第14話 とある大学教授のエルフ史概論 5

 はいはいどうもこんにちは。大人気講義、エルフ史概論第五回ですよ。ウィローです。

 前回ちょっとギリギリだったんで、今回は早速始めて行こうかと思うんですが……よっと、はい、各種データこれでオッケーです。


 ではいきましょう、今回は古典時代です。


 古典時代は、およそ4万5千年前から4万年前までの、大体5千年間の出来事です。そうですね、古代後期と同じくらいの期間と言って構いません。


 太陽王国が崩壊したタイミングで古典が始まるのですが、正確にはこのときの戦乱が巻き起こった時代は戦国時代と定義され、古代や古典とは区別されます。

 戦乱は500年ほど続きましたから、さもありなんなんですけど……あいにくと詳しく扱う時間がないですし、戦争ばっかりで歴史的にはさほど価値がないので、この概論では昔の学説のように古典時代の一部として講義しますね。


 えー、太陽王国崩壊に伴うこの戦乱は、主にエルフ主導の下で行われました。暗黒時代前期でもそうなのですが、エルフがガチで戦争すると本当にえげつないことになるもので、この戦乱期は日常的にあちこちで人が死にまくっていました。

 巻き込まれるフィエンやプラエドワーフたちにとってはたまったものじゃなかったでしょうが、この当時の彼らでは、エルフに武力で来られるとどうしようもなかったことでしょう。


 で、えー、一応この時期は様々な王朝がごく短期間、覇権を唱えては滅ぶというのを繰り返してまして、概論でするにはまったく適しません。細かく見れば様々な人間模様があってなかなか面白いんですが……。

 自称統一を成したという国だけでも、およそ500年の間に実に12個もできては滅びを繰り返してましてね。そんなもん覚えるのもしんどいですし、覚える必要もないです。重要なのはこの戦乱期を終わらせた国二つだけなので、それだけ覚えて帰ってくださいね。


 さて、古典時代最初の要点ですよ。この戦乱期を終わらせた人物と国についてです。


 はい、ページを切り替えて……えー、この戦乱を終わらせた国が興ったのは、戦乱期が始まっておよそ400年後、泥沼が底なしに広がっていた末期です。


 その国の始まりはエルフの戦争を避けた人々が、当時としては辺境の地だった地域……今で言うナイル川の上流域でひっそりと立ち上げたものでした。

 その過程から構成人員は圧倒的にフィエンが多く、次いでプラエドワーフ。エルフは少数という、当時としては珍しい国だったと言えるでしょう。


 内訳からお察しいただけるかと思いますが、これを主導したのはフィエンでした。ただし、一人の絶対的な指導者が敢行したわけではありません。最終的に決断する人間が一人はいましたが、複数の人間が意思決定に関与していたのです。つまるところ共和制ですね。


 古代でも都市国家が林立していた中期に共和制を採っていた国はありましたが、後期に太陽王国が興って以降、古典のこの時代までは王国しかありませんでした。

 いずれも太陽王国の後継者、あるいは神話時代から続くチハル以外のギーロの血族を自称した王様が立っていましたが、まあ、そんなもの信ぴょう性ゼロキログラムです。

 チハルとソラル以外の子がどうなったのかなんてまったく不明ですし、そもそも神話時代から2万年も経っているんだから、大体の人は彼らの子孫ですよ。はっきり言ってこじつけですね。


 あ、ちなみにチハルとソラル以外の子孫がどうなったのかという質問が来ていましたが、これについては今述べた通り不明です。記録が残ってないんですよね。なので、子孫を名乗っても誰も正せないわけなんですけど。


 話を戻しましょうか。


 えー、で、そんな乱立しまくった王国は、さっきも言った通り専制君主制がほとんどでした。なので、ナイル流域に生まれたフィエンたちの国が共和制を採ったのは、時代的には結構特異だったと言えましょう。

 隠れて作られたため当初は名無しだったこの共和国。のちにウィメス共和国と名乗りますが、ウィメスとは当時のフィエンの言語の一つで「大きな川」と言う意味で、現在のナイル川と語義を同じくします。あの川も当時はウィメスと呼ばれていたわけです。


