閑話 いつか、どこか、誰か
休み時間に入った瞬間、鞄に手を突っ込んだ。スマートフォンに触れて取り出そうとしたところで、でも、横から声を掛けられてしまう。
「お昼、一緒に行かない? いつも一人だよね」
好きで一人で過ごしているのに、何を余計な気を遣ってくれるんだろう。皆で仲良く、なんて、もう子供じゃないっていうのに。一人で結構、パンでもおにぎりでも、スマートフォン片手に齧るだけで十分なのに。他の人たちと一緒だと、画面を見つめっぱなしという訳にはいかなくなってしまう。そんなの、時間の無駄じゃないか。
「ごめん、先約があるから」
「え、誰と?」
「他の部の人たち」
誘ってきた相手が目を見開いたのは、友達なんかいたの、とでも思ってるのかもしれない。ああその通り、先約も、一緒にお昼を食べるような友達もいない。でも、別に気にしていない。SNSを覗いて、回線の向こうの
「それじゃ」
どうせ、誘ったのも形だけのことなんだろう。実際乗っていたら、かえって困った顔をしていたはずだ。だから、短く告げるとさっさと立ち去ってあげた。ああ、こんなやり取りも無駄だった。そんなことより、スマートフォンだ。早く見たい。見なきゃいけないのに。
サンドイッチと野菜ジュースを確保して、スマートフォンを構える。休み時間のいつものポーズだ。片手でスマートフォンを弄りながら食べられるもの、と思うと、大体毎日似たような献立になる。それはそれとして――
「増えてる……」
朝撮っておいたスクリーンショットとSNSのホーム画面を見比べると、確かにフォロワー数が増えていた。それを確かめて小さくガッツポーズしつつ、新しいフォロワーを確認する。すると、さらに笑みは深まる。数日前にフォローして、度々コメントを送っていたとある芸能人が、フォローを返していてくれたのだ。もともと一般人とも交流してくれる人だから期待していたけど、めでたくファンとして認知してくれたらしい。
「ありがとうございまあす」
含み笑いで呟きながら、フォローを外す。特別好きな相手でもなかったんだから、フォローしてくれた以上は用済みだ。本人が気づくことは多分ないだろうし、有名人から「片思い」されている立場というのは美味しいものだ。何より、フォローしているアカウントの数よりも、フォローされている数が多いように常にしておかなくちゃ。そうすれば、人気があるように見えるし、興味を持ってくれる人も増えるだろう。
(さて、と……)
フォローとフォロワーの整理を終えて、この時間に何を書き込もうか、と考える。何時間も無言のままなのは良くない。何でこんなアカウントをフォローしたんだっけ、とか思われちゃ堪らない。常に新しいこと、面白いことを発信しなきゃ。
話題の呟きは、とトレンドワードを検索しようとしても、フリックする指の動きは鈍い。この前、
別に、悪いことなんてしてないし、こんなことくらいで訴えられたりなんてしない……とは思うんだけど。万が一にもこのアカウントが凍結されたりなんかしたら、きっと刃物で刺されたか銃で撃たれたみたいに感じるんだろう。つまらない
バズった話題と被ったネタはヤバい。画像や動画の転載も、うるさい奴らに見つかると面倒だ。でも、リアルでは受けそうな出来事なんてない。だからこそSNSでのキャラ作りに心血を注いでいるんだから。
新着の投稿に、無差別に「いいね」をつけながら――そうすれば、興味を持ってこっちをフォローしてくれる人もいるかもしれない――、思う。楽しそうに画像をアップしたり絵文字や顔文字を散らして投稿しているこいつらは、リアルではどんな生活をしてるんだろう。投稿と同じように充実した人生を謳歌しているのか、それとも実態は見えないからと「盛って」いるのか。多分、後者だと思う。というか、そうであってほしい。でも、それなら、「いいね」やコメントを送るこの行為はどんな意味があるんだろう。顔が見えない相手が、体裁を保つために作り上げたことに共感して、持ち上げて、それで相手からも反応をもらって。お互いに仮面を被ったやり取りみたいだ、とも思う。それか、生身の自分とは違う、SNS上の幽霊じみた人格がいるかのようでもある。
(幽霊同士で、勝手に上手くやってくれれば良いんだけどなあ)
そんな、どうでも良いことも考えてしまう。SNSのアカウントなんて、アカウントと投稿する文字や画像でしかないのに、フォローフォロワーの数字の増減、いいねや共有で稼いだ数に一喜一憂してしまう。生身の人間が、実態のない影に踊らされているような――でも、回線の向こう側から見れば、こっちこそが幽霊の影に過ぎないのかも。
ああ、そんなことを考えている間に、休み時間が終わってしまう。その前にもう少し、爪痕を残さなきゃ。フォローする価値のあるアカウントだと、思ってもらわなくちゃ。でも、何も思いつかない。新規投稿の入力画面を呼び出してみても、指は動かないまま――そんな時、「いいね」の通知がひとつ、灯った。次いで、コメントが寄せられたのも通知される。さて、どの投稿に対してのものだろう。
(あれ、こんなの書いたっけ……?)
通知欄に移動すれば、自分のどの投稿についた「いいね」とコメントなのかは、分かる。でも、たった今通知がきたのは、自分で書いた覚えがない投稿に対してのものだった。某菓子メーカーが提案したハッシュタグを使って、その菓子にまつわる思い出や好きなフレーバーを語ってね、というものだ。気付いていれば、確かに乗っていたタグだと思う。こういうお祭りめいた企画だと、タグで検索して、全く知らない人の投稿を眺めるという人もいるだろうし、時には公式アカウントから「いいね」をもらえたりすることもあるから。この手のことは、露出を増やすには良い機会であることは確かだ。
でも、今回に関しては、覚えがなかった。夏限定のフレーバーを見ると青春を思い出す、あの人は元気かなあ、なんて。そんな思い出は一切心当たりがないけど。まあ、自分が受けを狙うとしたら、いかにも書きそうなことではあるんだけど。
(無意識に書く、なんてこともある……?)
アカウントのっとり、なんて単語も頭を掠めたけれど、投稿時間を見てみればついさっき。だから、他の端末からログインされたなら、こちらにも何かしら通知が来ているはずだろうと思う。それよりは、無意識に指を動かしていた方がまだありそうだった。結果的に、「いいね」に加えてコメントまでもらえた訳だし。全然知らない人からだけど、爽やかな思い出ですね、羨ましいです! なんて。覚えのない投稿に対してコメントがあるのは――予想もしてなかったプレゼントみたいで少し嬉しい、かもしれない。
もともとSNS中毒気味な自覚は十分ある。だから、考えているうちに無意識に指が動いてしまうってこともあるんだろう。きっとそうだ。そんなに深く考え込んだり気にしたりするようなことじゃない。
そうこうするうちに、休み時間も終わりに近い。だからスマートフォンを鞄にしまうと、おにぎりの包装と野菜ジュースの空のパックをビニール袋にまとめて、ごみ箱を探すことにした。
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