第43話 彼女は今日も歌い、今日も躍る

『「別に、戦うことだけが勇者のやるべきことじゃないでしょ?

   私みたいに歌って踊るのも、勇者のやるべきことの一つでしょ。」

                         偶像の勇者の語り』


『夢見て突き進め、空見て突き進め!まだ見ぬ大地へ挑み続け、栄光をその手に握りしめて!忘れないで君は一人じゃない、いつだって君の傍には私がいる。挑む君に、応援歌エールを送る私がいる。だから逃げないで、怖がらないで。私が君を支え続けるから!』


魔階島のギルドにて響くその歌声は、勇ましくも、儚げで、楽しくも、悲し気にも聞こえる、そんな聴く人によって印象の異なる不思議な声であった。


しかしその歌は、聴く者たちの心に響く、そんな勇気を与えてくれる歌ではあったことに間違いはない。


この歌を奏でるのは「偶像の勇者」ホイップ・F・クリーム、彼女である。


その美しき顔に額に、彼女の鍛えられた体全身から汗を迸らせながらも、だがそんなことなど一切気に掛けずに、彼女はただひたすらに歌い、踊り続けた。


このギルドに集まった彼女の観客に向けて、今もダンジョンに挑み続ける者に向かって、彼女はその喉を震わせて応援歌エールを送る。笑って、歌って、跳ねて、回って、声だけでなく、彼女の全身を使って、全霊で勇気を送る。


その姿は正しく”勇者”であった。


彼女は勇気をもってダンジョンに挑む者ではない。


彼女はダンジョンに挑む者に勇気を与える者なのだ。


そんな彼女の姿は、ダンジョンに挑むトトマとは異なるにしろ、間違いなく勇者であるのだ。


舞台の上で笑顔で跳び回り、皆に勇気を与えるホイップを見つめながら、観客席の後方に控えたトトマはそう強く感じたのであった。


「いや~☆楽しかった☆楽しかった☆」


長かった様でとても短く感じたホイップのライブを終え、モイモイは満足そうにそう言った。また、ただモイモイの付き添いで来ただけのトトマであったが、ライブが終わる頃には彼の気持ちは彼女と同じであり、どこか満たされた、そんな充実した気持ちになっていた。


そして、ホイップのライブを楽しんだトトマたちは、まさにその歌い終わった後の彼女に会うため、彼女が控える部屋の前まで訪れていた。


普通の挑戦者であれば、当然ここまで来ることは許されていない。


初めは、ホイップの控室に続く道を塞ぐガーディアンの人たちにギロリと睨まれたトトマたちであったが、彼のステータスを見せるや否や、彼らはにっこりと道を空けてくれた。


それはトトマが勇者故なのか、はたまたホイップが事前にガーディアンたちに彼らが来訪することを教えてくれていたおかげなのかは分からないが、今トトマたちはファンなら誰もが羨む場所に立っているのは確かである。


「もっしも~し?☆愛と正義の魔装戦士、マジカル☆モイモイさんですよ~☆」


そんなホイップの控屋を前にして、コンコンとリズミカルに扉を叩くモイモイ。


「モ、モイモイさん・・・まさかいつもそんな名乗りをしているんですか?」


一方で、その手に花束を抱えながら、呆れた様子でモイモイを見つめるトトマ。


「え~、変かな?☆でも、本当のことじゃん☆」


「・・・」


だが、依然としてケロッとした表情を見せ微笑むモイモイに対して、何も言えなくなるとトトマは彼女を見つめ黙るしかなかった。


「はい、どうぞお入りください」


そんな中、ホイップの控室の中からトトマたちを迎え入れる声が聞こえた。だが、その声は明らかにホイップ自身のものではなく、何やら落ち着いた初老の男性のような声である。


「失礼します」


扉を開ける前にそう言うと、トトマはゆっくりとその部屋の扉を開く。


そして、扉を開いた先でトトマの目に真っ先に飛び込んできた物は、一面に広がる”服”であった。


その部屋は決して狭くはないのだろうが、そこにぎっしりと並びられた服の数々の所為か、人が居られる場所は限られていた。また、その服の中には、ホイップが先程のライブで着ていたようなヒラリと装飾が付いたものから、鮮やかな色を放つものまで多種多様に並んでおり、まるで世界中の女性の服をここに集めたようでもあった。