 このウィメス共和国ですが。当初は本当に戦乱を避けたい人間たちの生活共同体であり、世界を再統一することになるとは誰も考えていませんでした。そのような野心もなかったようで、最初期の記録は……なんというか、悪く言えば後ろ向きというか、悲観的な日記などがよく見られます。


 そんな共和国が躍進したきっかけ……それが当時太陽剣アマテラスを保持し、ナイル川下流域辺りまで版図を広げていた王国に発見されたことです。


 この国はアマテラスを使えないながらも保持していたため、後太陽王国――同じ名前の国は他にも大小合わせて7つもありますがね――と名乗っており、世界の再統一に意欲を燃やしていました。

 普通に考えれば共和国はここで王国に取り込まれて終わりだったでしょうが……偶然とは怖いもので、とある事情から共和国は首の皮一枚で生き延びます。


 その理由は……後太陽王国の王様が巨乳好きだったからです。


 ……あっ、なんですか皆さんそのなんとも言えない顔は! これは歴史書にも遺っているまぎれもない事実なんですよ! 共和国はおっぱいに救われたんです!


 ほら、この画像見てください! この資料映像は現代に遺っているウィメス共和国の記録の一つなんですが、ここにはこう書かれているんです。


「陛下は応対に出たテタ最高議長を一目見て気に入られた。特にその豊満な胸や、肉づきは素晴らしいと述べられ、国ではなく彼女を要求した」


 と!


 なんというか完全に一目惚れだったようで、テタの言い分はほとんど二つ返事で受け入れてしまうくらいヤラレチャッタみたいです。エルフとしては物好きというか、少し変わった性癖の持ち主だったのでしょう。普通のエルフはフィエン特有の体形には見向きもしませんからね。

 結果として共和国は、テタの身柄一つで同盟国の名目を与えられて存続することになります。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったもので。


 このときの最高議長、テタ。実は生贄的に据えられた臨時の最高議長だったんですが、そういう意味での目的は最高の形で達成したと言って良いでしょう。


 こうして命脈を保った共和国ですが、幸運はまだ続きます。テタがなんと子を成したのです。半エルフの生まれる可能性は高くないんですが、それはともかく。

 見た目がもう好みドストライクなテタが懐妊したことを王はたいそう喜び、そのまま彼女と、さらにはまだ生まれてもいない胎児にまで多大な権力を与えてしまいます。ええ、滅亡コースまっしぐらですね!


 しかしテタは、周りの不安をよそに与えられた権力を濫用しませんでした。元々臨時とは言え、最高議長になれたくらいの人物です。見識も道徳も人並み以上にあったのでしょうね。そういう控えめ……に、見える部分も王からは好まれたようです。

 そんなテタが権力を振るったのは、生まれた半エルフの子供の教育のためだけでした。ラーゴと名付けられた半エルフはテタの教育と薫陶を存分に受け、聡明で思慮深く、戦を嫌う温和な青年に育ちます。まあ、戦を嫌うあまり暗殺をしまくった人物でもあるんですけど。


 彼は成人するにつれ父に与えられた様々な権力を巧妙に扱い、次第に後太陽王国を掌握し始めます。さらに、王国に接近した旧ジェベルダイナ魔術派と組んで独自の戦力を持つに至ります。

 のちに旧科学派をも取り込んだラーゴは、その戦力を……王国の敵の暗殺に費やします。そりゃもう、殺しまくります。

 彼はわかりやすい武器はもちろん、毒や魔術などなどあらゆる道具を駆使しました。彼自身が殺しをしたことはない「らしい」んですが、方法自体は毒、騙し討ち、色仕掛けと、まあなんでもありです。


 有名な話としては、長く敵対していたものの妹を嫁がせてやっと友好関係を築いたA国の幹部を、A国とはまったく関係ないけど後太陽王国の他の敵B国の幹部の仕業と装って殺した、なんてのがありますね。現場に自分も同行して、暗殺対象と一緒に殺されかけるという身体の張ったマッチポンプでした。

