3話:ホモ・ペルフェクトゥス




 かつて人々は、忌むべき選択の岐路に立たされていた。

 亜人種を受け入れて自他の安寧を得るのか、終わりのない絶滅戦争に怯え衰退し続けるのか。

 今ここで始まる破滅より、百年先の喪失を選んだ人類がいた。

 滅び行く故郷と、加速する貧しさによって闘争を選んだ民がいた。

 いずれも、〈異形体〉にとって意味がないという一点で等価の存在だ。

 絶対的強者との敵対はもちろん、人権思想に基づく共生の先にも、ホモ・サピエンスの明るい世界などありえない。

 その絶望の前には国家も民族も思想も、砂粒の色彩程度の差である。

 いつか文明すら乗っ取られるだけの、緩慢な侵略に晒される道のり。


 そこに転機が訪れたのは、西暦二〇三一年のこと。


 決まり切ったはずの運命の中、〈異形体〉の汚染を受けずに新種が生まれたのである。

 脳そのものがブラックボックスと化し、超常能力を発現した子供たち。

 自力で物理法則の頚木を打ち破り〈異形体〉とも渡り合う、純然たる人類の子孫は、閉ざされた未来を照らす光のように思われた。

 亜人種によって侵され、薄まりゆく人間の血を受け継ぐ希望。

 その存在を旧人類と隔絶させる異能に因み、人々は彼らをこう呼んだ。






――超常種サイキックと。






 ひっきりなしに耳朶を叩く騒音。

 基本的に、飛行中の機内というのは静けさと無縁だ。

 そして何より重大なことだが――重装備のエクゾスケルトンを輸送する機体には、余分なスペースがない。

 当然のことながら、塚原ヒフミの扱いもこの事情に準じたものになった。

 彼は今、申し訳程度に備え付けられた堅いシートに座らされている。

 しかも機内に押し込まれる直前、アイマスクで目を塞がれ、何も見えないときている。

 こうなっては、甲高いエンジンの騒音と、座席に使われている化繊の匂いぐらいしかわからない。

 武装は没収されなかったというのに、時代錯誤の丸眼鏡は取り上げられてしまった。

 実のところあの眼鏡は伊達でなくても困らない類の装飾品だが、なくなってみると落ち着かないものだ。


「ははあ」


 気の抜けた溜息、一つ。

 剣呑さの欠片もない弛緩した様子に、かえって警戒感を持たれたらしく、同乗する兵士は銃を手放してくれない。

 唯一、対超人兵器として設計されたエクゾスケルトンは機外に吊されており、機内でヒフミが暴れれば対応できるのは彼らだけだ。

 それゆえ、得体のしれない超常種への警戒感も強い。

 ならば武装解除すればいいものを。

 その中途半端な状況で、UHMAと治安当局の不和を煽るのが狙いか。

 この奇妙な連行を仕組んだ輩の思惑を考えつつ、二メートル横の座席にいる賢角人の娘の安否を探る。

 呼吸よし、心音も平常。

 ついでに少女の甘い体臭――ずっと昔にも似たようなことしたよな、と既視感。


「わたしは無事ですので、品のない真似はやめてください」


水場に張った氷を踏み抜いたような、いやに冷たい声が飛んできた。


「……世知辛いですねえ、世の男性諸氏は」


 自らの悪行を一般化して言い逃れようとする。

 とても無様だった。

 周りの兵隊どもはといえば、心なしか同情の感じられる生暖かい目線を向けてくる始末。

 視界が塞がっていても、何となく理解できるのが切なかった。

 二人がヘリに乗せられて、長い時間が経っていた。

 この分では先の襲撃者――獅子頭も、ろくな目に合っていないのだろう。

 おそらく陸路で輸送されている亜人に、少しだけ共感してしまう。

 それにしてもよくない状況だ。

 目隠しに視界を奪われ、結束バンドで両手を固定されながらも、ヒフミは機体の行き先を予測していた。


 これだけ移動に時間がかかっている以上、既に首都圏から離れていると考えるべきか。

 遠回りのルートで迂回すれば距離と時間はいくらでも誤魔化せるが、ティルトローター機の燃料とて無尽蔵にあるわけではない。

 それに、航空機での移動はいやがおうにも目立つ。

 日本海側で猟奇殺人を行った密入国者――十中八九、過激派亜人である――も逃亡中のままだ。

 そんな状況でリスクの高い飛行時間を伸ばしはすまい、と推測したものの、首都圏の外となると具合が悪いのも事実だった。

 〈ダウンフォール〉以来、北関東の人口は大きく減少した。

 〈異形体〉が根を張る北日本居住区を恐れ、距離を取るように人口流失が起こったせいである。

 規模が縮小し、廃墟が増えた地方都市には事欠かないし、荒事にはもってこいの立地なのだ。


