第17話 とある大学教授のエルフ史概論 6

 どうもみなさんこんにちは、ホシノです。前回は終わりきらないまま時間切れですいませんでした。


 というわけなので、今日はもう早速始めてしまいましょう。前回のレジュメ、その続きからです。

 エルフ史における世界の黄金期、古典時代。その終わり方は今回の、そして今に至る世界の歴史そのものの重大な争点でしてね。ぜひ覚えていただきたく。


 えー、世界を支配していたコルトウィーン共和国に斜陽の影が差したのは、およそ4万700年前ごろからです。歪みはもっと前から出ていたのですが、目に見える形で表面化して来たのがその時期になります。


 その最大の要因は、支配地域の急増。というのも、前回説明した通りこの時代の共和国は飛法船ひほうせんの普及、発達によって爆発的に支配域を増やしていましてね。

 それ自体は決して悪いことではないんですが……問題は共和国における意思決定機関である、元老院の仕組みにありました。


 共和国は、市長とは別に都市一つにつき一人の元老院議員を配置していました。彼らの仕事は主に地元である都市から市長を通じて様々な意見や案を集めて精査、取捨選択し、国政の場で評議することだったわけです。

 都であるアマテラスなどの大都市になると複数人置かれることもありましたが、基本はそんな形でした。


 これが初期の頃は良かったんですよ。戦争で荒廃していたので、人口が少ない分都市も少なかったわけですから。

 ところが後期になると、長く続いた平和によって人口は増えました。そして増えれば増えただけ開拓は進められ、都市が増える。飛法船の普及によってそれに拍車がかかり……。


 ここまで言えば察しのいい方はおわかりかもしれませんね。そう、古典後期になると共和国が抱える都市の数が増えすぎ、それに伴い元老院議員の数も増えすぎてしまったのです。

 この結果、元老院は次第に機能不全に陥ります。意思の統一と調整に、多大な時間が必要になったんですね。


 さらに言えば、開拓事業はフィエンとドワーフが主導していました。変化を極端に嫌うエルフは、あまり新しい土地に移ろうと考える者が少なかったんですよ。

 このため、元老院議員の人口比は大きく偏ります。エルフはその身体の性質上、共和国でも人口抑制策が採られていたこともあって、新しい都市の議員はほとんどフィエンかドワーフが占めていたんです。


 フィエンやドワーフの皆さんには悪い言い方になりますが、寿命の短い彼らはどうしても短期的な成果にこだわりがちなのと、私利私欲に走る傾向がエルフより強いです。

 結果として、エルフたちの慎重案は軒並み却下されるようになり、共和国は視野狭窄に陥っていきます。


 また後期も終わりに近づくと、共和国中央地域――ミッドリムと言います――から遠すぎるために、統制が行き届かない地域も生まれました。開拓の最前線……現在で言うアメリカ、オーストラリアなどの地域がそれにあたり、当時はこの地域はアウターリムと呼ばれ治安の極端に悪い場所とされていました。

 このアウターリムでは法が機能しきっておらず、通貨の偽造や禁止兵器製造や研究、収賄などが横行していました。その影響はアウターリム担当の元老院議員も無縁ではなく、金で議席を買った議員なども出てくるようになります。

 こうなってしまうと、共和制は満足に動けません。末期になるとほとんど政治が機能しなくなり、衆愚政治の見本のような状況を呈するに至るわけですね。


 ですがそれでも、共和国はなんとか首の皮一枚繋がった状態で生きながらえていました。それを支えていたのが、共和国の諮問機関としてあらゆる問題の調停を行なっていたヴシルオーダーです。


 彼らは古典末期になると、そうした調停者としての立場を強め様々な場所で活躍していました。不正の指摘や暴露はお手の物、ときには戦乱期に培った技術を生かしてどぎつい交渉などもこなしました。

