払暁ノ伍:門扉

「この野郎!」


 腹が立ったと言うべきなのだろうか。涼子は怒りに任せて振り向きざまに銃撃を放った。


 当たるなどとは毛頭思っていなかった。ただ、僅かばかりの勝算があってのことだ。


 連中はどうやら音に敏感らしい。モノが降ってきた音に吸い寄せられるようにして集まったのは言うまでもない。


 ならば、発砲音のような鋭いものは意外に効果的ではないか?


 そう思い、とりあえず背後に向かって引き金を引く、引く、引く。


 涼子の予想は大体は正解に近かった。追う者達は銃撃の音に嫌がっている様子を示している。


 ただ、それが彼らの嗜虐心に火を付けたようで怯みながらもあざ笑うかのようにがちゃり、がちゃりと音をたてる。


「涼子。銃というものは繊細だ。そんなことでは当たらないぞ」


「そんなん言われなくても解るよ! つか使ったのほとんど初めてだよ!」


「猫騙し程度には効くかもだが、何にでも慣れはある。当たらぬと解ったら、連中も速度を上げてしまうぞ?」


「るっさいな! じゃあ当て方教えてよ!」


「もちろん教えよう。小生も一時は夢中になって覚えたことがある。小説のネタになるからな」


「そういうのいいから!」


「……風情というものが無いな涼子」


 そう言ってナビ助は少しだけ速度を落として並走する。ただ足元を走るではなく、谷のように積み上がっているゴミの山を、涼子の視線の当たりを保つようにして走っていた。


「いいか涼子。当てるという気持ちが大切だ。以上」


「はぁ!?」


「別に茶化しているわけではないぞ? 思い出せ、ここは涼子の世界だ。涼子の人生を文字にして形に投影した迷宮だ。君は今そこに人間として顕現しているが、結局のところ文字の塊なのだ」


「要点!」


「物語に当てるという意思を書き込めば良いのだ。そうしたら当たる。間違いなく」


「そんなんでいいの!?」


「そんなんでいいのだ。デタラメの世界だからな」


 涼子は逡巡する。ホントかよ、と息を切らさないで悠々と走る黒猫をにらみながら。


 だが、疑ったところで仕方がないのだ。仮にここでナビ助が「うっそでーす」と裏切ったところでどうにもならない。


 やるしかないのだ。


 涼子は念じた。彼女なりの殺意を。といってもそこまで仰々しいものではない。彼女の心に埋め尽くされた言葉は唯一つ、「ぶっ飛ばす!」だった。


 九四式拳銃は相変わらず言葉を介さず、鈍色の光と奪命の重みを彼女に預けるだけ。


 ただ少しだけ応えてくれるかのような。そんな気がする。


 そんな気がするだけだ。涼子には銃の気持ちが解るなどの特殊能力があるわけでもない。


 だが涼子の気づかないところで、物語が少しだけ書き換わっている。涼子は打倒することを願ったのだ。


 自ずと、その結果は出る。


「さあもう一度だ――左後ろ!」


 涼子がハッとして左肩越しに後ろを見る。いつのまに迫っていたのだろうか、追う者達の一匹が逆さの能面で嘲笑いながらバールのようなものを振りかぶっている。


「ッ! 調子こいてんじゃねえ!」


 怒号のような銃撃。さっきと同じようにデタラメに、されども打倒の心を込めた弾丸は吸い込まれるようにして逆さの能面に向かってゆく。


 するとどうだろうか。迫っていた追う者達の一匹は、腐ったような黒い液体を撒き散らして吹っ飛んでいた。


 本来、九十四式拳銃に装填されている8✕22ミリ南部弾は人間を吹っ飛ばす威力は無い。


 だが、涼子の意思が知らずの内にそれ以上の威力を包括するに至ったのだろう。


 そのデタラメさこそが、この迷宮たらしめる要因。


 自身に蝕まれるのと同時に、切り開くのもまた自分の力なのだ。それが文字としてハッキリと、この迷宮を構成する構文に刻まれたのならば、それが実現する。


「くらえ!」


 言ったこともない言葉が自然と出る。すがるように追ってくる追う物達の眉間を尽く割る。


 黒い不快な液体を撒き散らし、時に仲間を巻き込みながら。いとも簡単に朽ち果ててゆく。


「やった! ざっこ!」


「安心するのは早いぞ涼子。どんどん増えてゆくのが解らないか!?」


 ナビ助の言う通り、打倒した数だけ……いや、それにも増して追う者達の数はどんどん増えてゆく。チギチと軋む音を撒き散らし、時折ゲラゲラという笑い声も聞こえる始末。涼子の背には鳥肌が立ちっぱなしだった。


