第六章 君のこれからの家 3

「おい、凪乃。お前最初から分かってたのか」

「うん」

 佑弦の微笑みを直視つつ、インカムで凪乃に話しかけると、短い返事を返された。

 とはいえ、ほかの全員は透矢と同じ、少しだけだが驚いている。事前に通知をもらったのは、小隊長の凪乃だけだということだろう。

「こほん、透矢くん」

 と、そこで、インカムから佑弦の声が響く。

「いつから、人の娘のことを名前で呼ぶようになったのかね」

「佑弦は父親じゃないわ」

「えい、こんなときでも平然と言ってくれ――おっと」

 淡々と言いながら、大鎌を水平に振り抜いた凪乃の攻撃に、佑弦が慌ててシャープペンを目の前で振り抜けて対応する。

 圧縮され銀色の斬撃と化した水銀は、佑弦から見れば、ただの細い線だけだろう。

 通常なら、凄まじい威力を秘めたのにほとんど視認できない凪乃の斬撃は、防ぐことはできない。たとえ防いだところで、水銀の液体の性質が発揮され、斬撃が阻まれることはない。対処するのに、躱すしかないのだ。

 しかし、佑弦は躱すどころか、そこから動くことさえなかった。シャープペンで空中に描かれた一本の黒い線が、水銀の線と重なるように、すんでのところで凪乃の斬撃をったのだ。

「いやはや、いけないいけない。そういえば、開始の合図をしたね。娘を前に、少々長話しすぎたらしい」

「佑弦は父親じゃ――」

「そうとも! 僕が君の父親だ! その先の言葉は言わないでくれたまえ!」

 強引に凪乃の言葉を遮ると、佑弦がインカムを耳から取り出し、ポケットに収めた。

 その隙を狙うように、上空から飛んできた照葉が霜月や二十九式をそれぞれ違う角度で振り下ろす。

「上空からの奇襲。さすが、探索庁の期待の星。霜月をちゃんと使いこなしている相手なら、攻性理論では防げないんだね」

 賞賛するように言葉を並べながら、佑弦が靴板の起動を一瞬解除して、今まで空中で立っているかのような状態から、急に重力を思い出したかのように落下した。

 ――かと思えば、霜月をギリギリ躱せるところにくると、また涼しい顔で空中を立ち、シャープペンで優美な曲線を空間に残す。

 描かれた黒い曲線は蛇のように、一瞬のうちに照葉を縛り付け、動きを止めた。

「でも、二十九式と持久戦すると、こちらが不利になるからね。先に無力化してもらうよ」

 悠々と腰から四個のアンカーを取り出し、ポイッと照葉に投げる。

「は、晴斗!」

「ああ!」

 しかし、佑弦の動きを読めたかのように、すでに佑弦の背後に移動した晴斗が二本の調波刀を振り抜いた。

 それに合わせて照葉も霜月を円を描いてから手を放し、霜月を落としてからもう片方の手でキャッチする。体の自由が奪われる状態で重力の力を借りるのだ。青い光を放つ霜月ちょうど、振り抜くのと同じ軌跡を描く。

 刹那、佑弦を囲むように、渦のように荒ぶる剣陣の奔流が流れ出し、一斉に佑弦目掛けて全方位から襲い掛かった。

 十種類の剣陣を統合した複合剣陣、三重の破壊的調波、五番目の陣殺だ。

 竜種にもダメージを与えるほどの一撃を目の前にして、しかし、佑弦は慌てることなく、ただただ穏やかな微笑みを崩さないまま、少しだけ体をずらし、シャープペンで空間に何かを書き込む。

