24話:怒れるものたち
目の前の男の抱える苦痛も孤独も、自分ならば救えると信じられてしまう。
ひとえに少女の若さがそうさせていた。賢角人の多くがそうであるように、知性を信仰しながらも、消えることのない青い炎を胸に宿しているのだ。
ちらちらと降り始めた雪の結晶の背後では、彼女らの世界の支配者――北日本と西太平洋へ根を下ろした、三本足の〈異形体〉が鎮座している。
途方もなく大きな、水晶のごとき巨人たちが作り上げた文明は、神話のように豊かで満ち足りている。
人類連合がその帝国的性質を備えた理由も、元を辿ればより多くの救済のためだ。
衣食住、治安、病疫、精神的苦痛――あらゆる欠乏と人間を切り離すため、人連による支配と統治は存在する。
それが建前ではなく、真実、〈異形体〉の意思なのだと由峻は知っている。
〈異形体〉にとっての至上命題、超常種の根絶のための社会構築――由峻たちが超人災害と呼ぶ現象の除去。
言い換えるなら、人間自身の統治では超常種が生まれ続けるという判断がそこにあるのだ。
それでも由峻は、まだ、希望を捨ててはいない。
先ほどとは打って変わって穏やかな顔つきのヒフミにほっとして、大胆な提案をした。
「あなたに〈異形体〉の本当の姿を見せたいのです」
「というと……空ヶ島から、彼らの内部へ?」
由峻があらかじめ送りつけたデートコースには、空中島へ行く予定が記載されていた。
そして、重力制御によって空に浮かぶ島々は、根本の部分で〈異形体〉と連結している。
角ある少女が見せたいものが何であれ、〈異形体〉と密接に関わった部位であろうことは明白だ。
ヒフミの理解の早さに満足し、由峻は口元を綻ばせた。
「ええ、今のわたしになら、彼らもある程度は協力してくれると思います」
戦う決意を固めた――母を殺した陰謀の背後にあるものと。
たとえ、それが人類連合という地球圏最大の列強を相手取ることだとしても。
この星で唯一、〈異形体〉と直接的な意思疎通ができる由峻には、それができるはずだった。
ふうっと息を吐いた。
そっと、ヒフミの手へ重ねられたおのれの指を見る。
恐れはなかった。
この人がいるのなら、自分は空の果てへだっていけると思った。
その
体制を立て直し、不正侵入者の除去、敵性存在の所属する
唯一、去り際に残された言語的感情表現。
――そこにいたのか。
歓喜。
観察。
嘲笑。
途方もなく、冷たい眼差しだった。
あるはずもない錯覚に背筋を振るわせ、少女は上空を見上げた。
そのまま、ヒフミへと警告する。
「敵がここにやってきます。第一世代亜人種――わたしと同じ賢角人です」
◆
塚原ヒフミの行動は早かった。
すると、馳馬から暗号回線で連絡。
現在進行形の異常事態――補助AIを介してUHMA本部から開示された新たな情報は、とびきりの厄ネタ揃いだった。
空ヶ島第七管区への強制執行に及んだ新藤茜対策官との交信途絶、捕獲した軍用義体の電脳の正体――行方不明になっていたマンション住人の一部と判明、それに伴う「黒幕」の認定である。
UHMAは正式に、空ヶ島第七管区の最高責任者、ヴァルタン・バベシュへの生死を問わない確保を決めたのだ。
思考する――茜は以前から、何らかの情報源で敵の正体に確信を持っていた。
UHMAの上位組織である人類連合、その上層部で起きている派閥対立に言及し、由峻へ肩入れするなと警告もしている。
その彼女が踏み込んだ場所は、おそらく敵にとって重要施設だったのだろう。
その結果によって、UHMA本部は今回の断言に至った――あるいはそうせざるを得なくなった。
本来は表に出さず、秘密裏に始末したかった敵のはずだ。
それほどまでに政治的爆弾とも言える存在が、今回の敵だった。
ヒフミが交戦した軍用義体たちは、マンション住人たちの脳組織を収穫し、加工して、自らの同胞へと改造していた。
そのために必要な装備や施設を提供していたのが、人類連合の幹部であるヴァルタン=バベシュだというのだ。
冗談ではなかった。
人口密集地でテロを画策する武装集団のパトロンが、人類連合の要人なのである。
推測はしていたものの、いざ断言されると気が滅入りもする、
『上空から落下物を確認した。第一世代亜人種、高純度構造体の情報信号はUHMAに登録済み――ヴァルタン=バベシュ。人類連合所属だ』
