12話:あなたの笑顔に誓うとき 後編


 獣頭の老人が笑みをこぼした。

 仕方ないな、と諦めるような笑み。

 それは今まで、由峻が見たことがない類の表情だった。

 まるで雛の巣立ちを見守る親鳥。

 畳み掛けるように決別の言葉を投げかけようとした刹那、山羊面が心の底から愉快そうに歪む。


「ちなみに、今の私の台詞は、シルシュがよくいっていた決まり文句でね。君自身の嘘偽りない決意が聞けて嬉しいよ」


 不意打ちのような暴露だった。


「……謀りましたね」


 うめくように呟き、呆然とする少女。

 さながら鋼の刃のような半眼で老人を睨みつけた。

 自分の切った啖呵の恥ずかしさのあまり、知らず、頬に赤みが差してしまう。

 白皙はくせきに血が上り、ほんのりと薄い桃色に色づいた。唇がふるふると震える。これだから、いつまで経っても苦手意識が抜けないのである。


「私の本音ではないということだ。君自身の意見が育っているようで大変結構、ならば好きにしたまえ。私に出来る助力はしよう。ああ、それと。これは純粋に好奇心から訊くのだがね」


 韜晦した、食えない老人といった風情で話すイオナの目つきが一変した。

 草食動物たる山羊の獣頭ながら、人食いの悪鬼を思わせる無機質な双眸。

 その氷のごとき冷たい眼差しに射られても、由峻は動じない。

 皮肉なことにその緊迫した空気によって、少女の動揺は一掃されていた。


「何故、操縦デバイス絡みの騒動を引き起こした? 私が信用できなかったとしても、あれは人が死にすぎた。君が幼少の砌、ヒフミに感化されたのは把握しているが、その清く尊い志は、人の生き血を啜って成し遂げられるようなものかね。これでは綺麗事とは呼べん、最初から破綻しているぞ」