 次の瞬間、無数の剣が佑弦の周りを素通っていき、ギリギリ服を擦っただけで、命中することはなかった。

 数本の剣が佑弦の体を捉えたも、空間に書き込まれた何らかの図形に弾かれ、ダメージを与えることを叶わなかった。

 あの弾け方、黒制服のものよりも上位の防性理論だ。

「九十九の剣姫とは知り合いでね、彼女の剣陣なら、今のでかなり危なかったよ。けど、君たちにはまだ伸びしろがある。剣陣の強度や密度を上げることに励むといい」

 言いながら、シャープペンを走らせると、描かれた黒い線がまた蛇のように、容易く晴斗を捕縛した。

「ほい、捕まった。じゃあまずは」

 さっき照葉にポイッと投げたアンカーをシャープペンで書いた線で繋がり――遠心力を利用して照葉でも晴斗でもない方向へと投げる。

 ワインレッドの目が、流し目で背後を見やる。

 きれいな瞳に、背後を襲おうと、奇襲をかけてきた透矢の姿が映った。

「………ッ!」

 二人のフォローしようと、完全に視界の外から攻めてきたのに、完全に気づかれた。その事実に目を見開きつつも、透矢が日本刀を空中に四条の光を走らせ、アンカーを切断する。それから空間を蹴り、佑弦にフェイクの攻撃をかける。

 それが難もなく躱されると、透矢の体はすれ違うように佑弦の背後にきた。わざと作り出したこの状態を利用して、完全に逆方向からの一撃を今度は全力で叩き込む。

「さすがだね。圏外出身だと、小手先は通用しないか。でも」

 まるで最初からそうくると予測したかのように、佑弦が悠然と空中に小さな螺旋を描くと、シャープペンの先を軽く透矢のほうに押した。

 その一円玉ぐらいの大きさしかない螺旋が、ふと、一本の黒槍となって、凄まじいスピードで射出される。

「―――ッ!」

 それを日本刀で辛うじて防ぐも、勢いを殺せず遠くへと飛ばされた。

 その間も佑弦がシャープペンを走らせることを止めなかった。照葉と晴斗を縛る線を引くようにすると、空中で延々と伸びる線が急に形を変えた。

 それが模様を組むと、一瞬、照葉の霜月が放つ青い光が弱まる。

「簡易調波式。学院アカデミーで勉強しただろう? 調波器がないとき、手で書ける式が大事だよ。覚えておいて損はない」

「や、やばっ」

「――ッ、照葉!」

「けどま、今は少し退場してもらうね。一三五小隊がちゃんとキャッチしてくれるから、心配いらないよ。さて、短いが空の旅を楽しんでくださいね」

 次の瞬間、またもポイッと投げられたアンカーが、今度こそ二人を見事にとらえ、調波した。一時的とはいえ、式によって作動する調波刀も靴板も使えない状態だ。当然、黒制服に記入された防性理論の障壁も。

「ああ、一応防性理論は張ってあげないと」

 そういうと、適当にシャープペンを動かすと、二人を縛っていた線が収束し、魔法陣のような模様になった。

 軽い調子で書かれた防性理論の式がちゃんと起動して、落ちていく二人を血霧から守っている。そして、おそらく靴板と似たような式も描いたのだろう、二人は落ちていても、自由落下とまではいかなかった。あの調子なら、命の危険はまずないだろう。

 そう思いながら、落下していく二人を眺めていると、佑弦の耳に不意にどこか不機嫌そうな声が響いた。

「おい、長官! こっちだよ!」

「佑弦って呼べばいいと、いつも言っているつもりだけどね、千紗くん」

 二〇六兵器庫を展開し、無数の砲身を出した千紗の攻撃に、佑弦は流れるようにいくつかの螺旋を空中に残すと、それを黒槍にして射出した。

 自分に当たる砲弾だけを狙って撃ち落すと、二人の間におびただしい煙が上がった。

 かと思ったら、煙が急に意志を持つかのように動き出し、千紗に流れていっては囲んでいく。

「な――」

「相手の攻性理論を知っていれば、それを生かすチャンスを与えてはいけない。心に銘じておきたまえ」

「まだ負けるって、決まってないだろう!」

 サバイバルナイフを空間に刺し込み、機甲歩兵用の大型ブレードを取り出すと、千紗がそれを一振りして、自分を囲んだ煙の壁を強引に散らせる。作り出した逃走路に靴板を使って離脱する。