裏切り者の候補だった男――つまりは戦車や戦闘機に匹敵する超人。
「予定取り、外骨格は使わない」
『心得た』
人連製の外骨格は、搭乗者を第一世代亜人種並みの戦力へと変える。
こちらより情報的に優位に立っている敵に対し、ヒフミが伏せておきたいカードが、彼らの配置場所だった。
探りに使えるのは壊れてもいいロボット兵器だ。
あらかじめ配置していた陸戦無人機が、馳馬の遠隔操作で対空砲火を開始。
自動的に照準補正されるスマートランチャーの砲撃は、第一世代亜人種の斥力場を食い破れる火力だった。
高速で飛来する砲弾の一つ一つが、自ら敵を識別し、弾道さえも調整するのだ。
並みの亜人ならば、よくて半死半生だろう。
そして半ばヒフミが予期していたとおり、敵は並外れた怪物であった。
無人機のカメラ越しの映像――ぐにゃり、と上空の景色が歪む。
拡現グラスに表示される分析データ――真っ直ぐに敵へ突き刺さるはずだった砲弾は、炸裂直前でその軌道を九〇度変更、直角にターンして飛んでいった。
その大半が空中で誤作動を起こし炸裂。
重力波を検知したという馳馬からの報告で、ヒフミにも事態が飲み込めた。
重力障壁――はっきりと目視できる視覚的歪曲は、運動エネルギー兵器をねじ曲げるほどの重力制御の証である。
迷うことなく、右腰にぶら下げた『鞘』から武器を引き抜いた。刀剣ではない。新東京への立ち入りの時には持ち込めなかった、超人的存在を殺すための武器だ。
「導さん、僕の
さも当然と言うかのようなすまし顔で、そっとヒフミの懐へ入り込む少女。
調子が狂う距離感だと思いながら、逃亡の準備をせんとしたとき。
由峻が、予想外の提案を持ち出してきた。
「塚原さん、彼と話がしてみたいです。可能ですか?」
「敵の攻撃は、二度までは僕が防ぎます。理由を聞かせてくださいね」
一度、殺されかけた人間の台詞とは思えない剛胆さだった。
当然のことながら、由峻は正気を疑いたくなるほど冷静で論理的だった。
「彼はハイヴ・ネットワークに如何なる形でも接続していません。完全なスタンドアローンである以上、その意図を理解する手がかりは、彼との言語による対話しかないのです」
賢角人は、種族独自のデータリンクの恩恵を強みとする亜人種だ。
そこに接続していない個体は、原則、ほとんど存在していない。
日本政府に軟禁されていた時期の由峻のように、外部から強制されでもしない限り、自ら接続を断つなどあり得ないのである。
彼女に言わせれば、ハイヴ・ネットワークから完全に独立するのは、自分の手足を望んで潰すような行いなのだ。
どんなに秘密主義の亜人でも、最低限の接続は確保しておくのが普通だった――ゆえにその思考が、意図が読めない。
「君の能力で索敵、あるいは防御はできますね」
「塚原さんが協力してくれるなら」
ヒフミの拡現グラスへ、由峻から直接データが送信されてきた。暗号化処理された情報通信が、一瞬で解析され、割り込みをかけられている。
あらためて、でたらめな娘だと思った。
放っておけば一人で何でも解決しそうだと、錯覚しそうなぐらいに。
だが、彼の仕事は、少女にそういう道を選ばせないことだった。
つい先ほど、心に誓った決意――彼女の心身を守り通す――には、重荷を背負わせないことも入っている。
たとえ、これからやってくる敵が桁外れの怪物だとしても同じこと。
ゆっくりと周囲の景色を歪めながら、そいつはやってきた。
半ば螺旋を描く二本の白い角。
その角が、異形の亜人は由峻と同じ種族なのだとヒフミに教える。
改めて高度二万メートルから単身、地上へ飛び降りてくる破天荒さと、それを可能とする戦闘能力に
早期に無力化してしまいたい相手だった。
独断で〈結線〉を試みたが、圧倒的な量の情報信号に遮られる。
情報の濁流を前に、人体支配の操り糸が入り込む隙間が見つけられない。
純粋なノイズの物量によるジャミング、超常能力への妨害行為である。
結晶細胞を励起させる情報信号の密度が異常なのだ。
到底、人間大の躰に収まる結晶細胞の量では足りないはずの演算量。
おそらく〈異形体〉並みの出力を持った存在によって、敵は人体操作の汚染から逃れている。
――どこかにジャミングの大本がいる。