 彼らがある限り、共和国はかろうじて存続していたことでしょう。……が、そんなことにはなりませんでした。彼らヴシルも、衰退から逃れることはできませんでした。


 次のページ。

 彼らの、そして共和国の衰微の始まりとなる事件が起こります。


 それこそが、およそ1万年ぶりに起きた、エルフ史上2度目の死食。失せ月が1年間も続く、エルフにとってある種の地獄です。


 とはいえ、1度目ほどの影響は出ませんでした。文明の発達によって、魔術が使えなくてもなんとかなるようになっていたからです。新生児の全滅だけは避けられませんでしたが、それでも見かけの上ではあまり影響がありませんでした。

 このため、人々の関心はナナシに次ぐ二人目の宿命の子が生まれるかどうか、それに集めっていたようです。


 結論から言えば、宿命の子は生まれました。ですがその子は、ナナシのように人々を導きませんでした。

 むしろ逆。彼はそれまであった社会秩序を破壊し、共和国そのものを滅ぼすことになるのです。


 後世、「第二の宿命の子」……そして「暗黒の教皇」と呼ばれる彼の名は、ノア・アルトリウス。彼こそが、現代に至るまで世界のあちこちに影響を残すロウの初代教皇です。


 ノアの出身は、ミッドリムとアウターリムの中間辺りにあったナヴィーオ……今で言うイスパニア王国の北部、カンタブリアと言われています。そこの元老議員一家、アルトリウス家の庶子であったと記録されていますね。


 ただし、その出生はしばらく秘匿されていました。理由は……あー、一旦保留するとして。

 当時の人々にとって不運だったのは、このアルトリウス家が裏ではロウの信者であったこと。この一点に尽きるでしょう。


 と、ここでまずロウについて触れておきましょう。今まで何度か名前を出してきたこの存在。一体いかなるものなのか?


 はいページを変えて。


 結論から言ってしまうと、ロウとは生存競争に敗れながらも歴史の裏舞台に隠れ、ヴシルに気づかれることなくひっそりと、しかし脈々と生きながらえてきたジェベルダイナ旧未来派の成れの果てです。

 よりよい未来を求め、そのために回避できる悲劇は避けるべく全史黒書を精査していたのが旧未来派ですが……邪教とみなされ弾圧される過程でエルフ至上主義と結びつき、過激な戦闘カルトになってしまったんです。

 ロウと名を変えたのがいつかは定かではありませんが、それはともかく。


 その根本となる教義は、「全史黒書こそ神より定められた運命であり、歴史とはかくあるべき」というものです。「歴史は全史黒書の通りにあらねばならない」と言い換えてもいいでしょう。

 そしてそのためならば、歴史を改竄することも躊躇しない。自分たちの思う通りの歴史に作り替える。

 そんな宗教がロウです。歴史学の一碩学としては、あまりにも傲慢で、歴史を軽視した考え方だと言わざるを得ませんね。


 今までの講義で、かつての遺跡や記録がロウによって破壊されたと何度か話しましたが、これはまさに、彼らにとって神話時代から続くエルフの歴史が全史黒書に存在しない、あってはならない歴史だったからなんですよ。

 それを言ってしまうとエルフの存在そのものが全史黒書にはないので、彼らのしたことは論理的でもなんでもないんですが。もしかしたら、歴史を自分たちの手で操るという行為は麻薬にも似た蠱惑的な魅力があったのかもしれません。


(俺は序文に予言なんかじゃない、ただの警告だって書いたのにな。序文を隠したやつは恨むぞ、マジで)


 こほん、いえなんでもありません。


 えー、アルトリウス家はそんなロウの信者だったのです。彼らはロウが歴史の表舞台に舞い戻るための尖兵であり、共和国に打ち込まれた楔でした。

 議員や市長など、政治的に重要な立場の人間が実はロウ信者だったというのは他にも例はありますが、アルトリウス家は宿命の子を得たことでその代表格になったのです。


 彼らの目先の目標は、全史黒書に存在しない共和国、そしてかつてロウを放逐したヴシルを地球上から消すこと。「第二の宿命の子ノア」は、そのために育てられたと言っても過言ではありません。

