狙撃、自壊に追い込み、一連の人体汚染現象を終わらせる――それがヒフミの立てた作戦であった。
馬鹿馬鹿しいほどの出力差がある〈全能体〉と〈光輝の王〉だが、この方法ならば勝機はあった。
今、空ヶ島上空に出現している球体は、〈全能体〉の本体ではない。レベル4の〈導管〉、西暦二〇三五年の共鳴禍で汚染された変異脳をベースとした門に過ぎないのだ。
おそらく時間を超えて争っているのであろう、〈異形体〉と〈全能体〉の戦いの全貌など、ヒフミには想像もつかない。だが、頭上に展開している超空間構造体の脆さはわかっている。
こちら側に露出しているのは〈全能体〉の一部分であり、それ単体では存在を維持できない。侵入経路になっている〈導管〉を破壊すれば、都市上空に姿を現した巨影も機能を停止するはずだった。
「〈異形体〉が〈全能体〉と拮抗状態にあり、外部からの救援が期待できない以上、妥当な作戦だと思います。停滞フィールドの展開も〈三本足〉から了承を取り付けました……ですが、あなたの情報体はそれに耐えられるのですか?」
由峻の問いかけこそ、最大の懸念事項だった。
元より、停滞フィールドによる防御に失敗すれば、物理的に二人の肉体は消し飛ぶ運命にある。
それはいい。
しかし塚原ヒフミの超常種としての姿――〈光輝の王〉の能力は、敵と同時におのれを滅ぼしかねない
たとえ作戦に成功したとしても、異能行使の反動で彼の人格が消失しては意味がない。
けれど、本当は二人ともわかっていた――それはどんなに問うても、避けられないリスクだということを。
それでもなお綺麗事を貫くには由峻は幼く、また賢すぎた。
「――わからない。正直、僕にも結果は断言できない。だけど、ええ、嘘はつきたくないから言いますが」
ヒフミとて、二度も三度もボロボロになる趣味はない。
結果論としてそうなっているとしても、それが望ましいわけではなかった。
それに。
「君には笑っていて欲しいから、僕は生きて帰りたい」
歯の根が浮くような台詞だ。
きっと馳馬あたりなら、いけしゃあしゃあと言うんだろうなと思いつつ、ヒフミは少女の目を見た。
対して、由峻の反応は驚くほどあっさりしていた――いや、心なしかアバターの頬が上気しているとか、先ほどより笑みが深くなっているとか、そういう言外の変化はある。
この時点でのヒフミには知るよしもないことだったが、情報接合の本質は、このような他愛のないやりとりにこそあった。身も蓋もないことを言ってしまうと、現実に比べて仮想世界の中で無限にイチャつける。
「そういえば、塚原さん」
ふと、彼女が柔らかに微笑んだ。
「あまり、わたしに敬語を使わなくなってきましたね」
「ははあ……そうかな」
「ええ、とても好ましい変化だと思います」
「君にそう言われると後が怖い」
割りと本音だった。
塚原ヒフミは、この娘の前では振り回されっぱなしだ――尤も由峻に言わせれば真実は真逆であり、自分こそが振り回されていると主張するだろうが。
何もかも普通からかけ離れていて、きっと、異形と呼ぶほかない二人は。
それでもこのとき、ありふれた恋人のように会話していた。
―――夢のように。
◆
結論から言おう。
地上から光の雨が放たれたのは、都市上空の異変からほどなくしてのことだった。
眩い輝きが、さながら雷の嵐のごとく
多くの人が、その光を目撃していた。
UHMA本部ビルでは、連絡が取れなくなった相棒を捜す高辻馳馬が、貴重なデータの採取に夢中のエティエンヌ=ラキルがそれを見た。
市街戦から撤退した超人災害対策部・強襲制圧班の軍用外骨格が、人智を越えた光を見上げていた。
大穴の開いたシェルターの天井から、アクサナ=アレクサンドロヴナ=ペトロヴァはその光を目にした。
その数秒前、塚原ヒフミはたしかにそこにいた。
現実に意識を移す――仮想世界での語らいに用いた主観時間に反するように、こちらでの時間はほんの数秒しか経過していない。
いつまでも夢に浸っていられないのは、我ながら損な性分である。
停滞フィールドの展開は上手くいった。
無害な可視光線だけを選別して透過する無の領域――フィルタリングの調整は由峻がリアルタイムで実行し、物質分解によって生まれた膨大なエネルギーを消し去っている。
盾が順調ならば、あとは矛たるヒフミの仕事だった。
〈光輝の王〉の能力は、同調型超常種としてのヒフミのそれの延長線上にある。だからこそ可能な攻撃があった――侵食光の撃ち合いでは、〈全能体〉の一部にすら勝つことは出来なくとも。
それを支える変異脳に対して、塚原ヒフミは致命傷を与えられる。
同調型超常種の異能〈結線〉の超広域使用――数百万人の情報体との同調と、それによる機能不全、自壊の誘発。