「すべて、わたしの望みのためです」


 感情の上下の感じられない穏やかな声音。

 それが、おのれの喉から発せられたものだと実感できなかった。

 導由峻が信じ続ける理想は、異種であっても各々の幸福を掴める世界だ。

 だが、由峻が実際に選んでしまったのは、大勢の人間の命を淡々と消費する方法であり、その選択すら自身の思考の結果と言い切れない。

 母シルシュと融け合った叡智の泉が、目的への最短距離を辿る道を示していただけ。

 その残酷さを自覚しながら、悪を飲み込もうと決めた。



「母の為した悪行の清算のためなら、どんな悪名も被りましょう。その結果に無粋な言い訳を重ねようとは思いません。それがわたしの流儀です」



 無慈悲な誇りと慈悲深い祈り。

 ある種の二律背反ではあるものの、少女の精神は分裂しておらず、ひどく歪な形で調和している。

 二つの相反する精神性こそ、彼女の心の縮図と言っても差し支えない。

 生命や理想を尊ぶ一方、おのれの誇りを以て、自他の命を計量する有り様。

 総体としてみれば、その言動が行き着く果ては明らかだった。冷めたコーヒーを飲み干し、イオナは苦々しげに口を開いた。


「……修羅道だな。血まみれの手を差し伸べて、理想を説くのかね。その誇りと祈りはいずれ、君を焼き尽くす業火になるぞ」

「わたしは、それ以外の生き方を知りません」


 それはきっと、普通の子供が成長する中で親元から離れるようなありふれた景色。

 三〇年は未来の先端技術――そんな餌に躍らされ、何も得ずに死んでいった情報機関のエージェントたちは、この巣立ちに巻き込まれて死んだも同然だった。

 心身の尺度が違う異種が、人間の作り上げた社会制度の中で生きようとすれば、そのズレは致命的になる。

 内心の憂慮ゆうりょを表に出さず、イオナが飄々ひょうひょうと喋られるのはひとえに慣れと年の功であった。


「つくづく難儀な若人だな、嘆かわしい。では精々、シルシュが作り上げたゆりかごへ挑むが――」


 結局、イオナは皆まで言うことが出来なかった。原因は単純、明らかに二人へ近づいてくる足音のせいだ。

 思わず、由峻が音の鳴る方へ顔を向ければ――そこには特徴的な胡散臭い笑み、一つ。

 一九三〇年代に陸軍将校でもしていそうな丸眼鏡、UHMAの制服の上から羽織ったグレーのコート。

 それは忘れたくても忘れられない、少女の生の転機となった青年だった。


「塚原さん?」

「お久しぶりです、お二人とも。お邪魔しちゃいましたかね」


 わずかに両目を見開く由峻へ向け、にこやかに笑ってみせるヒフミ。

 ほとんど一緒にいた時間がないというのに、すでに旧知のように気安い物言いであった。

 二人の間にある独特の距離感に当てられたのか、イオナは席を立って退散しようとしている。


「おやおや……老人は退散するとしよう」

「先生、ご自身のコーヒー代は出してくださいね」

「師への敬意が微塵も感じられんな」


軽口に対し、ヒフミは嫌そうに顔を顰めた。


「うちの制服はともかく、スーツと下着を買い直す羽目になりましてね。せめて僕の財布に優しい振る舞いをしてから言ってくださいよ」

「そのための高給取りだろう。羨ましい限りだね」

「他人事風に喋るのはよくないですよ、ええ」


 はて、と惚けるイオナだったが、二人の間では慣れたやりとりだった。

 そもそもヒフミの感情表現の類は、この老人の立ち振る舞いを基調としている。

 幼少の頃から覚醒した超常種であるヒフミにとって、人並みの情動とは他者の模倣だ。思春期の間も影響を受け続けた結果、今では胡散臭い表情が顔に張りついてしまったのである。


 白々しいやりとりだよな、とヒフミは思う。


 そもそも彼が病院を訪れたのは、イオナからのリークあってのことだ。

 素知らぬ顔で偶然のように演じてみせるあたり、思慮深いと言うべきか、腹黒いと貶すべきか。

 いずれにせよ、師がこの娘に嫌われている理由は何となく察せられた。ひらひらと手を振ってカフェを出て行く老人を尻目に、青年は口を開いた。


「本局の方で色々あってですね。僕は当分、あちこち飛び回る本業をお休みして、あなたの近くで待機することになりました。まぁ専属ってことになりますね。UHMA超人災害対策官、塚原ヒフミです。改めてよろしくお願いします」