「ホイップちゃ~ん☆」


「あら、モイモイ!!来てくれたのね!!」


その服の多さに圧倒されているトトマの一方で、モイモイは嬉しそうに飛び込むと部屋で待っていたホイップとむぎゅっと抱擁を交わす。その様子を啞然と見るトトマであったが、どうやら彼の知らぬ間に、この二人は仲が良くなっているようである。


「ようこそ、おいで下さいました」


先程トトマたちを迎え入れた声がすると、一人立ち尽くすトトマの横に身なりの良い男性がすっと現れた。その彼は、歳を重ねた白髪に優しそうな目、顔のあちこちに小さな皺が目立つ年配の男性であったが、その背筋は凛と伸び、トトマよりも遥かに背が高い。


「は、初めまして!僕はトトマと言います。その今日はホイップさんのライブに招待されて、そのお礼にこれをと思いまして。あの!歌、素敵でした!!」


目の前に立つ、凛とした年配の男に緊張しつつも、トトマは目的である花束をその男性へと手渡した。


「おやおやこれは何とも美しい」


世辞ではなく、正直な気持ちからそう言うと年配の男はニコッと微笑む。


「歌われたのは私ではなくお嬢様ですが、ありがたく頂戴いたします」


「あ!?そ、そうですよね、すいません!!?」


「構いませんよ」


そう微笑むと年配の男は貰った花束を大事そうに抱えると、花瓶探しにトトマからそっと離れる。それと同じくして、遠くの方からトトマ目掛けて鋭い言葉が投げかけられる。


「歌ったのは私なんですけど!!」


「ご、ごめんなさい!?ホイップさん、でもとても素敵な歌でした」


だが、ホイップ自身そこまで怒ったような表情ではなく、むしろトトマの言葉にしてやったりと満足げな表情を見せている。


「それにしても、モイモイは来てくれるとは思ってたけど、まさかあんたまで来るとはね」


「その、約束しましたし」


トトマは別にホイップの歌に興味がなかったわけではない。ただ、トトマ自身、黒竜との戦いの際に交わした約束を果たしに来たのだ。勿論、ホイップはあの時冗談半分で言ったつもりではあったが、それでも律義に約束を果たしに来たトトマを見つめると、呆れたように、でも内心は嬉しく微笑んだ。


「本当、律義な男ね~。それで、私の歌は良かったかしら?楽しんでくれた?」


「はい、とても楽しかったし、それに勇気も貰えました」


「トトマ君の言う通り☆本当に良い歌だったよ☆ホイップちゃん☆」


「ふふん、そうでしょう、そうでしょう!!」


トトマとモイモイからの賞賛の言葉に、ぐんぐんと鼻高々になるホイップ。


彼女自身、何も褒められるために歌を歌っているわけでもないが、彼女の歌を聴いて元気づけられた者からの賛美は彼女にとって決して悪いものではなかった。また、そのファンからの言葉が彼女の活力にも繋がるのである。そして、その活力を受けたアイドルは再び舞台に立ち、ファンを盛り上げ支えるのだ。つまり、アイドルとファンとはお互い支え合い求めあう、そんな関係なのかもしれない。


「さぁさぁ、皆様、紅茶が入りましたよ。お嬢様のお好きなダーリンソで採れた特別な茶葉を使用いたしました」


わいわいとトトマたちが盛り上がる中、先程の年配の男が今度はティーセットを持って現れた。その紅茶から香る仄かに優しい匂いは、トトマたちの気持ちをすっと落ち着かせ、紅茶を飲む前から彼らは気持ちが和らいでいく。


