第41話
ベトナムにあるダナンは、ハノイ、ホーチミンに続いて『第3の都市』として栄えている中部の都市である。近年ではこのダナンにいくつもの超豪華なリゾートホテルが建設されており、世界的に人気の高いアジアのリゾート地となっている。このリゾートでの最大の魅力は何といっても、エメラルドの海と白い砂が広がる「ミーケビーチ」だ。その砂浜をエラとタイセイがてくてくと歩いている。もちろん5日間の密航を終えたふたりには、「ミーケビーチ」の美しさなど鑑賞する余裕などはなかった。
端から端まで、約1Kmの白い砂浜を歩き通し、ふたりはようやく船長から指示されたホテルにたどり着いた。
「ミスター&ミセス纐纈様ですね。パスポートをご確認させていただけますか」
ホテルのフロントスタッフが、ふたりのリザベーションを確認した。リザベーションされた部屋は確かにあったが、それはスイートルームだった。フロントのスタッフは、薄汚れたこのカップルが、なぜこんないい部屋の予約が取れた不思議だった。予約には法外なデポジットが必要なのに…。
もっとも、エラとタイセイの姿が、薄汚れているのも無理はない。ふろにも入らず、着替えもできない船旅だったのだ。
フロントがチェックイン作業を進める間、エラはあたりを見回しながらタイセイにつぶやく。
「ねえ、私たち助かった、てことなのかしら」
「胡散臭い何人かの人達の間を、まるで荷物のように受け渡されたけど、今この超高級ホテルに立っているところを見ると…どうも、そうらしいな」
タイセイもホテルで楽しげにくつろぐ観光客を眺め、こんな平和的な風景は久しぶりだと感じていた。
「確か、私たちを船に乗せたのも、身なりは違うけど中国人よね」
「ああ、でも、お互いをイングリッシュネームで呼んでいたから、香港人だろうね」
「そうなんだ…」
「お待たせいたしました。お部屋の準備は整っておりますので、どうぞお部屋でおくつろぎください」
フロントスタッフがスイートルームのキーとともに、ふたりのパスポートを手渡した。
エラは、下船時に手渡された偽造パスポートを、あらためて見つめながらタイセイに言った。
「ところでタイセイ、あなた5日前、日本総領事館前で、私にプロポーズしたわよね」
「そうだっけ」
「記憶がないなんて言わせないわよ。私の目がしっかり覚えているんだから…でもその時返事をしていないはずなのに、もう結婚しているのはどうしてかしら」
エラが手にしているパスポートは、確かに自分の写真が貼ってあるが、エラは名前がElaiza Kouketsu.になっている。
「とにかく…部屋に行ってシャワーを浴びようよ」
エラのぼやきにどう応じていいかわからず、タイセイは大声でベルボーイを呼びつけた。
「言っておきますけど、たとえ結婚しても、1番大切なのは私のママ。旦那さんは2番目だからそのつもりで」
歩きながらもおしゃべりが止まらないエラ。香港で手を取り合って演じた夢のようなデートと壮絶な脱出劇、そして過酷な5日間の密航。ずっと顔をあわせて過ごしたこの何日間で、ふたりはもう20年来の夫婦のような親しみと愛おしさを育んでいた。エラがどんなにおしゃべりをしても、彼女への信頼と尊敬、そしてその愛しさの何を損ねることもないのだ。
ベルボーイの先導でロビーラウンジを横切る時、タイセイは紅茶を片手に読書している見覚えのある淑女が目に入った。
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