人の視線は凶器になり得る
「どうしたのじゃ、主!?」
「リブレさんどうしたの!? やっぱりわたしが重かったから……」
「いや、それで吐いてるってどんな体質だよ……」
口の中が気持ち悪いのに律儀にツッコミだけはしてしまう。
くそ。吐くつもりまではなかったのにな。
ここにお住みになってる方には本当に申し訳ない。あとで掃除しなきゃな。
「じゃあなんでそんなことになるの?」
「そうじゃぞ、ゾンビの臭いにも吐かなかった主が吐くとはよほどのことじゃろうよ?」
いや、ゾンビはほんとにたまたまだよ、吐かなかったのは。
「いやな……。ちょっと視線がな……」
俺は俺に向けられる視線の多さ、ひいてはその感情の強さに酔ってしまっていた。
人の感情を視覚で感知する俺は、対象が多ければ多いほどその情報は増える。
そして、その情報を一気に処理しきれるほど出来のいい頭はあいにく持ち合わせていない。
俺に気づいた最初の人たちは俺に対して少なくとも{好意}や{興味}が先にあった。
意識を向けられるのは得意ではないが、これらならまぁ、どうということはない。
問題は後から騒ぎを聞きつけて集まってきた奴らだ。
そいつらの中には{猜疑}や{敵意}に似たものを抱いてるものも少なくなかった。むしろ多かったと言えるだろう。
あれほどの負の感情をいきなり向けられたことはさすがになかったので、その情報量の多さと質に酔ってしまったのだ。
「そりゃそうだよな……」
いくら戦争を止めたという功績があるとはいえ、俺はいきなり現れた新参者だし、そいつが大仕事を放って姿を消していたことをほいほい許されるはずがないのだ。
俺を知らず、末端の作業員として仕事をしていたのならなおさらだ。
あそこにいた人たちの全員が全員街道整備に携わっていたとは思えないが、働いてなかった人たちもその評判を聞いて、俺の印象が悪くなっていったのだろう。
「主、大丈夫か?」
「……あぁ、問題ない」
腰に下げた荷物に入れておいた飲料水で口をすすぐ。
ただ、俺の見通しが甘かっただけだ。周りの優しさに甘えていた。
本来、人間の感情とはそういうものだっただろう。
ほんのちょっとしたきっかけから火種である者でさえ想像もしていなかったような領域にまで膨れ上がっているもの。
俺はそれが嫌で引きこもったんだからな。
地球のメディアやSNSも大概だったが、人伝もばかにならないな。脚色も加わっているだろうし。
「ふぅ、まぁ落ち着いた。とりあえずは城へ向かおう」
「ほんとに大丈夫なの?」
「いいんだ。これは俺のミスだからな。王様たちを待たせるわけにもいかないし」
何年この眼と付き合ってると思ってるんだ。
今更、この眼に感謝をすることはあっても、恨むようなことはない。
多少性格が歪んでしまったのは否定しないが、それを補って余りある利点もあるしな。
例えば、騙されるようなことはあり得ない。相手の技量どうこうの話じゃないかな。
まぁ、それで怖がられたりもしたわけだが。
俺は気を取り直し、またプリンセを抱えて空から城へと向かうのだった。
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