「いや、決まってる。うまくいっていても、周囲への警戒は怠らずにと、後衛だからこそ、ちゃんと覚えないとダメだ」

 けど、その先には、いつの間にか設置された四個のアンカーがあった。

 ちょうど発動した瞬間に、アンカーに囲まれた空間に入った千紗がそれを気づいたのだが、すでに遅かった。

「そう……かよッ!」

 調波される一瞬前、手にしたサバイバルナイフを一斉に佑弦へ投げ出すも躱される。目標を逃したサバイバルナイフが虚しく向こうに消えていった。

 晴斗と照葉のときと同じ、落ちていく千紗に防性理論と落下の勢いを緩和する式を記入する。安全な状態で落ちていく千紗を確認すると、佑弦が満足げに笑い――軽く螺旋を描く。そして螺旋を後ろへと捨てるようにシャープペンを振るう。

 すると、螺旋が変形し射出した黒槍が、背後から斬りかかろうとした透矢の日本刀に当たって、またも透矢を体ごと吹き飛ばした。

「………こいつ、またッ!」

 竜種を制圧した○○六小隊を、赤子の手をひねるように次々と無力化して、なんだかよく分からないけど、切断の攻性理論をも容易く弾けた。

 隙がないところは凪乃と同じだが、決め手に欠ける凪乃と違って、佑弦の技には威力も多彩さもある。凪乃の上位互換と言ってもいいほどだ。

 それも、明らかに全力を出していない状態で。

「これが十三ってやつか」

 管理省の最高戦力、その肩書には偽りがないらしい。

 そして、佑弦が十三の中の序列は確か、四位。無二の天才のために空席にした一位を除くと、実質管理省で三番目強いものだ。

「おい、凪乃。あいつの攻性理論はなんだ」

 吹き飛ばされるのを利用して、佑弦から一時離脱しながら、インカムで凪乃に問いを投げる。

「炭素よ」

「炭素……ああ、だから、ふざけたもんで戦ってるのか」

 言われて、すぐ納得した単純な能力。

 第一攻性理論・炭素。

 それだけだが、極めるとこうも厄介になるとは。

 凪乃もそうだが、第一攻性理論の所持者は、元素かエネルギーを操るものだ。そのせいで、限定現象を操る第二攻性理論や、生命に関係する事象を操る第三攻性理論と比べると地味に見えてしまうが、もともと、この世界の現象のほとんどは、元素かエネルギーに関係しているものだから、使いこなすと相当に強力な武器になる。

 そして、佑弦はそれだけに留まらず、式を描くことで、簡単な式で起こせる指定事象を軽い調子で起こせる。

 ならば、特殊弾丸の先端に記入するような、衝撃波か爆発を起こす式もシャーペンを書くことで使えると思ったほうが妥当だろう。

「透矢くん」

 対応策を考えていると、遠く離れているはずなのに、良く通る佑弦の声が聞こえてきた。

「いくら使いこなしていても、炭素は切断を貫けないよ。けど、理論の純度を限界まで高めると、理論の純度が低い上位概念には、勝てなくとも対抗ぐらいはできる。竜種の首を断つことも、君の刃を弾けることもね」