一〇年前、初めての恋人を、家族を、街の住人を皆殺しにした行為の再演だ。
――情報体の転換行程、射出座標の設定を完了。
超光速の侵食光にヒフミ自身という桁違いの高次元情報体を乗せ、〈昇華体〉を打ち砕く。
たった一つの、冴えたやり方だった。
放出。
幾条もの雷となって天へ昇る――刹那、世界が光に埋め尽くされて。
――到達する。
そこには、祈りの海があった。
上を見ても、下を見ても、周囲を満たすのは銀色の泡。その一つ一つが、見知らぬ人々の夢であり、思い描いた幸福を叶える夢だった。
苦痛はなく、不正義は他者を傷つけることなく昇華され、安らぎによって調和を迎える人類世界。
かつて東京一号と呼ばれた超人災害の成れの果て、数百万人の犠牲者を取り込んだ超空間構造体。
だが、ここは広すぎ、大きすぎ、多すぎる。
幾百、幾千、幾億を超えて兆を超えようかという泡――数え切れないほど球体の中には、さらに小さな泡があり、入れ子のようになっていた。一体どれほど多くの人間が、この中にいるというのか。
そして何よりも。
ヒフミは、その光景の美しさに心打たれていた。
愛する人に巡り会い、孤独に傷つくことなく愛される若者がいる。
わが子の手を取り、笑いながら歩く父母がいる。
優しい父母に愛されて、何不自由なく育つ子供がいる。
穏やかに孫子と触れ合い、貧しさにも病にも怯えずに暮らす老人がいる。
銃を手に取ることなく、誰もが手を取り合える優しい国を持つ大勢の人がいる。
天変地異に命奪われることなく、文明と知性のよき半身だけが永続する時間がある。
それは、どうしようもなく正しい、誰もが願う幸福のかたちだった。
わかっている。
これは〈全能体〉が見せる夢物語、あらゆる時空から収奪した可能性事象――この宇宙を成り立たせる時空間資源によって運営される楽園だ。
人間のためだけに三千世界のすべてを消費する、人智を越えた征服と収奪と播種の成果物。
その副産物として、かつてヒフミが見てきたような無数の悲劇が、惨劇が作り出されているのだ。導由峻が人のかたちすら奪われ、道具として使い潰される悪夢とその本質は同じだった。
なのに、泣きたくなるほど、その幸福が尊く思えた。
ああ、そうだ――誰も傷つかず、何も失われず、人がしあわせに生きていける世界があったなら。
――どんなによかっただろう。
ヒフミの父母はただの人間だった。きっと、生まれたかもしれない弟/妹もそうだったろう。
ああ、今さら気付いた。
――ぼくは、誰も、殺したくはなかったのか。
馬鹿げた話だ。
自身へ抱いた憎悪の起源は、こんなにも簡単な感情だったなんて。こんなにも人間から遠ざかった姿形を選んで、それに相応しい力を得た先で自覚するには遅すぎる。
ヒフミをヒフミたらしめる冷酷な理性は、それが〈結線〉の成果だと警鐘を鳴らしていた。
心が揺らいでしまうのは、同調の副産物――この銀色の泡を構成する、誰かの
ここにあるのは、与えられた最善の幸福に溺れる生だ。
だから羨ましく思える。
運命から逃れる物語、運命に抗う物語を人が好むのは、多くの人間にとって現実が理不尽に満ちているからだ。
どうにもならない不幸によって、思い描いた未来を奪われる理不尽に怯え、それを超克せんとして無数の信仰/偶像/物語を作り上げてきた。
そうして人は自由意思の素晴らしさを謳い上げる。
だが、もしも。
運命が自分にとって都合のいいものだったなら、人は迷わずそちらを選ぶだろう。
人間の強かさとはそういうものだ。
同調の輪を広げる。
ここにあるのは、人の祈りだった。時代も人種も宗教も国境も越えて、人類という種族が逃れ得ない苦痛の裏返しとしての信仰。
どんなに共感が押し寄せてきても、破壊のための前準備を緩めない。
それがどんなにおぞましい行いか、彼にはわかっていた。
一度、ヒフミはこの都合のいい幸福を否定した。自身の存在をなげうってでも、果たさねばならない誓いがあったからだ。
しかしその覚悟も決意も、他者の幸福を踏みにじる悪行の免罪符にはならない。
――見えている。
泡と泡の合間をたゆたう無数の影。
多様で荘厳な、さまざまな色と形を持つ化身――すべての神と天使、人の信仰の至る姿があった。
無数の顔と目を持ち、あまたの可能性を体現する〈全能体〉の端末たちだ。彼らは驚くほど無防備に、ヒフミの存在など素知らぬ顔で浮動しているだけだった。
〈光輝の王〉という姿へ収斂した塚原ヒフミもまた、この中から生まれた存在である。
けれど、今は違う。
彼は自ら選んだ。彼らの一部として救われることではなく、由峻の生きていける世界を。
ゆえに、ここに彼の居場所はない。
不意に、見知った影が見えた。
帰る道を忘れてしまった子供のように、途方に暮れている後ろ姿があった。
――クスーシャ?
