あきんにく

あきんにく

 今ここに、三人の男が立っている。

 三人の男は兄弟であり、三つ子である。

 左から一郎、二郎、そしてスミスである。

 一郎は筋骨隆々な禿頭の大男だ。

 二郎は筋骨隆々なモヒカンの大男である。

 スミスは骨皮筋衛門のラテン系黒人大男であった。


「ヌフゥ……、二郎よ、そろそろ風が強くなってきたのぉ……」

「おうよ、兄者ぁ~。しかし我ら三兄弟、この程度の風には負けぬぞぉ~」

「HAHAHA、いっつしょうた~いむ? べりべりまっちょねす!」


 と、このように三人の息は実にぴったり合っているのだ。

 さて、この三人がなぜ立っているのか。

 それは、我慢比べをしているからである。

 三人が三人とも、衣服を着ていない。

 一般常識的な表現で言うところの、The・裸(ラ)マンである。

 しかし、完全な裸(La)ではない。

 三人はそれぞれ、乳首にどんぐり、股間にイチョウという秋の風物詩ともよべる植物を張りつけて、なんとかギリギリ公序良俗的に許される範疇内に収まっておいた。

 しかし、風が吹くのだ。

 冷たい風である。

 秋の風はそれだけでも充分、人に寒さを与えうるものであり、かくして三人は己の自慢の肉体によってこれを我慢し、そして己の身を覆うわずかな木の実と葉が落ちぬようにしなければならないのだった。


「二郎よぉ~」

「くっふぅぅぅぅぅ、かはぁぁぁぁぁ~、なんじゃあ、兄者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ワシらは何故こんなことをしているのじゃろうなぁぁぁぁぁぁ」

「それはワシにも分からぬぅぅぅぅぅぅ。三郎よぉ、おんしゃあ、分かるかぁぁぁぁぁぁ?」

「OH、いっつふぁんたすてぃ~~~~~っく。なう! ろーやるぜっりぃ!」

「そうかぁぁぁぁぁ、そぉぉぉぉぉうじゃったかぁぁぁぁぁぁぁっ」


 スミスの返答に、二郎は涙した。その涙は熱い涙だった。

 この秋の風の冷たさにも負けない、強く熱い灼熱の魂が込められた涙だった。

 彼は弟の成長をただただ喜んだ。腕を組み、仁王立ちになって風に晒される三兄弟。

 その絆は今なお確かなものなのだと、確信するに十分な答えだった。

 それはそれとして、風はゆるやかに吹き続ける。

 三人一線に並んでキモい三連星とも呼ぶべき仁王立ちスタイルのさなかに、股間を覆うイチョウが頼りなく揺れている。


「こほぉぉぉぉぉぉぉ、ぬぅぅぅぅぅぅぅぅんんんんっっっ」


 一郎の漏らす声は、彼が見せる健気なまでの忍耐によるものであった。

 ヒラリヒラリと揺れるイチョウの葉を己の股間に張りつかせているために、彼は静かに気合を滾らせ、そして全身を巡る漢魂によって自身の周囲の気流を操作している気になっているのだ。

 ミシミシと、筋肉が軋む音が響く。

 だが、その軋みに乳首のどんぐりがゆ~らゆらするのだ。

 なんという危機であろう。

 なんという窮地であろう。

 彼ら三兄弟はすでにこの状況に追いやられている現状からして、絶体絶命なのだった。

 もし仮に乳首のどんぐりが落ちてみろ。そうなった瞬間に彼らは公序良俗の範囲を超える。

 股間の葉など言わずもがな。つまりは、落ちても散っても、三兄弟は人としての尊厳を失ってしまうのである。

 人としての尊厳を失えば、待っているのは豚箱だ。

 嗚呼、なんということだろう。これだけの屈強な肉体を持ちながら、高潔な精神を持ちながら、なにも着ていないというだけで、彼らの人としての価値は豚以下にまで貶められてしまうのだ。

 まさしく現代社会の闇。

 だがそれに警鐘を鳴らすこともまた、一郎。二郎。スミスの使命であった。


「ぽーう!」


 スミスが飛び出した。乳首のどんぐり、略してちくびんぐりがこれでもかと揺れている。


「三郎、おんしゃあ!」

「おおおお、三郎、きさん、なんちゅうことぉぉぉ!?」


 一郎と二郎が飛び出したスミスに刮目する。

 なんとスミスは二人の前でいきなりムーンウォークを始めたではないか!

