775 ▽真紅の破壊者
「……?」
『サスケ』の松長艦長は眉をひそめた。
史上最悪の大量破壊兵器、PNミサイルは確かに発射された。
ここから魔王の館までの空に遮るものもなく、およそ数秒で着弾し爆発する……はずだった。
仮に直前で迎撃されたとしても、意図しない衝撃を受けた瞬間に
発射してから目標に届くまでの予想時間はとっくに過ぎている。
未だにモニターに映る景色には変化が訪れないのはどういうわけだ?
不発か……いや、そんなことはあり得ない。
「天使様、これはいったい――」
自分では判断がつかずエリィに意見を求めようとする。
そして、松長は現在起こっている異変に気が付いた。
第四天使エリィは全身が黒い瘴気を纏う鎖で雁字搦めに縛られていた。
そこから延びた鎖はCIC内のあらゆる場所に接続されている。
「は? なんだこれ……おい! なんでこんなことになってんだよ!?」
エリィ自身もたった今、自らの状況に気付いたらしい。
エ大声で文句を言うがギシギシと軋みを上げる鎖は解けない。
「動かない方がいいぞ。下手に力づくで解こうとすれば、この艦そのものがぶっ壊れる。そういうふうに結んでおいたからよ」
聞き慣れない声がCICに響いた。
松長は振り向こうとして、自分の足も拘束されていることに気づく。
なんとか必死に体を捻ってエリィの背後に目を向けると、そこには金髪の青年が立っていた。
この男、以前に軍のデータで見たことがある。
魔王ソラトと並ぶ反逆の徒。
紅武凰国最大の敵対勢力の首魁。
「テメェ、
エリィが常ならざる激憤を現した声でその者の名を呼んだ。
「来やすく名前を呼ぶんじゃねえよ、ヘルサードの愛玩ペットが」
「うるせぇ! なんでテメェがここにいやがる!」
「知り合いに呼ばれたからに決まってんだろ。うっとおしい
「何ぃ!?」
低俗な口喧嘩を続ける二人を黙って眺めながら、松長はこの男の持つ固有能力を思い出そうとした。
五大天使以外で唯一
「ステージ持ちを殺せる唯一の兵器だっけか? 次元ゲートを開いたまま不用意にぶっ放したのは失敗だったな。まあ、知能が中学生で止まってる自称天使に言っても仕方ないか」
「あぁ!?」
「どういうことだ、反逆者シンク」
もはや怒声を上げることしかできなくなっているエリィに代わり、底知れぬ悪寒を感じた松長が敵の首魁に問いかける。
「艦の上空を映してるカメラを見てみろよ」
親指を立てる彼の動作に従ってひとつのサブモニターに視線を向ける。
そこには巨大な黒い闇が蟠っており、上には人が乗っていた。
あれは、魔王ソラト……!?
魔王の館にいるはずのやつが、なぜあそこに……
『おい、まだか』
モニターの中の魔王を自称する反逆者が言う。
それに対してシンクはマイク越しに言葉を返した。
「もうちょっと待ってろ。あと少しだから」
『早くしろ。もう
「勝手に発射するんじゃないぞ。巻き込まれたら俺もお前も死ぬからな」
モニターから視線を逸らし、シンクはエリィの方を向いた。
「そんじゃ言いたいことは山ほどあるが、最後にこれだけ言っておく」
「うるせえ! 喋んな! さっさとこいつを解け!」
「地獄に落ちろ、クソ野郎」
中指を立てて罵声を吐いた直後、シンクの姿はまるで映像を切ったかように消失した。
そこでようやく松長は思い出した。
破壊者シンクの能力、それは……
時間停止。
「かっ、艦長! 上空の黒い塊の中から、PNミサイルが!」
CIC内の全員の視線が上部モニターに集まる。
第四天使エリィですら、その光景に驚愕し目を見開いていた。
そこにはすでに魔王の姿はなく、闇を貫き現れた極太のミサイルだけがある。
「ふっざけんな、あのクソ共――」
エリィの悪態は艦体を貫きCICに到達したミサイルの轟音にかき消された。
物理的に押し潰された人間はまだ幸運だった。
直後に発生した地獄の業火に焼かれたクルーたち。
彼らは分子ひとつ残すことなくこの世から消失した。
※
「うっわ、やべえなありゃ」
それを数百キロ離れた場所で眺めていたシンクは、規格外の威力に思わず苦笑を漏らした。
まるで太陽が落ちてきたと錯覚するほどの火球が発生した後、強烈な衝撃破が何重にもわたる雲を発生させ、黒煙が大地と天を繋ぐ巨大な塔となって聳え立つ。
数秒遅れて彼らが立っている場所にもわずかな熱の残滓と強烈な突風がたどり着いた。
直撃を受けた空中戦艦はもちろん、地上にいたFG部隊、そして周囲数十キロに存在したあらゆるものはチリ一つ残さず消滅したことだろう。
あれなら決して倒せないと言われていた天使を倒すにも十分な威力だ。
「人間が使っていいモンじゃねえよ。ステージ持ちだの人型兵器だの言っても、ガチの大量破壊兵器の前じゃまったく形無しだ。俺たちの世界で対核兵器装置が発明されてなかったらと思うとゾッとするぜ」
「これが最後だ。やつらは二度とこんな間抜けな失策をしないだろう」
魔王ソラト――紅武凰国の反逆者は遥か遠くの大破壊を眺めながら低い声で言った。
「ミドワルトの人間も『ミスルトロフィア』とかいう高威力の爆発魔法を使うが、あれと比べたらまるで次元が違うな」
「それってハルさんのマジカルミサイルのコピーだろ? 個人で核爆発級の魔法を使えてたまるかよ」
「違いない」
魔王は薄く笑い、改めてシンクを見た。
「助かった。協力に感謝する」
「お互い様だぜ。これでジェイドが倒した第五天使に続いて二匹目の天使を葬れた。むしろ、よく伝えてくれたって感謝したいくらいだぜ」
そうは言っても、楽なことではなかっただろう。
PNミサイルの発射を確認して魔王が連絡を入れてから
しかし、彼の
停止した時の中、闇の衣に包んでPNミサイルをあの位置に運ぶだけで十一日。
第四天使が動けないよう雁字搦めに拘束するまでには、およそ二十日を必要とした。
こちらの世界に来てから千年の時を過ごした魔王だが、この男はおそらくそれと同等か、それ以上の体感時間を生きているはずだ。
時間停止という恐るべき能力者。
さすがは
「さて、俺は帰るぜ。留守がバレたらあいつら速攻でうちに乗り込んで来るからな」
「余計な世話かもしれんが、ドンリィェンには会っていかないのか?」
「ここに来る途中にちらっと見た。人型兵器程度に苦戦してるようじゃまだまだ甘いな。ま、レンには元気そうにしてたって伝えておくよ。だからあまりイジメないでやってくれよ?」
「悪いが約束できないな」
「ははっ」
シンクは子供っぽく笑った後、ふとマジメな表情で呼びかけた。
「お前も早くこっちに来いよ」
「まもなくここでやるべきことは終わる。目的を果たしたら、すぐにでも」
「待ってるぜ、ソラト」
フッとシンクの姿が掻き消えた。
時間を停止させて帰っていったのだろう。
もう今頃はあちらの世界の自分の国に戻っているはずだ。
「さて、と」
意図せずして天使のひとりを倒せたのは僥倖だった。
だが、魔王としての正念場はここからである。
「俺が超えるべき最後の試練。さあ……どちらが来る?」
魔王ソラトは最後の敵を待つ。
すべては
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