 暗殺は無事成功して、戦況は無事二対一にもつれ込み。ついでに難しい戦いはA国に任せて、戦後においしい所を横から全部かっさらいましたとさ、めでたしめでたし。


 ちなみにこれ、当時はバレてなかったんですが、ラーゴが死んだあとに遺言と一緒に出てきた本人の回想録でしれっと暴露されてて、その妹さんはラーゴの墓前で自殺してます。


 その回想録に一緒に書かれていた彼の心情は、


「暗殺が平和的じゃないと言われることもあったけれど、そうは思わないね。たった一人二人が死ぬくらいで戦争が終わるなら、それでいいじゃないか。何万人もの人が死ぬことに比べれば、とても平和的だと思わないかい?」


 とのことで。


 その言葉を証明するかのように、暗殺に携わった人間は決して切り捨てずに生涯厚遇してましたし、自分の家臣を見殺しにしたこともありませんでしたし、彼が殺したのは敵国の重要人物のみでした。

 なんというか、人の良さと腹黒さは両立するんですね。彼は本当に手段を選ばず、ただ戦乱を終わらせることだけを考えていたのだと思います。


 で、えー……そんなラーゴですが、およそ10年をかけて当時の人々の活動圏を再統一するに至ります。敵国の主要人物をことごとく殺し尽くし、後太陽王国の名の下に征服したのです。


 このとき、ラーゴの父である王は病床にいましたが存命でした。彼は惚れた女が産んだ優秀な子供の偉業を大層喜び、当然のようにラーゴを後継者に指名しました。

 こうして後太陽王国は、世界を再統一した国として歴史に名を……遺さなかったんですよねぇ。


 王位継承者となったラーゴが、最後に行った暗殺。それは病床にあった父をも含めた全王族の抹殺でした。自分以外の誰かが担ぎ上げられることがないように、彼は徹底的に殺したんですよね。子供だろうが赤ん坊だろうが容赦なかったんで、この一点をもって彼を暴君と見る向きもあります。

 かくして唯一の王位継承者となった彼は、父王の逝去とともに……後太陽王国を解体します。正確には、君主制を廃止して共和制に移行させました。

 支配範囲が広がった分、その支配地域の名を取って国名はコルトウィーン(ウィメスと同じ言語で「世界」の意味)共和国に改名しましたが、要はウィメス共和国による乗っ取りです。


 先にも述べた回想録で、当時のことをラーゴはこう述べています。少し長いので、全文はレジュメを各自読んでいただければと思いますが……。


「アールヴ(この時代のエルフの呼称)と他の人々の間には、魔術という明確な力の差がある。それに端を発する身分の差、生活の差が、私はどうにも受け容れ難かったんだ。

 ピィエン(この時代のフィエンの呼称)の母に育てられたからだとは思うけれど、何より彼らとアールヴの魂に差はないと私は信じているんだ。だって、そうじゃなかったら私は生まれていないと思うんだよね。

 だから、アールヴを頂点とした各地の王国のありようは疑問だった。いや、長く続いた戦乱の中で、単純に強いアールヴが優遇されたのは分からなくはないんだよ? 戦場であれば、彼らが一番だろうともさ。

 だけれども、それ以外の……平和な時代なら、ピィエンだってドワーフ(この時代はプラエドワーフの概念はなかった)だって負けない働きができるはずなのさ。

 そう思ったから、私は王制をやめた。やめさせた。みんなで一緒に話し合って、穏便に国の行く末を決めるようにしたかった。アールヴもピィエンもドワーフも、誰もが種族に関係なく活躍できる……そんな国にしたかったのさ」


 読めましたかね?


 ここからわかる通り、この時代にはエルフ至上主義が萌芽していました。戦乱の時代では、戦力になるエルフが特に求められたからです。

 ですがラーゴは、かなり現代人に近い感覚の持ち主だったようですね。この風潮を嫌っていたようです。

 これ以外にも、似たような述懐はいくつか見られるんですよ。まあ、この時代はまだ頑張れば軌道修正ができそうだったのかもしれませんが。


 そんな彼ですが、新しい統一国家として後太陽王国に取って代わったコルトウィーン共和国が軌道に乗るのを見届けたあと、すべての権限も手放し、完全にただ一人の人間になったその日のうちに、自殺しました。人を殺しすぎた自分への戒めに、という遺言を遺して。