 彼の宿命は、ナナシのように天命やら神託やらといった超常的なものではなく、俗世の野心家たちによって与えられた宿命だったと言えましょう。


 この点についてはノア自身も後年認めているところで、彼は周囲から宿命の子として育てられたにも関わらず、その宿命をロウ以外の存在からほのめかされることはなかったそうです。

 また、ナナシのときのように魔法陣か何か、あるいはテレパシーによる何者かの呼び出しも特になかったそうで、彼はロウのリーダーとして指揮をとる一方で、自分は本当にナナシのような正しい意味での宿命の子であったのか、常に自問し続けていたみたいです。


 まあ、彼がしでかしたことを考えれば、悩むとこそこじゃねーよって感じですけどね。その悩みも晩年になったら急に捨てていて、その頃の彼の文章は明らかにテンションがおかしいんですけど。


 おっと、そろそろ本題に入りましょうか。ここから共和国の転落はあっという間、わずか30年ほどです。


 アルトリウス家の地盤を継ぎ、元老院議員となったノア。彼は表向きは、庶子でありながら後継ぎとなった有能な若者で、理想的な議員として振る舞いました。エルフとはかくあるべき、を体現した清廉潔白な議員としてです。


 が、実態はそうではありません。彼はロウとしての伝手を用いてアウターリムとミッドリムを少しずつ敵対するよう水面下で活動します。アウターリムでは元々共和国の支配がしっかり行き届いていなかったので、この目論見はほぼ妨害なく進んだようですね。


 これに伴い各地で紛争が起こり始めます。当然ヴシルが黙っているはずもなく、それらは順次鎮圧されますが……ヴシルは殉職者の増加と活動地域の拡大により人手不足となり、結果的に急速な弱体化を余儀なくされます。

 そしてヴシルの健闘むなしくアウターリムの各都市は共和国からの独立を志向するようになり、多くの富を求める商人たちがこれに迎合。遂には分離主義同盟を発足させて明確に、武力でもって独立を迫りました。


 長く平和だった共和国は、治安維持程度の軍はありましたが戦争を遂行するだけの軍はありませんでした。その手の問題をヴシルに任せていたこともあり、共和国はまず話し合いで解決しようとしますが……裏からロウの糸が引かれていた分離主義同盟は、頑なな態度を崩しませんでした。


 そして運命のときは訪れます。共和国歴4999年、時系列にして4万362年前、紀元前にして3万8510年。分離主義同盟の商船が共和国の暴徒によって轟沈せしめられ、これをもって戦端が開かれることになります。

 まあこれ、今となっては分離主義同盟側の自作自演ってわかっていますけどね。当時はそんなことわからなかったので、実に数千年ぶりの戦争が始まることになったのですが……。


 ここでやはりノアが動きます。数千年ぶりの戦争であるにもかかわらず、大舞踏会と化していた元老院に対して多くの議員、さらには最高議長の弾劾を行うとともに、非常事態宣言の発令を発起。

 そして非常時の責任を取りたがるものがいない中で自ら最高議長に立候補し、信任投票でもって最高議長の席に着いたのです。

 この段階でノアの真意に気づいていた議員は、ロウの議員を除き一人もいませんでした。彼は合法的に一国の最高責任者となり、万雷の拍手の中で暴君としての一歩を踏み出したのです。


 そんなノアが元老院最高議長に就任して最初行ったのは軍の整備でしたが、いくつかの法案でやはり思うように決議ができないでいました。この間に共和国側の被害は広がる一方。

 このため、業を煮やしたある議員から一つの動議が提出されました。最高議長に対し、非常時に限って強力な権限を付与するという非常時大権法案です。

 彼は、良かれと思ってこれを提出したことでしょう。沈みゆく祖国を憂い、純粋に国と平和のためを思ってのことだったのでしょうが……これこそノアの、そしてロウの待ち望んでいたものでした。


 賛成多数で非常時大権を手に入れたノアはその後、瞬く間に軍を整え分離主義同盟と対峙します。そしておよそ10年をかけてこれを壊滅寸前にまで追い込むのですが……。

 この10年の間に、ヴシルは数度ロウとの対決を果たしました。歴史の闇に消えたはずの旧未来派が暗躍していることを知ったヴシルは、その野望を阻止すべく戦争とは別に行動を始めるようになります。


