第七章ー2:眩しきこの世界で
遥媛公主の眼が愉悦の色になった。むしろ、明琳の饅頭は想定外だった。だからこそ、面白かったと振り返る。
蝶華を殺すのは簡単だった。だがそれでは面白くない。光蘭帝が手を下すなんてシナリオも良かったが、それでは自責の念で、自害する恐れもある。
あの身体が死したら終わりだ。だから仙人への誘導は慎重に行った。眠りを奪い、悲しみを奪い、愛しさを奪い……結果は成功。もうあの明琳の言葉すら、彼には届かない。
そして光蘭帝の中で、東后妃の魂魄はゆっくりと憎悪を育て、明琳の中に潜り込んだ。
明琳が子を産めば、それは再びあの麗しい女帝が誕生する。「何としても助けてやる」誓った願いは成就されるのだ。
至極爽快だった。
「光蘭帝を起こして。旅立ちの時間だ、准麗」
頷いた准麗が喝を入れる。光蘭帝の双眸がゆっくりと開き、遥媛…とだけ呟いた。遥媛はその綺麗な唇を撫でてやりながら、聖母のように笑う。
「随分抗っていたようだけど、光蘭帝。結局僕の種を受け取って貰うよ。まあ、勝利は見えていた。女と男でなら、駆け引きは女の勝ちだ。もう少し手応えがあるかと思ったけれどね」
「…………」
――わたしは、貴方が好きです!だから、行かないで。
明琳の泣き叫ぶ声が鼓膜に残り続けている。光蘭帝は首を傾げた。何やら靄のようなものが晴れてゆく感じがする。こんなことは初めてだった。
いつでも世界は黒か灰色。母が血まみれで仙人に殺されるのも、父が祖父と共に母を恨み死ぬのも、すべて見てきた自分にとって、この世界は無くなって欲しいと願い続けた地獄だった。それなのに。目を開けた瞬間、その忌み嫌った世界が初めて眩しく見える。この耀の下、人は生き、また自分も生きたのだと、胸を張れるような。
遥媛公主は明らかに不快な顔をして見せたが、准麗に抱き上げられたまま、光蘭帝は外から洩れる光に目を細める。
「公主、こんなにも世界は眩しかった?」
「最期だと思えば、眩しくも見えるよ。この後宮は間もなく焼け落ちる。貴方の存在と一緒に、紅鷹承后殿は消え失せるんだ。僕の業火は水では消せない。こうして僕を縛り付けた後宮は無くなり、貴方の母は明琳の腹に宿る。もう一度生まれ出ることが出来る。その為に一度僕が殺したんだから」
「そなた、今、何と言ったか」
「だから、明琳の」
―――――明琳の中に、私の子供がいる……そうだ、私は彼女が寂しくないようにと…
「母を甦らせるとはそういう意味か!…だから蝶華は拒んだのか!」
「蝶華妃にはすでに種があった。必ずしも華仙人たるものが人間のような野蛮な交尾をしないといけないわけじゃない。白龍公主のお馬鹿さんは、どっかで蝶華に種を撒いてしまったんだ。既に仙人の種を持ってれば、それはあなたの種を受け取ることは出来ない。…本人たちはどっちも気づいてなかったから、気づいた僕は勝ったんだ。そして蝶華妃を准麗に始末させただけだよ」
―――――蝶華。
「蝶華を殺したのは……おまえか、准麗…おまえは私に仕えていたのだろう!武大師として」
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