 以上が古典最初の要点です。最新かつ厳密に時代区分をするとラーゴの死をもって古典時代突入ですが、それはまあ、さておきまして。


 次の要点です。新たな覇者となったコルトウィーン共和国の制度など諸々について。


 まず後太陽王国が固持していた太陽剣アマテラスですが、君主制が廃されたことでレガリアから単に国を象徴するものに変わりました。

 最終的には現在コンスタンティノープルと呼ばれている街と大体同じ場所にあった共和国の都、その中心に置かれた政庁の頂を貫くものとして巡礼の対象になりました。都がのちのち、この剣からアマテラスと名付けられるくらいには象徴として有効活用されたようです。


 まあ、うっかり誰かが引き抜いて、所有者に認められたら君主制が復活しちゃうでしょうしね。誰も普段は触れないように、厳重に管理される形に落ち着いたようです。そんな管理のされ方だったので、結局アマテラスの持ち手は共和国が終わりを迎えるまで現れませんでした。


 次に政治体制について。


 その名の通り、共和国では共和制が採られました。元老院が設置され、一院制の中で種族の別を超えた議員たちによる合議で政治が動かされていました。整備された官僚制度と明文化された法律のもとで、すべての種族が融和して平和な時代に突入します。

 国家元首は元老院最高議長。すべての国民の代表であり、ここは前身とも言えるかつての名もなき共同体時代の名残ですね。


 ラーゴから国を託された彼ら最初の仕事は、荒れ果てた国土の復興でした。今で言う中東全域に加え、南はナイル川流域のアフリカ北中部、西はボスポラス海峡を超えてバルカン半島中部、東は古代から引き続いてインド亜大陸を目前とした南アジア、北は中央アジアのほぼ全域。

 これが共和国の統一した初期の領土で、当時の世界コルトウィーン全域でしたが、この大部分が戦争の風に晒されて荒廃していたんですね。


 このため、共和国の最初の300年ほどはこの領土内の復興のみに注力されていたと言っても過言ではありません。文化はもちろん新技術などが出てくるのはそこからさらに数百年が必要で、正直戦国期のエルフやりすぎ感が半端ないですね。


 このやりすぎの大部分を担ったのは、旧ジェベルダイナの未来派です。彼らは数でも質でも他の派閥より劣っていたので、対抗するためには手段を選んでいられなかったんですねぇ。


 これに端を発する一連の流れは現代にまで影響するので、三つ目の要点と言っていいでしょう。次のページを見てください。


 やりすぎたのは今言った通り旧ジェベルダイナ未来派なんですが、彼らは戦乱期を通して続けたやりすぎのせいでフィエンとプラエドワーフからは相当な恨みを買っていました。エルフたちにも未来派への偏見や差別があったのもありまして、共和国による再統一後の未来派は、邪悪な魔術師の集まりとして公式に弾圧されるようになりました。

 彼らと戦っていたはずの旧ジェベルダイナ科学派と魔術派は、一周回ってそこまではしなくていいんじゃないかと意見したようなのですが。共和国は種族の枠を超えた合議で動いていたので、主にエルフ以外の種族の賛成多数で弾圧されることになったのです。


 これで未来派は全滅……しません!

 弾圧を逃れた者たちがエルフ至上主義を取り込んで生き延び、エルフを中心としてひっそりと、しかし脈々と続いていくことになります。彼らはやがて全史黒書の原典を奪取したうえ、次第に未来派としての姿勢を硬化させて戦闘特化のカルト宗教へと変貌していくのですが、それはまた後ほど。


 一方生き残った科学派と魔術派は、この顛末を見て正式に手を結びます。一度敵視した相手に対するフィエンたちの苛烈な性格と、一度構築された世論を敵に回すことの愚を認識した彼らは、以降努めて冷静、かつ賢く振る舞うようになります。