 超人犯罪即応部隊――政治的理由から日本政府が独自に設立し軍から独立した特殊部隊――の拠点も、そのいずれかにあるはずだった。

 人口の稠密な首都圏なら、少なくとも当局側が強硬手段に出る可能性は低い。

 市民を巻き込むことを恐れ、重火器の使用に対し慎重になってくれるだろう。

 反面、人間社会を唾棄すべきものと考える敵は、どのみち暴れる場所を選ぶまい――連中の出方が同じなら、飛び交う火力が大きくなる方が厄介だ。


 第一世代や軍用エクゾスケルトンの振るう火力は、由峻のような亜人にとって致命的である。

 インフラをずたずたに破壊された荒れ野で、文明世界を相手取るべく創られた第一世代と、人間社会に馴染むため生まれた第二世代は別種に等しい。

 どうして今になって合意が反故にされたのか、彼には見当もつかないが、彼女の身の安全を考えるならあまりよくない展開だった。

 人間社会の基準での『厳重な警備』など、神話的怪物には役者不足もいいところだ。


「……前途多難ですね、こりゃ」


 独りごちて重い溜息をつく。

 人類連合、そしてこの下部組織UHMAは切羽詰まった理由で生まれた鬼子である。

 密接に絡み合った利害関係の末、既成事実として日本政府と蜜月を育んできたとはいえ、決して一心同体の存在ではない。

 何らかの外界の動きが影響を及ぼしたのか、由峻自身の事情が関係しているのか判断出来ないのが痛かった。






 目隠しをされたまま飛行機から降ろされたヒフミは、前後を屈強な男達に挟まれていた。

 いくつかのセキュリティを超えると、やかましいぐらい鳴り響いていたエンジン音や風の唸りが消え失せ、屋内特有の人工物の匂いが鼻をつく。

 聞こえるのは自分と隊員たちの足音だけだ。

 音の反響から判断して、それほど広い空間ではない。

 何らかの施設の通路を歩かせているらしい。


 どう動いたものかな、と黙考。


 元来、人類連合調停局――UHMAユーマと、超人犯罪即応部隊は同じ稼業で縄張り争いをしている。

 それは組織の名前にも現れていて、たとえば異能異形の『超人』が引き起こす破壊行為に対する扱いも異なっていた。

 UHMAにとって超人によるテロ・大量虐殺は『超人災害』というカテゴリの現象であり、一度これが発生したならば、強大な権限の行使と超法規的措置すら辞さない。

 被害の拡大を未然に防ぐ、というのが彼らの常套句だ。

 対して超人犯罪即応部隊は、これを『極めて危険度の高い違法行為』として扱う。

 どれほど突拍子もない力による破壊活動であろうと、国家とその治安組織が独力で防ぐべき『凶悪犯罪』なのだ。


 一概に善悪を問えるような問題ではない。


 ただ、UHMAという組織の性質自体が、二一世紀から続く秩序にとって相容れないのである。

 かつて人類連合は『人類種の保全』なる概念をお題目に、領土問題、紛争当事国への介入を行ってきた。

 共生派の〈異形体〉が拠点を構え、過激派に睨みを利かせるための口実に過ぎないが、実態はどうあれ二一〇〇年以降、人間同士の戦争・紛争の類は大きく数を減らした。

 とはいえ、それが必ずしも理想的と言い切れないから、UHMAのような統制機関が必要とされていた。

 しばらく歩いた後、奥まった場所で立ち止まらされた。

 さっぱり外界の様子を掴めなかった両目が、瞼越しに照明の明かりを感知。

 突如、ヒフミの目隠しが外されたのである。

 彼を先導していた若い隊員が、気難しそうな顔でヒフミを見た。


「これから我々の隊長と会ってもらう。貴殿は自主的に協力してくれたUHMA局員だ」


 なるほど、この設定のために武装解除をしなかったらしい。

 捕縛命令はいざ知らず、扉の向こうにいる隊長とやらは食わせものだ。

 じっとしていろ、と後ろの先輩格らしき隊員。

 手首を縛る結束バンドにナイフの刃が押し当てられた。

 ぶつっと結束バンドが切れて両手が解放される。

 凝った関節をほぐす暇もなくドアが開かれた。

 如何にも仕事部屋といった風情の、そこそこの広さ。

 いくつもデスクが並んだ部屋の奥に、眼光鋭い無愛想な男が座っている。

 幾ばくかの皮肉を込めて、塚原ヒフミは口の端をつり上げた。


「やあやあ、これはどうも。随分と贅沢なお出迎えに感謝したいぐらいです。最新鋭の空挺用外骨格をお目にかかれるとは思いませんでした。日本軍だって調達に苦労してるような代物でしょうに。いやいや、実に羨ましい。僕なんて生身ですよ」