ヒフミは内心の焦燥をおくびにも出さず、胡散臭い笑みと共に一歩前へ。
由峻を庇うように、亜人との距離を詰めた。その様子をどう受け取ったのか。
空から落ちてきた人型が、嬉しそうに口を開く。
人が好きで好きでたまらないと言わんばかりの、少年のようなあどけなさすら感じる声。
「中々の歓迎だった。オキナワとシンガポールを思い出したよ。青春の思い出というのは、人を若々しい気分にしてくれる」
オキナワとシンガポール――共に過激派〈異形体〉による無人化の後、人類連合によって奪還された二一世紀の激戦区だ。
地形ごと消し飛んだ場所も数多い、〈ダウンフォール〉の犠牲を象徴するような地域だ。
その生き証人であるならば、一〇〇年近く生きているはずの怪物が、流暢な日本語で二人へ話しかけてきた。
「はじめまして、というべきかな? 私は空ヶ島第七管区管理者、ヴァルタン=バベシュ。最近の若者には縁のない名前かもしれないが、よろしく頼む」
よりによって、由峻襲撃の元凶であり、武装集団〈蟻獅子〉のスポンサーと目される男の自己紹介がこれだった。
対空砲火を弾き飛ばしながら、治安組織構成員の目の前に飛び降りてくるテロ首謀者という、絶対に二一世紀にはいなかったであろう人種。
一目見て異様と気付くような、怪物がそこにいた。
身長二メートル前後、第一世代亜人種――主力戦車や航空機と渡り合うべく生まれた改造人種――にしては小柄な部類である。
背筋をしゃんと伸ばして燕尾服を着込んでいるもの、その頭部は異形と呼ぶほかない。
艶のない黒い頭部は、ブリキのおもちゃのように角張っており、作り物じみていた。
大昔のSF映画の小道具のような、ゴーグル状の視覚器官で覆われた両目、鋭い牙が林立する口。
山羊と言うよりもサイバーパンク風味の悪魔といった風情だ。
「こちらこそはじめまして、ヴァルタン=バベシュ管区長。第七管区へお話を伺いに行こうかと思っていましたが、手間が省けましたよ」
ヒフミの返答に、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの笑み。
大げさに肩をすくめ、悲しみで胸が張り裂けそうだと言わんばかりの手振りと共に口を開く男。
「ああ、あの人工島は私が半世紀以上も管理してきた物件でね。危険だがやりがいのある仕事と、笑顔の絶えない明るい職場があった……忌々しい〈
愚痴っぽいようで、状況を楽しんでいることは明らかな口調だった。
〈蠅の王〉とは、新藤茜への蔑称だ。
レベル3以降の超常種を、神話やフィクションの怪物になぞらえるのは、過激派の第一世代亜人種たちに顕著な傾向である。
ヒフミを育てたイオナ=イノウエなど、人類連合の亜人には少ない言動。
おそらく、ヴァルタンは演出としてこういう喋り方をしている。
そうわかっていても、顔見知りへの侮蔑は不快だった。
否、そう感じることを、ヒフミはおのれに課している。
彼自身の人間性の定義が、そうさせるのだ。
「なるほど、重力制御の達人がどんな御用向きか伺っても?」
「そう恐れなくていい。紹介したい友人がいるだけなのだ」
感覚する。
ヴァルタンからまき散らされるノイズで鈍っていた知覚――彼の変異脳が急接近する人体を見つけた。恐るべき移動速度は、決して生身ではあり得ない。
封鎖された道路以外を、これほどの速さで移動できる兵装は、ただ一つ。
ビルの屋上を飛び跳ねる、獰猛な巨人――恐竜のような太い足が、道路上の雪を踏みしだいて着地。
巨体に見合わぬ機敏な動作は、猫科の肉食獣を思わせしなやかさに満ちていた。
八式
中華人民共和国の科学技術と兵器開発ノウハウを引き継いだ、南中華共和国の軍用外骨格。
中世の金属甲冑を思わせる装甲の隙間から、昆虫の複眼のようなセンサー素子が外界を
複数のレーザー発振型アクティヴ防護システムを、背びれのように背負った独特のシルエット。
人型というには歪すぎる、全高三・五メートル超の外骨格だ。
戦闘エクソスケルトンの中でも大型の機種である。
懐にはマスケットと呼ばれる携行型レールガン――二メートル近い銃身を片手で抱えた人型は、スケール感の狂った人形劇のようだった。
「ここにいるのは、かの〈ダウンフォール〉の最中、国境を越えて手を携えた人々の輝き。あらゆる人種、あらゆる民族の脳組織をパッケージング、兵器化した〈
