羈絆――キハン――

羈絆ノ壱:曲輪

 それは奇妙な場所だった。


 一見すると、どこにでもあるアーケード商店街。


 電気は来ているのかネオンの看板が光っていて、それが無尽蔵にかつ、無秩序に並べられている。


 アーケードドームの更に上。空を見ると今度は茜色に染まっていた。


 周囲には影法師のようなものが往来していた。


 人の形をした影。


 人らしく振る舞い、だがベルトコンベアーで運ばれているように流れている。


 影法師たちは涼子を知覚していることもなく、実態もない。故に、涼子の体に当たってもスッと透過している。それらは生き物というよりも、完全に背景の類いなのだろう。


 前よりも僅かではあるが文明的なもの。涼子は思わずホッとする。


 だが、同時に胸の中に湧き上がるような孤独感が、酷く蝕むのが不思議でたまらない。


 懐かしさではない。


 真に、孤独を感じる。


 心細いと言っても良い。


「なんなのこいつらは……?」


「モブともならない背景だな。彼らは真に影だ。涼子の心の光が生み出した、思い出の影絵なのだろうさ」


「それにしたって、こんな――」


「なに、無害だ。放っておいても何もしてこないだろう」


「放っておけっていっても。けっこう気になるんだけど」


「大丈夫だ。ところでこれは商店街でいいのか? 小生には真新しく見えるが」


「そうだよ。私の家の近くの」


「ならばここは涼子が思春期に世界を認知して見えた世界なのだろうな」


「言われてみてみれば。なんか懐かしいような?」


 涼子は銃をしまうと、影法師の流れに沿って商店街を眺めてみる。


 並べてあるものはどこか輪郭がぼやけていて、値札も日本語かどうかも定かでないものが多い――が、時々涼子には鮮明に見えるものがあった。


「これ」


「ふむ?」


 涼子が立ち止まったのは電気屋だった。手を伸ばしたのは一つだけ輪郭がはっきりしている――音楽プレイヤーだった。ピンク色で縦に細長く、デザインもシンプルだ。


「これ。欲しかったプレイヤー」


「それは何だ? 小生は知らぬものだ」


「これは音楽を溜めて聞くことができるヤツよ。この頃からあんまり見なくなったんだ。スマホが替わりになるからね」


「スマホ?」


「電話とパソコンが合体したような感じ。ああ、パソコンも解らないか。便利な道具よ。何かとね」


斯様かようなものに音楽が」


「音楽入ってるかな? これがもし私のだとしたら……」


 涼子はナビ助を肩に乗せると、イヤホンを共有してスイッチを押す。暫くすると聞き慣れたポップな音楽が流れてきた。


「あ、すごい。これは私のなんだ。入ってる曲、全部私がいれたやつになってる」


「凄いな。小生の想像を超えた世界に涼子はいるのか」


「まるで未来みたいなこと言われてるけど。ナビ助何歳なの?」


「さて。年号は途中で皇紀だの何だのに変わって解らなくなった。洒落た西洋かぶれの文豪たちの記憶をたどれば、西暦でいうと九百を少しばかり超えたところで小生が生まれた気がする」


「おじいちゃんじゃない。私生まれたの二〇〇〇年くらいだよ」


「失敬な……だが小生は書き手の意識がそのまま映し身になって本を漂っているだけの存在だ。百年ほど経っているというのならば、たしかにおじいちゃんなのだろうよ」


「こんな可愛いおじいちゃんがいたらいいんだけどね」


「祖父や祖母はご存命なのか?」


 ナビ助がそう言うと涼子はふるふると首を振った。


「父方とは疎遠になってる。母方の方は二人共わたしが小さい時に死んじゃった」


「なるほど。頼る場所が狭まっていたか。故にこの世界があるのだろう」


 ナビ助は影法師が立ち尽くすレジへひょいと上り、外を見回している。


「涼子よ」


「何? どうしたの?」


「ここは君の第二章。この懐かしくも奇怪極まりない商店街は、おそらく円を描いている」


「円?」


「そう。いわば曲輪くるわの世界。多分だが、進んでも進んでもこの場に戻ってくる。対岸の店だが、ずーっと端を見てみてくれ」


 涼子がイヤホンを取り外し、じっと商店街の奥を見た。それはなだらかに左カーブをしていてその先が見えない。振り返って同じように見ると、これもまたゆるやかな右カーブで延々と商店街が続いている。


「なんかなだらかに曲がってる」


「故に、進んでもここに戻る。出口は進んでも見当たらないはずだ」


「え、何それ! 本当に出られなくなっちゃったってコト?」


「いや。出れるには出れるだろう。この奇抜な商店街のどこかに鍵のかかった鉄門扉があるはずだ」


「あのでっかいやつ?」


「いや。日常に混じった、それは当たり前のようにあるもの。けれどもそれがある日突破点になるような――そんなモノを望む退屈な日常。それが君の過ごした過去の日々の象徴が出口なのだろう」