 悪意しか感じられない道化の台詞だ。

 前の若い隊員が、苛立たしげに口を開いた。


「おい、余計なことは喋るな」

「わざわざそっちの意向に従ってあげたんです。これぐらい許してくださいよ」


 軽薄な台詞に反応し、大柄な隊員が眉根をつり上げる。

 よせ、と静止するもう一人の隊員を尻目に、ヒフミの興味は部隊長を名乗る男に向けられていた。

 飾り気のないデスクの奥に腰掛けた、年かさの男だ。

 身長は一八〇センチの大台に届かんばかり、過酷な実戦を要求される即応部隊に相応しく、制服の上からでもわかる筋肉質な肉体の持ち主である。

 一番、印象に残るのはその堅物らしい顔つきだ。巌のような男の口が開いた。


「うちの若いものが迷惑を掛けたようだ。すまないことをした」


 彫像のごとき微動だにしない表情のまま、手短に挨拶一つ。

 その一声と同時に隊員たちは退室し、静かに扉が閉められる。

 会話の主導権を握ろうとしたヒフミは、男の変わらぬ顔色を見て断念した。

 口先三寸が通じる手合いではない。

 デスクの前まで歩み寄ると、手頃な椅子を引き出して勝手に座る。

 そもそも強制的な移動だっただけに、遠慮というものが皆無であった。


「それはどうも。確たる理由もなく、UHMAの対策官を連行するのも大概でしょう」

「官憲の役得はグレーゾーンの多さだ」


 何食わぬ顔で不当な連行を認めてみせた。

 実際問題、適当な理由をでっち上げるのは簡単だろう。

 それもこれも、塚原ヒフミが稀少なレベル2の超常種だからである。

 超常種の大多数は、ただ異能の力を使うこともできるだけの人間だ。

 たった一度の能力行使にも莫大な集中力と時間を必要とし、実際に出力できる現象も極小規模だ。

 こういった危険度の低い超常種をレベル1と呼称する。

 しかし戦闘経験を経て覚醒した個体はそうではない。

 先ほどヒフミがやってのけたように、出鱈目な超常現象を短時間で外界へ出力できてしまう。

 彼らレベル2の場合、その危険度のせいで管理上のリスクも格段に跳ね上がった。UHMAの定義する『超人』に該当するのは、レベル2以上の超常種である。


「俺は進藤孝一郎、ここの指揮官をしてる。思ったより若いもんだな」


 進藤という名字――物騒な同僚を思い出す――が妙に引っかかったが、それだけだった。


「UHMA超人災害対策官、塚原ヒフミです。お互い様じゃないですか、それ」


 そうだな、と首肯。

 涼しい顔で孝一郎が予想外のことを喋った。


「単刀直入に言おう。今回の件、裏が取れるまで君たちをこの施設に拘留する。日用品はすぐに用意させる。訊きたいことは?」


 彫像のごとく微動だにしない表情のまま、朴訥な口調でぬけぬけと言ってのける。

 進藤孝一郎の意図が読めず、青年は訝しげな目で彼を見た。


「こっちはこっちで、急におたくらの拘束を命じられて混乱してるところだ」

「解せませんね。捕まえるときは、随分と気合いの入った布陣でしたが」

