第9話 探り合い
パソコンのモニターの、青白い光を前に硬直する
――私、フォロワー多いんだよ。面白い人とか紹介するよ?
――隆弘、どーせ何も分かってないでしょ。色々教えてあげるからさ。
――フォローしてよ。
――お~い?いないの?返事してよ。
――ねえ。なんで無視するの?
――おい。いるんだろ?
隆弘から何の反応もないことに苛立つかのように、メッセージの間隔はどんどん短くなっている。最新のものなどは数秒も置かずに、二件のメッセージがほぼ同時に表示されるほどだった。生きている人間ではない存在が、スマートフォンやパソコンを操作しているはずはないけど――その早さ自体が異様で、不気味さを覚えずにはいられない。取り繕う余裕がなくなってきたのか、本性を現しつつあるのか、言葉遣いが乱暴なものになっていることに対しても。
震える指のせいで誤入力してしまうのを、不器用に修正してから、隆弘はやっと短い返事を送る。
――本当に始めたばかりだから。やり方分からない。
――名前の横に「フォローする」ってあるでしょ。そこ押して。
動揺しながら捻り出した言い訳は、「のりこさん」にあっさりと破られてしまう。そう、SNSのインターフェイスは親切そのもので、さすがの彼でもフォローのやり方くらいは何となく分かってしまうのだ。まして、文章でも教えられたとあっては。新しい言い訳を、考え出さないと。
――会わないやつをフォローしたくない。本当の、知り合いだけにしたいっていうか。
――うちらリア友じゃん!ひっどお!
お前なんか知らない。化け物の癖に。武井法子の振りをしているだけの癖に。本当の武井法子になら、確かに詰られても仕方ないけど――他人を乗っ取った存在に友達される不快は恐怖を上回り、隆弘の神経を逆なでた。
そして、恐怖からくる動揺が少し収まると、頭の片隅に疑問を感じる余裕もできる。
(俺の居場所は、分からないのか……?)
norikoがのりこさんの本性を垣間見せても、警戒していた白い
――だって全然会ってないし。俺、そういうの苦手だからさ。知ってるでしょ?
――じゃあ何のために始めたんだよ。フォローしてって言ってるじゃん。
(こいつ
噛みつくように、またも即座に返ってくる返信に、隆弘はふと閃いた。この執拗な食い下がりようの、その理由を。
隆弘がのりこさんを知ったのは、矢野氏が彼を探し出したのは、武井法子の霊――と思われる存在――が送ったメールからだ。恐らくはnorikoのアカウントを削除するためのパスワードを、彼が覚えていることを期待して、武井法子は矢野氏の恋人にメッセージを託したのだ。その男性は、さらに矢野氏にその伝言を繋いで、そして隆弘にまで武井法子の死は届いた。ここまでは、
でも、一方で――「のりこさん」も、隆弘を見つけ出したくて仕方ないはずだった。自分自身を
以前からSNSを使っていた級友たちについては、そうやってあらかじめ対処しておくことができた。でも、隆弘はSNSとは無縁の人間だったから、同じ対応では済まなかった。だから武井法子にとって彼は最後の希望だったし――「のりこさん」にとっては、天敵として認識されていた、と。そういうことではないのだろうか。
それなら、今の状況は隆弘にとってものりこさんにとっても、窮地でありチャンスであり、必死なのは彼だけでなく
――昔の知り合いとかと、また会えたらな、って思って。だから、こっちでフォローするだけの関係だと嫌だな、って。リアルじゃないじゃん。
――何それ。出会い厨かよ。良いからフォローしろよ。
そうと気づくと、隆弘の心にほんの少しだけ、余裕のようなものが生まれる。油断では決してないつもりだけど、怖がっているのは彼だけではないはずなのだ。演技することを放棄したかのようなのりこさんの勢いと荒れた言葉遣いは、
(考えろ……武井のためだ……!)
――そんなんじゃないって。俺、スマホとか使うのほんと苦手だから。フォローしてもあんま見ないと思う。
――すぐ慣れるよ。教えてやるって言ってるじゃん。
――久しぶりに飲まない?最近会ってないから心配で。
――嘘。やだ。狙ってるでしょ。
久しぶりに会う女性に対しての突然の誘いは、確かに下心があるとしか思えないだろう。警戒して難色を示されるのも当然のことだ。ただし、相手が
――どうして会うの嫌なの?何かあった?相談に乗るけど。
隆弘の次のメッセージもまた、突然かつ不躾な申し出だ。普通なら会話を打ち切られても仕方ない。元同級生の誰だったかがされていた、ブロックという機能もあるらしいし。実際、「のりこさん」もそうするかもしれない。武井法子の他の知り合いと同様、シャットアウトして終わりにしようとするだろうか。それとも、折角捕まえた彼女にとっての脅威は、見逃せないと思うだろうか。そう思って欲しい。
今までの勢いと打って変わって、のりこさんの次のメッセージが届くまでに奇妙な間が開いた。十秒……三十秒……一分は過ぎただろう。その間、隆弘の心臓はうるさいほど鳴って、呼吸の妨げになるほどだった。
息苦しさに頭痛を感じ始めた頃、やっと通知の赤い丸がぽつりと点った。
――何年も会ってないじゃん。どうしてそこまでするの?
――昔から知ってるから、かな。心配でしょ。
武井法子に聞かれたことだったら、きっと嬉しいと思っていただろう。幼馴染とこんなやり取りをして、相談に乗ってやることができたら。例えばスマホ中毒の助けになってやれたらどんなに良かったか。
でも、これは多分「探り」の一環に過ぎない。武井法子にとって辻隆弘という人間がどんな存在なのか、あるいはその逆は。「のりこさん」が把握しようとしているのに過ぎないのだろう。そのことに胸が痛むのを感じながら、隆弘は駄目押しのようにもう一つメッセージを送った。
――同期とお前の話になったって言ったじゃん?誰も知らないみたいだから、余計気になって。
もちろん、これは相手を懐柔するためではない。むしろ、不安を加速させるためのものだ。隆弘を放っておけば、他の同級生にも武井法子の異常が伝わってしまうのではないか、と思わせたかった。まあ、実のところ、彼女の消息について、隆弘は共通の知人友人には既に当たった後なのだけど。「のりこさん」はそんなことは知らないだろう。知る術を、武井法子の知人との繋がりを――恐らくは――自ら断ってしまっているのだから。
――ありがとう。
更に間を置くこと数十秒。そうして届いたのは、初めてデコレーションが施されていない、素っ気ないほどのひと言だった。武井法子を装った「のりこさん」が、多分何かしらの決意を固めたのだ。
――じゃあさ、隆弘。今度、会ってくれる……?
そして隆弘の方も。SNS上の怪談と、現実で対峙する覚悟を決めなければならないのだろう。
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