「理論の純度……?」

「理論の純度よ」

 初めて聞いた言葉を繰り返すと、インカムからまったく意味のない説明が入ってくる。

「同じ言葉を繰り返すだけで分かると思うな」

「透矢も繰り返しただけなのに」

「俺は分からなくて言ってんだ……」

「攻性理論は、指定事象……定義を具現化するもの。具現化の強度は、理論の純度によって決まる。無駄のない攻性理論ほど、強力な事象を具現化できる」

「つまり?」

「理論の純度を上げればいい」

「お前に聞いた俺がバカだった」

 凪乃は説明するのが下手なのは知っているつもりだが、こんな状況でも頼れないのはさすがにどうかと思う。

 とはいえ、ぼんやりとしているが、なんとなく言っている意味が分からなくもない。

 要は、炭素でも概念が強いと、概念の弱い切断には対抗できるということだ。ならば、することは一つだ。

 論外次元の理論なんて勉強したことはないし、攻性理論も使っているだけで、仕組みまでは分からない。

 けど、圏外で戦ってきた経験の中、周りのものがスローモーションに見え、同時に、攻性理論の切れ味が上がったことなら、何度か経験した。

 その感覚を思い出し……再現する。

 それも昔のように何となくではなく、ちゃんとしたイメージで。理想とする形は、何回も見て、自分の身をもって受けたこともある、晴斗の剣陣だ。

「確か、こう……だったな」

「おや、目の色が変わったね」

「ああ、おかげ様で。そんで喰らえッ!」

 切断の概念を握ることをイメージし、そのさらなる先、切断の概念を凝縮することに専念する。すると、手の中にはしっかりとした感触が伝わる。

 出現させた日本刀を横にやると、佑弦目掛けて手を振り抜きざまに日本刀を投げ出す。

 放射状に放つ日本刀。見様見真似だが、晴斗が使っていた剣陣と似ている。

 射出された日本刀が空間を裂くように佑弦へと飛んでいくのと同時に、透矢も空間を蹴って、新たに作った日本刀で空間に銀色の光を残す。それから、投げ出した日本刀を追いつく勢いで、佑弦に肉薄した。

「ほう」

 しかし、迫ってくる幾筋もの銀色の斬撃に、佑弦が慌てずに、シャープペンの先を微かに動かす。すると、空中に残した線が一斉に動き出し、目の前に網のような障壁を張った。それも、炭素だけの防御ではなく、ところどころに防性理論の式を織り交ぜた、交差防性理論障壁だ。

 中央都市の守りを限界まで簡易化したようなものだが、それでも、たいていの防性理論が防げるだろう。

 その網のような障壁に、日本刀が容赦なく突き刺さって――止まってしまった。

 かと思えば、続いて刺さってきた無数の日本刀に、佑弦の張った障壁がようやくヒビを入れられた。弾丸を撃ち込まれた防弾ガラスのようにヒビが入った炭素の網も防性理論は、数秒後ようやく耐えられず、呆気なく砕け散った。

 切断の攻性理論で剣陣という式によって強められた結果だ。防性理論に切断の概念をかけて、強引に切り裂いたのだ。

 剣陣はもともと、式であるエネルギー、つまり半透明の剣を、数秘術や数学によって計算してから、陣法や魔法陣などを参考し特定の陣に並ぶことで、もう一つの式を組むものだ。

 式で式を組む、といってもいい。それを、剣術を参考し、最適な使い方で使うのが、晴斗と照葉が使っている剣陣。

 しかし、透矢の場合は、攻性理論で式を組んだと言える。

 破壊的調波ならぬ、破壊的切断だ。

 佑弦の障壁が砕け散った同時に、突き刺さった日本刀も砕けて破片となり、空中に飛散する。

 炭素と日本刀の破片が飛び散る中、透矢が構わずにその中に突っ込み、手にした日本刀を佑弦へと振り下ろす。

 こちらも前と違って、切断の攻性理論をさらに圧縮したものだ。晴斗が剣陣を組み合わせ、一つの大きな剣として撃ち出すのと同じ原理だ。

 切断の攻性理論を圧縮して作った日本刀が高周波ブレードのように、輪郭を微かにブレながら、聞き取りづらい低音を立てつつ、文字通り空気を裂いて佑弦へと迫っていく。

「おや」

 理論の純度を剣陣の理論で上げた切断理論は炭素では防げない。かといって、躱そうとしても、透矢の斬撃が速すぎた。

 だから、佑弦は防ぐことも躱すこともせず、ただ少しだけ上体を前に倒し、己と透矢の距離をわずかに詰める。日本刀を振り下ろしてきた手を、シャープペンで空中で止めた。

「―――ッ!」

「偉い偉い、圏外都市にいたときよりも強くなっただろうね」

「そうかよ」

 それでも、透矢が動きを止めることなく、日本刀を一回転してから逆手持ちにして、内側にいる佑弦へと刺さる。

 すると、佑弦もシャープペンを弾いて、透矢の手首を回すように回転させてから、透矢の腕を囲むように空中に残した円形の炭素を引っ張った。

 炭素で描いた黒い輪が手首から離れ、手を素通りすると、急に増殖によって線から面へと拡大する。日本刀を囲むように一つの筒を作り出した。

 当然、これでは切断を防げない。それを承知の上でも佑弦は笑顔を崩さずに、シャープペンを流れるように振るう。

 佑弦は日本刀の刃が炭素の筒に食い込んだタイミングを狙って、筒を思いっきり横へと投げる。すると、内側へと刺さってきたはずの日本刀は、引っ張られ、外側へと放り出された。