「第一世代との交戦を考えた布陣だったからな。しかし、海のものとも山のものともつかん理由で、部下を殉職させる気はない。できれば情報交換したいぐらいだ」


 なるほど、と呟きながらも青年は納得していない。

 何故ならば「協力者扱いで軟禁する」という矛盾自体、進藤孝一郎が責任をこちらに持たせるための逃げ道だからだ。

 武装の携帯を許されている以上、もし、導由峻の件で厄介な事件が起きたとしても、その責任の一端をUHMAへ押しつけることができる。

 あるいはそのとき発生するいざこざすら、黒幕を探り当てる材料にするつもりかもしれない。


「僕の一存では何とも。あの娘を北日本居住区まで護衛しろ命じられただけですしね」


 そもそも相手を信用していないのは別として、これは嘘ではなかった。

 孝一郎が不器用に微笑んだ。


「お互い苦労しているらしい」


 へらへらと軽薄な笑みを顔に貼り付けたまま、男を観察する。

 どこからどこまでが本心なのかわからず、やりにくい相手だった。

 そう思った矢先、孝一郎が口を開いた。


「塚原対策官。導由峻の救助、感謝する」


 意外な謝辞に困惑しつつ、ヒフミは率直な感想を漏らした。


「そちらが助けても同じぐらい簡単だったと思いますよ。あのライオン男、見た目の割りにただのチンピラでした」


 二一三〇年代の地上において、最強の兵器と言えばやはりMBT(主力戦車)である。時速一二〇キロ以上の速度で地上を疾走、光学的・電子的な索敵システムと連動した火砲により、視界に映るすべて打ち砕く陸戦の王者。

 一度は〈ダウンフォール〉によって技術開発が滞ったとはいえ、装甲から搭載火器まで歩兵のそれとは隔絶した怪物的存在だ。

 これを正面から相手取るべく生まれ、大陸で猛威を振るった第一世代を考えれば、あの亜人はあまりにも脆い。


「それでも若者が死ぬのは堪える。だから、感謝している」

「同感です」


 きっとその部分だけは嘘ではないな、と思った。とどのつまり、彼らは『超人』によって、それ以外の人間が踏みにじられる世界が許せない。

 それゆえに譲れない一線が生まれるとしても、多少は共感が生まれた。

 ある程度、気安い空気になったおかげか、世間話に話題が移る。


「そちらの本拠地――〈異形体〉の空中都市は順調そうでなによりだ」

「地球上のどこよりも電気が安い住処です。配偶者共々、移住するなら悪い条件じゃないってことでしょう」


 〈異形体〉が供給する莫大な電力、資源の恩恵は計り知れない。

 孝一郎が仏頂面のまま辛辣な台詞を吐いた。


「まあ、代議士にしてみればありがたいんだろう。今のご時世、余計な火種を地元に持ち込みたがるわけもない」


 もちろん、生臭い事情もあった。

 そもそも現在の世界秩序自体、〈異形体〉の砲艦外交によって無理やり呑まされた共生である。

 人口の減少した地方を亜人種に乗っ取られるより、厄介者の〈異形体〉諸共、一箇所に固めておきたいのが日本政府の本音であり、地球文明へ亜人種が入り込む嚆矢となったとはいえ、後戻りの出来ない運命共同体に甘んじたくはない。