 すなわち、ジェベルダイナ時代への回帰です。真摯に研究を重ね、人々の生活を向上させる。それこそが自分たちの本分だと思い出したのですね。


 ですがそれだけでは足りないと見た当時の指導者層は、同時に戦乱期に多く培われた戦うための技術を捨てず、独自の戦力を保持し続けました。

 これは一種の抑止力ですね。いやまあ? 戦いをふっかけはしないが、かつて世界を荒廃させた魔術はいつでも使えるから下手なことはするなよ、という脅しとも言いますが。


 けれどもそんな実態はさておき、この戦力を彼らはしっかり戒めいたずらに使うことはありませんでした。それどころか、人々の些細な諍いから大規模な反乱に至るまで、あらゆる揉め事の調停役として利用することにしたのです。今風に言えば世界の警察ですね。

 この上で彼らは国そのものから一定の距離を置くことに成功し、独自の勢力として古典時代を生き抜くことになります。


 彼らはこの新しい、調停者としての組織にヴシルと名づけました。現代にまで続く世界的諮問機関にして治安維持組織、ヴシルオーダーの誕生です。彼らはこの世界で現在最も歴史ある組織であり、その点で言えばヒノカミ皇国をも凌ぐ存在なわけです。


 なお余談ですが、ヴシルの名前の由来は当時のどの言葉でもなく、全史黒書に記された神語「武士」と言われています。自らを厳しく律し、弱気を助け、名誉を重んじる、人間の自由と尊厳の守護者。それを目指しての命名……という説です。

 あえて全史黒書から採ったのは、未来派が存在したことを残しておきたかったから、とも言われていますが……そこらへんは謎のままです。単に当時の軍内での流行語という説もありますし。

 まあ、未来派拝借説の場合、後年その未来派の後継者たちに盛大に裏切られるんで、個人的には違っててほしいですけどね。そもそも武士が由来ってのも確定した説じゃないんで、実際のところそうなのかは誰も知らないんですけど。


 えーでは話を戻しまして……次の要点。共和国がどのように過ぎていったのかに触れていきましょうか。次のページ。


 共和国時代は、エルフ史における一つの黄金期と言われます。大規模な気候変動や失せ月にも負けずに技術が発展したからなのはもちろんのこと、始まりがアレすぎたこともあってか、この時代は小規模な紛争はあれど大量の死者を出すような戦争や事件は起きていないから、というのがその理由です。


 この時代に起こった歴史的な出来事はそこそこ多いのですが、特に重要なのは三つです。


 まず一つは、ミスリルおよびヒヒイロカネの再発明です。

 製法自体はブルーメタルとさほど変わらないものの、難易度が段違いなこれらがどういうものかは、地上世界でも既にだいぶ普及したので皆さんご存知でしょう。


 そう、マナリウムを保蓄できるこれらの魔術合金は、現在でも魔術製品の基礎となる重要な素材です。これがなければほとんどの道具は作れません。

 上位互換的存在のアダマンチウムとオリハルコンがある現在でも、その製造の容易さからやはり主流はミスリルとヒヒイロカネですからね。これは本当にエルフ史に残る大偉業なわけですよ。


 そんな両者が開発されたのは、共和国初期。今から大体4万3500年ほど前ですが、ここからさほど間を置かずにまず魔術灯が、次に魔術水道、さらには魔術コンロ、そして少し時間をおいてクロックワークエンジンと、生活を豊かにする道具が相次いで発明されていきます。どれほど重要なことかは、もう言うまでもないでしょう。


 二つ目の重要な出来事。それは飛法船ひほうせんの発明です。


 現代でも飛法船はありますが、その基本的な仕組みはこのとき既に完成していました。すなわち、窒素と化合することで浮揚力を変化させるソラリウム。それを密閉した魔術合金タンクに封入して空に浮かび、状況に応じて窒化あるいは還元させることで高度を操作し、クロックワークエンジンによって推進力を得るというものです。古代末期の英雄、オダン・ウーアが再発明したソラリウムは、ここに繋がるわけですね。


 さらに古典末期にはソラリウムを結晶化させた飛行石が生まれますが、それについては浮遊大陸が出てくるときにでも。


 ともあれ飛法船の歴史的な意義は、言うまでもないですよね。人々が憧れた空を飛ぶ乗り物の誕生。これが偉業でなくてなんなのかってなもんですよ。


 特に飛法船は、三大聖書のいずれにも載っていないものです。神々の力を借りたものではない、当時実際に生きていた人間たちが知恵と技術を振り絞って作り上げた、正真正銘人間の努力の結晶。それが飛法船なのです!