 努めて平静を取り繕ったつもりだったが、失敗しているらしい。

 由峻の端正な顔に罪悪感らしき影が落ちていた。


「わたしのせい、ですね」


 そもそも、ヒフミが通常の業務から開放されたこと自体、尋常な事態ではない。

 人類連合調停局の対策官が配置されたのは、それだけ彼女が重要視され、潜在的に超人災害と同等の危険度を持つと判断されたからである。

 少なくともヒフミは嘘偽りなく、少女の危険性を報告書に書き記したし、上もそれを懸念事項として深刻に受け取めた。

 とどのつまり、よくある話だった。


 彼らは普通の幸せを掴むだけで、奇蹟のような巡り合わせを要求される生き物だ。だからこそ、塚原ヒフミは超人を殺す超人となり、導由峻は血まみれの求道を選んだ。

 ヒフミは先日、由峻を押し止めたと満足した自分をぶん殴ってやりたかった。

 現実は真逆なのに。

 すでに少女は取り返しのつかない選択を済ませてしまっていて、そこに青年が介在する余地はない。

 視界へ混じる異物を感じ目線を動かす。

 するとこちらを気遣うように、少女の右の手のひらが頬へ伸ばされていた。

 優しげな表情の由峻が、白魚のような指でヒフミの頬を撫でる。


「そんな悲しい顔をしないでください。すべて、わたしが決めたことです。怒り、憎まれこそすれ、哀れみを買うほど愚かではないつもりです」


 奇妙な誇り高さを感じて、ヒフミは何とも言えない気持ちになった。

 その部分は変わらず、彼の好きな娘の立ち振る舞いだったからだ。

 近すぎる距離は健全ではない気がして、指から逃れるように身を引いた。

 ようやく自身の大胆な行為に気付いたのか、少女の白い頬に赤みが差した。雑念を振り払っているのか、頭を振るたびに立派な山羊角が目だった。

 ヒフミは困ったような笑顔を仮面にして、どうにか口を開く。


「この感情は、僕の我が侭の産物です。未熟で至らない身ですが、大目に見てください」

「では、その……照れくさいので、そういう取りつくろった口調をやめてくれますか」


 急に調子を変えた由峻が、ずいっと顔を近づけてくる。

 思わずのぞけった。

 つい先日の騒ぎの時には見られなかった仕草だった。

 あのときは無防備な感じがしたとはいえ、基本的に清楚な振る舞いだったはず。

 嗜虐性癖者の片鱗が垣間見えたのはご愛敬。

 ここまで踏み込んでくる娘だったろうか。

 そのとき、出し抜けに既視感デジャビュを感じた。

 あれはそう、十年以上前の記憶――古い城の史跡で出会った少女は、こんな風に小悪魔めいていた気がする。

 ヒフミの中で作り上げた偶像アイドルが打ち砕かれ、生身の女の子の息遣いが滑りこんでくる。

 鼻に飛び込む吐息からはミントの香りがした。

 途端、少女の琥珀色の瞳が冷たい色を孕んだ。


「塚原さん、ご自分のはしたなさを自覚した方がいいと思います」


 やや申し訳なさそうな声と裏腹に、由峻が半眼でこちらを睨んでくる。

 自分の色々と間違ってる五感の働かせ方のせいだろう。

 正直、自分でもどうかと思っている部分だけに否定できず、ヒフミは真顔で謝意を表明しようと決意。

 すなわち自爆である。


「公衆の面前で土下座までなら、喜んで」


 前時代的かつ伝統的な日本文化、腹切りめいた儀式と言えよう。

 それを聞いてどう思ったのか、由峻は呆れたように溜息をついた。


「塚原さん、いきなりプライドを下限まで放り捨ててませんか」





 その後、カフェを出た二人――支払いはヒフミが受け持った――は、今後の規定について細々と話し合った。

 ヒフミの配置は、由峻の行動を制限するものではなく、あくまで彼女に身に降りかかる不測の事態に備えたものである、と。

 勿論、それが建前なのは二人とも承知していたが、少なくとも軟禁状態に置かれることはない。自身の責務にかけて、籠の鳥にはさせない。ヒフミがそう言うと、由峻はおかしそうに笑ってこう切り出した。