 文明施設を根こそぎ破壊されてなお、砲火の降り止まぬユーラシア内陸ほどでないにせよ、普通人と亜人のせめぎ合いはどこにでも転がっている。


「亜人種を単純な移民と同じように考えるのはナンセンスですよ。彼らは同胞意識が希薄で、依って立つ歴史もない。すべての亜人は高水準の能力を持ちながら、己の故郷も、守るべき規範もない民です。だからこそ第一世代は自らの神格化に走りましたが」


 塚原ヒフミは『異種との共生社会において、その衝突や摩擦を調停する』と謳う組織の一員だ。

 カタログ通りの受け答えであっても、口を挟むべきだと思った。

 本当のところ、自らの過去と重ねてしまっているのだが。


「第二世代は違う、と? そう上手く仲良く出来るとは思えんが」

「まともな文明生活を送ってる人間は皆、かれこれ半世紀以上もその恩恵に与ってきたんです。今さらそれを捨てられやしません。ならば各々の国が亜人を取り込んでしまえばいい。既存の民族性、規範意識に染めていけば、誰にとっても損のない共生社会になりますよ」


 人類連合の目指す世界の有り様とは、異物である亜人種を既知の世界へ馴染ませる過程そのものだ。

 何もかも引き返すには遅すぎるのだと思う。

 無論、内外で幅を利かせる〈異形体〉に文明圏が掌握されつつある反動もあった。

 人類の栄光を復興させんとする文化再興運動、あるいはテロリズムはこの典型的な発露であり、同時にその程度の叛乱など、地球外からの来訪者にとっては誤差の範囲でしかない。

 それを「望ましいことだ」と思える人種の集まりが、人類連合という勢力だ。

 当然のことながら進藤孝一郎は同意せず、仏頂面にも似た愛想のない顔で対談の終わりを告げた。


「言い忘れていたが……負傷した連合の職員は、こちらで病院へ搬送しておいた。幸い、軽傷だったそうだ。そちらには当面、導由峻の傍で待機して貰うことになる」

「わかりました。後ほど、彼女に必要なものをご連絡するかもしれません」


 特に癖のある台詞は言わず、塚原ヒフミは平素通りの胡散臭い顔で退室。

 来たときとは異なり、一人付き添った隊員に先導されて、亜人の少女の下へ案内してもらうことになった。丸眼鏡を欲して目元を指で押さえている姿が、どこか滑稽であった。









 部屋の入り口に控えていた部下は、入室するなり厳しい眼差しを向けてきた。


「……隊長」

「よせ。第一世代を生身で制圧した男だぞ」


 孝一郎は愛想の足りない仏頂面を浮かべたまま、部下を戒めた。

 少なくとも生身の兵士が扱える装備では、超常種を相手取るには心許ない。

 彼の指揮する部隊が戦闘用外骨格を実戦配備しているのは、あくまで必要に駆られた結果なのだ。もちろん孝一郎とて、自らの率いる部隊の方が、日本国の中では異質なことも承知していた。