 そう、かの米帝歌謡王マイケルナニガシの如く、ついーついーとあまりに滑らかなその月面歩行。

 さらに、ロボットダンス、かーらーの、ブレイクダァァァァァァァァァァァァンス!

 揺れる、揺れる、ちくびんぐり、そして震える股間のイチョウ、これぞ略しておまたっちょう!


「やめろぉぉぉ、三郎、それ以上はいかん、いかんぞぉぉぉぉぉぉぉ!」

「止めるな兄者! 三郎はワシらに命がけで教えてくれとるんじゃあ、この行いの危うさをなぁ!」

「ええい、二郎! そこをどかんかぁ! ワシャア三郎を助けに行くんじゃあ!」

「かっ、兄者は過保護じゃのう! 見てみぃ、今の三郎をなぁ!」


 二郎が、スミスにビシッと指を突き付ける。一郎は、目の前に繰り広げられている光景に目を瞠った。

 なんと、なんと!


「HAHAHAHA! いっつぁすもーるわーるど! あどれなり~ん! みすゆぅ!」


 スミスは人間ポンプをそこで見せていた。

 そう、かの有名な人間ポンプである。

 それは金魚を一度飲み込んで、腹をポンと打って吐き出すという、古式ゆかしき伝統古典芸能であった。


「見よ兄者! あの三郎の勇姿を! あれは、あれは紛れもなくワシらに対するエールじゃぁあ!」

「う、ぐぐぐ……!」


 一郎が唸る。そして、そっと伸ばした手で二郎の肩を掴む。


「見えぬ。今のワシには、何も見えぬぅぅぅぅぅぅ~、かはぁぁぁぁぁぁぁぁ~」

「兄者、まだそのようなことをホザくの、か……!?」


 一郎の言葉に憤激しかける二郎であったが、しかし自らの兄の顔を見て、絶句した。

「見えぬ……、この目より流れる青春の汗が、ワシから視力を奪っておるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 一郎は泣いていた。

 スミスが見せた男気に、彼はついに折れたのだった。


「兄者ァァァァァァァァァァァ!」

「二郎ォォォォォォォォォォォ!」


 全身を熱い汗と涙と鼻水が混じりあった粘性塩水(通称「男汁」)にまみれさせた兄弟が、熱く熱く抱擁を交わす。

 ちくびんぐりがぶつかり合った。

 おまたっちょうはこすれ合う。

 はち切れんばかりに膨張した筋肉が絡まり合って、軋む肌の上に浮き出る血管。

 脈動するマッスル。

 激動するマッスル。

 大胸筋は男に濡れて、今、上腕二頭筋が炸裂する。タガウニ体重三ケタ㎏を超える者同士、ぶつかり合った迫力たるや、まさに筋肉が筋肉し、筋肉するが如く。絡まり合い、抱きしめ合う筋繊維集合体(体脂肪率3%未満)が散らす汗の滴が、秋の太陽の光を受けて彼らを祝福するように虹の色にきらめいている。

 漢、男、オトコ。筋肉の祭典は今、この秋にこそ開かれているのだ!

 なんと感動的な兄弟の姿であろうか。これには見ていた近所のおばちゃんもにっこりである。

 だが風が吹いたので二人のおまたっちょうが吹き飛んで、彼らは逮捕された。

 一方、スミスは気持ちよく踊れたので帰宅していた。

 風に乗り、いずこへともなく運ばれていくイチョウの葉だけが、深き絆に結ばれた漢たちの物語を知っていた。

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あきんにく @6496

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