「それはそれは。ボランティア精神は余所で発揮してほしいものですね――景観を損なってしまいます」
芝居がかった大げさな台詞を笑いながら、ヒフミは目をすがめた。
人間の世界を犯した怪物たちへの憎悪こそ、目の前にいる兵器の原動力なのだ。
その殺意に眉一つ動かさぬまま、白皙の少女が初めて口を開いた。
「亜人種を憎む人々が、亜人であるあなたを頼るのですか」
「人間は柔軟で賢い生き物なのですよ、由峻様。目的が一致していなくとも、取るべき手段が同じなら呉越同舟できる。感動的ですな」
おそらくは虚偽。
この一見、無意味なやりとりの間にも、ヴァルタンと由峻は一対一のデータリンクを開いている。
ある種の「ながら作業」というわけだ――〈結線〉が通じない以上、本題である結晶細胞を介した超光速通信に手出しする術はない。
ヒフミが見守る中、沈黙がしばらく続いた。
再び口を開いたとき、少女から微笑が消えていた。
苦みを含んだ、真剣な眼差し。
対するは、サメのような笑みを浮かべる異形。
「あなたにとって、人の命は数以上のものではないのですね」
「人命を数として扱わずに、公平な判断ができましょうか。かつて戦場における医療の革命を成し遂げたのは統計です。統計以上に、人の命を救うものはない」
「統計はあくまで道具です。あなたやわたしの思想を裏付ける免罪符ではありません」
ヒフミから見れば、前振りもなく話題の吹き飛んだ会話だった。
一見、唐突に見えるやりとりの裏では、賢角人同士の非言語的情報交換が行われているのだろう。
「罪、罪ですか。なるほど、あなたも私も罪の産物だ。たとえばあなたの御母堂がそうだったように。シルシュ様の今際は美しかった。自らの記憶、人格、経験のすべてを我が子へ託す犠牲。賢角人にとって他者への人格移植は禁忌です。しかしシルシュ様は、愛娘を守るため、利用価値を担保にあなたの生命を守ろうとした。麗しき愛の形だ」
無意味な会話だった。だが、おそらくは揺さぶりをかけてもいる。
由峻の心、あるいはそれを黙って聞いているヒフミに対して聞かせるための話題選び。
目視可能な距離に、重武装の軍用外骨格が控えているというのは、中々に刺激的だった。
この分では、どこかに伏兵がいても驚くに値しないだろう。
虐殺でも自爆でもやってみるがいい、とヒフミは思う。
目的を達する前に、お前たちだけを無駄死にさせてやる――いつも通りのシンプルな思考。
憎悪など、恐怖と無力感という徒労の材料に過ぎない。
「――あなたは。母の、シルシュの死に関わっていますね」
それまで、ほとんど感情の色を覗かせるに留めていた由峻が、初めて、激情らしきものを表した。
透き通るような美貌へ、わずかに赤みが差す。
ヴァルタンの反応は、満足げな頷き一つ。
サメのような笑み――覗かせた慈愛の色は、限りなく冷笑に近くおぞましい。
「あの御方は尊敬に値する人物でした。〈異形体〉と共に人類連合というコミュニティを設立し、大陸の過激派どもと交渉し、人類が生き残るための技術供与を行った。大したイデオローグ、大した英雄ですな。すべては人類生存の大義のため……であれば。如何なる偉人とて、その理想に殉じて死へ追いやられることもありましょうや」
「人の命を救うためだとでもいいたいのですか。〈異形体〉の虐殺すら肯定するあなたが……!」
「〈異形体〉の犠牲者……ふむ、こう考えては如何でしょう。たかが二〇億人。〈ダウンフォール〉による余波を含めても、多くて四〇億人しか死んでいない。絶滅にはほど遠い。たしかにユーラシアもアフリカも南北のアメリカ大陸も、二度と元には戻りますまい。ですが、まだ、五〇億もの人類がこの世界に生きている」
たかが一〇〇年単位での人口の増減など、誤差の範疇だと男は言い切っていた。
聞いているだけで胸の悪くなるような発言だった。
何より、口頭で喋っている内容だけでも、ヴァルタンの言葉は矛盾している。
きっと眼を細め、半ば睨み付けるような眼差し――今までヒフミが見たことのないような、純粋な怒りに満ちた琥珀色の
「北京クラスターの人間への仕打ちを……獣へと退化させられた人々を当然ものとだと?」
「然り」
そこに住まう生命のありようごと奪われた命の尊厳を。