 ただ、この独自行動が共和国の普通の民には奇妙な行動に見えました。それまで平和を維持していたはずの調停者が、平和の対極にある戦争を鎮めようとせず、係争地以外の場所でこっそりと何かをしている、とね。

 これ、実はメディアを利用したノアの印象操作なのですが、しかし真綿で首を絞めるようにじわじわとヴシルを追い込むことになります。


 そして戦争の末期。ルキウスというヴシルマスターが、ノアの正体をつかみ捕縛に打って出ました。他のマスター、ナイトを合わせ総勢25名で官邸に乗り込んだルキウスは、ノアが戦争を主導した証拠をつきつけ捕縛しようとしたのですね。


 ですが、これは罠でした。ノアは当時最先端だった写真技術を悪用し、清廉潔白な自身がヴシルから謂れのない恫喝と暴力を受けているように見せて世間に放ったのです。


 ついでに言えば、ノアは宿命の子でした。ナナシと同様、高い戦闘力を持っていました。隠していただけで、恐らく当時最強であったでしょう。

 もちろんその事実はロウしか知りません。こういうときのために彼の出自を秘匿していたのですから、当然と言えば当然なんですけど。


 このためルキウスたちは見事に返り討ちにあった上で、先ほど言いました印象操作をモロに食らう羽目になってしまいました。

 この後ヴシルの信用は失墜し、逆に共和国から追われる存在へと転落します。そこまでの印象操作もあり、多くのヴシルマスター、ナイトが不名誉な死を与えられることとなりました。


 ノアはさらに、ヴシルをテロリストとして認定します。ヴシルを一人残らず根絶やしにするため、さらにこれを利用して戦争終結後も非常時の継続を承認させました。この非常時大権はほどなく永続的に承認されるものとされ、完全に共和国はその体制を骨抜きにされることになります。


 この瞬間、歴史的にはコルトウィーン共和国は滅亡します。当時の人々はまだ共和国は続いていると考えていたみたいですし、ノア自身もしばらくは国名も政体も共和国のまま扱っていましたが、現代のエルフ史という学問においては、このときをもって共和国滅亡……そして神聖ロウ帝国が興ったと扱われます。ときに今から4万311年前のことでした。

 このノアに対する非常時大権永続付与の動議承認をもって、古典時代は終焉。暗黒時代前期が始まるのですね。


 ……では、次のページに移って、古典時代の総括としましょう。


 何度か言った通り、古典時代はエルフ史における一つの黄金時代です。この一言で、古典時代はほとんど表現できます。神話、古代が長く苦しい時代であっただけに、古典時代はまさに長年の苦労が報われたこの世の春でした。

 争いはほとんどなく、文明は発展し、生活水準も向上。多様な職業、価値観、習慣が共存し、人々は平和を謳歌していました。現代にまで残るものも、有形無形問わず多くあります。

 それらはいずれも、この時代が素晴らしいものであったと証明するものと言っても過言ではないかと、私なんかは思うわけですが。

 しかし盛者必衰。永遠のものはこの世にはないと歴史は語ります。現代も一つの黄金時代と言われていますが、この平和を維持するための教訓が、この時代の事物にはあるのではないかなと、思います。


 さて……えーっと、時間、まだありますね? あ、でも、たくさんあるわけではないですか……。

 でも、少しでも進めておかないと。暗黒時代は本当に長くなるので。


 というわけで皆さん、キリのいいところですが先に行きますよ。はい、暗黒時代前期のレジュメです。表示してください。えー、先ほどからの流れですね。


 共和国の実権を握り、独裁者となったノアは政体を次第に独裁制へと変えて行きます。権力もどんどんノアに集まって行き、その権勢は誰も手出しのできないものになりつつありました。