「あなたがどんな経験をしてその道を選んだのか、なにも知らないままです。もっとお話をしましょう……その方が、悲しみも苦しみも後を引きません」

「――ん?」


 おかしい。ヒフミは寒気が止まらない自分の躰を訝しみ、理性的な思考の末、違和感の正体を理解した。

 最後の一言から不穏な空気が滲み出ているのだ。


「なんで、悲しみと苦しみが前提なんだ」

「その方がきっと楽しいですよ?」

「いや、僕にそう言う趣味はない」


 塚原ヒフミは混乱している。

 青年に対して好意的なことだけは伝わってくるのが、より状況を混沌とさせていた。

 由峻は不思議そうな顔をすると、涼やかな声を発した。


「では、言葉でなじられたり、からだで責められる方がいいのですか」

「待った。その解釈はおかしい」


 最早、疑いの余地はない。

 この賢角人の少女は、ヒフミがどれだけ現実から目を背けようと――変態なのだ。

 震天動地の出来事だった。

 ヒフミは空を仰ぎ、わけもなく泣きたくなった。

 待て、こうして心身とも無事に育ってくれているじゃないか。

 それはとてつもない幸運の産物だろう、と膝から崩れ落ちてしまいそうな自身を叱咤しったする。

 わりと一途だった青年の心に、胸が潰れるような痛みが走るのも無理からぬこと。

 男はいつだって夢追い人である。精神的に追い詰められたヒフミが顔を上げると、すでに病院の外だった。


 風が、髪を撫でた。

 その感触に、思わず空を見上げると、抜けるような碧空を背景にして、現実離れした大きさのアーチがどこまでも伸びている。


 地球最大の〈異形体〉トリニティクラスター。

 その三つの足の一つ、極東クラスターが根を張った大地。

 そこがヒフミと由峻の帰るべき場所だった。どちらともなく足を止め、黙り込んだ刹那を見計らい、由峻が口を開いた。


「わたしは母の所業が嫌いです。ですが今、やってみたいことが出来ました」


 その両の瞳は現実の風景を見てはおらず、成層圏の向こうにすらない遠方をすがめ見ていた。

 切れ長の目を細めても映らない、夢幻でしかない場所。

 ここではないどこか。

 はるか古より謳われてきた、海の彼方、見知らぬ理想郷を求めるように。


「……現実離れしているとは思うのですが。わたしたち亜人は、人間と超常種、両方の隣人にだってなれると思うんです。今は無理でも、いつかきっと、そうした方が賢い世の中にしてみせます」


 その行動と理想の矛盾を処理できないまま、由峻はうつむき加減に綺麗事ただしさを告白した。

 自分がただの無力な人間だったのなら、無邪気に信じているだけでよかった。

 だが、導由峻は世界で唯一、〈異形体〉トリニティクラスターと対話できる能力を持った知的生命体である。

 シルシュが世に出さなかった『作』品の知識と合せれば、十分すぎる影響力を確保できるはずだった。

 彼女は否応なく、大勢の人々の暮らしを揺るがす道を歩むだろう。

 だからこそ迷いがあった。

 今以上の地獄を作り出さないと、確証が持てるわけではない。

 だが。



「それでいいと思いますよ」


 青年は穏やかに笑っていた。

 そのたたずまいを見て、思っていたよりずっと彼が若いことに気付いた。

 先日、胡散臭くて信用できたものではないと感じたときと同じ服装なのに、顔に浮かべる笑み一つで印象が変わっている。


「交渉ごとならともかく、自分の中の一番大事なものを諦めちゃ駄目だよ。最初から妥協することありきの理想なんて、誰にとっても嘲笑の対象にしかなれない」


 声に宿る苦い響きは、ヒフミ自身の実体験なのかもしれなかったが、それを尋ねようとは思わなかった。

 何故なら今、少女はかつてなく喜んでいるのだから。

 どうしようもなく嬉しかった。


「それにね。みんながみんな、君のいう綺麗事ただしさの敵になるわけじゃない。昔、人間が作る社会に溶け込みたかったら、人間になるしかないと思った時期もあった。けれど、それじゃ救われない奴らが多すぎる。化け物でもいいなんて絶対に言わせちゃ駄目です。君の信じる理想はきっと、そういう人たちの救いになる」