「けど、まだ弱点が見え見えだね。攻性理論の純度に差がある。刃のほうが強くて、ほかは弱い」

「そりゃ、勉強になるな」

 言葉を交わしながらも、超高速戦闘を止める気がサラサラなく、透矢は片手で日本刀を作り直し、片手でアンカーを取ると、両方同時に佑弦へと仕掛けた。

 圏外で学んだ戦闘において、もっとも基本で一番大切なことは、動くことを止めないことだ。攻め続けることで主導権を握り続けると、いずれ相手から隙が生じる。そこを狙えば、勝負を決められなくとも、ダメージは与えられる。それを続けることが勝利に繋がるのだ。

 一方、佑弦もそれを熟知しているようで、筒を解いては炭素の線で軌道を作り、投げられたきたアンカーを軌道に乗せては滑らせ、透矢のほうに返す。

 それが起動して、切っ先がすでに腹に当たった日本刀を調波し、消した。

 同時攻撃がたった一つの動きで防がれる。それでも、さらなる追撃をかけようと、透矢が日本刀を振り下ろすために下へとやった手に、再度日本刀を出現させ上に振り上げ――

「―――ッ!」

 ――ようとしたが、それが叶うことができなかった。

 透矢の手が、足が、体のあらゆるところが、いつの間にか拘束されたのだ。

 目を動かし、何とか自分の手に視線を向けると……視界に入ったのは、鎖に縛られた手だった。それもただの鎖じゃない。炭素によってびっしりと書かれた文字を繋げることで作った、文字の鎖だ。

「字……ッ⁉ なんだ、これは」

「ふぅ、危なかった。ほら、これだよ、これ」

 一つ息をついてから、佑弦が空中に悠然と立ったまま、何かを拾い上げてはそれを透矢に見せる。

 その手にしたものは……一冊の手帳だった。確か、佑弦がいつも胸ポケットに入れたものだ。

「ほら、僕、結構文学青年なところがあるんでね。そして、探索庁の仕事で結構忙しい。だから、思いついたことや忘れてはいけないものがあると、ここに書き留めるんだ。それも当然、これで書いたものでね」

 軽くシャープペンを回して見せると、佑弦が満足げに、何本もの文字の鎖を出した手帳をひらひら揺らして見せる。

 日本語が繋いで成した、炭素の文字の鎖。なんとも不思議な光景だが、佑弦の攻性理論によって作られたそれはかなり強力で、切断の攻性理論はいざ知らず、透矢の体を縛り、動きを封じるには十分すぎた。

「で、透矢くん、少し質問だが、君は今も、管理庁を許せずにいるのかい」

「………そうだ。俺の家族を全員殺したからな。一生、許すわけがねぇ」

「………」

「けど、俺が許せないのは管理省であって、調波官個人じゃねぇ。そして、クソみてぇな組織だが、掲げてる理想は認めざるを得ないのも事実だ」

「そっか」

 透矢の言葉に安心したのか、佑弦が頬を緩めて、どこかほっとしたような笑顔を見せる。

「なら、もう一つ聞いてもらおうか」

 適当に結われた一本結びを風に揺さぶられながら、ワインレッドの目で透矢と視線を合わせる。

「○○六小隊、どうだった?」

 その質問に、透矢が口角を上げ紺色の瞳で佑弦の視線を正面から受け止める。

「墓守には及ばない」

「そうか」

「けど、悪くはねぇよ」

「最高な返事、ありがとう。で、まだ戦えそうかい?」

「んな当たり前なこといちいち聞くな」

「そうか。それなら」

 中年という歳からは想像できない、いたずらっぽい笑顔を見せると、佑弦が手帳を開けてページを千切った。

「もうちょい付き合ってもらうね。よろしく」

 悪い予感を覚えさせる笑顔で手にした何枚もの紙片には……シャープペンで描いた式が、記入されていた。

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