呼びかけた瞬間、弾かれたように振り返る少女。プラチナブロンドの銀髪碧眼、柔らかなミルク色の肌。
何事かを訴えかけるように、口を開くアクサナ――顔をくしゃくしゃにして、今にも泣きそうな表情で、声を上げているのがわかった。
けれど言葉は伝わらない。
瞬間、ヴィジョンが脳裏に浮かんだのだ――この世ならざる幻影、あるいは本能にも似た警鐘が割り込む。
七つの首を持つ竜が見えた。
それは死の化身だった。河川の激流が海へ向かって流れ落ちるように、人々は竜の顎に自ら飛び込んでは噛み砕かれていく。
燃え上がる舌が命を舐め尽くし、あまねく人を破滅させる。
恐ろしい輝き――苛烈な憤怒そのものが、世界を満たすのがわかった。
幻影が去ったころには。
泡の飛沫に紛れて、少女の影は消え去っていた。
それから、どれほどの時が過ぎたろうか。
仮想世界における時間経過は、現実のそれとは大きく異なる。今、ヒフミが体感している時間など、現実では〇・〇〇〇〇一秒にも満たない。
そうわかっていても、悠久の時を過ごしたかのような
すでに、この接合点を破壊するために必要な数の同調は終わっている。
だが、ヒフミ自身が払う代償が不確定だった――〈昇華体〉を形作る数百万人分の情報体への同調と破壊――そのフィードバックによって、どんな損傷が起きてもおかしくはなかった。
それが怖い。
今まで、不死の肉体を頼りに戦ってきたからこそ、縁遠かった感情。
――僕は、死ぬのが怖いのか。
どういうわけか、人間離れした後に、人間くさい感情に襲われていた。
迷いなく我が身を捧げるには、大切なものが多すぎた。
集積された可能性事象がきらきらと流動し、人々の情報体は、銀色の泡のように可能性事象の大河の上を浮かんでいる。
美しい眺めだった。
ここにあるものは、人間を幸福に彩るためだけに集められた宇宙のバリエーションだ。
可能性事象の大河に〈結線〉の網を伸ばした――どうしても、知りたいことができてしまったから。
しばらくして。
――塚原ヒフミは、それを選んだ。
同調したすべての意識体に干渉。破滅の引き金を引く。
刹那、死の津波が訪れた。
男が死ぬ。
女が死ぬ。
幼子が死ぬ。
老人が死ぬ。
父が死ぬ。
母が死ぬ。
子が死ぬ。
国が滅ぶ。
文明が滅ぶ。
数え切れない無数の魂が、叫んでいる。
おぞましい感覚に意識が埋め尽くされる。数え切れない死が、苦痛が、灰色の時間が自我を塗りつぶす。
人格の抵抗する余地などない絶望が、滅びという理不尽への憎悪が精神を引き裂いていった。
断末魔の悲鳴が記憶に刻まれ続け、毒に蝕まれたように手足が壊死していく。
美しい、幸福を描いた万華鏡が失われていく。
たくさんの人を傷つけて、たくさんの命を奪い去って――そうすることでしか、ヒフミは人を守れない生き物だった。
――それでも。
この手は、誰かの未来を守れたのだと信じた。
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