 飛法船が生まれたのは古典の中ごろ。今からおよそ4万1800年前のことです。

 これ以降、共和国……というより人々の活動範囲は劇的に広がります。当時の飛法船ではまだあまり高く、速く、遠く飛べなかったので、山脈が多い東への進出は遅れますが……逆に遮るものが少なかった西へはあっという間に人が進出しました。

 現代のヨーロッパ全域、並びにアフリカのほぼ全域が共和国の領土へ組み込まれていき、積極的な開拓が進められます。飛法船の性能が上がった古典の終わり頃になると、オーストラリアや東南アジア、更にはアメリカ大陸にまで進出し始めるのですから、劇的と言って良いでしょう。


 それでいて、神話時代からずっと規範とされた自然保護の観念はアマテラス教によって人種問わず人々の生活に根付いていました。このため当時の人々は、過激な開発をしませんでした。できる限り自然に溶け込む形で進出していたため、生物の絶滅はかなり抑えられたと言われています。この辺りは、遠い時代ながらグライアの功績と言えましょう。


(おかげさまで今でもマンモスとかメガテリウムなんかがいるんだよなぁ。動物園のバリエーションがやばい)


 おほん。


 と、まあそんなわけで、人々は大いに広がり発展します。

 ただし、当時の記録はほぼ残っていません。どこそこに入植した、と言ったものはあるんですが、その地域に実際に当時の遺跡があるかというとノーなわけです。

 これはヨーロッパやアフリカ、新大陸はもちろん、コルトウィーン地域ですら例外ではありません。古代の遺跡群の大半と同じく、ロウによって破壊されたからです。


 それについても後述するので、とりあえず最後の重要な出来事にいきましょう。次のページ。


 最後の重要な出来事。それはずばり、エルフから他種族へのマギア因子移植の成功です。


 ご存知の通り、我々エルフが使う魔術の根源は、体内に無数に循環するマギア因子という特殊な細胞です。詳細はともかく、その事実自体は古典の早い段階で知られていたようです。

 そして技術白書には、輸血や臓器移植と言った概念が記載されていました。マギア因子の移植が試みられたのは、必然と言えましょう。


 その努力が実ったのは、古典の末期。紀元前3万8631年の出来事です。これははっきりと記録が残っています。

 この技術により、限定的ではありますがフィエンやプラエドワーフも魔術を使えるようになりました。この功績は極めて大きく、古典最大の要点と言って良いでしょう。

 より安全に移植ができるようになるのは暗黒前期に入ってからですが、ともあれこれによって魔術はエルフだけのものではなくなりました。好奇心旺盛なフィエンたちの魔術師により、研究はより加速するようになるはずだったわけですね。


 まあ、初期の移植技術はエルヴンヒメスズメバチをそのまま利用したもので、成功確率はわずか一割にも満たず、それ以外は死あるのみというめちゃくちゃ危険な方法だったんですけどね。それでも移植を希望する人々は絶えなかったようです。


 ちなみにこの移植されたマギア因子によって生物的進化が加速したのか、単にフィエンとの混血が進んだからかは謎ですが、ともあれこの時期にドワーフという種が生まれます。プラエドワーフ本来の頑丈な身体と手先の器用さはそのままに、フィエンやエルフ同様にしっかりと話せるようになった彼らは、その後共和国での立場をより高めていくことになりました。


 ……あ、ちなみついでにもう一つちなんでおくと、これらの研究の過程で生まれたのがユニコーンですね。以降男エルフの主要な乗騎になりますが、このときはまだユニコーンは魔獣ではありませんでした。

 まあその辺りの細かい話はネットの辞典とかに任せるとして……。


 以上の三つの重要な出来事ですが、一つ共通点があります。何か?