「タクラマカンクラスター群が作り上げた殺戮生命体も当然だと?」
「歴史的必然ですな」
人間を殺し尽くすためだけに生まれた異形に、なぶり殺しにされる命の数を。
「カシミールクラスターが人々に強いた恐怖の世界も必然だと?」
「取るに足らぬことです」
異世界と化した故郷で、領民として支配され、弄ばれる何百万人もの人間を。
「シャルムエルシェイククラスターがシナイ半島で奪ったものすべて、取るに足らないと?」
「いつか、傷が癒えることを祈るとしましょう」
二度と紡がれることのない文化と民族の
「――何もかも、今さら取り返すことはできません。ゆえに、我々は未来を見据えるべきだ」
冷笑する。
一欠片の同情も悪意もなく、ただ、ものの道理を諭す紳士がそこにいた。
関心がないのではない、と言外ににじませる物言いだった。
知見を広げ、熟考すれば、どんな被害者であろうと辿り着くと言いたげな声音。
やれやれ、と肩をすくめた後、ヴァルタンは苦笑いしてみせた。
「由峻様にはいささか、感傷的で感情的な傾向がおありだ。人生に必要なのは、白黒はっきりした善悪や、狂信的な相対化ではないのです。つまるところ世界の調和。秩序と無秩序の境界なき、この人間世界全体の安定と言ってもいい」
子供のわがままを諫めるような調子だった。
たとえ燕尾服姿のすぐ傍で、機械仕掛けの巨人が戦闘準備をしていようと、平和の夢を語ることができる人種がそこにいた。
予兆。
外骨格本体からのレーザー照準が完了、火器管制装置と腕部レールガンとの連動。
その銃口の先には、私服姿の、美しい少女が立っているだけだ。
敵から人間を守るための兵器とて、使い手の意思によって容易く殺戮の道具になる。
「交渉決裂ですな」
「ヴァルタン=バベシュ。あなたにあるのは、この北日本居住区に存在する人間を殺戮する目的だけです。わたしへ語った主張や思想など、いくらでも取り替えが利く道具に過ぎません」
自身へ向けられる殺意にも動じることなく、角ある少女は断言。
鈍い陽光に晒された二本の角は、さながら竜のシンボルのようだった。
「誤解も甚だしい。どうやら、由峻様にお分かりいただくには実体験が必要と見える」
軍用外骨格・
口頭で会話ができるような距離にいる以上、少女が無事に逃げおおせる手段はない。
紅唇に微笑みをたたえ、導由峻は呟いた。
「塚原さん」
信頼があった。
男が一歩、前へ踏み出す。
◆
このとき、すでにヒフミは迎撃準備を完成させていた。
敵外骨格の火器が、由峻へ向けられた銃口の引き金を引いた。
電磁気の偏向、砲弾がローレンツ力で射出されるまでは一瞬。
ゆえに、エクソスーツを『呼び出す』;。
遠隔地への〈結線〉の行使――夢見る肉塊を感覚する。
おのれの手足のごとく、溶け崩れた人の血肉へ神経を這わす。
見えざる操り糸を伸ばし続ける。
それが同胞であろうと支配の対象たり得るからだ。
超人災害によって人の姿を失った有機体は、複数の超常種の脳と血肉が一体化している。
結晶細胞で覆うことで活動停止させるしかない危険物だが、ヒフミの異能なら制御できる。
繋がる。
肉塊を閉じ込めた戦闘服を、完全に自己の一部として認識。
景色が歪む。
光のみならず、空間そのものがよじれ、たわみ、質量の出現を祝福する――空間転移。
サイキックの異能の応用系、変異脳によって行使される奇跡の一端だ。
物質と空間を変質させる〈混成〉――
その超常能力を出力するのは、機械装置と結晶細胞に包まれ、カラクリ仕掛けの装甲服に組み込まれた生体組織だ。
亡霊めいた
刹那、右腕の武器へと至る電力供給ラインをアンロック。
携行型対超人武装プラズマ刀、その起動を命ずる。
エクソスーツが生み出すエネルギーを、結晶細胞のデバイスが食らいつくし、プラズマの刀身として出力。
抜刀されたプラズマ刀の煌めき、炎の剣を一閃した。
飛来した砲弾を切り払う、否、焼き尽くす。
青年が発するのは、威圧にして最後通告。
「できれば投降してくれませんかね。――死にたくなければ」
同胞の残骸を武器として扱う罪悪感など、後からいくらでもでも感じればいい。
塚原ヒフミは、同胞殺しの超常種なのだから。
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