 これはさすがにおかしいと元老院や民が思った頃には既に手遅れで、ほどなくして元老院は廃止。完全な帝政へ移行させたノアは国名を神聖ロウ帝国へ変えるとともに、初代皇帝に即位。邪教とされていたロウを唯一の国教にし、自らロウの教皇としても戴冠して聖俗双方における頂点に君臨します。


 これ以降、帝国はエルフ至上主義を前面に掲げてフィエンとドワーフを迫害すると共に、歴史を全史黒書通りに改変する事業……正確にはその前段階、人理焼却を開始します。具体的には、全史黒書に存在しないものを徹底的に破壊していく事業ですね。


 当然これには大きな反発が起こります。この頃になるとヴシルの信頼もある程度回復していて、彼らの主導で反乱軍が組織されるなどしましたが……それまで長く世間、そしてヴシルへの復讐をうかがっていたロウ信者たちの戦闘力は隔絶したものがあり、大半が鎮圧されてしまいました。

 ヴシルは調停者として存在していたため、旧共和国はその平和主義のため、戦闘技術は古典以前のものからあまり変化がなかったこと。一方で復讐をずっと企図していたロウは、戦闘技術の研究と研鑽だけは何を差し置いても優先していたこと。以上の二点がその理由です。

 ロウを戦闘特化のカルトと言ったのは、まさにこの点に由来します。二度と戦いでは負けないという決意を抱えていた彼らは、戦闘という分野の多くの技術で当時の最先端を行っていたんです。


 そんなロウで形成される帝国のありようは、みなさんが思い浮かべる「悪の帝国」のイメージが大体そのまま当てはまると思います。それも当然で、現代の創作物で登場する悪の帝国は、そもそもこの帝国がモデルなんですよね。

 人種差別、国家テロリズム、歴史の改竄、ジェノサイド、恒常的な恐怖による支配などなど。おおよそ人類が思いつくだろう悪行は、帝国が大体やってるんじゃないかな。

 核攻撃くらいですかね、帝国がやらなかったの。まあやらなかったのは、技術が核開発に達する前にそれに匹敵か、もしくはそれ以上の威力の超広域魔術兵器が出てくるからなんですけど。


 ともあれ、恐怖政治の体現者による、統制された社会の来訪です。これには先にも述べた通り反乱が相次ぎ、種族の壁を超えた共闘がなされました。

 特に名指しで抑圧される側にされたフィエンとドワーフは、死に物狂いで抗いました。武器が発達したこと、少ないながらも魔術を獲得した人々がいたこと、この二つが特に大きな支えでした。

 そして現代でも用いられている、マギア因子移植剤の原型がこの時代に作られます。移植技術の拡充は、より多くのフィエン、ドワーフの魔術師を養成するために始まったんですよ。皮肉な話ですが、戦争が技術を成長させる面はどうしても否定できない好例でしょうかね、これは。


 まあ、これもさっき述べた通り、それでも反乱はまったく成功しなかったんですけどね。むしろ連戦連敗。帝国の戦力は圧倒的で、どうすることもできないままおよそ200年が経過します。


 帝国はこの間にますます技術を発展させ、強大化しています。飛法船の改良は言うに及ばず、それを用いた爆撃戦術などの空戦に関する考え方、戦い方を確立したのは、実は帝国の功績だったりもするのですが。

 それはもうとにかく軍事関係の技術が伸びていて、いかに効率的に破壊と殺戮をするかを重視していたかが伺えます。

 文明育成系のゲームで帝国が出てくると、とにかく軍事技術ばかり研究しまくりやたらと喧嘩っ早い設定になってたりしますし、ノアなんかは一部のファンの間でアイドル扱いだったりしますが、現実の帝国はそんなかわいいものではありません。


 もちろんヴシルのほうも負けっぱなしではなく、帝国から技術を盗んだり対抗策を用意したりと色々していましたが……芳しくはなく、200年も経ったら共和国時代の繁栄は見る影もありませんでした。

 繁栄する都市は帝国の枢要を担ういくつかのみで、あとは徹底的に破壊され尽くしたのです。この時代の区分名が暗黒時代というのもむべなるかな、これ以外に適した言葉は恐らくないでしょう。