 それはですね、開発したのがいずれもヴシルオーダーである、ということです。


 ヴシルの発足以降、その基盤となった旧ジェベルダイナの科学派と魔術派は互いの知識を積極的に交換するようになっていました。両者の技術は互いに互いの不足分を補い合い、それが今に続く神話時代に頼らない独自技術を生み出すようになったのですから、やはり人間は協力してなんぼの生き物なんでしょう。


 残念ながら旧未来派に奪取された全史黒書は行方不明のままで、そのまま「文明の発展には直接寄与しない」として忘れられていくのですが、ともあれ技術白書と魔法蒼書はある種の信仰対象となりました。


 この信仰自体は戦乱期から既に旧ジェベルダイナの各派閥に既にあったようで、彼らは戦争では敵対していたわりに、他の人間が三大聖書に手を出そうとしたときは驚異のコンビネーションを見せてことごとく撃退しています。なんか、旧ジェベルダイナ関係者以外の手に渡るのをかなり嫌っていたみたいなんですよね。私なんかはめっちゃ傲慢な話だと思いますけど……。


 ……と、「戦乱の際に三大聖書は散逸しなかったのか?」という質問が来ていましたが、これがその答えです。時には命すら投げ出して三大聖書を死守したそうなので、それができるなら最初から戦争するなよって話でもあるんですが……まあ、信仰が絡むと人間変わるものですからね……。


 ともあれ、そんな三大聖書への信仰はヴシルオーダーの劇的な発明と共に、一般にも広がりました。

 その根幹にあるのは絶対的な神とは異なる知識そのものや、人類の発展性といった理性的な概念であり、こうした考え方は神話時代、あるいは原始アマテラス教に端を発する一連のアマテラス系信仰とはまた別の流れと言えます。


 この古典時代に生じた三大聖書に対する信仰……神に頼ることなく、今を生きる人間の手で未来を切り開こうという教えを、ヴシル教と言います。宗教というにはかなりシンプルなのですが、思想というには影響力が強く広いので、暗黒時代に入るころには宗教として当時の人にも認識されていたようです。

 古典時代のものは元祖ヴシル教と定義され、現代のそれとはまた結構異なるわけなのですが、そこはアマテラス系の宗教と似たような事情です。命名がストレートすぎるのもご愛敬でしょう。


 だからと言って、アマテラス教――古典時代のものは先アマテラス教として、古代や現代のそれとは区別されますが――が零落したり、迫害されたりってことはありませんでしたよ。ごあんしんください。古典時代、というより共和国では禁教に指定されていないものに限り信仰の自由が認められていたので。


 このため古典時代の文化物は、元祖ヴシル教と先アマテラス教の双方の影響があります。神語を欠けることなく存続させることを是とし、宗教に関わるものはすべてそれによって記されるべしとされたのは両宗教に共通した特徴で、それによって積極的な交流が――神語を変化させないために行われた言葉の殴り合いとも言います――あったことが要因と思われます。


 アマテラスや他の神々、あるいは捧げる祈りや信仰から生まれた古代の文化物は典雅なものでしたが、こうした交流と相互影響の結果、この時代のものは信仰と同時に理性を重視した現実主義的な思考が共存しています。

 なのでこう、シンプルと言いますか。神は細部に宿る、じゃないですが、パッと見てわかりやすいながらもそういうところに細やかな気配りが見られるのが古典文化の特徴ですね。神々からの巣立ち、卒業といった段階にあった時代でもあると言い換えてもいいかもしれません。


 要点はまだありますよ。

 始まりがあれば終わりがあるというものであります。次は、そんなエルフ史における黄金期とも呼べた共和国がどのようにして……え?


 あれ、ひょっとしなくても今、チャイム鳴ってますよね?


 うっへえ、タイムオーバーですね、すいません。暗黒時代前期は絶対長引く自信があるので、なんとか今日中に古典を終えておきたかったんですが……。

 私、いつも通りこのあと地上の発掘現場に行かなきゃいけないので、すいませんが今日はここまでにさせてください。


 次回は、黄金期とも言えた古典時代の共和国が、いかに斜陽に向かっていくか。そしてどう滅びるのか。そこから始めたいと思います。


 それではすいません、私はこれにて!


 あ、質問疑問はいつでも待っておりますのでね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る