「どうぞ」


「ありがとうござます、え~と・・・」


「おっと、申し遅れました。私、ホイップお嬢様の執事を担当しております、ジルと申します」


「そうでしたか。ありがとうござます、ジルさん」


「いえいえ」


その後、ジルの入れてくれた紅茶を楽しみつつも、その片手で焼き菓子を堪能しながら、トトマたちの会話はホイップについての話題になった。


「執事さんがいるってことは、ホイップさんって実はどこかの貴族の出身なんですか?」


「ん・・・」


そんなトトマからの不意な質問に、甘い紅茶と焼き菓子を味わっていたホイップは苦い顔をしてその手を止める。


「トトマ様、『十二宗家』という言葉はお聞きになったことはありませんか」


「『十二宗家』?」


何やらバツが悪いのか、中々トトマに返答しないホイップに代わり、彼女の執事であるジルが口を開いた。


「はい、お嬢様はその『十二宗家』の一つ『クリーム家』の跡継ぎ様でございます」


ジルはそう言うと凛と伸びた背を更に伸ばし胸を張り、堂々と誇らしげな表情を見せる。


その彼の言った『十二宗家』とは、ユウダイナ大陸の北側と西側の大半を領土とする大国『ホッポウ』を支配する十二の家々の貴族たちの総称である。


その発足は、この世界に魔王が登場するよりも遥か前、まだユウダイナ大陸にモンスターがいた頃にまで遡るそうで、そのモンスターたちを撃退し、ユウダイナ大陸の北の大地を取り戻した者たちが行く行くは『十二宗家』になったとも言われている。


順に、「レイト家」「クリーム家」「シロップ家」「メル家」「ガトー家」「ブラン家」「ラッカー家」「カスタード家」「モナカ家」「ナッツ家」「マフィン家」「ロン家」という名の十二の名家である。


また、その十二の名家には特に順列はなく、皆平等に発言権と政治的権力を持ち、これまでに『ホッポウ』の大地を繁栄させ、他国から自国を守ってきた。


つまり、トトマの目の前にいるホイップはそんな名家の一つの跡継ぎ、本物のお嬢様であったのだ。


だが、その事実を知ると同時にトトマには一つ疑問が残った。


それは、どうしてその『十二宗家』という名家の出身であるはずのホイップの表情が曇っているのか、ということである。そこには貴族故のトトマには理解できないような葛藤があるのかもしれないが、彼はそこが気掛かりであった。


そして、そんなトトマの気持ちが彼の表情に出ていたのか、ホイップは小さくため息付くと、目の前のテーブルに肘をついて不服そうにその訳を話す。


「・・・『十二宗家』って言っても色々あるのよ。今の私の家は言わば”没落貴族”ってところかしらね」


「お、お嬢様、それはさすがに」


ホイップの発言に戸惑うジルに対し、彼女は「それが何よ?」と言わんばかりに、ふんと機嫌悪そうに鼻を鳴らす。


「別にいいじゃない、貧乏なのは本当のことなんだし」


そのホイップたちの様子を見て、トトマもモイモイも顔を見合わせ、何やら大変な御家事情がありそうだと少し戸惑う。


歴史の中において、時代が移り変わり、一度は繁栄したものが廃れることは特段不思議なことではなく、それは今の『十二宗家』にも言えることであった。


魔王襲来からこの数百年、この世界において人間同士の大きな争いは起こっていない。その理由は、魔王と共に出現した魔階島、そしてその島にあるダンジョンの存在が大きいだろう。


このダンジョンには未だにモンスターが出現し、そこに入る者の命を狙うものの、スキルと知恵を手に入れた今の人間にとってそれは然程の脅威ではない。それに、そのモンスターを始めとする、ダンジョンに出現する様々な貴重なものは人々に莫大な富をもたらす。しかも、ダンジョンではそれらがほぼ無限に生成されるとあっては、今の時代を生きる人間にとって限りある大陸の資源を掘り出す必要はもうほとんどないことなのだ。


つまり、今や人間同士で争い、ユウダイナ大陸の土地や資源を奪い合うようなことは国力の無駄遣いにしかならない。


しかし、モンスターもおらず、人間同士の争いもないそれを”平和”と言えば聞こえはいいが、そのことにより利益を失う者もいるのである。


そして、ダンジョンの出現に伴い利益を失ってきた者の中に『十二宗家』もまた含まれているのであった。だが、その事実をまんじりともせずただ受け入れるのか、他の挑戦者同様に魔階島へと挑むのかは『十二宗家』の中でも意見が分かれており、ホイップはその後者を選んだのである。


ホイップにはお嬢様として、優雅で気品溢れる生活を送る道もあった。


幾ら全盛期から衰退したとはいえ、「クリーム家」もまだまだ土地や資本を持っている。そこには、ホイップが老いるまで苦労せずに暮らせる分の財力はあったにも関わらず、彼女は魔階島へと来たのだ。