 だが、やむを得ない判断であった。

 一度、超人災害――即応部隊の定義では「超人犯罪」――が起きれば、何百人もの市民が殺戮されるのだ。

 これを防ぐと謳う以上、即応部隊は強力な重火器を独自の判断で運用する、歪な組織にならざるを得なかった。


「目には目を、だ。こちら側に神話主義者の間者がいるなら、我々にも同類の戦力が欲しい」

「捕縛命令が利敵行為なのですか?」

「推測だが、十中八九な。たとえば、ここに敵がやってきて、賢角人の娘を殺そうとするのかもしれん」


 年若い亜人の少女を、そうまでして殺そうとする意思の存在。

 それ自体が不快だった。

 新東京での不自然な交通規制といい、あまりにも行きすぎている。

 必ず、二度目の襲撃があると考えるべきだった。


「第一世代の攻撃力は馬鹿にできない。いくら無人機を揃えても油断は禁物だ」


 莫大な生産力に裏打ちされた、無人機と精密誘導兵器による飽和攻撃こそ、対超人戦闘におけるトレンドだ。

 歩兵にせよ、戦車にせよ、同じサイズであれば人類の水準を凌駕する敵を相手にする以上、損耗を前提にしなければまともな戦闘にならない。

 しかし人材育成にかかるコストを鑑みれば、兵の消耗を常に欲する戦術など正気の沙汰ではなく、畢竟ひっきょう、高機能な無人兵器が必要とされた。

 そして常備軍にそれだけの装備を充実させるには、〈異形体〉の協力が必要不可欠なのである。

 地球上に存在する物質を無尽蔵に生み出せる、〈異形体〉の出鱈目な能力が可能にした戦術だった。

 これがあればこそ、文字通り魔界と化した異世界を近隣に抱えても平穏を享受できるのだ。

 皮肉なことに〈異形体〉によって脅かされた平和を保っているのも、過激派に反目する〈異形体〉なのである。UHMAに属する超人エージェントと、超人犯罪者の関係もこれに似ていた。


「ですが監視一つ付けないのは如何なものかと」

「一人、見張りはつける。それ以上は外部の警戒に回すべきだな」


 不満そうな部下へ言い含めるように、とってつけたような理屈を並べた。

 実のところ、塚原ヒフミから武器を取り上げなかったのは、即応部隊のセキュリティの限度を考慮したからだ。

 内通者がどの程度、こちら側に浸透しているのか判断できない現状、UHMAで長年活動しているエージェントは貴重な手駒であった。

 何より、あの対策官は人格破綻者ではなかった。

 ならば自主的に護衛任務を続けてもらったほうが都合がいい。

 不毛な議論を切り上げ、孝一郎は話題を変えた。


「超常種には麻薬中毒もアル中もいない、理由を知ってるか」


 首を傾げた部下へ向け、半ば独白めいた台詞を続ける。

 それはどこか、深い闇を吐き出すような行為だった。


「静脈注射も粘膜摂取もなかったことになるんだ。連中は常に超常能力を使えるベストコンディションへ肉体が回復する。超常種を薬漬けにして手懐けようとした馬鹿が、それで何百人も死んでるくらいだ」


 彼が個人的事情から学んだ超常種の特性は、知れば知るほど血を分けた家族を怪物のように彩った。

 血を分けた兄妹でありながら、今ではもうほとんど声を聞くこともない肉親を思い浮かべる。

 大したものだよな、と呟いて。


「学者がつけた名前が完全なる人ホモ・ペルフェクトゥスだ。手荒に扱うぐらいなら、最初から殺すつもりでかかるべきだな」

「まるで吸血鬼ですね」


 言い得て妙だった。

 即応部隊には超常種がいない。

 所詮、怪我や病気で相応に傷つき、簡単には元に戻れない人間の集まりだ。

 彼らは知恵で怪物に立ち向かう賢い人ホモ・サピエンスだが、隔絶した別種を許容できるほどおおらかではない。

 どれだけ〈異形体〉が共生を謳おうと、異能異形など、受け入れがたい異物だと思ってしまう。


「もしそうなら、どんなによかったかと思うがな」


 もう何年も顔を合わせていない妹を思い出し、重たく濁った息を吐き出す。

 もしも家族がただの化け物だったのなら、彼は迷わず銃口を向けられただろうか。

 彼女は今、あの軽薄な超常種と同じく、UHMAで超人災害対策官を務めているはずだった。

 あるべき絆が途切れてしまっても、どこかで同じ人間だと思っているから諦めが付かない。

 進藤孝一郎は私事を頭から振り払い、部下へ一番重要なことを告げた。



「何としても、あの娘を死なせるなよ」



 得体の知れない陰謀の片棒を担ぐなど、まっぴらごめんだ。

 個人的なつてを頼る算段をしながら、男は次の対処を考え始めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る