「ちょっとナビ助! なにコレどうなってんの!?」


泡沫うたかたのように湧いてくる後悔や苛立ちというものは得てしてそういうものなのだ。時には身を引き裂いて破滅に追いやる。それが追う者達」


「そんな事はどうでもいいよ! いったいどこまで行けばいいのよ!」


「安心しろ涼子。ほら見てみろ、門扉が見えてきた」


 横を疾走するナビ助の言う通り、目の前に霞んで鉄門扉のようなものが見えてきた。


 寺院のような屋根づくりのそれは遠目でもわかるくらいに大きくて、しかも壁が左右に地平まで永遠と続いている。


 荒んだゴミの荒野の中に、無機質のコンクリートで出来た不自然な文化物のような、そんな異様さが醸し出されていた。


「デカ! 何アレ!?」


「人生を隔てる門だ。君で言うならば――そうさな、幼少期との決別なのだろう。分別が付き、両親以外の世界をようやく理解できる年頃――幼少期との決別といったところか」


 涼子は相変わらずナビ助の言葉が解らなかったが、とにかくあそこに行けば助かるという言葉だけを拾い、それならばとさらにスピードを上げる。


 次第に門扉が近づき、後ろをチラリと見る。追う者達は相変わらず数を増やしてゆくが、涼子の脚に追いつくほどではないようだ。


 ただ、ふと。


 助かると思ってしまった。


 


 涼子はすっかり忘れている。ここは涼子の幼少期の投棄場なのだ。故に、希望は反転してしまう。


「涼子! 前!」


「門が……閉まってる!」


「ぐうう、やっぱり小生はひねくれ者だ。すまん、急げ涼子。あそこをまたいだら、ここの追う者は追ってこれないだろう。だが閉ざされてしまったら最後だ!」


 そう言われると涼子はさらに加速する。彼我はもう二百メートルもない。


 門の奥は暗かった。レールが門扉の奥まで続いていて、青暗いモヤで包まれている。


「ねえあそこホントに大丈夫なの?」


「! 上!」


「なっ!」


 突如、両脇のゴミ山から追う者が飛びかかってきた。それは涼子に降り注ぐようにして、そして空中でバールやバット等の鈍器を大きく振りかぶっている。


「撃て! 恐れる必要はない! 結局は泡沫うたかたの類だ。君の持つその力で抑えるんだ!」


「こなくそ!」


 涼子が走りながら銃を打ち込む。狙いもへったくれもないはずなのに、弾丸は面白いように追う者達に向かい、そして吹っ飛ばす。


「すっげ。これすっごいねナビ助!」


「いいから走れ! 走れ!」


 ナビ助に急かされて走る涼子。もう門扉はかなり狭まっている。


「うあああああ!」


 滑り込むように門へ入り込む涼子。するともう肩幅ほどになった隙間に追う者が引っかかり、涼子にバールを振りかぶる。


「しつこい!」


 涼子は振り返って銃を構えたが、突如として門扉が急激に閉まる。


 挟まっていた追う者はそのまま胴で分断され、もがいた後にサラサラと影の塊になって消えていった。


「はぁ、はぁ、はぁー……」


 肩で息をしてへたり込む涼子。しばらく座っていると、ナビ助が横に着て頭を擦り付けてきた。


「よくやった。第一章は通過できた」


「ぜぇ……ぜぇ……ね、ねえ、あと何章あるの?」


「涼子の人生ならば、そうだな……三章がいいところだろう。三分の一が終わったと思えば、気が楽ではないか?」


「そ、そうね……こんなのがあと二章あるなんて思うと気が重いけど」


「心の持ちようだ。そして進むにつれて魔物達の攻撃は激しくなる」


「私、そんなに化物を思い浮かべたコト無いのだけど」


 ナビ助はその言葉にゆっくりと首を振った。


「言ったはずだ。あれは涼子の感じた恐怖の集合体なのだと。いたずらに身を引き裂く、不定形の化物なのだ。思い出の中に連中は住んでいる」


 涼子はふーっと大きく息をして呼吸を落ち着かせた。


 しばらくへたり込んではいたが、ようやくナビ助を構うだけの元気が戻ると、彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「そういや、近所の男子とよく喧嘩して――そう、あのくらいの背丈の子が怖かったっけ。あの能面は昔、おじいちゃんの家で見つけて大泣したことがある」


「根源が見つかって何よりだ。返して言えば、あれは君の心の中の寄せ集め――残滓とも言える。だから、君の力が方向性を持てば、あいつらはいとも簡単に霧散する。向けるべき勇気が問われるのが、この本でもあるのだ」


「でも捕まったら殺されるんでしょ?」


「君という原題をそういうルールで執筆されてしまった物語だ。十分気をつけるに越したことは無い」


「何とかならないの?」


「いかんし難いな。小生はただの傍観者ぼうかんしゃみたいなもの。そもそも、もう君の物語は紡がれ終わっている。あとはこの本がそれを醜悪しゅうあくに彩るのだ」


「この本を書いたヒト、相当に性格が悪いと見たね」


「それはひるがえって小生の性格が悪いと言っているようなものだぞ」


「そう? まぁどうでもいいわ。で、次は……わ、いつの間に」


 涼子が立ち上がると、そこは青黒い暗闇から一転。周囲は白い光に包まれたかと思うと、パッと風景を一転させた。


「なに……ここ……」


「第二章の始まりだな」


 涼子はあたりを見回す。


 見たことがある。


 この風景は見たことがある。


 けれども、目を凝らして見てみると――どれでもない。


 全てがちぐはぐだ。


「ここは――商店街!? 




(払暁――了――)

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