 あたたかな返答が、祝詞のように導由峻を包み込む。

 何も彼のためだけに抱いた理想ではない。

 だが、囚われの身を嘆くだけの娘にきっかけを与えたのは、紛れもなく目の前の超常種なのである。

 塚原ヒフミに肯定されて。

 少女ははじめて、自分が前に進めたのだと実感していた。

 無力を嘆く幼年期を終え、少しずつ自由を勝ち取り、今ようやく踏み出せるのだと思った。

 そして。



――胸の奥で疼く感情に、名前を与えようと決める。



「あなたは昔からそうですね。出会ったばかりでも、わたしの味方をしてくれます」


 柔らかく微笑む由峻の言葉が、他ならぬ自分へ向けられていると気づき、ヒフミは驚愕した。

 まさか。

 いや、自分が惚れているから相手にとっても特別であるはず、などという思い込みはよくない。

 それでは実に童貞的発想である。悲劇の元だ。

 ヒフミは煩悩を沈めるべく、南無阿弥陀仏を心の中で唱えた。

 当人は冷静なつもりである。阿弥陀仏の慈悲に縋っている時点で台無しだが。

 その様子から青年の錯乱を察したのか、由峻は少しだけ不満そうな声を出す。


「塚原さんは、ご家族に望まれたから人間になりたかったんじゃありませんよね。もう一〇年以上も前のことですけど、わたしはきちんと覚えています」


 強い風に煽られ、烏の濡れ羽色の髪が泳いだ。さらさらとした黒い絹糸の質感。

 亜人の娘が小脇に抱えたマウンテンハットがとどめだった。

 力強く伸びた山羊角を見て、塚原ヒフミはおのれの浅はかさを思い知った。

 お互いが相手の正体を把握しているなど、都合がよすぎると思っていたが。

 結果的に現実を見ていなかったのは彼の方である。


「ええっと……いつから気付いてたんですか」

「教えてあげません」


 たじろぐヒフミを見るたび、由峻の微笑みに喜悦のような色が垣間見えた。

 完全に遊ばれてるよな、と沈痛な顔になった青年は、せめて胸を張って駐車場まで歩こうと固く決意する。

 穴だらけになった男の見栄に残された、なけなしの残骸である。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 はたと足を止める由峻。

 周囲の人影はすべて、超常種としての異能で索敵済みだ。

 何か異常でもあったのかと、思考を対策官としてのそれに切り替える。

 どうしたんですか、と声をかけるより早く、由峻がこちらを振り向いた。



 彼女の赤い唇が発したのは、予想外にもほどがある言葉。


「塚原さん。わたしは欲深で恥知らずな女ですが、誰にでもこんな風に接するわけではありませんからね」


 強烈な台詞だった。

 顔に浮かべる微笑みは、先ほどから一貫してアルカイックスマイルであり、到底、その発言意図の参考にはならなかった。

 考え込むヒフミを横目に、亜人の娘は自由奔放である。

 戸惑うように顔をしかめる彼を見て、仕方ないですね、と呟いて。

 小脇に抱えたマウンテンハットでその大きな二本角を隠し、くるりと躰ごと向き直る。



 そして、どこか頼りない青年へ――無造作に右手を差し出した。



 人を好きになるのは簡単だ。

 天地の森羅万象を敵に回そうと、たった一つの感情だけを信じ続けるだけでいい。

 たとえそれが勘違いや、何者かに刷り込まれた始まりでも構わない。

 恋情の正体が如何なる謀略の産物であろうと、いずれ、感情の昂ぶりを重ねていけば些細な事実に成り下がる。

 したたり落ちるしずくの一滴が、永劫の時をかけ、夏の嵐にも動じぬいわおを削るように。



――人間になりたいって、本当に、あなたがそう思ったの?



 呼び起こされるのは、遠い昔、自分の発した問いかけ。

 あのときの少年の返答は面白かった。冴えない上にズレていたから印象的で、今でも一言一句違えずに思い出せる。



――うん。普通の人間の方が、可愛いお嫁さんを貰えそうだと思う。



 身も蓋もなかった。間の抜けた答えもあったものだと思う。

 それがどれほど、超常種という生き物にとって切実な願いだったのか、今の由峻には痛いほどよくわかっている。

 繁殖欲求はおろか、その必要性すら失った完全なる人ホモ・ペルフェクトゥス

 当時は冗談だと思っていたから、軽く受け流してしまったけれど。

 自分は浅はかにも、きっと素敵な出会いがありますよ、と分別めいたことを言って。



――そのときは、わたしがお付き合いしてあげましょうか?



 馬鹿な約束をしたものだ。

 ああ、この分では彼は覚えていないのだろう。

 どんな風に距離を詰めればいいのか見当もつかなかったけれど、これが恋なのだと思った。

 イオナと重苦しい会話をした後だというのに、不思議と怖くはない。


 種族の違う青年へ向け、少女は、ほころぶような笑顔を浮かべた。

 春が終われば散る桜花ではないのだと、おのれを誇示するように。





「わたしは、あなたのことをもっと知りたいと思っているんですよ?」



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