 あ、ちなみにロウはこのときの破壊を不十分としていて、後年さらに念入りに破壊を進めています。入念を通り越して狂気としか言いようがありませんね。


 こうした帝国に対し、かろうじて生きながらえていたヴシルが最終的に打ち出した方策は、重要人物の暗殺でした。軍の戦いでは魔術師の数の差で絶対に勝てないので、ならば少数精鋭で、となったのです。

 この作戦を遂行するため、ヴシルは一部のエリートに対人戦闘を極めさせることにしました。そしてそれが形になり、決行されたのが帝国成立からおよそ200年後なんですね。

 これは時代区分を進めるほどの影響はありませんでしたが、それまでの推移から見れば成功を収めたと言っていいでしょうね。何せ、ノアの暗殺に成功したのですから。


 ノアの暗殺に成功したのは、ルキウスの娘。彼の名を継ぎルキアと名乗った彼女は、帝国の中枢たるインペリアルパレスでノアと対峙し、年老いたノアを討ち果たしました。

 彼女はその功績で持って「始まりの勇者」と諡号されるに至りますが……帝国が瓦解することはありませんでした。

 なぜなら、帝国は既にノアがいなくとも運営できるだけの土台が出来上がっており、今更彼が死んだところで大勢に影響はなかったのです。


 帝国はその後、多少の権力争いなどで揺れはしたものの、公会議によって選出された教皇が国をまとめ上げ、ノアが作り上げた路線を継承。皇帝ではなく教皇を頂点とする宗教国家として、それまでと変わらない災厄を撒き散らし続けることになります。


 これに対して、ヴシルは暗殺に一定の有用性を見出します。かつて敵対相手をことごとく暗殺した古代末期のラーゴを範に、「帝国の主要人物は皆殺し」というちょっとアレな結論を叩き出したのです。

 そのついでに、ロウの技術や研究成果は盗むなり破壊するなりして、相手の成長をとにかく阻害する方向にシフトするんですね。内容だけを口にすると山賊か何かみたいですが。

 以降ヴシルはロウの教皇を魔王と呼ぶとともに、これを暗殺せんとするヴシルマスターを勇者と呼称。かつて手玉に取られた印象操作を仕掛けるとともに、勇者を賛美するなどして世論を味方につけ、帝国の打倒を画策するのです。


 この計画は、まあそのやり口はともかく、それなりの成果をあげます。かつて研究職だったヴシルの研究の結果、ルキア以降の勇者は次第に人型決戦兵器と呼べるほどの戦闘力を持つに至り、これを前にした帝国はさすがに常勝とはいかなくなったのですね。


 ここからおよそ3000年、帝国とヴシルの戦いは膠着状態に突入します。どちらも相手を殲滅できないまま一進一退となり……一方で、勇者と魔王による戦いだけが一人歩きし、定期的に人々の耳目を集める。

 これこそ、暗黒時代前期が勇者と魔王の時代と言われる所以です。

 まあ、昨今のゲームなどでこの時代をモデルにしたものは様々ありますけど、実際はそんな華々しい話はほとんどないんですけどね。だって暗黒時代ですから。その内実は人種差別や拷問虐殺はおろか、生体兵器まで出てくるという……ただ血で血を洗うだけだった古典以前の戦乱期よりよほどブラックです。


 ……あ、そういえば言い忘れていましたが、暗黒時代前期は神聖ロウ帝国の成立をもって始まり、その後帝国とヴシルの戦いに一応の決着がつくまでのおよそ4200年の出来事とされています。

 暗黒時代そのものは、暦が紀元前から新暦に変わるまで……すなわち全体でおよそ4万年も続くので、これでも全体から見たら短いほうなんですが。それはまあ、のちほどということで。


 さて、といったところでそろそろ時間ですね。次回は暗黒時代前期の発明など、文化的な面からやっていこうかと思います。

 引き続き、質問等ありましたらメッセージください。


 それではまた次回、お会いしましょう!

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