「なんで解ったような言い方するのよ。夢見る少女みたいに言われてヤなんだけど」


 涼子がジトっとした目でナビ助を睨む。だがナビ助は笑いもせず、ただただゆっくりとその真っ黒なしっぽを揺らしているだけだった。


「子供扱いをしたわけではない。子供だったときの涼子にはそういう季節があったということだ。人はそれを思春期と呼ぶが――ふむ、君の思春期は少し、というよりは」


 ナビ助がぴょんと降りて道へと歩き出す。涼子は音楽プレイヤーをどうしようか迷ったが、店番の影法師をチラリと見ると――


「持っていけ」


 そう、手を振ったような気がした。なので軽く会釈をしてそのまま持ち出す。


 少しだけ孤独が氷解したような感覚。


 金属製の冷たい音楽プレイヤーが、カイロのように温かい。


「涼子。音楽を聞くのはあとだ」


「? 何よ突然出たりして」


「嫌な予感がしてな。ここが曲輪の類であるならば――涼子、覚悟しておいたほうが良い。ここにはがいる」



 涼子がそう言うと、周囲の雑踏の影達が一瞬だけこっちを見たような気がした。


 流れていた雑踏達が一瞬だけその言葉に反応するのは中々に不気味で、動じないタイプの涼子でも、流石に冷や汗をかいてしまう。だが影法師達は暫くすると再び機械のように流れていった。


「注意して進むのだ。ここには追う者達のようなものは出てこないだろう。ただ唯一の番人だけが徘徊している。そして――必ず、ヤツと対峙しなければならない」


「全然意味がわからないんですけど」


「小生が言うのもなんだが、それは今更というものじゃないか? さあ力を構えろ涼子」


 ナビ助はそう言うと涼子を先導するように、そして注意深く歩き始める。涼子は説明を求めようとしたが――やめた。


 最初から説明のつかない場所にいるのだ。


 ナビ助の言う通り今更なんの説明を……と苦笑する。


 涼子が九四式自動拳銃を取り出し、トリガーに指を添えて歩き出す。何故かけずに添えたのか。それが正しいことかもしらず、ゆっくりと歩く。




 商店街は知っているものとは微妙に違う場所だった。




 極彩色のネオンの看板や、やけに文字の大きい看板達が店の上にメチャクチャに掲げられていて、店内をよく見ないとそこが何屋なのかが判別できない。


 カオスという言葉がぴったりだろう。


 だが涼子にとっては何かが懐かしく、そして忘れかけていた日常のような気がしてモヤモヤする。


 ふと足元を見ると見慣れたタイルがあった。涼子がしゃがんでそれを見ると、そこには『萩町はぎまち商店街』と書かれている。


「やっぱりここ、近所の商店街」


「正確に言えば、その記憶が紡ぎ出したイメージという方が正しい。ここはあくまで君を題材にした書物。誇張をして書かれている場所もある」


「だけど――ううん、確かにこの風景は知ってる。例えばそこの魚屋さんさ」


 涼子が指を指したのは、店の看板に飛び出るような『魚』という漢字のロゴがやたらめったら詰められている店だった。


 中を見るとたしかにそこは魚屋のようだ。相変わらず影法師は突っ立ったままだが、並べられている商品はついさっき釣り上げられたように新鮮だ。


「あそこの魚屋さん、店長さんがメチャクチャうるさくて。いつも『魚! 魚! 魚! 魚はいらんかね!』って壊れたスピーカーみたいに言うの。それが名物でけっこう人がいたんだけど」


「ほう」


「店看板は違うけどこの決まった魚の並べ方は間違いなくそう。なら――うん、やっぱりここは家の近くの商店街だ」


「小さい頃はよくここに来たのか?」


「うん。ここは通学路だった。小学校から中学卒業まで。ずっとここを通って、ずっとここが私の世界だったような気がする」


「だが見るに、小生よりずっと進んだ世界だが鉄の帳の降りた場所も点々とある。察するにここより栄えた場所はあるはずだが、そこには行かなかったのか?」


 涼子はフフ、と笑い銃を指でくるくると回す。とても危なっかしいのだが、既に安全装置が知らない間にかかっていた。その辺りも『不思議』で片付くことなのだろうか。銃は涼子の気分に合わせるように安全装置を切り替えているようだった。


「あったよ。スタバとかマックとか、もっと洒落たお店もあった。でも私、お金なかったし。それに」


「それに?」


「ここの人たちは小さい頃から私のこと知ってて優しくしてくれたから。よそに行く気が起きなかったかな」

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