それは、彼女が「勇者のスキル」を授かったからという理由もあったかもしれないが、おそらく彼女はどんなスキルであったとしても、この魔階島に挑んだであろう。


彼女は、与えられた餌に喜ぶ家畜にはなりたくなかったのだ。


彼女は、自ら荒野へと旅立ち、いつ手に入るかも分からない獲物を追い求める野生の獣になりたかったのである。


確かに自分の生まれた家と、そこに住む父母、そこに仕える者たち、勿論そんな彼らのためにと思う気持ちは彼女にもある。だがしかし、それ以前に自分の心、その野心ために、そしてそんな自分を支えてくれる者のために、彼女は歌い、踊り、皆を勇気づけるのである。


これこそが、ホイップ・F・クリームが見出した彼女にしかできない勇者としての戦い方なのだ。


そして、そんな逞しき心の持ち主であるホイップは、しんと静まるトトマたちを一瞥すると、やれやれと言わんばかりに胸の内を明かす。


「それに、私だけじゃなくて、あのココアさんも『十二宗家』でしょ?別に貴族とか、そうじゃないとかって関係ないんじゃない?要は私個人の話なんだからさ、私がここにいるのは歌いたいから。歌って皆の笑顔が見たいから、ただそれだけのために私はここにいるの」


「お嬢様・・・」


「大丈夫よ、ジル。私がこの魔階島でいっぱい稼いで、ジルもお父様もお母さまもお家の皆も楽させてあげるから。ジルは心配なんかしないで、私に着いてきて、私も支えればいいの」


そう言い切るホイップの姿は凛と逞しい姿であり、そんな彼女にトトマは勇者としての魅力をひしひしと感じた。その一方で、ジルはというと、せき止めていた涙が決壊したのか、ドバドバと量の目から涙を零し、感動しながらむせび泣く。


「ちょ!?止めてよ、ジル!?」


「昔はおてんばで可愛らしいお嬢様が、今では可愛くもそれでいて逞しくなられて・・・。思い返せば、私が初めてお嬢様にお会いした時は、まだまだおねしょが治っていない幼気な少女で」


「ちょっと!?本当に止めて!?」


そして、このまま昔話に花が咲くかのように思えたが、大分時間が過ぎていたのか、控室の扉の向こうからホイップの取材に来た者たちの声が聞こえた。


「ホイップさーん!!カキコマリ・カキコでーす!!取材に参りましたが、お時間よろしいですか?」


「うっそ!?もうそんな時間!?ジル、いつまで泣いてるのよ!取材用の服の準備!!早く!!」


「かしこまりました、お嬢様」


急にバタバタと忙しくなる二人を見て、ホイップとの約束も果たせ、当初の目的よりも多くを得たトトマたちは彼女とジルにお礼を言うと席を立つ。


「何だか慌ただしくてごめんね。でも、また来てよね!お二人とも!!」


「はい、是非ともまたライブを観に来ます!」


「よろしい!!」


トトマは別れ際にそう挨拶を交わし、モイモイはもう一度ホイップを抱きしめ別れを惜しむと、二人はいそいそとホイップの控室を後にした。


そんな二人の帰り道、大きく傾き始めた太陽の熱を背に感じながら、トトマはふと横を歩くモイモイへと話し掛ける。


「今日は楽しかったですね、これもモイモイさんのおかげです。ありがとうございます」


「なんの☆なんの☆私も夢が叶って良かったよ、ホイップちゃんのライブは一度は行ってみたかったしね☆」


トトマのお礼にエッヘンと胸を張るモイモイ。彼女が何かしたわけでもないが、だが彼女がいなければトトマはホイップの所へは行かなかったであろう。


「ミラも来れたら良かったのに」


「まぁ~☆ミラちゃんも色々と忙しいからね~☆」


当初は、トトマは他のパートナーも連れてくる予定ではあったが、ミラはカエール教の神殿にて用事があり、カレルは負傷したフランの修理、そしてオッサンは例の「666ジクス」の件を色々と調べに行ってくれていたのである。


だが、この機会を逃すわけにもいかず、トトマとモイモイは二人だけでホイップの下へと訪れたのである。出掛ける前に、ダンにデートだと茶化されながら。


すると、そのデートという言葉を急に思い出し、今更恥ずかしくなったトトマはその気持ちを紛らわすように、不意に話を始める。


「そ、そう言えば、ホイップさんとジルさんってお嬢様と執事の関係でしたけど、まるで家族みたいですよね。僕も久々に家族に会いたいな」


トトマは本心からその話題をモイモイへと振った。彼自身、何も変なことを言ったつもりはなく、ありふれた、そう、ただの世間話のつもりで”家族”という言葉を口にしたのである。


「モイモイさんもお兄さん、バルフォニアさんにはいつでも会えますが、たまにはお父さんやお母さんにも・・・って、モイモイさん?」


トトマは歩きながら何気なく話していたが、いつしかそれはただの独り言になっていた。気が付くと、彼の話し相手であったはずのモイモイは彼の後方にて立ち尽くしている。その顔は夕焼けに隠れてしまい、彼には彼女の表情が霞んで見えた。


「モ、モイモイさん?どうしたんですか?」


トトマはその場で足を止め、夕焼けに隠れるモイモイへと尋ねる。


「トトマ君・・・」


「は、はい」


そのモイモイの異様な気配に、トトマは背中にビリっと何かを感じ取りながらも、言葉を返す。以前にも感じたことのあるこの彼女の気配は、魔術師協会で見せたあの姿にも似ていた。


「もし・・・もし、これから、パートナーの誰かがいなくなったら、トトマ君はどうする?」


「え!?」


夕焼けに隠れその存在が霞んで見えるモイモイに対して、トトマは目を凝らす。今の彼には、彼女がどうしてそんな質問をしたのかは全く理解できなかった。


「例えば、ミラちゃんがいなくなったら、トトマ君はどうする?代わりの人を見つける?」


しかし、そのモイモイからの質問に、いつものおふざけではないことを感じ取ると、トトマは彼女を隠す太陽に面と向き合う。


「ミラの代わりなんていない、ミラがいなくなったら僕は絶対にミラを探す」


「カレル君やオッサンさんでも?」


「当たり前だよ。僕のパートナーに代わりなんていないんだ」


「じゃあ」


そう言うとモイモイは一度グッと言葉を飲み込む。


「わ、私が・・・いなくなっても」


それは夕焼けに霞む所為か、モイモイはその姿だけでなく、その声までもがどこか霞んで聞こえた。そして、今にも彼女はその夕焼けの中に消えそうである。


「同じです。僕は必ずモイモイさんを探し出します」


トトマはそう言うと夕焼けに向かって歩き出す。


「もし、その時に私が何処にもいなくても?」


「それでも、必ず見つけだして、モイモイさんを捕まえます」


そして、トトマはモイモイのその手を掴み取る。夕焼けに隠れ、霞んで消えそうだった彼女はここにいる。彼女の手は今まさにトトマが握りしめている。


「ほらね」


「あ・・・」


「例え、モイモイさんが何処にいようとも、僕は今みたいに探し出して、モイモイさんの手を掴みます。それで、必ず連れて帰ります。ここに、皆の下に」


手を掴み、ようやく見え始めたモイモイの姿はいつもの彼女の姿であった。夕焼けに霞んだ彼女は間違いなくここにいる。


だが、その表情だけはトトマが今までに見たことのないものであった。彼にそう言ってもらえて、嬉しいのか、それとも悲しいのか、モイモイの真意は分からなかったが、ただその瞳は潤んでいたことだけは確かであった。


(・・・ありがとう、私の勇者様。たとえそれが嘘でも・・・叶わない願いでも、私は・・・その言葉だけで十分だよ)


そう心の中でお礼を言うと、モイモイはトトマの手からそっと離れた。


「な~んて、嘘ぴょ~ん☆」


「えぇ!?」


しかし、その場でくるりと回ったかと思えば、モイモイの表情はいつものにこやかなものに早変わりしていた。


「まったく☆トトマ君は可愛いね☆揶揄いがいがあるよ~☆」


そう言うと、モイモイは一人テクテクと太陽を背に歩き出す。


「じょ、冗談だったんですか!?」


「冗談決まってるじゃない☆誰もいなくなったりしないよ、トトマ君☆」


「・・・ったく、もう!モイモイさん!!」


「あはははははは☆」


愉快そうに並んで歩く二人を照らす太陽は、もうその姿を遥か彼方の海へと消しかけていた。


そんな太陽が一瞬の間だけ暴いたモイモイの姿は、果たして真実の彼女なのか、はたまた彼女の悪戯なのか。


それは、神のみぞ知る。

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